結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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140話 全日本選手権 その6

———大会会場

 

 男子のFSも盛り上がった。ただ、「4回転の嵐」とまで称された今回の男子シングルで活躍したのは主に男子シニアたちで、推薦ジュニア達は、柄後久翔(がらごきゅうと)9位、鵯朱蒴(ひよどりすざく)12位、鴗鳥理凰(そにどりりおう)15位と押しやられた。

 

 そして、いよいよ代表発表と記者会見だ。

 まず、世界選手権。女子は、鯱城理依奈(こじょうりいな)、岡崎いるか、栗尾根茉莉花(くりおねまりか)の3名が選出された。

 注目を集めたのはやはり、昨シーズンの骨折から奇跡の復活と躍進を遂げ、シニア1年目にして世界選手権の座を掴んだ岡崎いるかだ。去年末のケガ、さらに今年はまだジュニシニということもあり抑えめスタートだったが、新しく身につけた4Tを武器に、見事な成績をおさめた。

 

 次に、四大陸選手権。ヨーロッパ以外の各国が競うこの大会にアサインされた女子は、紅熊寧々子、高井原麒乃、千板はるみの3選手、紅熊寧々子はねねよしペアでも出場するので、四大陸選手権でもペアとシングル同時出場と極めて異例の出場となる。

 

 そして、世界ジュニア。女子は結束いのり、上桐天音、胡荒亜子の3名が選ばれる。男子では、琴日研一、柄後久翔、鵯朱蒴が選ばれた。鴗鳥理凰はジュニシニの琴日研一に押され、JGPでの好成績にも関わらず残念ながら世界ジュニアには選ばれなかった。

 

 今年はユース五輪のシーズンでもあるので、その出場選手も選ばれる。15歳から18歳で選ばれるのでいのりや亜子には関係ないが。

 ISUランキングポイントが得られる大会ではないので、海外戦経験が不足してると思われる者や逆に日本の顔となれるような語学力ある者が選ばれる。女子では上桐天音と烏羽ダリア、男子では琴日研一と柄後久翔、ペアではねねよしペアが選出された。

 

 スターフォックスは3名、結束いのり、胡荒亜子、鵯朱蒴が世界ジュニアに挑む。鵯朱蒴もユース五輪に選出されなかったので、世界ジュニアに集中できる形となる。

 ライリーは世界ジュニアに3人もの選手を派遣する注目のコーチとして、取材対応に大忙しだった。

 その間にも、「光ちゃんの方どうなっているか気になる……」と、実叶と頻繁にやりとりしていたが。

 

 取材や会見が続く中、一つ、大きな発表があった。

 紅熊寧々子が四大陸選手権を最後にシングルから引退し、ペアに専念する事を発表した。

 これには、連盟から補足が入った。

「今大会の結果を受け、決断に至った本人の意思を尊重する。四大陸でのシングル選手としての経験は、じ後のペアでの活動に生きると考える。日本の誇る選手として、堂々と力を発揮してきてほしい」

 

 一方で、女子選手達には暗澹たる気持ちになるものもいた。

「いるか世代も狼嵜世代も強すぎる……4Sジャンパーですら生き残れるとは限らない戦場ということか……」

「寧々子ちゃん。210点超えを出せて4Sを跳べるシングル選手なんて、日本以外の選手なら間違いなくオリンピック候補筆頭なのに……」

 

———

 

 発表を終えてバックヤードに下がる寧々子を良篤が迎えた。

「お疲れ様、ねねちゃん」

「おう、ヨッシー。待たせたな。これで次の四大陸以降はペアに専念できるわ。すまんかったな」

「すまないなんて……」

 

「基本の『ン』やからな」

 俯く良篤に、寧々子は言った。

「基本の『ン』は『何事にも終わりは訪れるもの。終わり無くば節度もまたなし』や。

 先にヨッシーがシングルに見切りつけて、3Lzや3F諦めて肉体改造に臨んでくれたから、ペアでのグランプリファイナルいう幸運もあった。

 今度はウチのシングルの終わりの番。それだけや」

「僕の3Lzや3Fなんて、寧々ちゃんの4Sに比べたら……」

 申し訳なさそうな良篤に、寧々子はキッパリと言った。

「グランプリファイナルのバンケットで鶻貂(グウディアン)ペアにも教えたとおりや。『全日本で4Sジャンパー2人、天音といのりちゃんやな、この年下2人に負けたらシングルをやめる』ってな。もう、女子シングルは後進がすごい勢いで育ってんねん。4Sくらいでもったいないなんて思っていてもな。ウチらはペアの方でのしあがり追い上げる『後進』となってあげんとな」

「そうか、しょうがないね……」

 落ち込んだ声の良篤に、寧々子は叱るように言った。

「いやいや。後を継ぐ者が伸びてくるってのは、しょうがないことじゃなく、歓迎するべき事。競技全体の未来があるって事じゃない。後進がなかなか育たない状況なんて大変やからね。

 シングルは伸び代がある子らに頑張ってもらうわ。うちらはうちらの伸び代のあるペアの方で活躍させてもらうとするで」

 それを聞いて、良篤はようやく少し表情を取り戻した。

「じゃ、四大陸では僕らの伸び代を世界に見てもらうとするか」

「その意気や。行くで」

 

———

 

 もう一つ、岡崎いるかの会見でも一悶着あった。

 

 連盟からの発表を聞いたいるかは五里コーチに言った。

「こっちは世界選手権に集中できるね」

「ああ、グランプリで稼げなかった分、こっちでポイントを稼がせてもらわないとな」

 目指す2年後のオリンピック選考に向けて国際評価を上げるためにも、世界選手権で勝つことが必要である。全日本2位の好成績の勢いそのままにオリンピック選考街道に進みたい。

「よし……」

 いるかは決意を新たにして、五里コーチに相談した。

「先生……ちょっといい?」

「何だ?」

「これからオリンピック選考を目指す以上、メディア対応を疎かにしたままでは悪いと思って。

 今日はだいぶ声が出るし、断っていた取材、少し受けておきたい。スポンサーもいるしね」

「いいのか? ……わかった。連盟立ち合いもらった上で、軽い取材ですませてもらおう」

 

———

 

 そして、小一時間後にいるかの取材の場が設けられた。

 急に集められた会見で、連盟からは「本人の病状も踏まえ短時間のみ」と伝えられたが、いるかが復帰後初めて公の場、大会の場でインタビューをするとあって、テレビや新聞、通信社等10余社30名近くが集まった。

 カメラが選考されて上機嫌ないるかの表情を何枚も撮った。……が、この写真が各媒体で使われる事はなかった。

 

 それは、最初の質問を通信社が切り出した時の事だった。

「まず世界選手権代表入りおめでとうございます。

 代表に選ばれた率直なお気持ちをお願いします」

 その質問にいるかは、準備した返答をしようと口を開いたが……不意に声が全く出なくなった。

 

「ぁぃ……(!?)!?ゅっ(かひゅっ、かひゅっ、かひゅっ)!?」

「!?」

 質問者はもとより、立ち並ぶメディアも連盟役員も五里コーチも色を失った。何より、急な失声で見る見るうちに顔を青くするいるかに、会場全体が硬直した。

 

「(かひゅっ)ぃぃ……ぁぃ」

「……」

 真っ青になって必死に声を絞り出そうとするいるかに、聞き手側も立ち尽くすだけだった。

 いるかはメディア陣の中に実叶の姿を探し、すがろうとしたが、元よりいるはずもない。

「ぃぁ……ゃ」

 

「いるか!」

「!!」

 五里コーチが会見を止めようと上げた声で、いるかは我に返った。

「! っぇ(かひゅっ)」

 いるかは手で五里コーチを制止すると、手振りで書くものを要求した。

「……ボードか?」

 ぱしっ

 いるかは五里の手から電子メモパットを受け取ると、ささっと大きく2文字書き殴って掲げた。

 

『不屈』

 青ざめた顔で震える手を抑えてメッセージを掲げるその姿にフラッシュが注がれた。

 

「『不屈』。素晴らしいメッセージです。負けないという気持ち、怪我等の困難に打ち勝っていこうという岡崎選手の意気が感じ取れます。ありがとうございました」

 質問者が空気を読んで質問を切り上げる。そこへ、連盟役員がすかさず巻きを入れる。

「他に質問はございませんか? ……無いようですので、選手の体調も考え、予定より短いですがこれにて会見を終了させていただきます」

 

———

 

「がんばったな、いるか。いいリカバリーだったぞ」

 バックヤードで五里がいるかを慰めるが、いるかは赤い顔をしてメッセージボードで謝る。

『ごめんなさい』

「いいっていいって。

 会見の場で急に声が出なくなるなんて初めてだろ? あんな事もあるとわかっただけでも良かったよ。

 それにメディアも、短いながら『撮れ高』ある会見と思ってくれたようだし。次から気をつければいいさ」

「ぁぃ……」

 

 実叶ちゃんの前ではちゃんと話したいなぁ……

 いるかは肩を落としつつ、そんな事を考えていた。

 

———バンケット

 

 全日本のバンケットは選手の約半数が参加するが、上位陣や代表に選出された選手、その指導陣はまず必ず参加となる。世界ジュニアに選考されたいのりや亜子はもちろん。その指導者である司やライリーヘッドコーチが欠席するわけにはいかない。

 

 もっとも、ライリーといのりはかなりうわの空であった。

 ライリーは言うまでもなく、光たちの様子が気になっていた。

 いのりは……

 

 ぐぅ〜

 いのりの腹の虫が大きな音を立てたのを聞いて、朱蒴が心配して声をかけた。

「いのりちゃん。サンドイッチでも取って来ようか?」

 朱蒴の提案に、いのりは首を振る。

「いいの……このバンケットが終わった後に、ライリー先生と司先生と一緒に、すごく美味しいラーメン屋さんに行く事になっているから。

 店員さんがフィギュアスケートのファンだからって、特別に席を取ってくれているんだ。これはファンサービス、これはファンサービス……」

「いのりちゃんもライリー先生みたくラーメン好きなんだね……」

 

 生徒にそんな事を言われているとはつゆ知らず、ライリーはバンケットの場を利用して、慎一郎や蛇崩と相談していた。

「とりあえず向こうでは、夜鷹純さんや高峰匠さんも集まられているようです」

「鹿本選手が純君を見つけて、『狼ラーメン』に連れて行っていただけたそうですね。ありがとうございます」

「ええ、こっちにもLINE来てましたわ。すずがいきなり『探してくる』言うて飛び出してしもうて、こちらも心配してしまいましたわ。

 まぁ、何にせよ。狼嵜選手もお父さんお母さん、叔父ちゃんに会えて、天涯孤独でないとわかって良かったですなあ」

「ええ。お店の方は今日は営業せず、私たち来るのを待って下さっているみたいですし、この後すぐ向かいませんか?」




その3で、良篤君がいのりちゃんを暗い目で睨んじゃったのはこういう事でした。
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