最後の曲かけ練習もおわり、整理運動も終えて生徒たちが帰ると、ライリーは司と美蜂をマネージャールームに集めた。
「では、臨時ミーティングを始めます。まずは司先生。美蜂先生から狼嵜光選手の状態について、話は聞きました?」
司は難しい顔をして答える。
「ええ。とりあえずそれほど問題無さそうなので安心はしていますが、今後どうするかという長期的なところでは難しいと言えます」
ライリーはうんうんと満足気にうなずいて続けた。
「では、それを踏まえた上で、司先生として、どういう方向性で行きたいと思ってますか? 彼女の指導方針について、それほど具体的でなくても構わないのでお聞かせください」
司は、自信なさそうな表情のまま、ぺらぺらと答えた。
「はい、まず、昨年腰を痛めた原因は7割方、4Lzとそのための練成にあると思います。思い返せば、昨年のジュニア練習より、4Lzのための特徴あるジャンプ練習をしていたと思います。
おそらく、成年男性の選手であれば8割方問題のないジャンプですが、成長期の女性選手には腰への負担が大きいものと推測します。
4Tと4Sにも、回転数を増す為に腰への負担を強いる動きがありますが、こちらは通常であれば影響軽微なものと思われます。ただ、腰への症状が出始めている現在の状況では、4回転を全種制限とした先生の判断は素晴らしいと考えます。
頭が痛いのは、4Lzのための腰を使うフォームは2Lzから固めたもので、修正も2Lzからの手戻りになるというところです。
光選手は見て取った動作の再現能力が非常に高い特性がありますが、その分既習得のフォームの修正に、時間と実演者の協力を要するようです。
ライリー先生は、同じく動作の再現能力の高い自分に2Lzの見本をさせることで、フォームの上書き修正をと考えられたようですが、自分は、より体格の似た手本からの方が、動作の再現の難易度が低い分フォーム修正効果が高いものと考えます。
事実、本日胡荒亜子選手に協力頂いたところ、練習中のフォームの癖の再発率は半減しました。とは言え、これでは他の選手に負担を強いることになりますので、体格の似た外部の女性コーチの協力が得られるよう検討したいと考えます。……簡単ではありますが、こんな所でよろしいでしょうか?」
ライリーは目を丸くし大声をあげた。
「解像度高ーっ!」
そのまま、興奮した声で続ける。
「『簡単ではありますが』ではなく、完璧ですよ! 体格似た手本の方がいいなんて、私、考えつきませんでしたから……あの、その『僕なんか難しいことやりましたか?』的な異世界転生者の目はやめて下さい……」
「はあ……」
「その目ですよ!」
ライリーは、「いくら何でも有能すぎて、これではヘッドコーチの立場がない」と思ったが、気を取り直して続ける。
「では、次に、先日4Sの習得に成功した平新谷選手について、彼女の特性についてのお考えと、今後の指導方針の意見をお願いします」
司はこちらも立て板に水と答えた。
「彼女も狼嵜光選手と同様、特殊な能力の持ち主と断定できます。技を見て、わずかな視覚情報からその技のキモとなる部分や、間違いや避けるべき危険な事項を直感的に見抜くことができます。
ただ、狼嵜光選手のような肉体制御能力を持っているわけではありませんので、技の幾つかの重要な構成要素を看破できても、その習得には通常と同様の練成が必要です。
ですが、この点に関しても、タブレット端末等を利用して彼女に自身の映像を確認させ見本との相違点に着目させることで、彼女自身の特殊な能力を活用して練習効果を倍化させられます。また、一度成功した技の習得も、視覚以外の観察力の高さもあって非常に早い。
ただ反面として、これは高過ぎる観察力の為だと思いますが、言語化能力は非常に低いので、通常の指導はやや根気を要するものとなります。
今後の方針としては、色々な選手の演技を観察する事を通して、彼女のフィジカルやテクニックに見合ったチャレンジを彼女自身に積極的に言語化させ説明させながら進めさせる事が、言語能力の向上とスケート技術の向上の双方に合理的かと考えます。」
ライリーはしばし呆気にとられていたが、我にかえり驚嘆の声をあげた。
「解像度高ーっ!」
ライリーは怯えたように司に聞く。
「あの。まさか先生、他人の特殊能力を見抜く特殊能力なんてお持ちではありませんよね?」
「いいえ? そんな能力を持っていれば良かったんですが、あいにく、指導などでわかったところから推測するだけで」
「それでそこまでわかるなんて、凄すぎですよ! 私、彼女のこと5年間見て来ましたが、彼女の能力はただの危険察知能力だとずっと思っていましたよ! 本当に、あなた何かの機関のエージェントとか、スパイとかそういう存在ではないですよね!?」
「はあ? まあ、ただの経験の少ないコーチだという自覚はありますが」
「謙遜はやめてください! こっちが傷つきます」
興奮するライリーに、司は思い切って自分の常々考えていた事を話す事にした。
「あの、ライリー先生。特殊な能力についてライリー先生も一定のご理解がある、少なくとも、存在自体を馬鹿げたものとは思われてはいないようですので、相談したい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
ここでライリーは冷静な目に戻った。
「いのりさんのことですね」
「はい」
司は続けた。
「あの夜鷹純選手や狼嵜光選手のような、『自分自身を俯瞰して、自身の身体の動きがわかる』という特殊能力を自分は『鷹の目』と呼んでます。そして、私自身もこの『鷹の目』を持ってます。
自分はこの現役時代に活かせなかった『鷹の目』を、何とかしていのりさんに伝授したい。それによりいのりさんはさらに飛躍的な成長を遂げる事ができる。
そして、いのりさんをオリンピックの金メダルに導く。
それが、自分のコーチ人生をかけて成したいことです。」
司の決意表明に、ライリーは先ほどとは対象的に、笑いを堪えるように口に手を当てながら言った。
「解像度低ーっ!」
その答えに司の目が失望に染まるのを見て、ライリーは慌てて言い直す。
「いえ! 少し、細かい情報の共有が必要なだけで、あなたの考え自体がおかしいというわけではありません。ただ……」
ここで、ライリーは一息、決意を言葉にこめて言った。
「ここからは非常に重い、危うい話になります。しかし、もうあなたはかなり危うい所まで来ている。
これ以上、重要な話に進まない事はお互いの為にならないと思います」
ライリーは机から立ち上がり、司の間近で目を覗き込みながら言った。
「それには、貴方の決意と約束が必要です。
明浦路司さん。貴方に問います。
あなたはこれから私と話して得られることを、
私利私欲ではなくスケート界とスケート選手の未来の為だけに使うと約束できますか?」
「はい!」
司はライリーの目を見据えて答えた。
ライリーは満足げな笑みと共に手を合わせた。
「では、契約成立です。『非常に重い、危うい話』と行きましょう」