ライリーの言う「非常に重い、危うい話」が始まる前に、美蜂が確認した。
「私も聞いていてよろしいので?」
ライリーはうなずきながら、司に説明する。
「実は美蜂さんや前任のメディカルトレーナーには一部既にお話ししています。今回はより深いところまで話すので、美蜂さんにもそのまま同席していただきます」
司と美蜂がうなずくと、ライリーは続けた。
「まず、私は私自身も特殊な能力を持っていることもあり、そういった特殊な能力の存在を信じています。
とりあえず、呼び方は『特殊能力』でいいでしょう。
この特殊能力は、普通の感覚や運動能力、知能やコミュニケーション能力の高さの延長線上にあるようなものから、科学では恐らく説明がつかないようなものまで、様々なものがあります。スケートに役立つ能力も、関係ない能力も、かえって妨げになる能力もあります。
まず、分かりやすい一例は私の特殊能力である『語学力』でしょうか。
私は母国語である英語を含め、24カ国語をネイティブと同じレベルで喋れるようになりました。流石に、特殊能力と呼んでいいレベルでしょう。しかし、スケートにはとても役に立ちそうにありませんね。
次に平新谷選手の例もあげましょう。彼女の小さい頃はけっこう大変でした。氷の上の危険を逐一感じ取ってしまい、慣れるまでなかなか練習してくれなかったものです。
ここまで、よろしいでしょうか?」
司はうなづき、ライリーは続けた。
「ではここで、一度、お互いの方向性を合わせておきたいと思います。まず、スケートに関係の無い能力だから、スケート以外に役立てるべき、とか、逆にスケート以外やってる人がスケートに役立つ特殊能力を持っているのを無理矢理スケートに引き込む、というのは慎むべきという考えを私は持っています。ここは、共感していただけますね?」
「はい」
「……続けます。次に、誰がどんな特殊能力を持っているか、言いふらしたり、無神経に探ったりするべきでない、また、自分の持つ特殊能力に無自覚な者もいますが、危険を伴うもので無い限り、本人や家族にであれ教えるべきではないと考えます。ここも共感いただきたいところですが、いかがです?」
「そうですね。スケート界が大騒ぎになったり、選手が努力を怠ったり、放棄する等色々影響ありそうですね。狼嵜光選手はもう自分の特殊能力を自覚してると思われますが、平新谷萌栄選手は教えることでデメリットある可能性が高そうですね」
「ご理解いただけて何よりです。特殊能力があることが良い事とは限らない。便利な能力を持つが故にかえって不幸になったり、道に迷ったり、心を痛める事もあります。知られる事で身の破滅を招きかねない特殊能力もある」
ここでライリーは少し目を細めて、美蜂の方をチラッと見つつ言った。
「さて、ここからはそろそろ美蜂さんにも話した事のない『危うい』話の域に入ります。
その前に一つだけ、最後に司先生に質問です」
「何でしょう?」
「司先生は、どうして私を信用して、共感してくれるのですか?」
司は少し考えてから言った。
「このスターフォックスというクラブですね。
あなたの理想の姿が感じられる。もちろん、生徒の成績もさることながら、生徒が、保護者が、怪我や経済面でも悩む事のないよう、設備、練習方法、スタッフ態勢まですばらしいものをそろえている。そして、生徒が怪我をしないための工夫や知見を他のクラブと惜しげもなく共有している。
ここまでのクラブを作れる人物なら信用できる、そう考えます」
ライリーは満足げに微笑んだ。
「ふふ。少し照れますね。
では、『危うい話』を一つ挙げたいと思います。
私は、選手個人より、指導者が特殊能力をもつ際の方がより危ういと考えてます。
その上で、一人、特殊能力を持つ指導者の情報を共有しましょう」
「誰ですか?」
「あなたも知っている人物。愛西ライドの五里誠二ヘッドコーチです」
司は驚くというより、少し考え込む。それを見て、ライリーは補足し、司に質問を投げかける。
「五里先生は無自覚ながら、コミュニケーション系の特殊能力の持ち主です。さて、どんな能力を持っていると思いますか?」
「わかりませんが、岡崎いるか選手と関係ありますか?」
「はい」
「……例えば、『劣悪な環境にある生徒でも、能力を最大限に引き出す事ができる』でしょうか?」
「大体当たってますが、肝心のところが違います」
ライリーは子供に怖い話をする母親のように話した。
「彼の能力は『劣悪な状況にある生徒ほど、心をもってしっかりケアすることで高い能力を引き出す事ができる』です」
司はたちまち顔をしかめた。
「……それは危うい」
「そうですね。もし、選手が知ってしまったら自傷に走るかもしれませんし、五里先生が知ってしまったら、自分が助けられる生徒数の限界に苦しむかもしれません。一般に知れ渡ってしまったら、考えるだに恐ろしい」
自分の子供を虐待した上に愛西ライドに放り込む者が現れないとは限らない。司も美蜂も背筋が凍る思いがした。
「かの二人のような師弟関係は、影から守ってあげなければならない。知らずに手を出してしまうことも良くないので、あなた達にも教えました」
司も美蜂も、この『危うい話』の闇の深さが段々とわかってきた。
「マイナスの状況から急な成長を成し遂げる選手は、どこか危ういところはないだろうか、と、私は心配になります。ですから、結束いのり選手についても実はこっそり調べを入れてました」
ライリーの告白に、司はハッとなる。
「ひょっとして自分も?」
「ええ。あなたが自分の生徒を虐待に近いところまで追い込む事で能力を覚醒させるようなコミュニケーション系の特殊能力者でなくて本当に良かった」
「……そんな特殊能力者がいるんですか」
恐る恐る聞く司にライリーは答える。
「大体近い能力の方がいますよ」
「その方は今はどうしていらっしゃいます?」
「私が手を下すまでもなく、自ら後悔して一線を退いています」
司は「私が手を下すまでもなく」の部分の真意に気付き、ゾッとした。
ライリーは司が身体をこわばらせるのを見て、少しおどけるように言った。
「ふふ。あなたはちゃんと約束を守れる人だと信じてますよ。それに、ここまで話してしまったら、もう、私とあなたは一蓮托生です。
では、心の準備ができたら、いよいよ『鷹の目』について話をしましょうか」
なんか、13巻に、ライリーは24カ国語喋れるギフテッドとかとんでもないこと書いてあった。(まあいいか)