結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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151話 世界ジュニア その5

———エキジビジョン

 

 加護親子は二人仲良くエキジビジョンを観戦していた。ちょうど、転倒した柄後久翔を抜いて銅メダルに入った鵯朱蒴のエキジビジョンを見ていた。

「お、今のはトゥーループ?」

「違うよ、サルコウだった」

「ジャンプの見分けは難しいな……アクセルしかわからないや」

 観戦眼が育ってきた羊と違い、耕一はまだジャンプが全然見分けられない。

 そこに、近くにいた瀬古間が割り込んで話しかけてきた。

「ええ。鵯選手のサルコウはいわゆるクイック・サルコウで、トゥーループと見分けづらいですね」

 羊が補足する。

「そうなの。サルコウは『跳ぶ前に足がハの字になる』のが特徴的なジャンプなんだけど、それがクイック・サルコウだと一瞬なの」

 

 耕一と瀬古間がお互いの観戦事情を語り合う。

「僕はいのりちゃんも見に来たけど、司君が今日のエキジビジョンで『すごいジャンプを見せる』って言ってるから見に来たんですよ」

「僕の見に来たいのりちゃん金メダルでしたね。司コーチも選手顔負けの滑りをする選手で、アイスダンス出身ながら、ジャンプ指導も優れています。狼嵜光のオーストラリア戦で跳んだバックフリップも、司コーチが伝授したらしいです」

 そこで、羊が不思議な顔をして聞いてきた。

「バックフリップ? 司君が言っていた『すごいジャンプ』ってそれかな? でも、いのりちゃんのエキジビジョンで跳ぶってことは、いのりちゃんが跳ぶのかな?」

 瀬古間は慎重に答えた。

「いや、どうですかね? 僕が噂で聞いたところによると、司コーチは自身もバックフリップを跳べるようですが、光ちゃん以外の選手には危険だからと教えなかったとか。光ちゃんも『試合では使うな』と言われていたとか」

「うーん。じゃあ違うのかな……」

「まあ、いのりちゃんのエキジビジョンでのお披露目を楽しみにしよう」

 

 そして、3人で談笑しつつ他の選手のエキジビジョンを観賞していると、いよいよいのりのエキジビジョンとなった。

 

 「花の妖精」の曲に乗せて手品で出した花をばら撒くいのりを司が追いかけるコメディ仕立ての今年のいのりのエキジビジョンだが、後半が前回と違った。

 

 追いかけっこをしていたいのりと司が今度は向かい合わせになり、鏡動作のパントマイムを始めた。一枚の鏡に阻まれ、司がいのりの側に行こうとしても行けない。それを嘲笑うかのように花を取り出すいのりを、鏡を回り込むようにして追いかける司。

 すると、いのりも司の動作を鏡動作でマネつつ、鏡をぐるぐる回って逃げる。

 

「あはは! 鏡の世界の追いかけっこだ!」

「司君もいのりちゃんも、鏡映したみたいに動き揃っててすごいな!」

 加護親子も観客も興奮する中、その『伝説のジャンプ』が始まった。

 逃げる先に自分の置いた花があることに気づいたいのりが、連続ジャンプで花を跳び越える。

 

……シュタッ、シュタッ

 2A+1S?

 

『2A+1S!?』

 羊も観客も混乱する中、耕一が嬉しそうに言う。

「今のは僕にもわかった! ダブルアクセルとシングルサルコウだ。いのりちゃんは連続ジャンプでもしっかりハの字作るから、サルコウわかりやすいね」

「いや、そうなんだけど……」

 羊は目を回していた。今のジャンプに感じた強烈な違和感は何なのか? いや、良く考え直したらすぐわかったのだろうが、先入観が邪魔をして正解にたどりつかなかった。

「ええと、サルコウはオイラーを挟まないと跳べないから、第2ジャンプに跳ぶのは無理で……」

 

 瀬古間が冷静に答えを出した。

「逆でしたね。サルコウが」

「逆?」

 

 すぐに、氷上で「答え合わせ」が行われた。

 向かい合わせの鏡動作から、司は右足から左足に、いのりは左足から右足に、それぞれモホークを踏む。

 そして、司は左足のバック・インに乗り、右足を添え、いのりは右足のバック・インに乗り、左足を添え、2つの「ハの字」がはっきりとしたサルコウの準備姿勢を見せる。

 そして……

 

……シュタッ

……シュタッ

 司は反時計周りに右足で降り、いのりは時計回りに左足で降りた。

「逆回転1S……」

 羊が驚愕の表情で呟く。脚も逆、回転も逆、着地も逆脚の完全な鏡動作の1S。それが、先ほどのいのりの1Sの正体だった。

 

「へー。逆回転だったんだ。それはわからなかったなぁ」

 呑気に呟く耕一に一瞬遅れて、会場から思い出したかのような拍手が響いた。会場も一瞬、何があったかほとんどわかってなかったのだ。

「逆回転ってすごいの? でも、1回転でしょ?」

 そう言う耕一に羊が反論した。

「そんな訳ないでしょ! ものすごく難しいよ!」

 瀬古間がわかりやすく例えを使った。

「そうですね。自分の名前を左手で、鏡文字で書くようなものですね。ジャンプは繊細なものですから、同じように素早く、正確に書けるかというと……」

「なるほど……」

 

 氷上では今度は司も技を見せた。

 先ほどと同じ鏡動作のモホークから……

……シュタッ、シュタッ

……シュタッ、シュタッ

 司は通常回転から逆回転の、いのりは逆回転から通常回転の1S+1Sを見せた。

 

 にわかに関係者席が騒がしくなった。

「自由自在だな……。あのコーチも逆回転を連続ジャンプで跳べるのか。アイスダンス出身と聞いているが……」

「アイスダンス出身だったら逆回転跳べるの?」

「そんなわけあるか! ……3ヵ月、いや4ヵ月待ってくれ。あそこまでシンクロできるレベルなら」

「表彰台の君らでもそれくらいかかるとはね。あのコーチもかなりのスケーターだね」

 

 最後も鏡合わせに、司が通常回転、いのりが逆回転のスピンの後、いのりから最後の花が司に渡されフィニッシュとなった。

 

 ホランとミーアがニヤニヤ笑いで感想を語った。

「いやー、お見事。アレはマネできないね」

「全く。だけど、あんな見た目のインパクトが薄い、素人ウケしない技をわざわざ練習する気にはなれないね」

 呆れたようにそう言うミーアに、ホランは薄ら笑いで言った。

「多分、違うよ」

「? 違うって」

 ホランは自説を披露した。

「ステップとかスケーティング技術を追求しようとすると、逆足、逆動作練習とかたくさんやるでしょ?」

「? あの地味な練習? まあ、やるけど」

「あの逆回転1S、多分それの副産物」

 

 先ほどまで不思議な顔をしていたミーアが、一転驚きの表情に変わる。

「まさか!? 副産物!?」

「多分ね。スケーティング技術詰めるためには、モホークやスリーターンのような地味な練習を延々とやるけど、その際には逆足の精度を高めて、片足に偏った癖を修正する事も必要」

「それを突き詰めると、逆回転も簡単に跳べるって?」

「簡単とまではいかないだろうけど、そうする必要もあったんじゃない?」

「必要って?」

「例えば、4Sの精度を高めるためとか」

「……」

 

 ミーアの脳裏に、人物画をデッサンするイラストレーターの様子が浮かんだ。そのイラストレーターは作成途中でデッサンが歪んでいないか確認するため、何度も紙を裏返しておかしく見えないか、線が歪んでいないか確認する。

 いのりの逆回転1Sが、4Sの歪み確認のための手段だと?

 

 ホランは穏やかな笑みを浮かべながら続けた。

「真っ直ぐな山道を行こうとしても、茂る草木に迷ってしまいがちになるもの。時には脇道に逸れて高台から自分のルートを見つめ直す必要もあるわ」

「それが、逆回転1Sの本来の目的、とでも?」

「ええ。もっとも……」

 ホランはにこやかな笑みのまま推論の続きを口にした。

「通常のサルコウの成功率、そして4Sすら、彼女にとってはエッジコントロールを磨き続けた結果にしか過ぎないのかも」

「……」

 確かに、あの4Sの安定性の基に並外れたスケーティングスキルがある事には疑いがないが、スケーティングスキルを目的に磨いたら4Sという結果が湧いたというホランの説は……。ミーアは反駁した。

「……まさか!? ノービスで4S習得できたのが、ジャンプでなくスケーティングを磨いた結果? どこかのスーパーコーチが『それだけスケーティング磨けたなら、4Sも跳べるでしょ』とか言ってやらせたらできた、とでも?」

 ホランはそれには答えなかった。

「想像よ。でも彼女、ノービスからステップシーケンスレベル4取ってるのよね」

「……」

 怪物の成長ルーツに怯えて黙りこくるミーアと対照的に、ホランは嬉しそうにつぶやいた。

「楽しみだなあ」

 

———

 

 一方で、司の方にも注目が集まっていた。

 今も、ライリーが外国の人から何か聞かれていたところだ。そのコーチが去ると、さっそくいのりは聞いてきた。

「ねえ、ライリー先生。今の方、司先生について聞いてきたんですか?」

「そうよ。アメリカのスケート界のお偉いさんね。スケートショーにも絡んでるわ。『彼はバックフリップもできるの』ってアピールしといた」

「やった!」

 

 このエキジビジョンを企てたいのりには裏の目的があった。

『司先生を世界の舞台で有名にして、スケートショーにお呼びがかかるようなコーチにする』

 手品の助手役もそうだが、今の逆回転シンクロ1S+1Sコンビネーションは『結束いのりのコーチ、明浦路司』を、指導者ではなくスケーターとして強烈に世界に印象付けたはずだ。

 『光ちゃんにだけバックフリップ教えて不公平。私にも何か面白い技教えてください』とねだって引き出した逆回転1S。もちろん司も最初から跳べたはずもなかったが、ついにはいのりとのシンクロジャンプまでする事になった。

 これもいのりの『計算どおり』であった。

 

 ライリーも司が目指すスケートショーのキャスト兼業への道を応援しており、何よりいのりのモチベーション向上のために、司のスケート能力を磨き、アピールする事には大賛成だった。

「うまく滑れましたね」

「ええ! ライリー先生にも後押ししていただいたおかげです」

 清々しい表情の司を見て、ライリーもいのりも『司がキャストとして氷上に立つ日も遠くない』と確信していた。

 

———日本

 

 だが、このライリーといのりの『司先生すごいよアピール作戦』は、思わぬところで思わぬ男の関心を惹いた。

「やはりあの男、欲しいな。……そのためには、結束いのり選手の方は……」




世界ジュニア書き終わってから気付いた
「全中忘れてた」
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