結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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134話 全日本選手権 その3

———翌日、男子ショート

 

 女子のSPでは、いのりは7位となった。

 翌日、女子シングル選手は試合がなく、午前にアイスダンスFD、午後にペアFSが行われた。

 そして、夜には男子のSPが行われる。いのりも見学のために会場入りした。

 

 いのりが会場に来るとすずと光がいた。

「いのりはん、こっちこっち!」

「いのりちゃん! 配信見てた? いのりちゃんのいたルクス東山のえびたいペア、優勝したよ!」

「見てた見てた! すごく良かった。

 光ちゃん、生で見てたんだ」

 光がすずと肩を組んで答える。

「そうなの。『えびたいペア、曲もノリノリでいいよねー』とかすずちゃんと語ってた」

「ウチら試合ないし、今日も一日中観戦や。

 寧々子先輩も、ねねよしペアですごかったで!

 グランプリでも見せた『ベルタワーリフト』に『尖塔ツイスト』炸裂しとったで」

「うん! すごいよね。シニア1年目で銅メダルとか、寧々子ちゃんさすがだよね。

 もう、銀メダルのかもめペアに迫る勢いだったよね」

 キラキラと目を輝かせて興奮するいのりに、光が心配そうに言う。

「明日はシングルで出場するんだよ。パワフルよね。

 いのりちゃん、大丈夫? 公式練習では寧々子ちゃん、4S跳んでたよね」

「うん! 大丈夫! 任せて。絶対勝つよ!」

 いのりは堂々と宣言した。

「ははは。頼もしいな。じゃあ、そろそろ男子の1グループ始まるで。観客席行こか」

「そだね」「そうね」

 すずに促され、いのり達は観客席に向かった。

 

———

 

 半分の3コグループが終わったところで、いのりは緊張で溜めていた息を一気に吐き出した。

「……ぶはあっ。すごかったね。すごいものを見た。何で男子あんなに4T跳ぶの!?」

 すずが目を細めて解説した。

「噂によると、魚淵先生や。いのりちゃんも知ってるやろ?

 あの先生『今シーズン、12人くらい4回転跳ばすぞ!』言うて、あちこちのクラブ回ったんやそうや……

 いのりはんに4S仕込んだ時からまた、すごい進化しまくっとるで。あの先生。それなりのフィジカルある選手なら結構な確率で4T習得させられるほどの異世界転生トレーナーになっとるんや……」

「それでシニア男子選手、あんなにたくさん4T跳ぶんだ……」

 怯えるいのりに対して、光はむしろワクワク顔だ。

「キノさんとか鬼寅カンナちゃんに4T仕込んだのは知ってるけど、その後は男子選手のコーチの方で活躍してたんだ。

 いいなー。男子、楽しそう」

 楽しそうに話す光に、すずはちょっと引き気味に言った。

「そら、争うコトないウチらにとってはいいがな、蓮華茶は男子選手わりとおるんやで。純さんや蛇崩コーチが4回転跳ばせるようになった選手もおるけど……」

 

 あおりをくらい悲鳴を上げたのは推薦で出てきたジュニア男子である。フィジカルでシニアに敵うわけないジュニア男子で4回転を身につけて来れた者は少なく、3Aや4Tを翔び交う戦場でまともな戦いができた者はごく少数だった。

 気負ってまるで力が出せなかった選手もいた。

 

「ダメだった……」

 滑走を終えて出て来た鴎田隼翔が死にそうな顔になっている。

「世界ジュニアの可能性消えた……死にたい」

 その落ち込んだ様子に、近くにいたクラブメイトのすずも、声をかけようかどうか迷っていた。

 

 そこへ、ねねよしペアが通りがかった。

 いのりが早速声をかける。

「寧々子ちゃん! 銅メダルおめでとうございます」

「うん。ありがとう……明日はよろしくな」

「はい!」

 

 寧々子がいのり達と話していると、犀川良篤が、消沈している鴎田隼翔を見つけて檄を飛ばした。

「こらっ。隼翔、納得できない成績だったのはわかるが、演技終えて帰ってきてもその様子じゃいかんぞ。

 基本の『ホ』は何だ? 隼翔、言ってみろ」

「はい。『誇りを持て』です」

「そうだ。自分のやってきた事、今の自分、これからの自分に誇りを持て。

 負ける事はある。抜かれる事もある。しかし、誇りだけは自分で捨てない限り失われない」

「はい!」

 隼翔は良篤の叱咤を受けて、何とか立ち直った。

 

「……誇りを持て、か……」

 いのりは、昨年の全ジュニショート落ちの際に落ち込んで、光の励ましを受けて何とか立ち上がった。一人では立てなかった。胸の中の『誇り』を保ててなかった。

 いのりはかつての自分を恥じ、自戒と共に『誇り』を胸に刻んだ。

 

 すずが補足した。

「蓮華茶では、そう教えとんねん。誇りを失って、他人の失敗を願ってしまうようになったら選手としておしまいやしな」

 

 光は不思議そうに言った。

「へぇ。蓮華茶ではそうやっているんですね。私は特に考えたコトないなぁ……」

「……そうか。光はんはそうなんやな」

 先日、初めてすずに敗れたとは言え、ほぼ常勝街道を歩んでいる光にとっては確かに「他人の失敗を願ってしまいそうになる」という発想は縁遠いものなのだろうが、それをあっけらかんとして「考えたコトない」と言ってしまえる様子が、すずにはどうにも鼻につくもののように感じられた。

 

 すずはリンクの方に目を向けてわざとらしく言った。

「あ、アストラルローズの増楽選手出て来たな。この選手が最後の世界ジュニア候補か。この選手が成績大きく落としたら男子世界ジュニアの最後のひと枠は鴗鳥理凰君が濃厚になるな」

「え!?」

 光はこの言葉に引っかかり、途端にリンクに食い入るように目を向けた。

 

 ちょうどその時、増楽選手が3Aに詰まって転倒してしまった。

 光は思わずうれしそうな声を出してしまった。

「やった!」

 

「……」

「……光はん」

「……光ちゃん」

 光は「しまった」と思ったが、もう遅い。

 皆の冷たい視線に光は顔を赤くしてうずくまってしまった。

 

「あれ? 世界ジュニア候補って、アストラルローズの増楽選手じゃなくて琴日選手の方じゃなかったっけ?」

 良篤が聞くと、隼翔が半分拗ねたような声で答えた。

「そうですね」

 

「……すずちゃん?」

 光が恨みがましい目で見ると、すずはわざとらしくそっぽを向いて誤魔化した。

「記憶違いやったなぁ……」

「すずちゃん!」

 

 すずと光がそんな漫才をしているのをよそに、いのりは気になっていた事を良篤に聞いた。

「えっと、『基礎をしっかり』が基本の『キ』で、『誇りを持て』が基本の『ホ』……でも、『ン』から始まる言葉はないですよね? 基本の『ン』はないんですか?」

 良篤はにこやかな笑顔をつくって答えた。

「ははは……その存在は秘密かな」

 いのりは無邪気に笑った。

「はははっ。基本の『ン』はあるかないかヒミツなんですね」

「そうだね」

 

 スンッ……

「!?」

 その時、一瞬だけ、良篤の目がゾッとするような暗い色を帯びたのをいのりは感じた。

「……」

「なんだい?」

 いのりが見返すと、良篤の目はいつもどおりのにこやかさをたたえていた。

 

 今のは見間違い? と、いのりが考えていると、寧々子が良篤に促した。

「ヨッシー。そろそろ行くで」

「了解。それじゃ、隼翔。あまりクヨクヨするなよ。

 じゃ、また」

 そう言ってねねよしペアは去っていった。

 

「……」

 が、良篤は去り際にいのりに背中を向けたまま、一言だけ言った。

「基本の『ン』は、あるよ」

 

「え?」

 いのりが振り返った時、もう、ねねよしペアはいなかった。

 

———札幌、中島公園に程近いラーメン屋

 

 ショート落ちしてしまった札幌アストラルローズの増楽義弘は、トボトボと行きつけのラーメン屋に向かった。入口には「本日終了」の札がかかっていたが、義弘少年は構わず扉を開けた。

「おっちゃん。こんばんは」

 カウンターの中のホスト並みのイケメン店主が顔に似合わない無愛想な声で答える。

「おう。増楽君。残念だったな」

 義弘少年はカウンター席に腰掛けつつボヤいた。

「せっかく、全日本の推薦出場に滑り込んで、地元開催で『やった!』って思ってたのに。シニアの選手たち、なまら強くて何もできんかったべさ。悔しいわ」

「そっか。山口君の試作ラーメンならあるから食べてきな」

「ありがと。はやぶさ君は?」

「はやぶさは明日月寒のリンクで朝練あるで、もう寝たわ」

「そっか」

 

 しばらくすると、山口と呼ばれた禿げた小太りの店員がラーメンを持ってきた。

「今日は琴日君とか他の子は来るのかい?」

「いや。ショート落ちした俺だけ」

「なら、替え玉もできるで遠慮せずに言いな」

 そう言うと、山口店員は奥の調理場に戻った。義弘少年は店員と店主に礼を言った。

「ありがと……なあ、おっちゃん。いつもご馳走になって悪いし、明日の朝練、はやぶさ君送って行こうか?」

 店主は首を振って答えた。

「気い使わんでいいって。明日は女子の応援あるべさ? 応援に行ってやりな」

「いつも悪いな、おっちゃん。……おっちゃんはなんでいつも、フィギュアクラブのみんなにご馳走してくれるん? はやぶさ君にみんな優しいから?」

「さあな」

 聞かれた店主の代わりに、水を持って来た給仕姿の奥さんが答えた。

「はやぶさにはお姉さんにあたる子がおったんだわ。でも、行方不明になっちゃってね。もし、生きてたらはやぶさのようにフィギュアやらせたかったと思ってるんやわ。

 だから、アストラルローズのみんなが代わりに頑張ってくれたらいいなと思ってる」

 義弘少年はすまなさそうな顔になった。

「……そっか。なのにごめんな。あんまり頑張れずショート落ちしてしもうて」

「気にするな。元気だせや……スミちゃん。おしぼり持って来てあげて」

 店長は義弘少年を励ましたが、義弘少年はラーメンをすすりつつ、ついには泣きだしてしまった。

「この醤油ラーメン、なまらうまいわ。でも刻み玉ねぎのせいで涙出てくるんだわ。……だめだ、止まんないわ」

「いいって。ゆっくり食べな」

「ほんっとうまいわ。今まで食った醤油ラーメンの中で一番うまいわ……でも、おっちゃんのみそラーメンにはまだ敵わんけどね」

「そうか。山口君ももっと修行しなだめだな」

 義弘少年は、涙を流しては店長の奥さんの持って来たおしぼりで何度も顔を拭いつつ、熱いラーメンをすすった。

 

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