結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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154話 シンクロ9勉強会 後編

———神宮FSC

 

「光ちゃんには言わないでね。光ちゃんがシンクロやるなら、私もやる。……光ちゃんと戦うために」

 そう告白した夕凪にいのりと亜子は目を丸くした。

 

「いのりちゃん、亜子ちゃんは光ちゃんと一緒になってから本当に強くなった……私ももっと強くなりたい」

 夕凪はそう言ってその場を立ち去った。

 

 いのりと亜子は顔を合わせた。

「そんな風に見えるのかな?」

「まあ、無理はないかも。実際私たち世界ジュニアまで行ったしね。私もそばで光ちゃんやいのりちゃんの活躍見るのはすごく刺激になったと思うし、『何でもいいから光ちゃんともっと戦いたい』気持ちもわかるよ」

「うーん。シンクロはシングルとだいぶ違う戦いになると思うけどなあ」

 そう言ういのりに亜子はウィンクして言った。

「ふふ。私たちは気にせず、教養深めに来た、というくらいの気持ちで楽しみましょ。ライリー先生も『知ってる選手も来るから遊びに行く、くらいの気持ちで行ってくればいい』って言ってくれてるし」

 

———

 

 最初は座学でルール等説明がされた後、いよいよリンクでの研修となった。比較のために、従来のシンクロナイズドスケーティングのチームと、シンクロ9のチームによる比較展示が行われる。どちらも神宮のジュニアチームだ。

 両チームの試技を見た五里ヘッドコーチや慎一郎ヘッドコーチがうなる。

「むう……やはり速度が違いすぎる。人数が減ってリンクが広く使えるのはわかるが……」

「従来シンクロが『同調の美』に重きを置いていたのに対して、シンクロ9は『運動の美』に主軸を置いてますね」

「グループリフトなど、危険で大掛かりな要素が減った分、ステップの精度等繊細な個人の技が見られる事になるな」

「シンクロ9も危険がないわけではないが、グループリフトはなくてリフトの高さはアイスダンス準拠、ジャンプは2回転まで、高速交差禁止と危険要素を排除している。オリンピック競技化のためか」

 

 次いで、指導者と選手に分かれ、「どのように指導するか」「どのように指導を受けるか」それぞれ学ぶ。この際、技量に応じて5〜7名の数チームに分かれた。後でこのメンバーで実際に指導を受けて滑る事になる。

 いのりのチームは当然ながらこの勉強会でもトップの選手中心に集められ、いのりの他のメンバーは、亜昼美玖、鹿本すず、古部多まいん、炉場愛花、八木夕凪、申川りんなだった。この中で唯一シンクロ専門の選手となる亜昼美玖がリーダーに指名された。

 

 メンバー分けがされると、さっそくすずがいのりに話しかけてきた。

「お! いのりはん。みんな、久しぶりやな」

「すずちゃん! もう足はいいの?」

「おう! でも、休んでるうちに全中も世界ジュニアも終わってもうててな。エネルギー有り余ってるところにおもろそうなイベントあるから東京まで足伸ばしたねん。光ちゃんやなくていのりちゃん来てるとは思わんかったけど」

「あはは。光ちゃん大人気だね」

「てか、いのりちゃん来とる方がびっくりやで。光ちゃんがすごくシンクロやりたがってるとは聞いてたけど、いのりちゃんまで巻き込もうとしてるとはな」

「……そうなんだよね。光ちゃんが強引で。まあ、面白そうと思うところもあるけど」

「まあ、元々、シンクロ転向の意志がある選手だけじゃなく、知識として知りたいだけの選手も歓迎の勉強会やからな。ウチも知り合いに会いに来たくらいの感じで来たけど……珍しい子も来とるな」

 すずはそう言うと、一人メモ帳を手にぶつぶつと考え事をしている様子の亜昼美玖に話しかけた。

「おう、リーダー。よろしくな」

 話しかけられた美玖はびくりと反応する。

「よ、よろしく……」

「なんか、緊張してるな? どうしたん? シンクロ専門で復帰したとは聞いてるけど」

 美玖は硬い表情のままだ。

「そ、そうなんだよね。まだ復帰したばかりで、スターフォックスに入ったのも東京に来たのもつい一昨日で……。

 この勉強会は楽しみにしてたけど、こんなすごいメンバーでリーダー任されると……」

 すずは腹を抱えて笑った。

「あはは! 確かに全ジュニどころか世界ジュニア優勝者までおるチームって、ちょっと豪華すぎるわな。

 まあ気張らんと担当のコーチにお任せしたら?

 たしか、勉強会に来たコーチに補助として勉強会主催側のコーチがつくみたいやけれど……」

 

 すずがそう言ったところで、ちょうど担当コーチがやって来た。

「やあ、みんな。俺がこのチームの指導役となるスターフォックスFSCの明浦路司です。よろしく!」

「補助につく神宮FSCの鯨臥(いさふし)豊です。よろしく」

 

 司がチーム担当となり、いのりは大喜びだ。

「わあ! 司先生が担当ですか! よろしくお願いします!」

 いのりは心中で『トップチーム担当になるなんて、司先生は来た中で一番のコーチってコトなんだ! 嬉しい!』と考えていた。

 その予想は間違いないだろう。勉強会の主催者であり、シンクロ界随一の、いや、日本スケート界で5本の指に入る重鎮の鯨臥ヘッドコーチ自らが補助につくとは、司への指導者としての期待度は相当高いに違いない。

 

 亜昼美玖の他にも緊張した様子の選手がいたため、司は朗らかにチームに話しかける。

「すごいメンバーが集まったとみんな緊張してるかもしれないけど、エキジビジョンで一緒に踊る練習くらいの気持ちで楽しんでやって下さい」

 鯨臥も選手たちの緊張を解くよう、にこやかに言った。

「シンクロ9はまだできたばかりの種目で、みんなスタートラインは同じです。まずは皆んなで一緒に滑ることを楽しんで下さい」

 

 そこへスポーツ店の業者の下蔵(しもぐら)が、台車でダンボールを持ってきた。練習用のシンクロ衣装だ。

「はいみんな。衣装だよ」

「うわ、本格的……」

「おそろいだ!」

 

 司がてきぱきと指示をする。

「衣装を受け取ったら、着替えて来てリンクに戻って来て。衣装が問題なかったら、軽いウォームアップの後、指導開始するよ」

 

———

 

 しばらくしてチームが着替えて戻ると司の指導が始まった。9人より少ない7人で、短時間で覚えられるよう主催が用意したプログラムを、大型モニターなども用いながら司が指導していく。曲は流行りの女性ラッパー歌手が主催したオーディションから誕生した7人組ガールズグループが歌う、夢へと踏み出す人の背中を押す応援ソングだ。

 

 すずがノリノリで注文をつける。

「ここでのセンターはウチにして! あと、ちょっとここのところで、リンクサイドのカメラにアップでアピールする場面入れてもいい?」

 りんなも言ってきた。

「実は、クラブで夕凪ちゃんと同時ジャンプ練習してたんです。どこかで入れたいな……」

 その取りまとめをするのが美玖だ。

「えっと、それならこのサークルに流れるところで入れられると思います。司先生、これでどうですか?」

「ああ、それで上手くいくと思うよ」

 

 司も指導を楽しんでいた。

『この隊列変更……最終的に氷上に残る軌跡がまるで花のようになる隠れた仕組みがあるな。日本のコンパルソリーの第一人者である鯨臥先生らしいプログラムだ』

 1990年まであった、音楽がなく、氷上を滑走して課題の図形を描き、その滑走姿勢と軌跡の図形の正確さを競う種目であるコンパルソリーは鯨臥豊の最も得意とするところである。

 

 普段はシングルのライバル同士として火花を散らし戦う彼女らも、今日は心を一つにして楽しんで美しい作品を作り上げる。

 最後に皆の前で完成した滑走を披露した後は、自分たちも撮れた映像を確認する。

 古部多まいんもその映像に大興奮した。

「きゃーっ! すごいすごいすごい! 何だかどこかのアニメの第2期オープニングみたい!」

「なぜ第2期?……」

 

 鯨臥が選手の皆に聞く。

「シンクロやってみてどうだった?」

 皆口々に感想を答える。

「えっと、エッジの音どころか感触まで伝わるくらいの近い距離同士で踊るのは結構大変でした。あと、シンクロって即応ラウンドとかあって難しいって思ってましたが、こんなに短い時間でも集団滑走をちゃんと形にする事ができるって、すごく勉強になりました」

「リーダーやるのは大変でしたが、みんなが積極的に意見を出してくれてやりやすかったです」

「うちもすごく目立てて大満足や!」

「みんな、すごく素敵でした! 撮れた動画もすごく良かった! 名古屋でもシンクロ頑張ります!」

「わたしはまいんちゃんのようにシンクロやるってまだ決めてなかったんですけど、ちょっと五里先生に相談しようかな……」

「……クラブの子以外と滑るのは新鮮でした。事前に練習していたりんなちゃんとは上手く同時ジャンプできたけどそれは2人だけだったからで、3人以上、9人とかで合わせようとすると大変だなって感じました」

「みんなの滑走見られて良かった。いのりちゃんがやっぱり一番綺麗だけど、自分や他の子も、シンクロだとシングルではわからない意外な能力や長所がわかるな、って思いました」

 

 最後に、司が感想を伝えた。

「最後に申川さんが言ったように、シンクロで他の選手と並べて指導するとシングルでは見えなかった意外な能力や、思わぬ欠点、隠れた長所を見る事ができて、大変勉強になります。スターフォックスにもシンクロ9のチームができますが、ここでの経験を活かし、シングルと掛け持ちするような選手も導いていけるよう頑張ります」

 その様子に鯨臥も満足そうだった。

 

 亜昼美玖も初リーダーが上手くいったと胸を撫で下ろしていたが、陰で表情を曇らせている選手もいた。

「夕凪ちゃん、どうしたの?」

 りんなに聞かれて、夕凪が他の選手に聞かれないように答える。

「……いのりちゃんと滑っててよくわかったけど、エッジの乗り方の質が全然違った。いのりちゃんはこちらの滑りの様子を見て、私の動きを予想してスペースを空けたり、美玖ちゃんと連携して手で動きを抑える合図してくる余裕まであった」

「そうなの? 何だか滑りやすくしてくれてるとは感じたけど」

「まいんちゃんもシンクロだとすごくスケーティングが上手い。美玖ちゃんやいのりちゃんとしっかりチームメイキングしていた。司先生も言ってた『隠れた長所』ね。

 ジュンリンクで夜鷹純にアドバイスされたとかいう噂だけど」

「そう……まさか、夕凪ちゃん。シングルと掛け持ちでシンクロやるつもりなの?」

 

 夕凪は言った。

「うん。そうしないと、名港ウィンドはスターフォックスに勝てなくなる」

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