―――少し時間を遡り、バンケットでのミーアの騒ぎの直後
犀川良篤は、今大会3位の中国の鳳凰ペア、岳天凰から声をかけられた。
「やあ、悩める少年君」
そう、声をかけられた良篤は、苦笑しながら返事した。
「どうも、天凰さん……そんなに悩んでいるように見えました?」
「どうもこうも、ずっと難しい顔しているよ。
もっと胸を張りなさい。6位とは言え、恥ずかしくない内容だったよ。今大会最高高度の『尖塔ツイスト』に、高難度の『ベルタワーリフト』なんて呼ばれ方までして、なかなか見ごたえがあったよ!
そもそも、シニア1年目のジュニシニで、シニアのファイナルに出られる事自体すごい快挙だ。あまりしょげていると、我が国の補欠の『鶻貂ペア』とか怒ってしまうよ」
しかし、天凰の口から『鶻貂ペア』の言葉が出ると、良篤はより暗い顔になってしまった。
「はい……『鶻貂ペア』さんにはとても足向けできなく……」
その表情を見た天凰は、通訳とも少し相談してから言った。
「良篤くん。ちょっと中国のテーブルで話さない?」
―――
中国のテーブルには、鳳凰ペアの鳳清蘭と、鶻貂ペアの白雪貂と陸凌鶻がいた。
陸凌鶻がにこにこと笑顔をつくり、良篤に話しかける。
「やあ、良寧ペアの犀川くんじゃないか。テレビ会議でなく直接会うのは初めてだね。なかなかの演技だったよ。6位で残念だったね。まあ、日本は4位と6位でも、2組出られただけすごいよね」
良篤が緊張した声で返す。
「はい。おかげさまで」
えらくかしこまった様子の良篤を不思議に思って、天凰は聞いた。
「『おかげさま』って世話になった人に言うんじゃなかったっけ? 君、鶻貂ペアに前に会ってたの?」
「いいえ。実はこの春にスポンサーが付いたのですが、そのキッカケが、中国のTJI社さんが『鶻貂ペアの白雪貂に、身長も顔もそっくりな選手が日本にいる』と、寧々子ちゃんへのスポンサーになる事を決めてくれた事なんです。それで……」
「ほんとそっくりだものね。なんか運命感じるわ」
それを聞いてにこにこした顔をする雪貂に対し、凌鶻は怪訝な顔になっている。
「そんなことで感謝されてもな。それに……」
清蘭が追って付け加える。
「キッカケはそんな理由だったかもしれないけど、その後の活躍はあなたたちの工夫の結果が出たものと思うけど。このグランプリで決めた『尖塔ツイスト』に『ベルタワーリフト』。去年からさらに研鑽を積んだ事を感じさせるわ。TJIももう、あなたたちにスポンサーしている理由に『白雪貂に似ているから』なんて言いはしないでしょう」
「スポンサーがついた事も、君たちの良い成長を促したのかな?」
天凰が聞くと、良篤は控えめな態度で答えた。
「はい。自分も昨年まではシングルを続けていたのですが、スポンサーがついたこともあり、よりペアに専念して肉体改造に努めることができましたから。……体重もだいぶ増えてしまいましたが」
「ふむ。その肉体改造の賜物か、あのツイストとリフトは」
「はい。まあ、大層な名前までいただいてはいますが、身体が大きすぎる自分が、小さい彼女を投げたり支えたりですから、できるのは当然といったところで……」
謙遜した良篤の様子に、凌鶻はかえって気分を害した表情になる。
「そりゃ、やりやすいのはわかるが、『できるのは当然』ではないだろう……」
天凰が茶化しにかかる。
「中国でも『陸凌鶻が小雪の代わりに紅熊寧々子をツイストしても5cm程度しか高く投げられないだろう』なんて言われているしね」
ぽかっ
「痛っ!」
清蘭が天凰の後頭部をはたいて諌めた。
「それ、何のサイズ差から来ているジョークか知ってるわよね? まったく……」
天凰は気を取り直して、良篤を褒めた。
「君たちは日本の『いいところ、3番手ペア』から『2番手を伺うペア』へと成長しつつある。自信を持っていい」
「どうもありがとうございます」
良篤はそう礼を返したが、その表情から悩みの色が抜けないのを見て、凌鶻は口を開く。
「元気がないね。顔に悩みごとが書いてあるよ。当ててやろうか?」
「はあ……どう見えます?」
「『日本の連盟から、ペア相手の再考を求められている。理由は身長差』ってね」
良篤は驚いた。
「……半分、当たってます」
凌鶻は冷たい声のまま続けた。
「半分か。連盟からは何も言われていないが、この身長差を抱えてペアを続ける事に限界を感じている、かな?」
「……だいたい、当たってます……」
ねねよしペアの身長差は約35cm。これは「極端に大きすぎる」部類に入る。
ペアの理想的な身長差は10cmから18cmとされる。ツイストやリフトにはある程度体格差があった方がやりやすいが、ありすぎると同時ジャンプやデススパイラルがやりにくく、表現も合わせにくくなるからだ。
ただ、これから外れたペアが即ダメというわけでなく、鳳凰ペアも20cm差。過去には30cm前後差で金メダルを獲ったペアもいないわけではない。
しかし……
「最近は女性側にも表現力求められるものね。自分も身体小さいから苦労してるよ。
あ、でも寧々子ちゃんはまだもう少し身長伸びたりしない? まだ20歳前だよね?」
「……」
「あれれ?」
雪貂のその問いに、良篤がより暗い顔になったのを見て、凌鶻が呆れたように言う。
「君の方が身長伸びているんだろ?」
「はい……数ミリですが」
天凰が笑顔をつくって励ましにかかる。
「まあ、身長の伸びなんて誤差だよ。良篤君は寧々子ちゃんがペアでいいと思ってるんだろう?」
「そうなんですが、彼女がどう思ってくれているかまでは……」
その場にいた中国のペア選手たちは悟った。
「(あ、コレ。相手に聞けてないパターンだ)」
「(うわー。日本はペア人口少ないからなあ……良篤君も『自分でいいか?』とは聞きにくいよな)」
「(たしか、良寧ペアは同クラブから出てきたペアか……それはコーチからも聞き出しづらいよね。でも……)日本の鶴亀ペアさんとか、相談に乗ってくれないの? 仲良いでしょ?」
「……去年までなら相談できていたかもしれませんが。鶴亀ペアさん、もうじき自分たちの指導陣に加わっていただける事になりまして……あと、彼女はシングルでも伸びてて」
ここで、良篤は苦しげに絞り出すような声で言った。
「……ついに4Sを跳べるようになりました。……本心から喜んであげられない自分が情けない……」
そんな苦しむ様子の良篤に、凌鶻は冷たく言い放つ。
「ふう、それで彼女がシングルに戻るのではと心配しているわけか。呆れたな。互いの悩みに気付き合い、打ち明けられる関係である事はペアとして必要な事だぞ」
が、この凌鶻の正論は、何故か他の中国選手から総すかんをくらった。
「どの口が言っているのよ。鶻鶻」
「確かにそのとおりだが、凌鶻君には言う資格はないな」
「あらあら。なんだか小雪が可哀想になってきたわ」
「え?」
狼狽える凌鶻は、続く雪貂の言葉でその理由を知った。
「私もペア始めたばかりの時、3Aがもうすこしで跳べそうなのにと、シングルを続けたいと悩んだ事あったの。良篤君の悩みも分かるわ! ここは、この雪貂お姉さんが聞き出し役になってあげる!」
「……いいんですか? ありがとうございます、雪貂さん!」
「……(3Aなんて話、知らない……鳳凰ペアさんにだけ相談してたのか……)」
喜ぶ良篤と裏腹に、凌鶻がしょげてしまった。
「そう言えば、寧々子ちゃんは?」
清蘭が聞くと、良篤は少し恥ずかしそうに会場の向こうを指した。
「自分は背が高く目立つからと、回収作戦への参加を止められまして……」
―――
会場の隅で、寧々子と蛇崩が人目につかないようなタイミングを伺っている。
すると、そこから少し離れたテーブルで、亀金谷ヘッドコーチに促された柄後久翔が、胡荒親子の前でダイススタッキング、サイコロをカップを使って積み上げる大道芸を披露し始めた。
カラカラカラカラ……スッ
「わっ。すごい」
「上手ねぇ……」
見事に積み上がった4個のサイコロに、胡荒親子や各国の選手たちから拍手が注がれる。
「(今や!)」
そうして注意が逸れて生まれた隙に、蛇崩がこそっと落ちている巨大なヒグマのぬいぐるみを回収し、寧々子が構えた袋の中に素早く入れる。見事な連携だった。
中国選手はそれを遠目で笑いを堪えて見ていた。
―――
程なく、ぬいぐるみを片付けた寧々子が会場に戻ると、良篤が大きく手を振って、ほがらかな声をつくって寧々子を呼んだ。
「やあ! 寧々ちゃん。こっちに来て話さない? 鶻貂ペアもいるよ」
「ほい来た。ヨッシー! 待たせたなぁ」
中国選手たちは察した。
「(ああ、この男。ペア相手の前では気丈に振る舞ってしまうタイプなんだな)」
「(日本のコーチや、寧々子ちゃんが良篤君の悩んだ様子に気付いてないのはその為ね)」
「やあやあ。ベルがやってきたね。王子が寂しがってたよ」
天凰が、ねねよしペアのプログラム「美女と野獣」になぞらえて寧々子を迎える。
「ヨッシーが寂しがってたかぁ。そりゃすまんかったわ」
そう言って椅子に座った寧々子を、雪貂が早速、早口で質問攻めにする。
「寧寧ちゃん! ファイナル進出大活躍だね。すごく良かったと思う。でも、もっと驚きなのは今月末、全日本でペアとシングルのダブル出場よね? 寧寧ちゃんはこのまま二刀流続けるの?」
「わわっ!? どうも、雪貂さん。今日もハイテンションやね。……まあ、二刀流はもう少し続けたいなあ」
「そうなの? 実はさっき良篤君から『うちの寧々子は4Sジャンパーや!』って嫁自慢されちゃって。私、寧寧ちゃんの4Sが見たい反面、『寧寧ちゃんがシングルに行っちゃうかも』って思うと、このままじゃ夜しか眠れないの」
「ははは……。ヨッシー、口軽いで。
まあ、今年はスポンサー付くし、それでシングルのチャレンジャー辞退して、ペアのグランプリの方に絞ったら、なんかすごいまぐれでファイナル出られたしなぁ。なんかペアの方運が向いてるから、この運大事にせんとな。何より、雪貂さんって、面白いセンパイもいるからなぁ……そもそも、もう今年からシニアで活動しようってなったのも、TJIさんが『雪貂選手と同じ大会狙ってみて』って後押ししてくれたのもあるし」
寧々子が口が回ってきたのを見計らって、雪貂は一番聞きづらい質問へと寧々子を誘導しようと決めた。真面目な顔をして、寧々子の目を見据えて言う。
「そう……私を目標にしてくれてるの? 嬉しいけど、それならペア続けるにあたって、先輩として一つ忠告しなければいけないと思って。
私、自分がかなり小さいから、ペア相手はどうしても小さ目の選手じゃないと無理だったのよね。幸い、中国はペアの人口多いから、凌鶻とペアを組むことができて良かった。
日本ではペア人口も少ないし、何よりスポンサーついたり、勝ち運に恵まれたりしているうちは誰も言ってくれないと思うけど、自分に合った身長の選手と組む事は、ペアにとって絶対に必要不可欠な事。合わない相手と組み続ける事は自分ばかりか相手の選手の才能をも殺す事になる。
寧寧ちゃん、良篤君、それは考えている?」
「……」
寧々子は少し黙った後、おもむろに口を開いた。
「すまんなヨッシー。先に言わせてもらうで。
正直、初めにペアやってみたいと思った時は『高く投げられたい、持ち上げられたい』としか考えてなかったから、背の高いヨッシーを選んだ。まあ、ヨッシーもウチほどやないけど隠れた才能あったから、ジュニアはなんとかなってたわ。
でも、ひょんなことからスポンサーまでついて『鶻貂ペアと同じ大会目指して』と言われて気付いたわ。シニアではジュニアと同じようにはいかない。表現を磨かなければ勝てないってね」
「……」
皆が聞き入る中、寧々子は続けた。
「でも、仮に身長合う相手見つけて、表現を磨き直したとしても、日本1位の翡翠ペア、2位のかもめペアにはまず追いつけん。雪貂さんにも追いつける気がせえへん。
でもな、そうなら発想変えて違う形で、あえて体格の違いを逆用したらどうかって。表現を合わせるのではなく、対比を際立たせ、引き立てるような表現があるんじゃないかって考えに至ったんや。それなら、身長差大き過ぎのヨッシーとのペアも、弱点やなくて利点になるかもと考えてな」
「……そうだったの?」
ポカンとした良篤の顔に、寧々子は呆れ顔をした。
「もう、こいつ……。題材に『美女と野獣』選ぶところの意図もわかっとらんようやったし。
まあ、そういう、何も言わずについてきてくれるところがヨッシーの良さでもあるけどな。
……雪貂さん。答えになってる?」
雪貂は笑顔で応えた。
「もちろんよ。あと、もう少し教えてくれないかな……」
そんな感じで、雪貂が寧々子の考えているところを聞き出す事により、良篤の悩みは当初のものよりだいぶ軽くなっていった。