———スターフォックス、多目的室
『AIで曲選びなんてとんでもない』とジュナらと話していた直後に、生徒たちがAIで曲選びをしている様を見られて大恥をかいたライリーは、すぐに蕨に『何でこんなグダった会議してるのか』と、問い詰めた。
蕨は冷や汗をかきつつ説明した。
「かくかくしかじかで……今、『曲をユーロビートに絞る』事のリスクを美玖ちゃんに説明していたんですが……」
そこで萌栄が謝る。
「なんか話が難しくなってきて、みんなもスマホで調べたりしてたから、ウチも『じゃあどんな曲がいいのかな?』って……」
「はあ……」
ライリーがため息をつく。特にこの生徒、萌栄はライリーの悩みのタネだ。
動きのキモを見極める目『レーダー感覚』を備える萌栄だが、その目は芸術性には反応しない。いのりの腕の捻り上げが4Sのキモと見抜くことはできても、ベリンダの肩の動きが脱力表現のキモとは理解できない。結果、今は「4回転が跳べるのに強化選手に選ばれるか微妙な選手」に甘んじている。芸術性を磨くためにもAIなぞに頼らず、自らの感性を伸ばして欲しいのだが……
蕨が説明していたユーロビートのリスクは主に「old school judgeの印象が悪い」。つまり、「伝統的なフィギュア観を持つ審判には、その選曲が好意的に受け取られにくいかもしれない」というところだった。
それぐらい誰にもわかりそうだが……ライリーは聞いた。
「蕨先生、美玖ちゃんに任せるのがそんなに心配ですか?」
「いや、心配はしてません」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
ライリーの脳内に響く嘘反応。
「はあ……」
まあ、仕方がない。蕨も神宮からの派遣コーチという微妙な立場で、安全策に流れてしまうのもわからなくはない。
ライリーは前に出て、生徒たちに言った。
「みなさん。蕨コーチの言うとおり、ユーロビート縛りにはリスクはあります。でも、私はそのリスクを取っても良いと思います。みんなはユーロビート縛り、やってみたいですか?」
「はーい」
「賛成でーす」
「……やってみてもいいと思います」
概ね皆賛成だった。
ライリーは満足そうに皆に言った。
「いいですね。そんなみなさんに良いお知らせがあります。今回の『スイッチ』で選ぶ振り付け、ジュナさんにやっていただけることになりました」
ジュナが笑顔で皆に手をふる。
「みんな、よろしくね」
「よろしくお願いしまーす」
選手等から拍手と礼が返ってきた。
ライリーは皆の様子を見て続けた。
「あなた等が選んだ曲をジュナさんがプログラムにしてくれます。でも、自分で曲を選ぶことはあなたたち自身の感性を養うためにとても重要です」
生徒もうなづく。ここまでは良かった。
次からがいけなかった。
「だから、今回、曲を選ぶのにAIを使うのは禁止します」
「えーっ!」
生徒たちは驚き、たちまち萌栄が抗弁した。
「そんなの、普通に検索したら勝手にAIモードで返事返ってきちゃうよ」
「じゃあ検索も禁止。辞書だけ使って良しとします」
「……」
ショックを受けて黙りこくる皆にライリーは説いた。
「英語の歌を聴いただけで選ぶのはみなさんには少し難しいかもしれません。それでも自らの感性で聴き取って曲を選ぶ事はあなたたちに必要な事です。AIのおすすめや歌詞の訳に流される事なく自分たちのセンスを働かせて欲しい。ぶっちゃけた話、歌詞の意味なんかで選ぶより、音のフィーリングだけで選んだ方が全然良いです。
これが今回ジュナさんに振付けをお願いする上での私から選手のみなさんへのお願いです」
「……」
神妙な顔になった生徒たちにライリーはまとめた。
「あなたたちは新しい競技の世界への挑戦者です。自分の感性を信じて、自分の道を切り拓いて下さい。失敗してもいい。失敗も貴重な経験です。でも、失敗を恐れて自分を信じないのだけはやめて下さい」
生徒たちも納得した。
「了解!」
「わかりました。がんばります」
「やってみまーす」
『きれいにまとめたな』
と、蕨や司、ジュナは思った。
そこで、ライリーは蕨に釘を刺してきた。
「そう言うわけなので、蕨先生も曲選びには基本口出し無用でお願いしますね。聞かれてもない事を教えて誘導しちゃったりしても良くないので。どうしてもダメな曲を間違って選んじゃった時の判断は私がします」
「それは……いえ、わかりました」
立場の弱い蕨は素直に従った。
「今日はここまで、ではみなさん次の会議までに各自、自分のやりたいユーロビート曲を選んで来て下さいね」
———会議終了後
皆が帰って行った後、蕨は「失敗したなぁ」と一人反省していた。どうやらライリーには「生徒の意に反して、安全策を取ろうとしたコーチ」とでも思われてしまったようだ。チームの曲選びからも実質外されてしまった。
曲をユーロビートに絞って『スピード強点一点突破型』のチームを作る戦略自体は悪くない。勝つ為だけならあり得る選択肢だ。しかし、その選択を取った場合にどうなるか。
チームのウィークポイントとなり、一番苦労するのは他でもない、2年のブランクからフィギュアに復帰したばかりのチームリーダー亜昼美玖だ。
『シングル掛け持ちで個人技に長けるのが私達の特性』と美玖は語っていたが、彼女自身にはそれは当てはまらない。
美玖もそれがわかっていながら、チームの為に犠牲になろうとしている。シングルがある他のメンバーはともかく、シンクロ一本で行こうとしている美玖にその選択はさせたくなかった。
「やっぱり任せられなかったな、彼女は責任感が強すぎる。……こうなっては仕方ない。少しでもなんとかしてあげないと」
蕨はスマホを取り出し、知人に電話を掛けた。
「もしもし、洸平君? こんな時間にごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
———数日後、スターフォックス資料室
「あー、疲れた……。曲選びしてから帰ろうっと」
練習後、光はスターフォックスの資料室に向かった。
資料室の中には亜子がいた。
「あ、光ちゃんお疲れ。……鯨臥先生大変だった?」
「うん。あの先生細かい動きにも『なんでだ?』『どう考える?』って聞いてくるから。『何で今までどおりにやった?』とか、そりゃ練習なんだから今までどおりにやるじゃんって……。身体より先に頭が疲れちゃうよ」
「光ちゃん、今シーズンの自分の曲も決まってないのに、大丈夫?」
「あー……そっちの方もなんだかピンと来ないのよね。なんか良いネタ無いかな……っと。とりあえずスイッチの曲から選ぶかな。亜子ちゃんは会議に出す曲決まった?」
「うん。ぺこらちゃんとかぶっちゃいそうだけど、決まった」
「私も頑張るか……こっちのCDいくね」
そうやって光が曲を探し始めてしばらくすると、興味深いセリフから始まる曲があった。
『Hiya, Barbie』『Hi, Ken!』……
「……ん。あれ、この曲……バービーとケンって、もしかしてこれ、バービー人形の歌?」
光は幼い頃、スラリとしたスタイルにキラキラしたドレスのバービー人形を欲しがっていた。しかし、狼嵜の家ではそんなものは買い与えてもらえず、仕方なくハンカチで作った人形に紙のドレスを着せて一人遊んでいた。
鴗鳥家では汐恩と人形遊びができたが、汐恩がシルバニアファミリー派であった為、やはり「バービー人形を買って」とは言い出せなかった。
そんなわけで、ついぞ手に入れる事が出来なかったバービー人形だが、まさかこんな場でバービー人形遊びの歌と出会えるとは思っていなかった。
「……結構イイ曲ね。『ショーマンシップ』や『キャラクター』に向いてるかも」
光はその曲を候補リストに入れた。
光が選んだその曲はAQUAの『Barbie girl』
『バービーのイメージを毀損した』として、バービー人形を販売するマテル社から訴訟まで起こされたいわく付きの曲である。
残念ながら、光には曲に含まれる諧謔やスラング、ダブルミーニングを聴き取り、読み解く英語力は無かった。
「んー。こっちの曲はスイッチを入れる曲かな? ノリもいいし面白そう」
そうして、候補曲リストを作っていった。
———立川西第3中学校、下校路
実のところ、ユーロビートの歌詞は大変聴き取りづらく、中学生レベルの英語力では全く何を歌っているのかわからなくて当然である。
結束いのりももちろん例外ではなかった。
「ばーいずばーいずびーまいぼーいず、あわなひるばで……」
いのりは鼻歌を歌いながら下校しているところ、萌栄が話かけてきた。
「お、いのりちゃん。ご機嫌やな。その曲気に入ったんやな」
「うん! もう、会議に出す曲もこれに決まり! 『コネクション』のテーマかな?」
そんな笑顔を返して鼻歌を続けるいのりに萌栄が聞いてきた。
「……いのりちゃん。ちょっと気になる事があるんだけど。その歌のメインフレーズのところの歌詞な」
「ばーいず、ばーいず、びー、まい、ぼーいず?」
「うん、そこ、『Boys. Boys. Be my boys.』じゃない?」
いのりが考えながら和訳する。
「えっと。Boys. だけだと呼びかけ? Be なんとかだと、こないだやった命令形?」
「そうやろ? すると『少年よ。少年よ。わたしの少年になれ』って訳にならない?」
「? 『わたしの少年になれ』? どう言う意味だろ?」
首を傾げるいのりに、萌栄は推論を口にした。
「ひょっとしたら『わたしのボーイフレンドになれ』って意味じゃない?」
「え!?」
いのりの顔が青くなった。
———スターフォックス、エントランス
いのりがスターフォックスに着いた時、ちょうどライリーが出てくるところだった。
いのりはこれ幸いと呼び止めた。
「ライリー先生! ちょうど良かった! 聞きたい事があるんです」
「あらなあに? いのりちゃん」
神宮に出かけるところだったライリーも一度足を止めた。
「あの……すごくいいと思う曲があったんです。スマイル・DKの『ボーイズ』って曲なんですけれど」
「ああ、その曲ね」
ライリーもその曲は知っていた。スウェーデンの女性デュオのダンスポップユニットSmile.dkはユーロビートを代表する歌手であり、デビューアルバム収録の「BOYS」は耳に残るキャッチーなサビが特徴の人気ダンスナンバーである。
ただ、確かに歌詞にはちょっと過激なところもある。
いのりは聞いてきた。
「あの、いい曲なんですけど、ライリー先生の大嫌いなラブソングみたいなんです。これ、やっぱりダメですか?」
「え?」
ライリーは心外だった。
嘘がわかってしまうから恋バナが嫌いなだけで、別にラブソングが嫌いなわけではない。ライリーはすぐ訂正にかかった。
「あのね。先生は確かに恋バナ苦手だけど、ラブソングまで嫌いなわけじゃないわよ? そんな事言い出したら『白鳥の湖』だろうが『エリーゼのために』だろうが、恋バナ、ラブソングじゃない」
ライリーがそう答えると、いのりは、すがるように確認してきた。
「じゃあ、『ボーイズ』もOKですか?」
「……まあ、いいでしょ。歌詞は気にしなくていいわよ」
いのりは安堵の笑みを浮かべた。
「良かったぁ。ラブソングもOKなんですね!」
ライリーは顔を引き攣らせながらささやかな訂正を加えた。
「ラブソング、とはちょっとズレてるかな? 『Boys』って複数形だし」
「?」
いのりには、『なぜ複数形だとラブソングらしくないのか』は全くわからなかった。
Smile.dk「BOYS」はラブソングと言うよりは、恋と遊びを楽しむ少女たちのちょっと大胆な誘惑ソングである。
地獄への道はこうした勘違いの積み重ねで舗装されていった。
大丈夫です。
R-15タグ、ついてますよ。