結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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132話 全日本選手権 その1

———北海道札幌、真駒内アイスアリーナ

 

 全日本選手権。言わずと知れたフィギュアスケートの国内大会の最高峰。シングル男女は各30名が参加し、うち各6名はジュニアからの推薦出場だ。

 ジュニア女子女子シングルからの推薦者は岡崎いるか、結束いのり、上桐天音、大蜘蛛蘭、大和絵馬、胡荒亜子の6名である。

 

 この大会の結果には、ジュニアであれば世界ジュニア、シニアであれば世界選手権や四大陸選手権への出場選考がかかっている。また、今年はユースオリンピックもある。ISUランキングポイントこそ得られないものの、15〜18歳の選手にとっては見逃せない機会である。

 

 女子シングルの優勝候補筆頭となるのはやはり、まずはベテラン勢。

 今年から仕込んだ4Tをコンビネーションで決め、GPファイナル2位を獲った名城クラウン栗尾根茉莉花。3Aの安定性を増しGPファイナル4位の名港ウィンド鯱城理依奈。GPファイナルでは6位だったが、地元北海道で奮起を図る札幌アストラルローズの3Aジャンパー千板はるみ。この3名だろう。

 今年からシニアに入ったばかりのジュニシニ勢も注目である。

 4Tを跳ぶようになり、GPファイナルまであと一歩だった福岡パーク高井原麒乃。怪我明けでジュニア大会、チャレンジャーシリーズからのスタートながら、4Tの連続ジャンプを引っ下げて舞い戻って来た愛西ライド岡崎いるか。独自の世界観に磨きのかかる、岡山ティナ烏羽ダリア。ペアとの二刀流で、4Sを仕込んで来たとの噂の蓮華茶紅熊寧々子。

 そんな中、竜戦虎争の狼嵜世代から上がって来たジュニア推薦組に番狂せを期待する者も多い。世代の筆頭者、狼嵜光と鹿本すずを怪我で欠くも、その爆発力ある顔ぶれは見逃せない。

 安定性のある4Sを連続ジャンプで跳び、皆人を唸らせる正確なエッジコントロールを見せるJGPファイナル2位のスターフォックス結束いのり。同じくスターフォックスから、3Aを磨き抜き、JGPファイナルでは表現の引き出しの深さを見せつけて1位を獲った胡荒亜子。ジュニアラストイヤーで突如ジャンパーとして覚醒し、4S、3A、そして国内女子初4Loを跳んだ怪物、蓮華茶上桐天音。

 誰が表彰台を獲ってもおかしくない。

 

 そんな中、珍しい再会があった。

「茉莉花ちゃん! ひさしぶり!」

「実叶ちゃん! ひさしぶり!」

 名城クラウンのクラブメイトの再会だった。

「実叶ちゃん。いつも『ゆいつかブログ』見てるよ。実叶ちゃん来年からN*Kのアナウンサーだって? 私のインタビューしたりするの?」

「うん! 実は、今回も少しだけお仕事手伝わせてもらうの。特番用素材収集とミックスゾーンでのお手伝いとかで……茉莉花ちゃん、この後少しと、ショート後にミックスゾーンでのコメント、撮らせてもらえるかな?」

「もちろんいいわよ。ふふふ。なんだか楽しみ!」

「ありがとう! じゃ、ちょっとカメラセットするね……」

 

「……けっ」

 それをうらやましそうな目で見つめていた者がいた。

 岡崎いるかだった。

 岡崎いるかと栗尾根茉莉花も元クラブメイトではあるが、いるかは実叶の方ばかりに懐いていた。いるかが名城を辞めるきっかけとなる保護者トラブルの被害者の中に茉莉花の親もいた事もあり、愛西ライドに出てからは微妙な距離がある。

 少なくとも今「茉莉花さん久しぶり!」と、出て行って実叶との間に割り込める距離感ではない。嫉妬で声が詰まる。

「……ぐぅ」

 

 しかし、横聞きするに、どうやら実叶は選手に取材しに回っているようだ。当然自分も取材対象だろうと、いるかは思った。

 『オリンピックで金メダル獲るまで実叶とは話さない』と心に決めているいるかだが、実叶の方から来てくれる分にはめちゃウェルカムである。

 かーっ、しょうがないなぁ。向こうは仕事だからなぁ。話してあげないとなぁ。話したいなぁ。早く来ないかなぁ。今日は声出る日で良かったなぁ。

 

 そんないるかの落ち着かない様子を見て、そばにいる五里コーチが心配そうに声をかけた。

「いるか。今日は声は出るようだが、調子はどうだ?」

「……大丈夫」

 五里はいるかの視線の先を見て、付け加えた。

「全日本だからマスメディアも来てるけど、失声症の症状があるから取材NGの旨伝えてあるし、試合前はもちろん、キスクラからミックスゾーンも全素通りでいい。スポンサーさんも、後日取材で良いって言ってくださってる。気にせず試合に集中してくれ」

「……」

 それじゃ、実叶ちゃんも来ないじゃん! 今日はちょっと声出るのに! 余計な事を……

 いるかは心の中で舌打ちをしつつ答えた。

「ぁりがと……」

「……? うん?」

 五里はいるかの、言葉とは裏腹の不満そうな表情に嫌な感じしかしなかった。

 

「……茉莉花さんには負けられない」

「ん? そうか。よし、その意気で行ってくれ」

 同じ魚淵に仕込まれた4Tを武器に、同じくコンビネーションまで磨き上げた者同士で負けられないのだろう、と五里は解釈することにした。

 

———

 

 いるかは実叶と話せなかった腹いせに、いのりを愛でに行くことにした。全日本ジュニアの時は高校生ぼっち番長で目立ってて行きづらかったし、声も調子悪かったが、今日は大した障害はない。

 シングルの公式練習は午後だが、会場慣れする為に朝一番にリンクを見に来ている選手は少なくない。いるかは程なくいのりを見つけた。

「よお、また背伸びたな。何食ってるんだ?」

「いるかちゃん! 今日は声、大丈夫なの?」

「ああ。具合いいね」

 そのまま、いるかはいのりの髪をわしゃわしゃ撫でる。

「ちょ、ちょっと、編み込みが崩れる……」

「ああ、ごめん。……この編み込み、やっぱり実叶ちゃんの真似?」

「うん! お姉ちゃんの真似!」

「ふふふ……いい姉妹だね。そう言えば実叶ちゃん仕事で来てるんだって? さっき見たよ」

「そうなの。忙しいみたい。試合終わったらお話ししたいなぁ……」

「時間があるといいね」

 

 そんなおしゃべりをしていると、ねねよしペアが通りがかった。

「あ、寧々子ちゃん」

「ん。ちょっと待って」

 いのりが話かけたが、寧々子は犀川良篤と、メモ帳片手に何か話し込んでる。

 天井や観客席を指さしては、あれが見える、これの位置が、等々話し合い、時には寧々子を持ち上げたりして、色々見え方を確認しているようだ。

 ひととおり確認が終わると、ようやく寧々子はいのりに返事した。

「やぁ。いのりちゃん待たせたな。いるか先輩とおしゃべりか? 全日本は初めてやったな」

「うん。寧々子ちゃんは何してるの?」

 寧々子は説明した。

「リンクの上で目印になるものの認識合わせしてる。シングルの時は自分だけわかっていれば良いけど、ペアで相方と認識ズレとったらアカンからな。もちろん、リンク上がった時にリンクからどう見えるか再確認するけど、その前に『何を確かめるか』『どう呼ぶか』合わせておくんやな。『右の方のあのスピーカー』だとよくわからないけど『丸スピーカー4番』って合わせておけば一発やろ?」

「へぇ……」

「スピンする時も、ヨッシーは真上照明気になるとかあるからな。技の入りとか確認する時に目印使う時もある。人にもよるけど、シングルでも確認してからリンク入った方がやり易いよ」

「なるほど……リンク入る前にそこまでするんだ」

 感心するいのりに、いるかが茶々を入れた。

「寧々子は意外と細かいからな」

「『意外と』は余計や。じゃあアップあるし、そろそろ行くか。ヨッシー」

「了解。寧々ちゃん」

 いのりは時計を見た。公式練習はアイスダンスが先だから、ペアもまだまだ時間があるはずだ。

「早くありませんか?」

「ペアはアップもお互い確認しながらやるからな。まあ、シングルでも誰かに細かく確認してもらいながらやった方がいいで。心拍とか測れるものはともかく、自分では気づかない調子のようなものもあるし、チェックにもなるしな」

「シングルでも、ですか」

 感心して思案顔になるいのりにいるかと良篤が補足する。

「人それぞれだよ。固めすぎもよくない場合がある。公式練習前ならその日の体調と気分次第で、とか、自分で判断するのも大事」

「そうだね。公式練習前まで何でも本番前の要領でやればいいわけじゃない。これも人それぞれ」

 最後に寧々子は薄い胸を反らせて締めくくった。

「まあ、どう準備するかはコーチと相談しといた方がいいわな。

 準備は基本やで。『基本をしっかりせよ』は『基本のキ』や。

 ほな、ヨッシー行こうか」

「ああ」

 

 寧々子が去った後、いのりはいるかに聞いた。

「寧々子ちゃんって、ペアで公式練習して、シングルでも公式練習するんですよね?」

「そうだよ。あの細かさは蓮華茶のやり方でもあるけど、ペアと揃えるためや、二刀流する上でシングルでの崩れ等の影響をペアに持ち越さない為の、手順の防衛でもあるな」

「ファイナルではわからなかったなぁ」

「……寧々子は英語が苦手だから、いっぱいいっぱいで海外ではいのりの相手できないんだろ」

「寧々子ちゃん英語苦手なんですか?」

「いけね。他選手の弱点バラしちゃった」

「……そうですね。海外の会場で英語できないと、会場下見とかも余裕なくなりますよね」

「ははは。勉強もしなよ。

 ただ、どこかのガリ勉みたくなるのも良くないと思うけど」

「どこかのガリ勉?」

 

 いるかは、会場の別の方角を指した。

「あれ」

「……わぁ」

 蓮華茶の選手の集まりの中に、分厚い参考書を何冊も開いて勉強している上桐天音がいた。なぜ、会場に来てまで受験勉強やってるのか。わりといのりもドン引きである。

 

「まあ、あれもアイツのルーティーンらしいよ。医大狙いだっけ? 受験とスケートとの二刀流も大変だねぇ。私はもう、間京大進学決まってるけど」

「……私は二刀流でなくていいです」

「ははは。英語だけは頑張ってみたら? あと、赤点あると推薦にも響くでしょ。今中2? 来年受験?」

「……」

 いのりは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

「赤点はないですが、提出物が……」

「冬休みの宿題とか?」

「……」

「ごめん。試合前に」

 いるかが真顔で謝るのが、いのりにはかえって痛かった。

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