結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

136 / 136
136話 全日本選手権 その5

———表彰式

 

 後々まで語り継がれるであろう伝説の全日本選手権、女子シングルが終わった。

 1位は安定した3Aと高い表現力で他を圧倒した鯱城理依奈。2位は骨折から脅威の復活を見せ、4T+3T+2Loを決めてみせた岡崎いるか。3位は4Sからのコンビネーションに加え、PCSでも脅威の成長を見せた結束いのり。

 

 しかし、表彰台の上のいのりは少し不満そうだった。

「どうしたの? いのりちゃん?」

 理依奈に聞かれて、いのりが答える。

「わたし、今年まだ一回も金メダル取ってないんですよ。もう、今年終わっちゃう……」

「あははっ。それは仕方ないな。来年一発目、世界ジュニアで頼むよ」

「はいっ!」

 理依奈といのりの会話に、声を出せないいるかは腹を抱えて苦笑いした。

 

 そんな表彰台の様子を、他の選手はリンクサイドで見ていた。

「あらあら。名古屋ブロックで会った小さな子が、もうこんなにも成長して……」

 感慨深そうに言ったのは、3Loで転倒し合計214.42点で今回4位の栗尾根茉莉花。

「もう、『小さな子』じゃないしな……」

 そう突っ込んだのは8位に沈んだ千板はるみ。3Aも跳びPCSも高く合計210.70点と大健闘だったが、演技全体を慎重に固めすぎた結果、GOEが伸びなかった。

 

「え? 小さい子? 呼んだ呼んだ?」

「ちょっと先輩。やめましょうよ」

 そう千板に煽るような反応をしたのは6、5位に並んだ蓮華茶の低身長の2人、紅熊寧々子と上桐天音。天音の躍進もさることながら、4Sを跳んだ寧々子もミスを最小限に抑えて合計213.94点と、ペアとのかけもち選手とは信じられない好成績だった。

 

「寧々子〜♪」

「わっ。ちょっとやめてやめてっ!」

 4Tを跳んで7位の高井原麒乃が、調子に乗った寧々子の髪をわしゃわしゃと乱す。身長の違い過ぎる同い年凸凹コンビが仲良くじゃれ合う。

 そんなやりとりの中、麒乃は寧々子にそっと耳打ちした。

「四大陸、ちゃんと来なさいよ。リベンジしたいから」

「……派遣の選考結果は明日の男子終わってからやん。気が早いで」

 寧々子は表情を隠して顔を背けた。

 

———プレス控え

 

 実叶は大忙しだった。

 女子シングルの日はメディアも大忙しで、ミックスゾーンから取材から、表彰式まで働き詰めだった。

 22時近くにやっと一息ついて、N*K正社員の中村記者に報告をする。

「はぁ、はぁ……中村先輩。胡荒亜子選手の囲み取材も撮りました……」

「ありがとう。助かるわ。チェックはこちらでするわ。

 じゃあ、いよいよ結束選手ね。家族とホテルに戻る際の歩行取材という形で『自然な』素材撮りたいって言ってあったけど、準備いい?」

 

 実叶は『自然な』の節に苦笑した。

 『自然な』画を撮る方法は全く自然ではない。

「いのりは待たせてますし、帰りのタクシーも手配済みです。司コーチは今回は先に帰ってもらってます。ワイヤレスマイクも車の中でつけさせます。ホテルから少し離れた中島公園沿いの道に、明るく映り込みもよく喧騒もないルートを見つけました。先輩は助手席から、運転手さんに降りる場所説明お願いします」

「了解。車の中でも少し撮らせてもらうわよ。じゃあ、こちらもキリがついたし、律儀にお姉さん待ってくれている結束選手のところに行きますか」

 

———

 

「おなか空いた」

 いのりは実叶を見るなりそう文句を言った。

 17時試合開始から今まで補食のバナナしか食べていない。大きな試合なので表彰式の後も取材等で時間取られたし、ついでにドーピング検査で水飲まされたので余計に腹が減っている。もう22時を回っている。

「あはは……待たせてごめんね。じゃあ、この人がインタビュアーの中村さんね。車の中と、タクシー降りてからの取材お願いね」

「N*Kの中村です。よろしくお願いします」

 いのりはインタビュアーを姉の上司と見るや、大きく頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いします。結束選手。いつもどおり、お姉さんと一緒で雑談しながら帰ってくれたらいいから」

 

 そんな調子で用意されたタクシーに乗り、取材されながらホテルの近くに向かう。もう、いのりもインタビューにはだいぶ慣れてきたし、実叶が隣にいる事で突っ込んだ話題も気軽に感じる。

 コーチの育成方針の話題から、対立してしまったエピソードを話し、タクシーを降りてからは歩きながら、去年のJGPファイナル前の行き違いの話をしていた。

「それでわたし、そのまま電車から降りずに……」

「そんな事もあったんですね」

 

 話が続いて実叶の話が出てきた。

「……そしてJGPファイナルに向けての目標がまとまったところで、お姉ちゃんが出てきて、

『みんなでラーメン食べて帰りません?』って……」

 その時だった。

 

 ぐうぅ……

 いのりの腹の虫が大きく鳴った。

 途端にいのりは極度の空腹感に襲われて、うわごとのように道を逸れて行った。

「オナカスイタ……オナカスイタ……ラーメン屋があるのがいけない……あるのがいけない……」

 誘蛾灯に惹かれるようにいのりはふらふらと目に入ったラーメン屋に歩いていく。

 スターフォックスは食事制限をしないとは言え、増量食の代名詞であるラーメンはおいそれと食べられない。いのりが最後のラーメンを食べたのは、もう何ヶ月も前だった。

「ちょ、ちょっと、のんちゃん!?」

 慌てて実叶は追いかける。

 インタビュアーの中村記者は「これはこれで面白そうな素材ね」と、カメラを回しながらついて行った。

 

 いのりの見つけたラーメン屋ののれんには「狼ラーメン」と書いてあった。止める間もなくいのりが入り口を開けると、生姜の匂いと味噌の匂いがいのりの鼻腔から胃袋まで直撃した。

 『この店は絶対に美味しいに違いない!』

 そう、いのりが確信した次の瞬間、客待ちの椅子に座っていた初老の男の声で、いのりは絶望に追いやられた。

「またスケートの子が来た。もう、列は切ってるよ。スープ切れだとさ」

 

 ……がーん

 いのりは放心状態になり、ふらふらと出て行った。

「札幌まで来たのに……何も北海道らしいもの食べてない……ううぅ」

 そこに、女性店員が慌てて出てきた。

「待って! ひょっとして、全日本に出てた結束いのりちゃん?」

 いのりは振り返り、恨みがましそうな目で答えた。

「はい……そうですが?」

 

 40前くらいの女性店員は、興奮して話しかけてきた。

「やっぱりそうなの!? うちの子もスケートやってて。アストラルローズFSC知ってます? 女子だと千板はるみ選手とか所属してて……」

「千板選手はわかりますけど……」

 いのりは面倒くさそうだった。ラーメンにありつけない以上、早く帰ってホテルのサンドイッチでもいいから空腹を満たしたかった。

 女性店員はすまなさそうに続けた。

「ごめんなさいね。今日はもうダメだけど、結束選手は明日エキジビジョンにも出るのよね? 3人? 明日来てくれたらすぐ入れてあげられるんだけど……」

 いのりの表情が少し明るくなった。

「そうですか! 良かった。実は今日まで試合だったんで、あまり食べられてなくて……ラーメンとかひさしぶりなんです。

 お姉ちゃん、明日いい?」

「いいけど、ちょっと待って……」

 

 実叶の後ろから、中村記者が出てきた。

「すいません。N*Kの中村です。ちょっとだけいいですか?」

 いのりはハッとした。

「いけない! 取材中だった!」

 

———

 

 女性店員は店主の奥さんだという事だった。ものすごく熱心なフィギュアファンで、いのりは頼まれて店の前で何枚も写真を撮った。

 そのまま店の前で取材を済ませた後、明日、実叶と司コーチと3人で来る予約をしてホテルに戻った。

「面白い画が撮れたわ。ありがとう、結束さん。またよろしくね」

 中村記者はホクホク顔で帰っていった。

 

———

 

 ホテルのレストランでは大会関係者用軽食が用意されており、ちょうど司とライリーが食事をしていた。

 いのりはサンドイッチと牛乳をとって司たちのテーブルに行くと、司に聞いた。

「司先生。明日の懇親会の後『狼ラーメン』ってラーメン屋さん行きません? ホテルのすぐ近くなんです」

「いいよ」

 と、その司の返答になぜかライリーが割り込んできた。

「ちょ、ちょっと待って!

 『狼ラーメン』って、知る人ぞ知る、あの『狼ラーメン』!?」

 いのりは目をぱちくりさせながら答えた。

「はい? 『狼ラーメン』で間違いないですけど。このお店です」

 いのりの取り出したスマホの写真をライリーは食い入るように見つめる。

 

「このお店、北海道どころか日本1、2を争う生姜系味噌ラーメンの名店よ。店主は『純嶺』での修行時代にラーメン勝負で勝ち続けて殿堂入りしてるわ。

 そこから独立して店ができたのは4年前だけど、有名すぎてものすごく並ぶし予約不可だから、私も食べた事ないのよね。大会期間中にそんな暇ないし……」

「そうなんですか? 今日はもうスープ切れでしたが、明日は特別に3名で席とってくれるって……」

「嘘! 予約!?」

「はい。店主の奥さん、この写真の方がすごいフィギュアファンで、わたしに特別に……」

 

 その話を聞いてライリーは司を睨んで言った。

「結束選手のファンサービスに金メダリストとして付き合ってあげる必要がありそうですね」

「はい」

 

 翌日の「狼ラーメン」には司の代わりにライリーが行く事になった。

 

———ゆいつかブログ

 

実叶 20xx/12/26 23:51

「3位!」

 皆さんの応援のおかげで、今日いのりは全日本選手権で3位でした!シニアの選手の中でこんなに頑張れるなんて、もう大感激です。

 でも、本人は「今年は1回も金メダル取れなかった」なんてぼやいてました。妹よ! ジュニアなんだから焦らないで! 全日本で金メダルはまだ早いよ!

 表彰式とかで帰りは遅くなってたので、いっしょにラーメン屋に寄ろうとしましたが、なんとスープ切れで食べられず、すごく悔しがっていました。

 でも、店員さんが優しい方でフィギュアファンだったので、明日入れてくれることになりました。明日は久しぶりにのんちゃんと食事です。

 

FS、表彰式<<→→写真、動画リンク>>

帰り道(ラーメン屋前)<<→→写真、動画リンク>>

 

――

///まいんこぷたー 20xx/12/27 00:32

おめでとうございます!

<<以下、22件のコメント→→展開する>>

 

 

———翌朝、名古屋、高峰宅

 

 名古屋の自宅で妻と夫婦水入らずの時間を過ごしていた高峰匠は「ゆいつかブログ」を見て仰天した。

「なんて事だ! これは……間違いない!」

 そして、何ヶ所かに電話をかけまくった。

 

「あなた? どうしました?」

 妻から問われても取り合わず、高峰匠は慌ててコートを着ると言った。

「今から札幌に行ってくる!」

「今から? 全日本は今日の男子FSで終わりで……ああ、いってらっしゃい」

「行ってくる!」

 弓から放たれたように飛び出していく夫に、ただただ茫然とする匠の妻だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

岡崎いるかの生存戦略(作者:戎韜)(原作:メダリスト)

スケートに命をかけすぎて本当に命削ってそうな姉と、壊れた空気清浄機と化してしまった弟が奮闘する物語。▼


総合評価:2136/評価:8.7/連載:25話/更新日時:2026年05月16日(土) 03:10 小説情報

氷焔の獣ってなんですか?(作者:荒島)(原作:メダリスト)

全日本ノービス選手権4連覇。▼あまりにも眩い才能の輝きでスケートリンクを照らした天才は12歳で姿を消した。▼6年後、明浦路 司は深夜のスケートリンクで滑る1人の青年を見つける


総合評価:4990/評価:8.73/連載:32話/更新日時:2026年04月05日(日) 11:00 小説情報

明浦路司をメダリストに(作者:asim)(原作:メダリスト)

明浦路司が無双する話が見たかったんや。▼主人公は転生者ですが、序盤以外あまり出てきません。


総合評価:9636/評価:8.4/完結:33話/更新日時:2026年06月03日(水) 08:00 小説情報

不幸の温度はちょうどいい(作者:ペンシルガン)(原作:メダリスト)

フィギュアスケート女子シングル、ジュニア日本代表、岡崎いるか。▼彼女は以前、たった一人の弟と凄く真面目な話をした。▼雑談を交えながら寝る前に5時間ほど。徹夜になって次の日は死んだ。▼この時に話し合った最大の難題と答えは以下の通り。▼Q.自分たちは可哀想なきょうだいなのか▼A.鼻で笑って否定する▼性格は似ていない二人だったが、なにかにつけて同じ答えにたどり着く…


総合評価:46/評価:-.--/完結:7話/更新日時:2026年03月29日(日) 01:51 小説情報

いつか途切れた、音の続きを(作者:いつかの音色)(原作:響け!ユーフォニアム)

 中学二年生のあの時、私は間違えた。私の行動一つで部が崩壊してしまうと、あの時の私は知らなかった。そして、私は逃げてしまった。▼ 周囲への気配りが足りなかった。みんなが何を考えているか、なんて全然考えていなかった。何より、心が弱かった。▼ もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。私はもう絶対に、逃げたりしない。▼ ▼△▼ 南中出身、音楽チートの主人公を黄前世代に…


総合評価:3628/評価:9.02/連載:22話/更新日時:2026年06月21日(日) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>