結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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139話 狼ラーメン 中編

 狼嵜光は謝りまくる両親に言った。

「もう! 謝るのはやめて! それより、私のいなかった時のことを聞きたいな。弟がいるんでしょ?

 私も、夜鷹純……おじさんや、鴗鳥さんの家や、ライリー先生、お世話になった人たちのこと、お話ししたい」

 

 そうして、狼嵜光と両親は、臨時休業にした店の中で、お互いに長い長い身の上話をした。今までに失った時間を取り戻すように。

 店員と実叶は店の隅で邪魔せず聞いていた。

 

 やがて昼食の時間になり、店主の正太から自慢のラーメンが振る舞われた。

「これがお父さんのラーメン……うん! 美味しい!」

 光はすごい勢いで食べ進める。

「すすって食べる麺最高……。うわ、このエビワンタン、とろける……」

 そして、あっという間に平らげてしまった。

「ごちそうさまでした。なんか、あっと言う間だった。すごくおいしかったけど……おかわりとかどうしよう。今はあまり運動できないからなぁ……」

 

 澄が少し心配そうに尋ねる。

「今は怪我で試合とかお休みなのよね? やっぱりカロリーとか気になるの?」

「そんなにカロリー抑えなきゃってわけじゃないけど、流石におかわりわね……」

 そんな妻子の会話を聞いて、正太は言った。

「じゃあ、茶碗蒸しくらいなら入るか?」

「え? お父さんそんなの作れるの?」

 意外そうに聞く娘に、父は苦笑しながら答えた。

「お父さん、いろいろ作れるよ」

「お父さん、なんでも作れるわよ」

 澄が胸を張って補足した。

「嬉しい。私、卵料理好きだから、食べたい」

 光も楽しそうだった。

 

 そんな様子を、実叶は店の隅から見守っていた。

 というか、結構忙しかった。会場の中を走り回る仕事と比べれば楽ではあるが。

 ライリーや高峰匠とメッセージで状況のやりとりしたり、上司にあたる中村記者に事情を説明したり、持ち帰った仕事——取材データの整理や書き起こし等——をしたりと、会場を離れれば離れたで仕事がなくなるわけではないのが情報社会。

 魚瀬夫妻や狼嵜光のことについては中村記者から、プライベートすぎる事情なこともあり、話には踏み込まず側で聞き取った事情を書き留めるだけにしなさいと言われていた。

 

 実叶がそうしてひょんな縁から、全日本の舞台裏で起きていた、この『狼嵜光とその生き別れの両親との再会』の出来事を見守る中、続々と役者が集まりつつあった。

「あの……。澄さん。高峰匠先生が今、新千歳空港に降りられて、こちらに来られるそうです」

 

———真駒内公園の喫煙ボックス

 

「てーい! すずちゃんたっくる!」

 すずに捕まった夜鷹純は目を細めた。

「……すずちゃん。どうしてここが?」

 

 戸惑う夜鷹に構わず、すずはまくし立てた。

「そんなことより、あんさんのお姉さんが見つかったんやで! 今、光ちゃんも行ってる! 純はんもすぐ行ってやり! 詳しいことはタクシーの中で話すわ!」

「ね、姉さんが? ど、どこに?」

 すずは驚く夜鷹をタクシーに有無を言わさず叩き込んだ。

 

———「狼ラーメン」前

 

「(やばいやばい……)」

 店の前まで来た夜鷹純だったが、中に入るのを躊躇していた。

「(光が姉さんの子なんて知らなかった……あんな虐待チックな指導してたとか知られたら……)」

 つまらない心配に囚われた純を、すずが店の中に蹴り入れる。

「何止まってんねん。あとつかえとるんやし、さっさと入り」

 げし

 

 店に入ってきた純を見て、澄が言葉を失う。

「純……」

「姉さん……」

 しばらくの沈黙の後、澄の方から口を開いた。

「元気そうで良かった……。引退してから全然消息聞かないから心配していたわ」

 純は目を伏せながら答えた。

「姉さんも……子供産まれて大変とか知らなかった。ごめん」

「純も、引退した後つらかっただろうに、私の娘の面倒見てくれてたなんて。すまなかったね」

「……いや、それは慎一郎君が全部やってくれて。僕はスケート教えてただけ」

「それが一番すごいじゃない。あの狼嵜光が私の娘だったなんて……もう、生きていてくれただけで嬉しいのに。純も立派な指導者になって」

「いや、100%光の才能で……」

 

 しどろもどろの純の背中をすずが叩いた。

 ばんばんっ

「いてっ!」

「しゃんとしい、純はん。もうじき、ちゃんと指導者始めるんやろ! ああ言われた時はこうするんやで」

 そういうと、すずは腕を組んでしなを作って言った。

「『僕は大したことはしていません。100%本人の才能ですよ』っと、こんな具合や」

「……それ、いいね。次から使わせてもらうよ」

 純はまんざらでもない笑みを浮かべた。

 

「夜鷹さん。コーチ始めるんですか?」

 光にそう聞かれると、純は少しよそよそしく答えた。

「光ちゃんにはちょっと教えられないな。仕事だからね」

「……あ、そうですか。すいません」

 突き放されたような返事をされ、少し残念そうな光を見て、すずは光に声をかけた。

「ちょいちょい。光はん、こっち来て」

「なに? すずちゃん」

 

 すずは店の隅で、光に耳打ちした。

「光はん、純はんとは付き合い長いハズやのにわかっとらへんなぁ。純はん、『夜鷹さん』って呼んだらメッチャ機嫌悪くなるで。まだ、『おっさん』呼びの方がいいくらいや。

 試しに『純さん』って呼んでみ」

「え?……」

 光は狐につままれたような表情をしつつ、試してみる。

「純さん。新しいお仕事は何されるんですか?」

 効果覿面だった。純は表情にこそ出さなかったが、珍しく口数多めにスラスラと答えた。

「コーチではないけど、似たような指導職だね。特定の生徒を持つわけじゃなく、全体を見る立場かな。好きなようにやってくれとは言われてるけどね。詳しい事はまだ教えられないけど、年明けに名古屋で大きな発表があるよ」

「……教えてくれてありがとうございます」

 解せぬ……。名前の呼び方でこれほどまで機嫌が変わるとは今まで気づかなかった光だった。

 

「純はん。次の仕事は名古屋やったんや。そこは知らんかったな」

 すずが聞くと、純が答え、澄も安心した笑顔を見せた。

「そうだね。蓮華茶は2月いっぱいまでお世話になるかな」

「純も次の仕事決まってて、良かったわね。頑張ってね」

 

 そんな話をしていると、ちょうど高峰匠が入ってきた。

「澄さん、純くん……」

「匠先生……ご無沙汰してます」

「匠先生、どうも」

 気まずそうに頭を下げる澄と純に、匠は胸を撫で下ろした。

「2人がまた会えて良かった……仲が良い姉弟だったしな君たちは。澄さんの事は心配して探していたよ」

「どうも……ご心配おかけして……」

 

 そこで、実叶が説明した。

「昨日澄さん、いのりと何枚か写真撮らせていただいたじゃないですか。私のブログにその写真上げたところ、匠先生が澄さんにお気づきになって」

「そうだったんですね」

「……写真でよくわかったね。姉さんが母さんと出て行ってしまったのは20年近く前なのに。

 ……母さんは?」

 純が聞くと、澄が遠い目をして答えた。

「癌で亡くなったわ。ひかり……光が産まれるひと月前ぐらい。ちょうど、そちらでもお父さんが亡くなったぐらいの時かな」

 

「ふう……」

 純が暗い表情でため息を吐いた。

「2人とも癌か。あの世では仲良くしてくれたらいいね。

 僕のスケートのせいで、喧嘩ばかりだったからなあ」

 そんな暗い表情の純を澄が慰める。

「そんな……。お母さんだって『純が金メダルを取ったことが、私の人生で一番嬉しかった』って言ってたわよ」

「そう。良かった」

 

 澄は思い出したように言った。

「そうだ! もうすぐ純の誕生日じゃない。まだ、札幌にいる? お祝いさせてくれない? 光を育ててくれたお礼もあるし」

「……そうだね。年明けまでは用事もないし、久しぶりに姉さんと過ごすかな。スケートリンクはあさってまで札幌市内で取れているんだけど」

「スケートリンク?」

 澄が不思議そうに聞くと、純が答えた。

「うん。現役辞めてからも、深夜枠押さえて滑らないと気分が悪くて……」

「そう。……リンク貸切なら、札幌アストラルローズFSCのヘッドコーチさんとかに相談してみる?」

 

 姉弟がそんな会話をしていると、光がおずおずと聞いてきた。

「あの、お母さん……」

「なあに? 光」

「私も冬休みの間、ここで過ごしていい?」

 

———

 

 実叶が、まだ大会会場にいるライリーを通じて、電話でやりとりした。

「光ちゃんの外泊延長は事後処置で良いって、学校側と調整つきました。あと、明日からのアストラルローズの冬休み強化練習に自由に参加して良いということです。

 純さんのリンク貸切についても、アストラルローズの麻湧さんが月寒のリンク管理人と調整していただけるようです。

 あと、男子FS終わったので、クラブで観戦していたはやぶさ君、こちらに帰ってくるという事です」

「実叶さん。何から何までやっていただきありがとうございます」

 魚瀬夫婦が頭を下げる

 

 光は弟の存在に興味津々だ。

「……そっかあ、私、弟がいるんだね。何歳の子?」

「はやぶさは8歳で小学2年生よ。光の6つ下ね。今、バッジテスト5級よ。来年からノービスBね」

「わ! すごい! 5級なんだ……」

「光の事、知ったら驚くわよ。きっと」

「一緒に滑ってみたいなぁ……」

 

 そんな話をしていると、光の弟、はやぶさがクラブメイトに送られて帰ってきた。

「はやぶー、またなー」

「ましら兄い、またねー……ただいまー」

 

 帰ってきたはやぶさ少年は店の中を見て驚いて立ち尽くした。

「……夜鷹純と、狼嵜光と、鹿本すずがいるように見える。今日来るのは結束いのりちゃんと、そのコーチで、来るのは夜のはず……みんなラーメン食いにきたの?」

 

———

 

 はやぶさは、夜鷹純が自分のおじで、狼嵜光が姉と聞いて半信半疑だった。あまり気にしてないようではあるが。

「んー。純おじさんに、光姉さん? 急に親戚や姉さん増えるなんて、なんかマンガみたい。よろしくお願いします」

 

 そんなはやぶさ少年を高峰匠はまじまじと見つめる。

「……いや。似ているね、純君の幼い頃に。髪型以外そっくりだ」

「僕はこんな垂れ目じゃなかった」

 なぜかムキになって言い返す純に、はやぶさ少年も言い返す。

「僕は来年からノービスだけど、純おじさんや光姉さんみたく、4連覇とか無理だから。最初に言っておきます」

 それに澄や光が笑いころげる。

「あははっ! もう、この子ったら……」

「ふふふっ。目標は高く持った方がいいよー」

 

 はやぶさ少年はそう言われると、なぜかすずの方に近づいていった。

「ぼくの目標は、ノービスのうちにペア見つけて、蓮華茶のねねよしペアみたいになって、将来金メダルです」

 すずが面白がってはやぶさ少年の頭を撫でながら言った。

「お、なかなか高い目標持ってるやん。やっぱり光ちゃんの弟やな」

「ふふ。はやぶさはペア志望なんだ……」

 光が聞くと、澄は苦笑した。

「まだまだノービスにもなってないのに、これからのことなんてわからないわよ。はやぶさ、今日の男子のシングルの選手で見習いたい人とかはいなかったの?」

 

 はやぶさ少年は考えつつ答えた。

「うーんと。やっぱり、蓮華茶の選手、柄後選手! あと、お姉ちゃんと同じスターフォックスの選手で、えっと、漢字難しい……ひ……ひ……」

「鵯朱蒴選手?」

「そう、その選手。みんなまだジュニアなのにすごい。あと、どこだったか忘れたけど、なんとかリオウ選手」

「名港ウィンドの鴗鳥理凰選手だね! 私も前のクラブで一緒だったよ」

「わ。姉ちゃん、やっぱりすごい……」

 

 光は弟からの尊敬の眼差しを受けつつ、ふと思い出した。

「そう言えば、男子FS見損ねた……みんなどうだったの?」

 

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