結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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133話 全日本選手権 その2

———女子ショート

 

 ショート滑走順の抽選は予選成績等で3個抽選グループに分けて行われ、ショート推薦選手も成績や実績で各抽選グループに振り分けられる。ジュニア大会での推薦ノービス選手のような、育成目的の「やや後半のいい順番抽選グループ」が充てられることはない。そして今年の女子のショート一番滑走は、蓮華茶の推薦ジュニア選手、大和絵馬であった。

 

「まだジュニア選手、中学生なのに……一番滑走当たっちゃうなんてかわいそう」

「大丈夫かな……」

 観客が心配する中、絵馬は集中した表情でリンク中央へと向かう。

 

 すず姉が譲ってくれたこの全日本、またとない機会。

 世界戦にも選ばれへんかったウチの今年イチの晴れ舞台や。

 早く滑りたい。一番滑走でむしろ良かった。

 

 その心境が、自然な笑顔として、音楽と共にまろび出る。

 映画曲「路 o caminho」(オ・カミーニョ)に乗せて、氷上に美しい道のりが描かれる。

 「人生の残酷さと優しさ」「絶望と救済」が並立する、時代を超えて観客を揺さぶる世界観が滑走に乗る。まるで、彼女の苦難と歓喜を投影するように。

 氷上の時間を一秒も残らずすくい取り、苦い経験も最後の瞬間まで賞美するようなステップが彼女の滑走と人生を彩る。

 ラストが砂浜に倒れ込む男の姿で締めくくられると、見惚れていた観客は思い出したかのように、この幼い表現者に大きな拍手を贈った。

 

「一番滑走からすごかった。中学生とは思えない……」

「これは、続く選手たちのハードル、間違いなく上がるね」

 観客も熱を込めた視線で見守る中、点数がアナウンスされる。

「大和絵馬さんの得点、69.30。現在第1位です」

「!!!」

 キスクラの絵馬と蛇崩が歓喜に跳び上がる。

 高い。

 全日本ジュニアのSP時より上げて、亜子はもちろん、いのりや天音の全ジュニ時のSPの点数をわずかに上回っている。

 

「これが狼嵜世代……」

「岡崎いるかが上から3人を削ってきて、これか……」

「あーもう! 勝てるか! こんなもん!」

 シニアの選手の阿鼻叫喚が響き渡った。

 

 いや、響き渡り続けた。

 絵馬の弾き出した得点は、例年なら全日本でも表彰台を伺う選手のものである。今年はシニアもレベルが上がって来てるとはいえ、70点近い点数から始まる全日本はかつて例がなかった。

 当然、漬け続けた。6個グループのうち、2個グループ終了まで漬ける。大蜘蛛蘭も及ばなかった。

 

「良い調子やな、絵馬ちゃん」

 隣に座るジャパンジャージ姿のすずが声をかけるが、絵馬の耳には届いていない。追いつかれる恐怖が届かないよう、顔を伏せていた。

「(このまま行けば、ひょっとしたら……)」

 絵馬はわずかに繋がっている可能性に目を細め、意識を閉ざした。

 そんな、推薦ジュニアの微かな希望の芽を打ち砕いたのも、やはり推薦ジュニア、しかも、絵馬と同門の選手だった。

 

「上桐天音さんの得点、72.48。現在、第1位です」

「えっ!?」

 絵馬が顔を上げて呆気に取られる。

 抜かれたショックだけではない。

 絵馬は上桐天音の練習をいつも蓮華茶のリンクで見ていた。今年の天音はジャンプに集中した引き換えにPCSが弱く、エレメントの繋ぎもよくない。全日本ジュニアからもあまり改善しなかったようで、蛇崩コーチも練習中何度も頭を抱えていた。

 その上桐がなぜ、全ジュニのSPの点数から3点近く上げられた? 絵馬はわからなかった。

 

 不思議がる様子の絵馬にすずが聞いた。

「なんや、上桐先輩の演技、下向いて見とらへんかったんか?」

「うん……ごめん、なんで抜かされたん?」

 すずは半ば呆れて答えた。

「3Aや」

 

 ジュニアのルールでは、SPではアクセル要素として2Aを必ず跳ばなくてはならない。しかし、シニアのルールではアクセル要素は3Aでもいい。

 つまり、シニアルールでは、3Aジャンパーは基礎点3.3点の2Aを8.0点の3Aに置き換えられる。その基礎点差、4.7点。GOEで少し変わっても、3点ぐらいは軽く伸びる。

 

「胡荒亜子さんの得点、72.53。現在、第1位です」

「千板はるみさんの得点、73.96。現在、第1位です」

 3Aジャンパーのラッシュが続いたが、他の選手も3Aがないからと負けてはいない。

「烏羽ダリアさんの得点、72.84。現在、第2位です」

「紅熊寧々子さんの得点、73.61。現在、第2位です」

 

「おおーっ! 寧々子先輩やるやん! いい位置につけとるで」

 すずが快哉を叫ぶが、絵馬は抜かれた悔しさを堪えて歯噛みするのが精一杯だった。

 そんな絵馬の様子を見て、すずが嗜める。

「おい。そんな顔するなや。

 ええか。一番滑走、早い順番の滑走は難しい。それは、準備が短いからというのはもちろんある。しかしそれだけやのうて、上手く滑れて良い点を取ってからも、今度は別の難が来るもんや。

 追い上げられる怖さ、もうFSまで何もできない焦り、そういった中で、他人の失敗を願ってしまいそうにまでなってしまうことすらある。

 そんな時必要なものは何か、覚えているか?」

 

 絵馬は思い出したかのように反応した。

「覚えとる。基本の『ホ』や」

「そうや」

 絵馬は顔を上げ、再びリンクを見つめ出した。

 

 次の第4グループは追い上げるジュニア、ジュニシニたちの圧を受けてか、ややミスが目立った。

 70点以上は古柄香奈の70.11のみで、あとは軒並み点数を落とした。ショート足切りはどうやら60点台前半になりそうだ。

 

 そして、上位2グループを残し、製氷が入ったところに、すずたちのいる席を見つけた光がやって来た。今日はワンピース姿だ。

「すずちゃん、絵馬ちゃん、こんばんは」

「や、光はん。もうかりまっか?」

「んー。ぼちぼちでんなぁ。あ、脚の方もね」

「こっちのお脚もぼちぼちやわ」

 なぜか、似非ネイティブオオサカンなやり取りのついでに怪我の近況やり取り済ませると、光は絵馬に話しかけた。

「絵馬ちゃん。結構漬けてたね」

 

「うん……」

 それに対して絵馬は気のない返事をした。それをすずがフォローする。

「絵馬は光ちゃんの漬けきり記録再現できなかったからって、スネてんねん」

「え? ……あははっ。去年の全ジュニのね。

 あれもすごい手違いだったよね。抽選グループ分け忘れて抽選会やっちゃったって」

 絵馬はそんなすずの冗談に呆れ顔で冗談を返した。

「なんで全日本で漬けきれんねん。そんなんできたら漬物職人やで。赤生屋にスカウトされてまうわ」

「あははっ。おもしろーい。私も漬物職人?」

 光がノリつつすずの隣に座ると、ちょうどリンクは整氷が終わり、次のグループの6分間練習が始まるところだった。

 

「さあ、解説の漬物職人さん。このグループ、どう見ますか?」

 すずの実況の真似にノッて、光も知った顔で解説にかかる。

「そうですね。やはりスケーティング職人、結束いのり選手の活躍が期待できます。それとシニア1年目の高井原選手、どちらも若い選手です。この2人の若い選手達の勢いを他のシニアの選手が止められるかが、今グループの見どころとなるでしょう。言わば、今後の世代交代を占う戦いとなりそうです。

 いのりちゃんは4S、キノさんは4Tの4回転持ち。4回転が制限されているショートのうちに差をつけられないようなら、フリーでの勝ち目は薄くなります」

 

 そこで、光は付け加えた。

「キノさんの4T、魚淵先生が仕込んだんだよ」

 すずが目を細めた。

「らしいな。あと、栗尾根はんといるかはんの4Tも。

 女子はそれくらいみたいやけど、シニア男子の方でエラい事になっとるで。『3A、4Tは当たり前』って、どこかのカメラ屋かいなって」

 

 それに対して光は愉快そうな笑みを浮かべた。

「あははっ。楽しそう!」

 そこまで言って、光はふと、真顔になった。

「でも、そうして得た高難度ジャンプをいかに磨けるか、よね。

 いのりちゃんの4Sも、元は魚淵先生から伝授されたもの。でも、そこからさらに司先生と一緒に研ぎすまされ、安定さを増している」

「せやな。ジャンプはやっぱり跳べてからどう磨くか大事やな。まず、跳べんとどうしようもないがな」

 

 ここで、光もすずもリンクを睨み、真顔になった。

「……私も磨き直さないとね」

「……うちもやな。大会に使えるくらい練習したら脚を痛めるようなジャンプは磨き直しやな。

 そうや、光はん。いっこ聞いていい?」

「何?」

 

「……なんでいのりはん、鴗鳥式ルッツなんかに手を出したん?」

 質問した途端、空気が凍りついた。問いを口にしたすずも、答える光も、この質問の重大さには薄々勘付いていた。

 光はおもむろに答えた。

「4Lz目指してるのよ。いのりちゃんの前の跳び方なら3Lz止まりだから」

「マジか……まさかとは思ったが……」

 

 光は苦虫を噛み潰したような顔で続けた。

「特に私たちみたいな若い世代には、ジャンプの将来性はすごく大事。身体が大きくなっても跳べるか、練習し続けても足腰を痛めないか、さらに高度な技につなげられるか……」

「せやな……」

 すずは無意識に足をさすった。

 

 いのりの滑走が始まった。

 すずや光の見つめる中、いのりは最初のジャンプに入る。

 

 ……シュタッ、シュタッ

 3Lz+3Tがあざやかに決まった。

 

「完璧やな」

「そうね」

「いや、完璧とは違うけど、見るたびに改善されていってるわな。着地の際の膝の使い方、前はちょっと難しいジャンプになると少し沈み込んでた。今のジャンプは沈みこみがごくわずかにもかかわらず、しっかりと衝撃吸収できてる音がする」

 感心するすずの分析に、光は指を少し噛んで言った。

「このジャンプ設計と練成・修正手順には司先生の執念すら感じるよね。……私の4回転も設計し直して欲しい」

 ついつい、本音が漏れた。

 

 氷上ではいのりが楽しそうに演技を続けている。

 楽しいだろう。ジャンプのみならず、一つ一つの技の設計や練成ステップに、成長した自分の未来が見える。

 例え、その道のりがすぐさま点数や勝利につながらなくても、自分の成長が感じられる過程に、いのりはメダルを取るにもまさる喜びと達成感を感じつつあった。

 

「結束いのりさんの得点、72.80。現在、第4位です」

 




原作の方はこれからフリーというところで休載ですね……
シニアの、グランプリ5人出場という現実並みのおそろしいコトをやってのけたお姉様方のお名前欲しかった
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