———手稲のスケートリンク
蓮華茶が夜鷹純の為に抑えた深夜の手稲のスケートリンクに、夜鷹純、
スケートリンクに到着すると、夜鷹純は早速何本か4Tを跳び出した。準備体操もそこそこに、いや、4Tが準備体操代わりとでも言わんばかりのその様子に皆言葉を失う。
その隣で、司はホワイトボードを出して、今日、夜鷹純や他の皆と相談したいと語ったテーマを書き記した。
『狼嵜光の4Tの問題点と、その修正』
司は滑走する夜鷹をチラチラ見つつ、皆に話を切り出す。
「皆さん、今夜はお集まりいただきありがとうございます。皆さんもご存知のとおり、当クラブの狼嵜光は4回転ジャンプを封印中なのですが、先日勝手に4Tを跳んでしまいました。
これはやはり、封印解除の出口を見せずに、ただ『負けてもいいから跳ぶな』では従ってはもらえなかったと汗顔の至りです。
しっかりと封印解除後の道筋を示すべく、元々の4Tを伝授した純さんや昨シーズンまでご指導いただいておりました慎一郎先生にもご協力いただき、封印解除後の4Tのジャンプ設計を進めたいと思うのですが……」
そこで、滑走していた夜鷹純がリンクサイドに来て、司に言った。
「司君。司君の考えたジャンプの修正だけど、コレでもう良くない?
元の光ちゃんの4Tの上半身の使い方、肩からの回転の作り方が無理矢理過ぎて良くないから、そこを抑えて、減った回転力は下半身の使い方のブラッシュアップで補う。エッジも浅めで入る。
コレだけで、99%身体に問題ないと思うし、ちょい回転キツいけど光ちゃんならギリギリ跳べるでしょ」
「いえ。コレじゃダメです。未完成です。まだ光さんに伝授できない……」
司はキッパリと言った。
「選手は練習入れるとこの先何百回もこのジャンプを跳ぶんです。99%じゃダメです。120%身体に負担のない設計にしないと。
『跳べるけれど回転力ギリギリ』も良くないです。光ちゃんは跳べないジャンプも再現しようと、無意識に身体に無理な跳び方をしてしまう事があります。すると、知らず知らずのうちに元のフォームに戻してしまう事も考えられる。それを防げるよう、無理なく必要な回転力を導出できる改良フォームを与えてあげないと」
「……司君は理想が高いね。改良点思いついたら言って。やってみるから。
あと、司君や他の人も、リンク使って考えた方がいいよ」
そう言うと純は、再びリンクへと戻っていった。
「いまさらなんやけど、僕とか聞いてても問題ないん?」
確認するライバルクラブの蛇崩に、ライリーが答える。
「ええ。ジャンプ研究手伝っていただけるのでしたらもちろん……蛇崩さんはハーネスまでご用意いただきありがとうございます」
「僕のハーネス技術も元は司先生の解説動画とか使わせてもらって覚えたもんやし、こんなんで良かったらナンボでも協力するで。
うちのトコもすずの4Tとか4Sとかジャンプ設計の見直しせなあかんねん。参考にさせてもらうわ」
そう言うと蛇崩はハーネスを手にした。
「鴗鳥先生や司先生も4T跳んで試してみますか? 僕結構ハーネス上手くなったんで、成人男性でも無理に吊って4T研究問題ないですよ」
———
それから、リンクサイドで話したり、実際リンクに入って、時にはハーネスを使用しつつ、ジャンプ設計研究を進めていった。
司の鷹の目も、未知のジャンプへの道筋を照らせるほどのものではない。頭の中で考えたジャンプ改良点も、実際に跳んでみないことには何もわからない。聞いただけでやってみる道筋まで見えるのは夜鷹純くらいのものである。
さらには、実際に跳んでみるところまでできても、それが本当に狼嵜光の体型、フィジカルにおいても正解であるかは再度見積り直す必要がある。そこには「わからないところがあってもできるまで練習して跳ぶ」といった精神論は微塵も介入する余地がない。今、皆で模索しているのはつまるところ「狼嵜光が無理しなくてもいい4T」である。
しばらくリンクで蛇崩のハーネス補助も受けつつジャンプ研究していた司であったが、しばらくして慎一郎と匠が司を呼んで、今度は一緒にタブレットでフォーム確認を始めた。
「明浦路先生。光の前の4Tのフォームだけど……」
「司君。君は元々の光のフォームを下半身のパワーの使い方が甘いと見ていたようだが……」
「……ええ、見た目に反して、どうも元々下半身のパワーもわりと使えていたみたいですね。そうすると、肩の動き直して減った分の回転力、どこから捻り出すか……」
そこで妙案を持ち込んできたのは蛇崩だった。
「上手くいくかどうかは分かりませんが、一つ案がありますよ」
「えっ!?」
驚く司に蛇崩は言った。
「首です」
「首……」
司は訝しんだ。
「いや、腰椎への影響が気になるから肩の動き直してるんですが、頸椎なんて余計に怖い部分で」
「ええ。ですから、左右45度くらいしか動かさないですよ。でもコレ、回転の末端部分ですし、重い頭ですからすごく回転力に効くんです」
そう言うと、蛇崩は試しに2Tで実演してみせた。
……シュタッ
「どうです?」
慎一郎や司もうなづく。
「なるほど。それくらいの動きなら頸椎に影響はないだろうね。でも、効果は十分ありそうだ」
「下半身からの回転力の導出では難しかったところ、上半身の末端で少し回転力を足せば、回転力も軸も安定するのか」
「ただ、問題は……」
と、蛇崩が補足をする前に純が動いた。
「面白そうな手直しだね」
横で聞いていた純が早速その要領で跳ぶ。
「あ、あぶな……」
蛇崩が制止する間もなく、ジャンプに入った純だが、少し詰まってしまった。
……シュタッ、カカッ……
戻ってきた純は半分不満そうに、半分得意げに述べた。
「やっぱり跳ぶ時に頭動かすとジャンプ全体が難しくなるね。僕や光なら慣れたらできるけどね。
光なら左右30度ほどだね。それ以上必要ない。
後は、振付けの流れの中で頭の予備動作を見苦しくないよう組み付けないと美しくないかな」
そう言い残してリンクに戻る純に、蛇崩が感心した声を漏らす。
「よくできますね……純さんのおっしゃるとおり、跳ぶ前に頭動かすんで、ジャンプの難易度はかなり上がるんですわ。けど、フィジカル的な無理とはちゃうんで、テクニックに優れた光ちゃんならワンチャンイケるかと思うんですが」
ライリーが司を焚き付ける。
「司先生、ファイト♪」
「わかってます……」
狼嵜光に新4Tを仕込めるのは骨髄浮腫が完治し、骨量も改善してからとなる。その後もメンテナンスしていくことを考えると、司はこの頭を振る要領での跳び方のコツだけでも掴まなくてはならない。
……ドサッ
「いてて……」
そこからは司の転倒祭りだった。
ジャンプのみならず全ての体勢作りの根幹たる頭を動かすのである。ジャンプの狙いがズレる。普通に拳銃を撃つのと振り向きざまに撃つくらい違う。ハーネスで感覚掴んでもあまり意味はない。
まずは2Tから試しているが、跳びあがりからずれまくってしまう。
見かねた純がアドバイスした。
「君ね。頭の回転でジャンプの軸がブレないように軸を固めようとしてない?
違うよ。脚で作った回転だけだと軸がブレてしまうとして、頭の回転で軸を補正しようとしていると考えて跳んでみればいいよ」
「……」
言われた司はいまいちイメージがつかない。
そこを蛇崩が翻訳して補足修正した。
「長いペンを独楽みたいに回すこと考えてみ。
今まで、肩で回してた。つまり、ペンの真ん中あたり持って回してたから上手く回せてた。けど、こんど下半身、ペンの先っぽだけで回そうとしても、ペンの上の方、頭の方がグラグラして回しにくいわな。
だから、ペンの先とペンの頭、両方を回して安定させようって寸法や。これでイメージできるか?」
「……なんとなく」
そこで、慎一郎と匠からさらに助言が飛んだ。
「明浦路先生。最初は頭だけでなく腕も使って補正するイメージでやってみて下さい」
「司。頭や視線の向きを振付けの流れの一部と考え、音楽の中で考えろ。作る回転は一つだ。
あと、2Tでなく3Tでやってみろ。暴れる身体の回転軸を頭の回転で制御するイメージだから、弱い2Tの回転ではかえって掴みにくい」
……ドサッ
……ドサッ
未知の領域での精密さを求められ、司は何度も試行を重ねて転倒する。
それでも心が折れなかったのは、目の前で夜鷹純が完成形ばかりか発展形まで披露して見せているからだ。
……シュタッ
「はははっ。コレはいいねぇ。色々なジャンプに応用も効く。難しくて慣れるまでちょっとかかるけど、ジャンプの表情がガラリと変わって奥深くなるよ! 身体や頭の小さい選手だと見た目も効き目も落ちるのが難点かな?」
「いや、1番の難点はそもそも頭動かしてるのにジャンプ制御すること……」
楽々と身につけて使いこなす純に、司がそう文句を言いかけた時……
「あ……」
司は気づいた。
頭を振付けの中で大きく動かすことはよくある。岡崎いるか等の得意技だ。そんな振り付けでどう精度を保つか。よく言われるのは「自分を俯瞰する視点をイメージし、その視点から自分をコントロールせよ」だ。
自分を俯瞰するイメージで見る。つまり、「鷹の目」である。
……シュタッ
「できた……」
ついに司は首を回す要領のコツを掴んだ。
「お! コツ、掴んだみたいやな。ハーネスで持ち上げて4Tも試してみますか?」
蛇崩の提案に司は乗った。
「お願いします!」
こうして、光の新4Tのジャンプ設計は完成した。
———
「司君。やったね」
「やりましたな。明浦路先生」
「やりますな。司先生!」
「光ちゃんへの伝授は来シーズンからかな? 楽しみにしてるよ」
「……」
皆がジャンプ設計成功の喜びに湧く中、一人、考えに耽る者がいた。
ライリーだ。
「蛇崩さん……ハーネスお借りします」
「ええ、どうぞ」
ライリーは、立てかけてあったハーネスを手に取ると司に言った。
「4F跳びます。手伝ってください」