144話 ジュンリンク
「狼ラーメン」の入った店舗付き住宅ビルの8階、正月朝の魚瀬家にはのんびりとした空気が漂っていた。
「ひかるー。お餅は何個焼く?」
「うーんと、3つ」
ソファーに寝そべり、タブレットでスケート動画などを見ながら光は答えた。そのまま、足元で携帯ゲームをしている弟に聞く。
「今日のお雑煮は何味だったの?」
「羊の骨スープの和風雑煮。焼いた羊の骨も乗ってて、ごぼうとかにんじんもめちゃウマだった」
それを聞いて、キッチンの母に答える。
「お餅は全部雑煮に入れちゃって」
「わかったー」
雑煮が来ると、光は昨日まで一緒に雑煮を啜っていた叔父の夜鷹純の事を母に聞いた。
「純おじさんは昨日京都帰ったんだっけ?」
「京都じゃなく、名古屋の方で仕事だって。まだ正月3日目だってのに、忙しいわね。
なんでも、『アイタイムス』で今日何か発表あるんだって」
「え!? なんかすごそう! ……『アイタイムス』ってどうやって見るんだったっけ?」
程なく、アイタイムスの臨時発表がある事を見つけた光は、テレビを操作して発表時間を待った。
雑煮を食べ終わる頃に、ちょうど発表時間となった。気になって見に来た母の澄も光の隣に座る。
「始まるわね。なんだか『重大発表! 名古屋に世界初の……!?』とか、動画タイトルもすごいわね。純は出るかしら?」
「純おじさん一応金メダリストだし、出るんじゃない?
……あ、始まった。この人知ってる。アイチグループの企画部長の藤原さんって人」
「へえ……光は物知りね」
画面の中の藤原部長が新年の挨拶を述べると、いよいよ重大発表が始まった。
『この度、名港地区〝ナゴヤネクストハーバー〟に加わる、世界初の施設を紹介します』
光の目が丸くなった。
「あれ!? ここ、名港ウィンドの邦和スケートリンクのすぐ隣! なんか、コンサートホールやホテルやレストランできていた所だ!」
「光はおととしまで名古屋だったものね」
藤原部長は〝ナゴヤネクストハーバー〟の映像と共に説明を続ける。
『〝ナゴヤネクストハーバー〟では、昨年既に水素エネルギーセンターが営業運転開始して、ハーバー及び近隣への電力供給を行なっておりますが……』
ここで画面が暗転し、新施設のものとなった。
『水素発電では輸送効率の高さから液化水素が用いられます。この液化水素は利用する際、大量の冷気——冷熱と呼びますが——が発生します。
その冷熱の空調での活用はすでに世界中で行われています。が、この度世界初、スケートリンクの製氷に利用したのが……この〝ジュンリンク〟です!』
画面の暗転が解けると、藤原の隣に夜鷹純が立っていた。
「えええっ!? 純おじさん!?」
「純……」
「おお、じゅんおじさんだ」
光と母の澄が仰天する中、弟のはやぶさだけはいつも通りののんびりした反応だった。
〝ジュンリンク〟について、画面の中の藤原部長が熱弁を振るう。
『この度この名古屋の地に世界初の水素冷熱併用式スケートリンクを開くにあたり、名古屋の生んだ稀代の金メダリスト夜鷹純氏の名前をいただく事となりました。
純さん。ひとことお願いします』
マイクを振られた夜鷹はカメラに軽く手を振ってみせた。
『皆さん。〝ジュンリンク〟で練習して上手くなって下さい』
『ありがとうございました。純さんはこちらで既に何度かお滑りになられており、氷の品質はとても良好だとのことです』
テレビの前の光たちは感心しきりだった。
「純おじさんの名前のリンクが名古屋にできたんだ……」
藤原部長にマイクが戻ると、このリンクのコンセプトが説明された。
『こちらの〝ジュンリンク〟ですが、既存の邦和スケートリンクとも近いこともあり、通常時一般開放は行わない予定です。
このリンクでは〝名港トレーニングセンター〟が運営を開始します』
「トレーニングセンター……関空のナショナルトレーニングセンターみたいな感じかな? ナショナルじゃなくて民営で……名港のライバルになるのかな?」
そんな光の心配に答えるように、次は〝名港トレーニングセンター〟のコンセプトが語られた。
『名古屋に多数あるフィギュアスケートクラブと異なり、こちらのトレーニングセンターが主な対象とするのはシングルではなく、マルチスケーター種目になります。すなわち、ペア、アイスダンス、そして、9人制シンクロナイズドスケーティング、シンクロ9です』
「シンクロ9!? 今度スターフォックスでもジュニアチームできるやつだ……」
『こちらのリンクを活動拠点とする予定のペアやチームの方を紹介します。
まずは、日本ペア史上最年少、2人とも17歳の若さでファイナル出場を達成した、蓮華茶FSCねねよしペア、犀川良篤選手、紅熊寧々子選手です』
画面にはトレーニングセンターのロゴのジャージを着たねねよしペアが現れた。その隣にはコーチ陣がいる
『ねねよしペアの指導には、前回オリンピック金メダリストのつるかめペア、鶴喰六郎コーチ、丸亀かなコーチがあたられます』
「あ、つるかめペア、寧々子ちゃんたちの指導始めるんだ……」
『アイスダンスはチームえびたい、杉浦鯛蔵選手、海老原もも選手。ジュニアのチームいぬゆき、犬飼総太選手と卯山雪選手。いずれもアイスダンスの名門、ルクス東山のチームです。ペア、アイスダンスの各選手とも、現在のクラブに所属のままトレーニングセンターを利用いただく形となります』
「あ、ルクス東山。いのりちゃんのいたクラブだ……このクラブはシングル選手は少ないけど、皆スケーティングはすごく上手いのよね。でも、犬飼選手も卯山選手もシングルからアイスダンスに転向したんだ……」
各選手やコーチを眺めつつ、光は発表の続きに息を呑む。
『そして、シンクロ9ですが、未だレギュレーションも固まっていない種目ということもあり、こちらはまだチームができていません。これから募集を開始します。また、チームの結成状況とは別に、夏の名港杯の際にはこちらの〝ジュンリンク〟にて、シンクロ9も新種目として行われます』
「名港杯……」
光が呟く。ここしばらくは出ていないが、名古屋にチームができたら名港ウィンドのみんなも加入してシンクロ9始めたりするのだろうか?
『なお、夜鷹純氏は、特定の選手、種目を担当するのではなく、全般的な評価やアドバイスを行う相談役、『メンター』という役職として指導陣に加わることになります。その指導対象にはシンクロ9ももちろん加わります』
「……なんか、責任のない美味しいポストという感じ……まあ、おじさんらしいけど」
「純は自分の好きなようにやってる時の方が力が出るのよ」
不満げな光に対して、澄は純への期待にニコニコ顔だ。
いや、日本中の夜鷹純ファンが、彼の表舞台への復活に期待を抱いている。10余年ぶりのメディア露出でありながら、彼のカリスマ性は一目瞭然だった。
そこで、藤原部長は驚きの発言をした。
『このトレーニングセンターでは、マルチスケーター種目の推進のため、ペアやアイスダンスのマッチングキャンプを定期的に実施する他、シンクロ9の勉強会、相談会も推進します。当面の間は夜鷹さんは主にこちらの勉強会のアドバイザーの一人となります』
「え!?」
「それはちょっと……」
光が驚き、澄が危惧するような声を出した。
「純は『シングルの金メダリスト』と思われているだろうし、大丈夫かしら?」
「純おじさんの教え方って、良くも悪くも感覚的だし、シンクロ9なんて新しい種目に適応できるなんて、ちょっと想像できない……」
元教え子からの辛辣な評価に、澄も心配顔だ。
「心配ねえ。上手くやれるかしらねぇ」
そんな事を呟いている澄の横で、光は別の事を考え始めた。
「でも、ここまで目立つ事して、水素リンクのアピールももちろんだけど、シンクロ9のアピールもかなり本気だよね……って、まさか!? アイチグループはシンクロ9がオリンピック種目になる日が近いと考えている?」
光はスマホを取り出すと、あちこちに情報収集を始めた。
———スターフォックス
ライリーは蕨を詰問していた。
「先ほど、アイタイムスでとても大きな発表ありましたが、ご存知ですよね? シンクロの普及を進めていた鯨臥先生は当然事前情報を持っていたでしょうし、その弟子のあなたも」
「はい。鯨臥先生の指示もあり、発表までは隠してました。アイチグループも情報を明かすのを名古屋のクラブ関係者等に限られていましたので」
「……まあ、仕方ありませんね。来年度いっぱいまで、スターフォックスを手伝っていただけるという期限も、その仕事に合わせて、ですかね?」
「はい。来年度には名港トレセンにシンクロ9のチームが、少なくともジュニアチームが出来るだろうからそれからは自分もシンクロ9指導陣に入ることになっています。
もちろん、こちらでしっかりとジュニアチーム『アウトフォクシーズ・スイッチ』を立ち上げてから行きますよ」
申し訳なさそうに語る蕨に、ライリーは表情を柔らかく作り直すと、次の質問に移った。
「まあ、ジュベナイルのチームの『キッツ』の方も順調ですし、その点は信頼してますが……夜鷹純さんの関わりはどのくらいご存知でしたか?」
これには、蕨も表情をさらに困惑させて続けた。
「僕が知ったのは、スターフォックスに来る前、ジュニアグランプリシリーズが始まる頃です。鯨臥先生はもう少し前から知ってたみたいです。アイチグループとの関係は鯨臥先生の方が深いので。
その頃になると『夜鷹純さんが手伝ってくれるなら、シンクロ9の方だ』『リンクの名前も、話題作りのために〝ヨダカリンク〟にしようか』なんて話がアイチグループで固まりつつあったようです。
夜鷹さんが、その、結構フワフワした方なので、リンクの名前や夜鷹さんの役職が決定したのはかなり直前のようですが……」
ライリーは、ここでため息を吐いて最後に尋ねた。
「あなたの考えで良いので答えてもらえませんか? 鯨臥先生はなぜ、あなたをスターフォックスに派遣して、シンクロ9チーム立ち上げを手伝わせようと考えたかと思いますか?」
これに蕨はライリーの目を見据えてしっかりと答えた。
「私の予想ですが、鯨臥先生は近い将来かなりの確率で、シンクロ9がオリンピック種目になると考えている。おそらく、ANOC総会あたりでの議論の感触を掴んでいると思います。そのため、その為にシンクロ9種目全体を盛り上げようとしている。
そして、シンクロ9はノックダウン制。2チームとの勝ち負けで行われる試合形式です。その上達のためには実戦形式で腕を磨く必要があると先生は考えられた。そして、スターフォックスならクリスタルメッセンジャーの良いライバルチームになると考えられたと思います」
「ふむ……」
それを聞いたライリーは不敵に笑って言った。
「それはシングルと同様、丁重に恩返しして差し上げないといけませんね」
「そうですね。僕も鯨臥先生には返しきれないほどの恩がありますから。……あと」
「あと?」
「狼嵜光選手が『ジュンリンク』の事を知った時、スターフォックスが何も準備していない場合、狼嵜光が『ジュンリンク』目当てに名古屋に再移籍してしまう可能性も先生は考えられてたと思います」
「えっ!?」
まさか……?
と、考えるライリーの携帯から、『ぴこーん、ぴこーん』とメッセージの着信音が鳴った。
「光ちゃんからだ……あちゃー」
光からのメッセージには、『アイタイムス見ましたか?』『スターフォックスのシンクロチームはいつできますか?』『名港ウィンドの元クラブメイトからの情報では……』等々、ありったけの『シンクロ早くやりたい』メッセージが書き綴られていた。
数年前
藤原部長「立川に『ヨダカリンク』どう?」
夜鷹純「なんかイヤ、いらない。ライリーさんとかどう?」
ライリー「欲しい! ラッキー!」
藤原部長「そうするか」
スターフォックスリンク誕生
今回
藤原部長「名古屋に『ヨダカリンク』どう?」
夜鷹純「……」
すず「部長さん、そこはこうやで(ごにょごにょ)」
藤原部長「……名古屋に『ジュンリンク』どう?」
夜鷹純「いいね。ちょっとがんばってみるかな」
藤原部長「……解せぬ」