結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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135話 全日本選手権 その4

———女子フリー

 

 今年の全日本女子シングル。SPの結果からだけでも「世代交代」を伺わせるものであった。ショート時点のトップ10のうち、ジュニア3名、ジュニシニ4名。19才以上でトップ10に残れたのは鯱城理依奈、栗尾根茉莉花、千板はるみの3名のみだった。昨年、グランプリファイナルに出た古柄香奈や二ノ宮ひばりまでショートでトップ10入りできなかった。

 そして、もう一つ今大会特徴的なのは高難度化である。ショートでトップ10入りした選手のうち、3A持ちが4名、4回転持ちが6名。どちらも持っている選手は4Lo、4S、3Aを跳ぶ怪物ジャンパーの上桐天音1人であり、どちらも持っていない選手は烏羽ダリアのみである。

 また、これらのジャンパーの多くが今年から高難度ジャンプを跳びだした者ばかりなのも興味深い点である。

 昨シーズン以前から高難度ジャンプを跳んでいる者は、3A持ちの鯱城理依奈と千板はるみ、4S持ちの結束いのり、3A持ちの胡荒亜子の4名で、その他の高難度ジャンパーは皆、今年から高難度ジャンプを跳び始めたばかりの者達だ。

 

 世代交代と高難度ジャンプ時代への移り変わりの機運を漂わせる今年の女子シングル。4回転が跳べるようになるフリースケーティングが波乱の場とならないわけがなかった。

 フリーに残った24名が6人4個グループに分けられ、ショートの点数の低い者から滑走する。

 今年はレベルが高いとは言え、前半戦は落ち着いて進むと思われたが、第2グループ最終滑走者の大和絵馬の滑走が終わると一気に大嵐になった。

 

「大和絵馬さん。

 フリースケーティングの得点133.68。

 ショートプログラムとの合計202.98。

 現在、第1位です」

 

 観客がもはや恐怖まで感じているかのようにざわめいた。

「来た! もう来た! 200点超え!? この子、ジュニア1年目でしょ!? あり得ない!」

「しかも、ジュニアグランプリからもすごく点数伸ばしてきている。成長速度も恐ろしい……」

「この子が強化選手じゃない、ジュニアグランプリにも出られないって、訳わからない。シニアのグランプリに出てもおかしくない実力なのに……」

「狼嵜世代、バグってる……これで、狼嵜光や鹿本すず、八木夕凪が今回いないって言うんだから……」

「結束いのりや上桐天音の全ジュニの点数も超してるよ! これ!」

「なんという中学生や……」

 

 そんな観客からの激賞の渦中にありながら、キスクラの絵馬の表情は冷ややかだった。

「……うん。まあ、いい点数取れたけど。やっぱりこんなもんやな」

 テンションの低い絵馬の様子に、蛇崩がおそるおそる尋ねる。

「もうちょっと喜ばへん? ついに200点超えやで?」

 

 しかし、絵馬は冷めた口調で淡々と答えた。

「みんなも……上桐先輩も強うなっとるしな。フリーは上桐先輩ももっともっと超えてくるやろ? 整氷終わったらすぐ抜かされるわ」

「……まあ、そうやけど。喜べる時は喜んどきや」

「ほな、喜んどこか。うわー。やったー」

 あまりに投げやりな棒読みの喜び方に、蛇崩も渋い顔だ。

「……」

 

「ああ……もっと上手になりたいわ」

「……」

 蛇崩は、遠い目をする絵馬に何も声をかけることができなかった。

 

———

 

 絵馬の予想は正しかった。

 第3グループが始まっていきなり、22歳の古柄香奈がベテランの意地を見せ、フリー134.92点、合計205.03点ですぐさま絵馬を抜くと、シニア1年目高井原麒乃が4Tを決め、フリー139.86点、合計211.29点と、210点台の扉をこじ開ける。もう、21歳の二ノ宮ひばりが203.65点を叩き出しても誰も驚きはしなかった。

 

「おかしいよ……ひばりは去年のグランプリファイナル4位の選手なんだぞ……」

「『世界戦よりレベルの高い国内大会』とはよく言ったものだ……」

 

 そして、今シーズンの震源地、上桐天音の滑走が始まる。

 司はライリーと分析を確認して、この世界ジュニアで争うこととなるライバルを観察した。

「この選手は、おそらく『時間知覚が過度に正確』なんです。拍を驚くべき精度で追い、スピンまでそれに合わせて動ける」

「もちろん、フィジカルも驚異的ではありますが……何より恐ろしいのはジャンプの組み立ても『リズムに手順をハメてしまえる』ことで、複雑な組み立てを必要とする高難度ジャンプも跳べることですね」

「しかしその代償として、高難度ジャンプを跳ぶ前後には一度音楽から離れてしまう……高難度ジャンプの組み立てを音楽の中に溶け込ませる柔軟性には欠けている、といったところでしょう。わかりやすく言えば『高難度ジャンプは音楽に合わせて跳べない』」

「逆に言えば、そこさえ直せば高いジャンプ基礎点を活かし、140点、150点台も取れるでしょうが……」

「ショートではほぼ無策で、2Aを3Aにした分の伸びしかありませんでしたが、さて……」

 

 皆が見守る中、蓮華茶がこのフリーで取ってきた戦略は驚くべきものだった。

 冒頭、テーマ曲『ボレロ』が鳴りだすと、司はすぐ違和感に気づいた。

「違う……?」

「どうしました? 司先生」

「スネアドラムの叩き方が、なんだか4拍目にアクセントあって……」

「……そうですね。普通均一に叩きますよね」

「というか、このノイズのなさ……DTMでイチから編曲し直した? 何のために……? まさか……」

 

 司の予想が当たった。

 最初の4Loの入り出し、原曲にないコントラバスとティンパニが入っている。

 

 ……シュタッ

 

 着地後の際の細工も、観客はほとんど気付かないか、わずかな違和感を感じるくらいだった。

「すごい! 4Loキレイに決まった!」

「着地後の繋ぎも良くなってるけど……なんか微妙に曲のフレーズが違ってたような……」

 

 しかし、他のクラブのコーチ陣も気づきはじめた。

「着地時、フレーズの終わりが2拍長い」

「ジャンプ前に低音を厚くして、わかりやすい打楽器も加えて拍を取りやすくしている」

「やりやがりますね」

「ああ、間違いない。コイツら……選手の演技に合わせてイチから大胆に編曲し直してきやがった」

 

 『音ハメ』というテクニックがある。振り付けやジャンプ等エレメントを音楽に合わせて行う技術だ。天音がやったのは言わばその逆、『逆音ハメ』で、音楽の側を天音の演技に合わせてきたのだ。

 さらには、打楽器の打ち方にアクセントを加えたり、ジャンプ前後にわかりやすく拍の拾いやすい打楽器等加えることで、ジャンプ準備や着地時の拍の取り直しに手間取るような状況にならないようにしていた。

 

「作曲家、こんなに曲を魔改造されたら怒るよ」

「だから、クラシック曲使ってるFSではできても、最近の映画の劇中曲使ってるSPではできなかったのか……」

「『ボレロ』を切り刻みやがって……曲に合わせて踊るのがフィギュアだろ」

 批判じみた声が他クラブ関係者から漏れたが、編曲を行なった蓮華茶アシスタントコーチ家守朝緑は飄々とそれを受け止めた。

「衣装も振り付けも選手に合わせて最適化するモンで、音楽も競技のための素材の一つっスよ。曲の方を天音っちに合わせて何が悪い」

 

 審査員は淡々と採点した。

 成長性を見るジュニアと違い、シニアでは完成度が見られる。自分用に都合よく編曲した曲にかっちりと当てはめた天音の演技は、「表現が固いものの完成度は高い」ものと見なされた。

 コンビネーションジャンプで若干乱れがあったものの、大きく崩れることはかろうじて防ぎ、踏みとどまっていた。

 

「上桐天音さん。

 フリースケーティングの得点141.50。

 ショートプログラムとの合計213.98。

 現在、第1位です」

 

「出た……フリー140点台」

「最終グループ待たずして来たな」

 しかし、この上桐の大躍進すら、もはや驚きの対象ではなかった。

「さて。続いてJGPファイナルでワンツー決めた胡荒亜子と結束いのりか……」

 

 胡荒亜子は全ジュニやJGPFのような全力演技をしなかった。「キーウの大門」の最終ジャンプも単独3Aにして、激しい移動や深い膝の使用を抑えた振付に変更し、スピンもレベルを落としてGOEで補うものに替えていた。

 

「老獪ね。レオニードさん。まだ若いのに」

「全日本では大コケしなければいい、と。世界ジュニアを見据えて割り切りましたね」

「それでも、この出来は十分素晴らしい。むしろ、成長性より完成度を評価するシニアの評価基準に合っている」

 

「胡荒亜子さん。

 フリースケーティングの得点136.18。

 ショートプログラムとの合計208.71。

 現在、第2位です」

 

「抑えていたが……抑えてコレかよ」

「ジュニアグランプリ女王は伊達じゃないわね」

 観客も感心していたが、当の亜子自身も不思議がっていた。

「思っていたよりずっと高い点数……」

 そんな亜子に、胡荒コーチが説いた。

「張りつめて限界を目指した演技より、落ち着いた余裕ある演技の方が美しく見えるものよ。あと、亜子は自分で思っている以上に成長しているわ。自信持ちなさい」

 戦いの経験や勝利は人を成長させる。JGPで一つ大きな勝利を手にした亜子は、自覚している以上の進歩を遂げていた。

 

 しかし……亜子はボソリとつぶやいた。

「……なら、いのりちゃんには敵わないだろうなぁ……」

 

 毎日、同じリンクで競いあっているからわかる。今の結束いのりは全日本ジュニアの時より一味も二味も違う。

 全日本ジュニアの時から芽生え始めたいのりのセンスは、JGPファイナルの戦いや、グランプリの観戦を通じて、スポンジのように色々なものを吸収している。

 上半身の使い方の細やかさ、エッジワークのツヤ、シニア選手のような表情の艶やかさ。

 そして何より、いのり自身がその成長を自覚して楽しんで滑走に向き合っている。

 

「18番。スターフォックスFSC、結束いのりさん」

 

「行ってきます!」

「楽しんでおいで!」

 アナウンスが待ちきれなかったかのようにリンクに跳びだしていくその様子は、絵筆と大きなキャンバスを与えられた絵描きのものであった。

 ジュニアより長いフリーの演技時間も、スタミナ効率に優れたいのりにはご褒美タイムであった。

 

 まもなく1800平方メートルの氷盤の上に、若きエッジワークの芸術家による伸びやかな作品が仕上げられた。

 

「結束いのりさん。

 フリースケーティングの得点142.55。

 ショートプログラムとの合計215.35。

 現在、第1位です」




シニアのお姉様方の名前等わかったら、ここらへん直します。
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