結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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137話 狼嵜

———ホテル

 

 ライリーは朝早くからかかってきた電話に閉口しつつも対応した。

「はい、もしもし。……匠先生!? こんな朝早くに……ご存知でしょう? 今日は鵯君の試合が……え!? 嘘!? ……『ゆいつかブログ』? ちょ、ちょっと実叶さんに聞いてみます!」

 電話の内容に慌てつつ身支度をすると、ライリーは実叶といのりの部屋に行った。

 

「実叶さん! いる?」

「はい。いのりはまだ朝食から戻ってませんが、何ですか?」

 ライリーは部屋に入ると、実叶に「ゆいつかブログ」の昨日の記事を見せて言った。

「この『狼ラーメン』の店員さん。夜鷹純さんの生き別れのお姉さんの『夜鷹澄』さんかもしれないの。もっと写りの良い写真や声のわかる動画ない?」

「えっ!? はい、あります。あと、その店員さん、店主の奥さんですが、店主さんから『スミちゃん』と呼ばれていました」

「間違いないわね……」

 

 これはもう踏み込まなければ。

 ライリーは「狼嵜光の養父」に電話をかけた。

 

———会場

 

 ライリーは会場で女子のエキジビジョン練習を見ながら、鴗鳥慎一郎と話していた。

「そうですか、澄さんが……良かった」

「ええ。狼嵜光には『両親は亡くなっている』と嘘をついていたことになりますね。里親の付きがちな嘘ではありますが……この件については養父の方に伺ったところ、『家の者をよこす』と返答いただきました。今日にもこの会場かホテルの方に来ていただけるとのことです」

 

 慎一郎は夜鷹純の方を探していた。

「純君とは連絡が取れないが、蓮華茶の方で心当たりがあるようだ。ただ、理凰の試合が終わるまでは僕も向こうも身動き取りにくくて……」

 ライリーも困った顔で答える。

「私もですね。流石にいのりちゃん亜子ちゃん置いて光ちゃん連れていくわけにもいかないですし、養父の洛湖さんの方とも相談したいところで……」

 

 と、そこへ背広姿のビジネスマン風、痩せた頭の薄い眼鏡の男と固太りの中年女の2人がやってきた。

「失礼。ライリー・フォックス先生に鴗鳥慎一郎先生ですね」

「はい、あなたがたは?」

 ライリーが問い返すと、男の方から名乗ってきた。

「私、洛湖の使いで参りました綿貫と申します。こちらは私の部下の五位崎です。

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「五位崎です。よろしく」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 ライリーの背中の毛が逆立った。ライリーの頭の中で嘘警報が鳴り響きまくった。

 

 とりあえず、少なくとも女の方が偽名を名乗っているらしいことはわかるが、男の言葉がどこまで嘘かわからないので聞き返す。

「ええと、洛湖さんの使いの方という事で良かったですか?」

「はい」

「……」

 その点は嘘がないようだ。しかし、名乗りから嘘をつくような者たちなので、信用はならない。

 

 綿貫と名乗った男はライリーと慎一郎に釈明する。

「すいませんね。洛湖さんは来られないので、私から代わりにお詫びさせていただきます……狼嵜光の実の両親と生きている事を隠していた事を」

「……事情がおありなのでしょうが、説明していただけますか?」

 ライリーがやんわりと問うと、綿貫はスマホを取り出しつつ言った。

「実は、狼嵜のおばあさま、狼嵜光を夜鷹さんにお預けした方ですが、3年前に亡くなっておりまして……」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 もう、洛湖翁の使いという事以外は何も信用できないが、黙って差し出されたスマホを見るとQRコードが表示されていた。

「こちら、狼嵜のおばあさまが残されたビデオレターになります。ご覧下さい」

 

 ライリーと慎一郎がQRコードを読むと、終活サービスのビデオレターに繋がった。

 病室のベッドで身体を起こした老婆がいる。狼嵜光のロケットの写真でも見た『狼嵜のおばあさま』だ。

 鼻に呼吸補助チューブをつけてはいたが、はっきりした声でカメラに向かって話をしていた。

「光ちゃん。

 光ちゃんがこのビデオを見ている時は、おばあちゃんは亡くなっていると思います。

 私が生きている時には伝えられなかった事を伝えます。

 あなたのお父さん、お母さんは生きています。二人とも亡くなっていると言っていたのはウソをついていました。ごめんなさい。

 あなたのお父さんは魚瀬正太という人で、お母さんは魚瀬澄という人です。お母さんは名字は変わっていますが、夜鷹純さんのお姉さんにあたる人です。二人とも元気です。

 どうして2人のことを隠していたかというと、魚瀬さんも澄さんもとても貧乏だったからです。

 澄さんはあなたが産まれた時、とても育てられないと遠い親戚筋にあたる洛湖のお爺さんに預けました。その時、お爺さんはせめて澄さんが普通に生活できるようにお金を渡したのですが、澄さんはそのお金を全部魚瀬さんに渡してしまい、魚瀬さんはそのお金をすぐ全部自分の事に使ってしまいました。

 洛湖のお爺さんはすごく怒り、2人との連絡を断って、光ちゃんを返さない事にしました。そして、光ちゃんは戸籍上は洛湖さんの分家の私の養子になりました。

 狼嵜の家は古いしきたりばかりで幼い光ちゃんにとっては窮屈だったかもしれませんね。私もそう思ったし、あなたの叔父さんの夜鷹純さんは立派なスケート選手でしたので、あなたもスケート選手になれないかと、純さんにお預けしました。

 純さんも澄さんと互いの所在知りませんでしたし、あなたが姪にあたる子という事も純さんには隠しておきました。

 あなたがスケート選手としてすごく立派になり、私はとても喜んでいます。これからも活躍できるよう、私がいなくなっても、あなたが成人するまでは選手生活に不自由しないように、私の子供たちにも遺言しておきました。

 私がいなくても、スケート頑張ってください。私は天国からあなたの活躍を見守っています」

 

 ビデオレターはそこで終わっていた。

 綿貫が補足する。

「狼嵜のおばあさまの遺志で、光さんの競技生活に影響しないよう、おばあさまの死の事は隠してました。両親の事も引き続き」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 慎一郎はその説明に納得がいったようだが、嘘が含まれている事に気付いているライリーは追及を入れた。

「魚瀬正太さんは少なくとも6、7年前にはテレビ等でも『純嶺の懐刀』として有名な料理人でしたし、4年前、狼嵜のお婆さんが亡くなる前には『狼ラーメン』という大評判店を立ち上げられてましたが……」

 綿貫は気まずそうに答えた。

「分家筋の私が言うのも何ですが、洛湖のお爺さんも狼嵜のおばあさまも考えが古く、魚瀬正太という料理人を認めてなくて……

 ただ、事が明らかになった時にはもう魚瀬夫婦の元に戻っても問題ないと考えてます。もちろん、その場合も光さんへの支援はそのまま続けると、洛湖のお爺さんも申しております」

 

 ライリーはうなづいた。

「わかりました。光ちゃんには全て明かした上で本人にどうするか決めさせます」

 綿貫は満足そうに答えた。

「はい。よろしくお願いします」

 

 この綿貫という男が言う事がどこまで本当かはわからないが、全てを光に明かして問題ない事はわかった。あとは、光にどう明かそう……

 と、ライリーが慎一郎に相談しようとした時、不思議なことに気づいた。

「あれ? 慎一郎先生?」

 慎一郎がいつの間にか、離れたリンクサイドの向こう側で理凰の指導をしている。

 

 綿貫が不思議そうに言った。

「どうしました? 鴗鳥先生は先ほど『理凰の指導があるので、ここで』と言って中座されましたよね?」

「……!?」

 ライリーは混乱した。

 どう考えてもそんな事を言われた覚えはおろか、慎一郎があんな離れた位置に行けるほど目を離した覚えもない。

 なのに、そんな綿貫の指摘に嘘センサーの反応はない。

 

 戸惑うライリーに綿貫はひょんな事を聞いてきた。

「ところで、ライリーさんは米国やその他の『特殊な能力』について調べる組織に関わってたりします?」

「へ? い、いいえ……」

 虚を突かれたライリーはそう答え、気付いた。

 綿貫の目が、こちらの答えの裏取りをするかのように自分の目の奥を覗き込んでいる事を。

 

 綿貫は一瞬だけ見せた眼光を隠しつつ、にこやかな表情をつくって言った。

「……つまらない質問にお答えいただき、ありがとうございます。ライリーさんも大変ですね。そんな『特別な能力』がありながら、真っ当な指導者の道を進んでいらっしゃる」

 ライリーは慌てまくって問い返した。

「あ、あなた!? ひょっとして私と同じ『特別な能力』の持ち主?」

 綿貫はニヤリと渡って答えた。

「いいえ。あなたの隠している能力のことなんて知るべくもない」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「……」

 

 凍りつくライリーに綿貫は首飾りを取り出して言った。

「これをどうぞ」

 狼嵜光のものと同じようなロケットだ。写真は入っていない。

「これは?」

「あなたが渡している金属製の栞と同じ意図です」

 綿貫はそう答えて、ライリーの手にそれを握らせた。

 

 その時、ライリーの後から胡荒コーチが話しかけてきた。

「ライリー先生。そろそろ鵯君の時間ですよ。司先生が呼んでいます」

 ライリーは我にかえって応えた。

「あ、うん。今、この方と話してて……」

 

 胡荒コーチは目を丸くして答えた。

「誰とです?」

「え?」

 ライリーが見回すと、綿貫も五位崎もいなかった。

 

「……狸に化かされた?」

 手の中のロケットをまじまじと見つめ、そんな事を呟くライリーを胡荒コーチは連れていった。

「ほらほら、先生。鵯君待ってますよ」

 

———

 

 会場の外で、五位崎は綿貫に話しかけた。

「あんな感じで良かったんですかね?」

 綿貫は剽軽な笑みを浮かべて応えた。

「まあ、狼嵜光の件はずっと昔にカタついている話だからね。世に出せないような『能力』に目覚めちゃってたら別だけど。

 今回はついでにライリー先生がただの先生ってウラ取れたし、良かったさ」

「狼嵜のおばあちゃん、連れてきた方が良かったんじゃないですか?」

 

 綿貫はとんでもないと言った顔になった。

「元狼嵜さん? まさか。あの人は引退生活楽しんで、今頃すすきので本物の孫たちと蟹食ってるよ。

 そっちの元々の用事は終わったの?」

「終わってます。ついでに、元狼嵜さんに頼まれた『ありのみ』さんの本も入手しました。

 あと、狼嵜光にもさっきのビデオレター見せておきました」

 

 それを聞いて、綿貫はちょっと困った顔になった。

「それはちょっとタイミング……。向こうの都合考えずに仕事急ぎすぎ」




「魚瀬」は魚ではなく、アイヌ語で「吠えるもの=狼」の「ウオセ」
「洛湖」(ラッコ)はアイヌ語の「カワウソ」で「人と神の境界をかき乱す悪戯のカムイ」です。
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