結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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130話 光と蕨

 JGPFでの亜子といのりのワンツーの快挙の報を聞き、光は喜びつつも、少し寂しくなった。

「はあ……いいな、みんな……」

 光は氷上練習こそ再開しているものの、まだジャンプ完全禁止だ。スケーティングも時間制限をかけられている。

 とは言え、リンク以外に行くところもない光は、今日も学校が終わればスターフォックスに直行である。

 

 すると、リンクが何やら騒がしかった。

 リンクを見ると、未就学児コースの生徒たちがはしゃいでいる。その理由はすぐにわかった。

「おそろいの衣装か……」

 未就学児コースのシンクロチーム「アウトフォクシーズ・キッツ」は先日立ち上げられ、今日チームのお揃い衣装が届いた。今日はそのお披露目だ。

 

 納入に来た下蔵氏は元アイスダンスの選手で、来年度からはスターフォックスのコーチに加わる事が決まっている人だ。リンクの上で子供達に混じって衣装に不具合がないかチェックをしている。

「あ、このカタログ見てもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 光がことわってカタログを手に取ると、シンクロナイズドスケーティングのチーム用の衣装の案内が並んでいた。いくつかの模様や色のテンプレから選択して、チームエンブレムなどを足すようにして注文するようになっている。

 カタログには子供用ジュニア用大人用、男性用女性用各サイズも揃っている他、サイズオーダーメイドもあるようだ。

「男性用の衣装もあるんですか?」

「もちろん。男女混合のチームは少しシンクロが難しくなるけど、表現の幅やパワーで有利になるね。強いチームも男女混合が多いよ……というか、スターフォックスさんも、男性用サンプル衣装注文してるよ。そっちの箱」

「そうなんですか。見てもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 

 箱の中には、大人男女、ジュニア男女のそれぞれサンプル衣装が入っていた。それとは別にコーチ用もあり、司や胡荒コーチ、ライリーのものもあった。

「ジュニア男子用は……朱蒴君用かな?」

 

 すると、シンクロ担当の蕨コーチが来て説明した。

「流石に鵯選手はジュニアチームに入らないだろうけど、他所から誰か来る可能性はあるかもね」

「他所から?」

「そうだね。ジュニアは9人制の『シンクロ9』で結成される予定だけど、それでも、9人はクラブ内では人数足りないし、他のクラブから募ることになるだろうね。

 そのへんは、ライリー先生の判断かな」

 

「9人……私、いのりちゃん、朱蒴くん、亜子ちゃん、神楽ちゃん、繭香ちゃん……」

 指折りメンバーを数え始めた光に、蕨が目を丸くする。

「ちょっとちょっと。シングル選手が全員シンクロ9やるわけないでしょ? ……っというか、光ちゃんだって本当にかけもちやるの?」

 光は胸を張って言う。

「足治って、チームできたらやりますよ。二刀流、流行りじゃないですか。ペアと二刀流の紅熊寧々子選手だって、グランプリファイナルまで出場してる上、全日本でもついにペアとシングルダブル出場ですよ」

 

「うーん……」

 蕨は少し悩んでから話した。

「まず……、ライリー先生からは『シングルでの練習に影響しない程度なら、光ちゃんにも体験させていい』と言われている」

「やった!」

 光はそれを「やってもいい」と言う意味にとったが……

「一方僕は、『光ちゃんはやり出したら、絶対シングルでの練習に影響する』と思ってる。だから、簡単にはオススメできない」

「……なんですか。それ」

 光は一気に表情を厳しくする。

「そんな顔しないで。僕は『シングルでの練習に影響する』とは思ってるけど、『悪い影響も良い影響もある』とは思ってる。だから、最終的には担当の司先生の判断になると思うんだけど……」

 そこで、蕨はしゃがんで光の脛を指した。

「その脚で練習メニュー増やそうかって話をしたら、僕、怒られちゃうなあ」

 

 光は歯噛みして、次にシュンとしてしまった。

 蕨が少しだけフォローする。

「シンクロを好きになってくれることは嬉しいけど、シングルでの成績落ちたり、怪我の回復に影響したりはね」

「あーあ。もう、骨密度だかなんだかも、早く回復しないかなぁ……」

「勝手に4T跳べるだけの才能あるんだから、焦る必要はないでしょ。後に響かないようにしっかり骨休めした方がいいよ」

 そう言って、蕨は「キッツ」たちの指導にもどった。

 

―――

 

 程なくして、「キッツ」たちの練習は終わり、生徒たちは帰っていった。光も見送る。

「わらびせんせい。さようならー。またあしたー」

「はい、さようなら」

「ひかりちゃん。さようならー」

「……『ひかり』じゃなくて『ひかる』だよ。また明日ね」

「あ、ごめんなさい。さようならー」

 

 生徒達がはけると、蕨は光に呼びかけた。

「はい。光ちゃんもそろそろ上がってね。今日の練習時間はもう終わりだよ。お疲れ様」

「はい。練習は終わりにします」

「……帰らないの? いつもリンクサイドにいるみたいだけど」

 蕨が心配そうに聞くと、光はつまらなそうに返した。

「帰っても寝るだけですし、9時まで見取り稽古します」

「そう。まあ、何かあったら言ってね」

 蕨はそう言って、指導に戻った。

 

「……」

 光はあまり蕨コーチが好きではない。他所のクラブからの派遣コーチというところもあるが、司と逆で、派遣コーチという立場や序列の枠から一歩もはみ出そうとしない。ヘッドコーチのライリーや担当コーチの司にいつも遠慮して、自分の考えをあまり表にしない。

 

「(司先生と足して2で割れたらいいのに)」

 そんなつまらないことを考えながら、神楽や繭香を指導する蕨の様子を見る。相変わらず、ライリー先生から言われた事をそのまま指導しているだけだ。

 なんだか腹が立ってきた。この場にいないライリーや司に従っているような蕨に、光は何故か嫌悪を覚えた。

 

「蕨さん。ちょっと質問なんですけど」

 光は素直そうな声をつくって蕨に呼びかけた。

「はい? 何かな?」

「やっぱり、ぶっちゃけシンクロって、シングルで落ちこぼれた選手を集めてやるものなんですか? だから、トップの選手は手を出すなと?」

 途端に、蕨が面倒くさそうな顔をする。疑問があるのではなく、明らかにシンクロのコーチとして来ている蕨を挑発する為だけの質問だ。

 

「それって、答えなきゃならない質……」

 そう言いかけた蕨に、光はわざとらしく釘を刺してきた。

「ああ。そう言えば、蕨さんは神宮FSCからの派遣ですものね。スターフォックスの選手には適当な事言っておけばいい。そう、神宮FSCの鯨臥ヘッドコーチから言われてたりしますよね?」

「いや、そんなわけ……」

「蕨さんの意見が聞きたいんですが、難しいですよねぇ。蕨さんには何か責任とる事なんてできないでしょうから」

 光の口ぶりには明らかに侮蔑の色が混ざっていた。

「……」

 蕨もそれを感じ、どうしたものかと首を捻る。

 

 蕨が黙っているのを見て光は痺れを切らして、さらに蕨に追い討ちの言葉をかける。

「蕨さんって、元ペア選手でしたっけ? どうしてシンクロ『なんか』のコーチをしてるんですか?」

 

「(『なんか』ねぇ……ミエミエの挑発だが、ここまで言われちゃ仕方ないなぁ)」

 蕨は、光の挑発に敢えて乗り、返答をする事にした。

「うん。じゃあ僕がペアのコーチでなく、シンクロのコーチをしている理由から答えるね。

 答えは単純でペアはお金がかかるし、選手人口も少ないし、練習に特殊な設備が必要だから、指導態勢を作る事自体が難しいんだ。スターフォックスにも天井吊りハーネスとかの設備ないよね?」

「……あ」

 急に正論で真面目に返されて、光は面食らったが、蕨はそのまま続ける。

「シングルだって大変だよね。そもそも、スターフォックスは自前リンクだから気付きにくいけど、普通のクラブはトップ選手の練習に十分なリンクを確保しようとすると、それだけで大変。名古屋なんて競技人口多いのにリンク足りなかったから、光ちゃんもいのりちゃんもここに来たんだよね?」

「それは……そうですね」

 光は夜鷹の個人指導のリンクが確保されていたので微妙に事情は違うが、そんなレアケースで反論してもしょうがない。いのりについては全くそのとおりだ。

 

「でも、シンクロなら一人あたりのリンクの所要は大幅に減る。コーチするコストも減る。だから、スターフォックスでの月謝も、シンクロ専門の子ならジュニアで月3万円台に収まるみたいだね」

「安!」

 光やいのりの半分どころか、そのまた半分くらいだ。トップ選手だから個人コーチ代等も入り、高いのもあるが。

 

「そうして選手になったら、選手寿命はシングルよりずっと長く、30代でも活躍できる。競技の中で集団指導や練習運営、チーム管理を学ぶ事になるから、引退後もショーのキャストや指導者への道も行きやすい。

 つまりは、シンクロはこれからのフィギュアスケート文化を繋いで行くのに必要な選択肢で、選手の人生にも優しいサステナブルな種目だから、僕も鯨臥先生も推進したいわけ」

「……」

 なんだか、想定外の現実的すぎる回答に光も目を回す。光としては「いや、シンクロは素晴らしい競技」と反論した蕨に「だったら私もやります」と返すだけのつもりだったのだが。

 

「シングルで落ちこぼれたら、って言ったら悪いけど、能力や怪我や年齢で限界きた選手も、シンクロなら花開く可能性が十分にあるから、シンクロに来て欲しいな、流行るといいな、と思ってるよ」

「そうですか……流行るといいですね」

 すっかり毒気を抜かれた光が弱々しく返事する。

 

 その様子を見た蕨は、茶目っ気な笑顔をつくって光に言った。

「まあ、光ちゃんがそんな事言い出したのは、シンクロやりたいがためだってわかってるよ。君の才能は君がやりたい事をやる為にあるんだし、僕は『そんなすごい才能がもったいないからシングルだけやって』なんて言わない。どうしてもやりたいようなら、もちろん大歓迎さ。その時は君を後押ししてあげるよ。ライリーさんに怒られても、ね」

「あ、ありがとうございます……」

 光はひどく申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

「でもね、一つだけ言っておくけど」

 蕨は最後に念押しした。

「どんな選択だって、他の誰かが責任を取ることはできない。選手であれば、いろんな選択肢から自分で選択しなければならないし、その結果の責任は自分で受けるしかない。競技人生の失敗も成功も全て君のもので、指導者が取ってあげられる責任なんてほとんどないんだよ」

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