―――引き続き、バンケット
「いのりちゃん。朱蒴くん。ちょっと、こっちで話さない?」
亜子とミーアの起こした騒ぎが収まると、いのりと朱蒴はジャージ姿の寧々子に、中国のテーブルへと呼ばれた。
「はいっ! 寧々子ちゃんよろしく!」「わかりました、紅熊さん」
中国のテーブルにはすでに寧々子のペアの犀川良篤がいた。ねねよしペアはジャパンジャージではなくスポンサー名の入ったジャージだ。
そこで寧々子が事情を説明した。
「私とヨッシーも中国のTJI社にスポンサーしてもらうようになったでしょ。それで、スポンサー繋がりの朱蒴ちゃんやいのりちゃんをペア仲間に紹介しようと思って。
こちら、中国の鳳清蘭(フォン・チンラン)さんと、岳天凰(ユエ・ティエンホアン)さん。知ってるよね?」
前々回五輪王者の現役レジェンド鳳凰ペアを知らないわけがない。今大会も銅メダルだ。いのりはたちまちピキピキに緊張して答える。
「ご、ぞ、ぞんじあげてます! お目にかかりきょうえつしごく……」
中国人通訳が苦笑しつつ通訳する。
清蘭と天凰も笑って答える。
「私も結束選手のことはよく知ってるよ。ファイナルにも2回来てる4Sジャンパーだもの。今回優勝するかと思ってた。惜しかったね。ね、天凰」
「僕も驚いてるけど、日本の若手はすごいね。優勝した胡荒選手と同じクラブでワンツーというのもすごいけど、コレでまだ同クラブの狼嵜選手と国内戦優勝の鹿本選手が今回負傷辞退でしょ。……ペアでもシニア1年目で間違ってファイナル来ちゃった良寧ペアと」
「『間違って』は余計ですよ! 天凰さん!」
寧々子の抗議に天凰もひょうきんな表情で詫びを入れる。確かに、ねねよしペアのファイナル進出には、フランス戦で上位陣が大崩れしたという予想外の事態があったのだが。
「おっと、口が滑った。ごめんね。
ところで結束選手や鵯選手は、うちの『鶻貂(グゥディアン)ペア』は知ってる? 見た? 今回補欠で来てるんだけど」
聞かれたいのりと朱蒴は申し訳なさそうに答える。
「申し訳ございません。知らないです……」
「僕も……すいません」
「そうかい。後で紹介するよ。
ところで、鶻貂ペアが戻ったら記念写真を撮ろうと思うんだけど、せっかくだし結束選手と朱蒴選手もスポンサージャージで撮らない? 持ってきてくれるかな?」
「はい! すぐ取ってきます!」
天凰の提案に、いのりと朱蒴は荷物に駆け出した。
―――
いのりは荷物に戻るついでに、司に「鶻貂ペア」について知らないか聞こうとしたが、いなかった。
見回すと、会場の向こうで人目の切れるタイミングを見計らって、バトルロープの束を回収しようとしている。
「(司先生、ごめんなさい。よろしくお願いします)」
いのりは心の中で司に謝ると、スポンサージャージに袖を通して中国のテーブルに向かった。
中国のテーブルに戻ると、朱蒴は既に席についていた。
いのりが来ると、天凰が鶻貂ペアの男性を紹介した。どことなく五里先生っぽいが、身体が司並みにゴツい選手だった。
「やあやあ。結束選手。こいつが鶻鶻(グゥグゥ)」
「陸凌鶻(ルー・リングゥ)です。よろしく」
「ゆ、結束いのりです。よろしく」「鵯朱蒴です。よろしくお願いします」
良篤がいのりを寧々子の隣の席に案内した。
「いのりちゃん、とりあえず座って待って。
みんなが揃うまで、来年5月に中国で行われる『シンセン・アイステック』について話そうって。僕らや鳳凰ペア、鶻貂ペアも出るから」
「『シンセン・アイステック』?」
いのりが聞くと、良篤が説明した。
「そう。深圳の『星湾国際アイスポートアリーナ』で行われる大会。招待大会だけどTJI社が上位スポンサーになるから、みんな行くよね? というか、行かざるを得ないよね?」
朱蒴がうなづく。
「僕は4月にあったテスト大会行かされてたから、来年の招待大会の連絡も来てる。まだ、公式の招待は出てないみたいだけど、いのりちゃんも間違いなく行く事になるよ」
「へえ……」
なんだか、『招待大会』も、知らないうちに『行く事になっている大会』も初耳だ。いや、そもそも「深圳」という地名もわからない。
「深圳ってどんなところ?」
いのりが聞くと、朱蒴は大袈裟な手振りを交えて答えた。
「香港の隣。北京より近代的な『最先端の未来都市』って感じだね。配達ドローンも飛び回ってるし、自動運転車も走り回ってる。夜に空でドローン試験やってたりしてビックリしたよ」
「なんかすごそう……」
呆気に取られるいのり。
天凰は朱蒴に質問した。
「朱蒴くんは会場テスト大会出たんだものね。実は恥ずかしながら、中国内なのに僕らはその会場まだ行ったことなくてね。良かったらみんなに会場の事も教えてよ」
「はい。会場も凄かったです。メインの『天穹氷場』はもちろん、サブの『蒼海氷場』も国際規格。どちらも、大型ディスプレイやプロジェクションマッピングとかの最新設備を持ったすごい会場でした。驚いたのは、AIのエレメント速報システムで……」
ここでなぜか、寧々子が得意気に胸を反らせた。
「寧々子ちゃん。深圳のリンク、行ったことあるの?」
「……(ぷるぷる)」
「? そうなんだ」
いのりの質問に何故か黙ったまま首を振り否定する寧々子。
いのりは「何かおかしい」と感じ始めた。
「……去年の大会はテスト大会で、拘束期間も長く、4月の頭だったから学校も休んで大変だったけど、今年は日本のGWに開催され……」
鳳凰ペアも、犀川良篤も陸凌鶻もどこかおかしい。話をしている朱蒴でなく、寧々子の方をチラチラ見ている。
「……寧々子ちゃん?」
いのりが寧々子に声をかけると、寧々子は苦しげに目を逸らせた。それが決定打だった。
「!? もしかして、寧々子ちゃんじゃない? 別人?」
「はい。ご明答〜♪」
「わわっ!?」
いのりの後ろから本物の寧々子が現れた。今まで隣にいたのは……
「はじめまして。鶻貂ペアの白雪貂(バイ・シュエディアン)です」
いのりは改めて瓜二つの2人に驚き、見比べて驚きの息を漏らす。
「双子みたい……」
朱蒴も目を丸くしている
「もう、心臓飛び出るかと思いました。びっくりしましたよ」
白雪貂は髪を下ろし笑いながら言った
「ごめんね。驚かせちゃって。
いつもは髪型違うから気にならなかったけど、日本のジュニアに似ている子がいるとは前々から聞いていて、シニアに上がってきたから会ってみてびっくり。髪型を揃えて、ジャージで体型隠すと見分けつかないよね。それで、こんなイタズラ考えたの……。
髪型や化粧も合わせてみてジャージも同じの借りて。
で、どこで気がついた?」
雪貂に聞かれて、いのりは苦笑しながら答えた。
「えっと。いつもよく喋る寧々子ちゃんが全然一言も喋らなくなったから変だなとは思いましたけど、他にも、みんな、ちらちら私と白雪貂選手見てるし……あと、私がもう一回話しかけた時に、犀川さんじゃなく陸凌鶻さんの方見て、何やらアイコンタクトしてませんでした?」
そこで、さっきまで紹介される時以外無口だった凌鶻が口を開いた。
「観察力、いいね」
「えへへ……」
照れるいのり
「もう! だから鶻鶻こっち見過ぎなんだって……」
むくれる雪貂
「ペアの皆さんって、仲良くていいですね!」
いのりが聞くと、天凰が理由を教える。
「良寧ペアとはバンクーバーで何度か一緒だったことあってね。ちょうど引退した鶴亀ペアが『この子たち、日本の次世代ホープ』だなんて紹介してくれたから」
「ペアは日本国内だけだと練習環境厳しいからね。蓮華茶はまだマシだけど。
バンクーバーは世界中からペアの競技者が来るよ。うちらももう何度も行ってる」
寧々子が補足すると、いのりが少し難しい顔になった。
「そうか……ペアの人ってリンクや設備も大変だから、トップ選手は外国に行く必要あるんですよね。でも、遠征費とか連盟の補助だけじゃ大変ですよね」
「今年から、TJIとアイチグループさんがついて助かったけどね。ジュニアの頃は……ね、寧々ちゃん」
「まあ……クラブでカンパ募ったりいろいろやったな」
良篤と寧々子は苦労を思い出して顔を伏せた。
清蘭が気の毒そうに眉をひそめる。
「日本は大変だね。中国では国が遠征費ほぼ全部出してくれるし、ペア練習環境もハルビンはすごいからね」
「いいですね。私は名古屋でスケート始めましたが、シングルでもリンクが足りなくて……お父さんは、私が移籍する為にお家を売って……」
少し暗い表情になったいのりを、天凰が急いでフォローする。
「こんな素晴らしい選手に娘が育ってくれて、お父さんもきっと誇らしいだろうね。娘に対する愛の深い、いいお父さんだよ」
「はい……」
清蘭がいのりに抱きつき、やや暴走気味に言った。
「ああっ。こんないい子が苦労して……私の養子になって中国に来て! 一緒に中国からオリンピックを目指しましょう!」
「ちょ、ちょっと清蘭さん……」
抱きつかれ困惑した声をあげるいのりを朱蒴が救出した。
「清蘭さん! 日本のいのりちゃんを堂々と引き抜かないでください!」
「はーい」
「ははは。勘弁してください、清蘭さん」
もちろん冗談だとわかっているので、皆苦笑する。
雪貂は、そこでこそりと寧々子に耳打ちした。
「いのりちゃんっていい子ね。うらやましい」
「そうだね」
天凰がまとめにかかった。
「ははっ。ともあれ、これで来年5月の『シンセン・アイステック』に出る予定のメンバーが揃ったわけだ。今大会の各自の健闘を讃え、『アイステック』での再会と更なる飛躍を祈念して記念撮影と行こうじゃないか」
―――
写真撮影が終わり、来年の『シンセン・アイステック』での再会を誓うと、日本選手達はまた自国のテーブル等に戻って行った。
それを見て、陸凌鶻は大きなため息を吐いた。
「ぶはぁっ! 緊張した……」
雪貂がニヤつきながらからかう。
「なんで? いい子達だったじゃん」
凌鶻はそれにぶう垂れて返す。
「そんないい子に何イタズラ仕掛ける提案してるんだよ! しかも、良篤君からあんなクソ真面目な重い相談持ち掛けられてる時に!」
天凰が申し訳なさそうな顔で言う。
「済まないね。君たちの方が相談相手に向いていると思ってね。僕なんてペアやり出した頃の時のことなんてもう、記憶があやふやだから」
「いえ! 天鳳さんがお呼びでしたらいつでも何でも!」
硬直して返事をする凌鶻を雪貂がからかう。
「あはは。まあ、良篤くんや寧々子ちゃんの悩みも解決できたみたいだから良かったじゃない」
「まあね」
凌鶻は日本のテーブルの方を見つつ言った。
「グランプリシリーズでは組み合わせと運で負けたけど、良寧ペアにも今度はしっかり教えてあげないとね。『そんな事で悩んでいる場合じゃないぞ』とね」