———「狼ラーメン」店内
光とはやぶさ、両親、夜鷹純に高峰匠が積もる話を進めているうちに時刻は夜になった。光と両親の再会の機縁をもたらしたライリーや、光を長らく育てた
「みなさん。何召し上がられます?」
店主の魚瀬正太が皆に聞くと、はやぶさがいち早く大きな声で言った。
「ハンバーグ! にんじんの甘いの大盛り、ミニラーメンとご飯!」
周りが注文に驚くが、正太は苦笑いしつつ対応する。
「ははは。今日はお祝いの日だからはやぶさも好きなものが食べたいよな。
皆さんも何でもおっしゃって下さい」
実のところ正太はラーメン以外も腕利きの料理人で、料理全般に造詣が深い。
「じゃあ、私はハンバーグと目玉焼きでロコモコ丼食べたい」
光が注文すると、はやぶさがそれに乗って注文変更してきた。
「『ロコモコ丼』? 何それ? 美味しそう! 僕もそれとミニラーメン!」
子供達の注文が終わると、匠が注文した。
「俺はせっかくだから、この店のラーメンをいただこうか。澄さんと旦那さんが精魂こめて作られたと言う事だから」
それに続いて、純も注文した。
「僕も。特製狼ラーメンで」
「!?」
「!?」
匠と光は驚いた。
夜鷹純は偏食で知られてはいるものの「全く外食できないレベル」とまで知っているのは、この場では匠と光だけだった。去年もライリーが招いた高級ディナーで、全皿一口も手をつけずに下げさせたのを2人は目撃している。
一応、ノービス時代のそれなりの偏食を知っている澄が確認する。
「純、大丈夫? 食べられる?」
「……ちょっと残しちゃうかもしれないけど。姉さんが旦那さんといろいろ犠牲にして作り上げた味を知っておきたい」
「あらあら。犠牲だなんて。そんな肩肘張らずに召し上がってちょうだい」
そして、まもなくラーメンの方が先に出来上がった。
「どうぞ、召し上がって下さい。私と澄が協力して作り上げた一杯です」
匠が出されたラーメンを見て声を上げた。
「おお、これは何とも美味しそうだ。
……純。大丈夫か?」
「うん……」
夜鷹純は外食をしない。いや、できない。自分で管理した栄養を摂取するという形でしか摂食行動を行う事ができない。
しかし、この時ばかりは箸を取り、震える手で麺を啜った。子供のように弱々しい咀嚼で食べ進める。
「おいしい……」
食べ物に味があるのを思い出した。
あまりに食べる速度が遅いので、光が横から助けに入った。
「あんまり遅いとのびちゃいますよ。半分食べますからね。というか、最初から特製狼ラーメンでなく、お子様ラーメン頼めばよかったんじゃないですか?」
「……お子様ラーメンにはワンタンが入ってない」
「純、ワンタン好きだったものね」
澄が昔の事を思い出して言う。
そこに、ちょうどいのりが入って来た。
「ごめんくださーい! 結束いのりです……って!
なんで、光ちゃんが先に食べてるんですか!
わたし、ずっとずっと、お腹空かして待って来たのに……」
突然の欠食児童の闖入に店内は笑いの渦に包まれた。
追いかけて店に入ったライリーが慌てて掣肘した。
「あわわ。あの、いのりん聞いてた? 光ちゃん、実はこの家の子で……」
いのりはよくわかってなかった。
「よくわからないけど、ずるい……」
「何考えてんだ。いのり」
後から慎一郎と一緒に入って来た理凰も呆れ顔だった。
———
バンケットが終わってやって来たライリーと司、いのり、そして、慎一郎と理凰、蛇崩が店内に入り、話と食事を始めると、店内はいっそう賑やかになった。
「結束いのりちゃん。ありがとうね。あなたがこの店に立ち寄ってくれたから……」
澄から礼を言われても構わず、一心不乱に食べ進めるいのり。
「(ずるずる)はい。(もぐもぐ)ええ。(ちゅるん)すごくおいしいです」
孤児と思われていた光が生き別れの両親と再会できた話など、あまりピンときていなかったのかもしれないし、どうでもいいと思っているのかもしれない。
『それは、この男もそうかも……。師弟似た者同士ね』
ライリーは先ほどから夜鷹純の方に絡んでいる司の方に目をやった。
こっちはこっちで、夜鷹純を捕捉した機会をこれ幸いと、光の育成方針について詰問を始めていた。
「夜鷹さん。『個人曲かけ練習で転倒しない事を求める』という練習方針は、……」
「優勝し続ける事を求めるというのも……」
それに対して、純が
「いや、もう光ちゃん。僕の生徒でも何でもないから……」
と答えるたびに、光が苦しそうに身をすくめている。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
ライリーは、たまらなくなって口を挟んだ。
夜鷹純とこういう関係になる事は避けたかったが、最早仕方あるまい。
「光ちゃんの移籍先にスターフォックスを選んだ理由、生徒のリハビリ、特に腰回りの不調のノウハウで対策等重点形成していていた事が一つですね?」
「……そう」
「まさかと思いますが、もう一つは、私の姿見せて、『金メダリストだからって特別な存在ではない』って気付いてもらう事が目的だったとか言いやしませんよね?」
「……そんなわけない」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
やはりそうか。
ライリーは激怒した。
この邪智暴虐の金メダリストを除かねばならぬと決意した。
いいわよ。そういうつもりだったらトコトン協力してやるわよ!
「そうですよね。
ところで、最初光ちゃんのコーチを引き受けた時の条件、『出た試合では必ず金メダルをとる』って、自分の技伝授するのに負けられたら単に自分が悔しいからですよね?」
「……違う」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
「あ、そうですか。他の理由があるのかな? 自分は小さい時、上の級の子に負けたらスケートやらせてもらえない環境からの金欠ヘルモードのホットスタートだったのに、狼嵜家から金じゃんじゃん出て、環境もピカイチに恵まれた光ちゃんがうらやましかったとか」
「それも違う」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
「うん。まあ、そういうことにしておきます。
でも、練習のためにスケートリンク貸し切りしてくれるとかのブルジョワぶりには密かにブチギレだったんですよね? それが、リンク全面使う曲かけ練習では絶対転倒するななんて激ムズ条件つけた理由とか?」
「そんなわけない」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
「そんなわけないですか。ところで、夜鷹さん。一部ファンから『スケート赤ちゃん』なんて呼ばれているようですけど、理由わかります?」
「あんた。わかってて質問してない?」
「いいえ?」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
もちろん、ライリーの嘘アラートはライリーにしか聞こえないのだが、揶揄うような口調ながら確信を持って聞いてくるライリーの聞き方や夜鷹純の答える様子に皆「まさか本当に……」と疑いだした。
とくに、夜鷹純との付き合いの長い光には覿面だった。
「……」
この金メダリスト2人の、漫才のような、レベルが高すぎて低すぎるやり取りに、光はようやくわかってしまった。
あのコーチを継続する条件は、夜鷹純を継ぐ者の資格を示すものといった御大層なものではなく、そんなつまらないものだったんだ。
澄がフォローのため、話を変えてきた。
「でも、光ちゃんの試合くらい。ちゃんと見てあげればよかったのに」
「正規のライセンスないとリンクサイド入れなかったし、目立つのもイヤだし……あと、僕が光の試合見に会場に行くと、いろいろよくない事が起きる」
「? 例えば?」
「知らない子に水かけられたり」
いのりは露骨に顔を逸らした。
理凰は察した。
「まさか、いのり?
おい。私関係ありませんって顔するなよ」
いのりは抗弁した。
「水じゃなくて麦茶だよ!」
「なんの言い訳になるんだよ!」
「あと、光の国内試合にはたいていこの子、コーチと一緒にいるから」
純の言葉にいのりはハッと気づくと、すすっと純に近づき、上目遣いのドヤ顔で聞いてきた。
「……もしかして、司先生の前で大見栄切った手前、気まずくて会場に行けなくなってたとか?」
「……」
「ふふーん。それって、うちの司先生認めてる、って事ですよね?」
「……」
そんな得意気ないのりを制するフリをして、理凰が純に追い打ちを入れた。
「おい、いのり。スケート赤ちゃんいじめるなよ」
「……理凰君まで、『スケート赤ちゃん』はやめて」
光が半分不満そうに、半分ふざけて口を挟む。
「最大の被害者は、叔父さんにスケート見に来てもらえなくなってた私なんですけど」
「そんなのオジさんがわるいんじゃん」
今度は理凰と光が仲良く夜鷹純をイジりだした。
「もしかして、ロケット投げ捨てとかも、ぼっちじゃない光がうらやましかったとかですか?」
「そうなんですか? 純おじさん。純おじさんにだって友達くらいいますよね? 慎一郎先生とレオニードさん以外お見かけしませんが」
「もうやめて……」
そんな楽しい話で時間が進んでいくと、純が出し抜けに言った。
「僕、そろそろリンクの貸切があるから。ジャクソン先生。お願い」
「ほい。手稲の方までお送りしますよ」
澄は、弟が行ってしまうことを少し残念がった。
「あらあら。それは仕方ないわね……しあさっての純の誕生日祝いも打ち合わせたかったけど、明日は会える?」
「明日の夕方、月寒のリンクで麻湧さんと話してから店に寄るよ」
そんな姉弟の会話に、司が割り込んできた。
「待ってください。純さん。ちょっとお願いがあります」
「何?」
「今夜のリンク練習、前のようにご一緒させていただくことはできませんか? ちょっとお願い事が……」
そう言って、司は純やライリー、匠、慎一郎、蛇崩とコーチ陣を集めて、何やら密談を始めた。
「……こういうことでお願いしたいんですけど」
「……ははっ。それは楽しそうでいいね」
「……まあ、皆でやる方が良いですね」
「……ふむ。純がどれだけ成長したか見てやるとするか」
「……純君と滑るのは久しぶりだね」
「……ご一緒させていただきますわ」
大人たちの密談が済むと、ライリーは選手たちの事を実叶に頼んだ。
「子供達の方は……実叶ちゃん。ホテルまでみんな送ってくれる? 光ちゃんは今日はこっちで泊まるから、いのりちゃんとすずちゃん、理凰君をお願いね」
「いいですよ。ライリー先生」
「あー。純はんら何するんか気になるなあ」
そんな事を言うすずを蛇崩が微笑みながら揶揄する。
「未婚の乙女たちには教えられない秘密も大人にはあるんやで」
「そっか。ほなら仕方ないなぁ」
「そう言うわけで、今夜はお開きね」
実叶が散会を促すと、光が皆を見送った。
「ライリー先生、慎一郎先生、いのりちゃん、理凰君、そしてみんな……ありがとう、またね」