結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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163話 大事故 後編

———スターフォックス、多目的室

 

 スターフォックスのジュニアシンクロ9チーム「アウトフォクシーズ・スイッチ」の今シーズンの曲決めの会議が始まった。曲はユーロビート縛り、AIや検索はナシだ。

 選手たちは各々持ち寄った曲を会議にかける。リーダーの美玖が司会進行をしつつ記録を取る。「口出し無用」とライリーに言われた蕨は黙って結果をライリーに報告するだけだ。

 

「では、まず『スピード』の曲から選びたいと思います。『スピード』向けの曲持って来た人ー」

「はーい」

「はーい」

 亜子、鉱森神楽、太田ぺこらが手を挙げた。

 

「じゃ、順番にみんなで聞いてみよっか?」

「りょーかーい」

 3人の選んだ曲が順番にかけられたが、一度かけただけでその差は明白だった。

「……これは亜子ちゃんの選んできた曲で決まりかな?」

「そうだね。疾走感が段違いだね」

 

 亜子の選んできた曲はデイヴ・ロジャース「DEJA VU(デジャヴ)」

 疾走感あふれるユーロビートでタイトルは「既視感」を意味する。どこかで経験したような感覚と興奮を歌う、力強く熱いダンスナンバーで、アニメ『頭文字D』の挿入歌としても知られる。

 

「とりあえず、これで『スピード』はいいかな。次は『パワー』。これは私も曲を持って来たの」

 曲を流した結果、亜昼美玖が持ってきた曲が選ばれた。

 キング・コング&ジャングル・ガールズ「Boom Boom Dollar(ブン・ブン・ダラー)」は、陽気で力強いヴォーカルが特徴のコミカルなユーロビートで、威勢のよいお祭りダンスソングといったところだ。

 

 蕨はここまでは安心して聞いていた。亜子の「DEJA VU(デジャヴ)」には少し問題があるものの、曲を選ぶ感性は十二分に感じられる。

 

 問題はここからだった。

「じゃあ、次。『コネクション』の曲、選んで来た人」

 萌栄といのりが手を挙げた。

「ウチは西城秀樹の『ヤングマン Y・M・C・A ユーロミックス』や」

「わたしはスマイルDK『ボーイズ』です」

 ガタッ

 横で聞いていた蕨がずっこけて椅子から滑り落ちた。

 美玖が心配する。

「大丈夫ですか?」

「……問題ない。続けて」

 平静を装う蕨。

 萌栄は皆からの冷たい視線に気付かずに続ける。

「英語なんてわからんから、日本語の曲にした!」

 皆呆れた。

 

 部屋の隅で頭を抱えている蕨を、皆は「萌栄ちゃんのダサい選曲に頭痛めてる」と勘違いしたが、逆だった。

 蕨はいのりの選曲に驚愕していた。

『何でそんなヤバい歌詞の歌を選んで来るんだよ……ああ、ライリー先生が検索禁止とか言うから……』

 

 いのりはちょっと恥ずかしそうに捕捉した。

「これ、ちょっと歌詞がラブソングで恥ずかしいんだけど、ライリー先生がOKだって言ってくれました」

「……(まじかよ。ライリー先生)」

 蕨は言葉を失った。

「ふーん。ラブソング? 別に良くない?

 とりあえず聴いてみよっか?」

 亜子に促され、皆は曲に耳を傾ける。

 

『ラブソング、ねぇ……』

 英語力のある亜子はこの「BOYS」のヤバさに薄々勘づいていた。

『ここ〝I wanna feel your body〟……よね。ヤバ。

 でも、ライリー先生もOKしたのよね?』

 亜子の次に英語力のある美玖もヤバさに勘付くと、いのりのフォローに入る。

「ラブソングでも大丈夫よ、いのりちゃん。実は私の『Boom Boom Dollar』も、実はラブソングよ」

「そうなの? 全然わからなかった」

「そうよ。歌詞なんて気にしなくていいんじゃない? ライリー先生もOKしてくれたんだし」

 

『いや、気にしろよ!』

 蕨の心の声をよそに、『BOYS』が『コネクション』のテーマに選ばれてしまった。

「えーっ。ウチの『ヤングマン』はボツ?」

 不満を口にした萌栄を美玖が慰めた。

「まあ……エキジビジョン用とかならワンチャンあり、かな?」

 すると、萌栄は声を挙げた。

「え? エキジビジョン用の曲とかありなの? それなら『ミミッキーマウスマーチ ユーロミックス』やりたい!」

「……」

『最初からそっち出せよ! ……まあ、いいか』

 皆が心の中でツッコむ中、美玖は冷静に議事を進行した。

「あはは。エキジビジョン用かはともかく、予備の候補に取っておこうかな? アナーバー杯の方で使えるかも知れないし。

 じゃ次の『ショーマンシップ』に行こうか」

 

 最後のテーマ『ショーマンシップ』になると、光が自信満々に手を挙げた。対立候補はいなかった。

「ふっふっふ。とっておきの曲です。AQUAの『Barbie girl』人形遊びの歌です。

 これで、人形っぽい振り付けとかウケない? どう?」

 

『あああ……』

 蕨は顔を手で覆った。

 何でこの子達はこんなヤバい歌見つけてくるんだよ!

 蕨は口出し無用とされてしまった自分の立場の弱さを恨んだ。

 この歌はいのりの『BOYS』とは違う方向でヤバい。人形遊びに見せかけて、実はルッキズムや男尊女卑を皮肉った風刺ソングであり、性的な表現もそこかしこに隠されている。バービー販売元に裁判を起こされるだけのものはある。

 

「人形遊びの歌?」

 亜子は訝しんで光に聞いた。

「そうよ、聞けばわかるよ。最初にバービーとケンが出てくるから」

 そう言って、皆聴き入る。

 

♪ 『Hiya,Barbie』『Hi,Ken』……

  I'm a barbie girl, in a barbie world

  Life in plastic, it's fantastic! ♪

『〝私はバービー世界のバービーガール。プラスチックの中の生活、それは素晴らしい〟かな?』

 ここは「プラスチックの人生って最高」と虚飾に塗れた現代社会を皮肉っているところだが、流石にそこまでは誰もわからない。

 

♪ You can brush my hair, undress me everywhere ♪

 残念ながら亜子はここでも『undress』を『and dress』と聞き間違えた。ここはネイティブでも聞き分け困難な箇所だ。

『〝髪をとかしていいです。どこでもドレスを着せていいです〟だね』

 正解は『どこでも脱がせていいです』だった。

 

 その後も、そこかしこに危ない表現の手がかりはあったものの、スラングがわからなかったりそもそも聞き取れなかったり、先入観で誤解したりで、この曲の背後にあるヤバさには誰も気づけなかった。

「何かキスとか言ってるとこなかった?」

「人形同士にキスくらいさせるでしょ」

「You can touch, you can play……〝手に取って、遊んでいいよ〟って。やっぱり人形遊びだね」

 

「でも、人形遊びの裏で男女関係のダブルミーニングになってるところあるかも」

 かろうじて美玖がそう言って直感的に察知した危険を口にしたが……

「別に良くない? 『BOYS』『Boom Boom Dollar』ってラブソング通してるし」

「そうだね」

 

 何より曲としてはキャッチーな響きにわかりやすいビートで、滑るのに申し分ない。

「掛け合いに合わせて主役入れ替えながら振り付け変えたら面白そう」

「アナーバーのテーマの『キャラクター』にも合ってるね」

 そして、『Barbie girl』の採用も決まってしまった。

 

「男性パートと女性パートに分かれていて、プログラム的にもいじりがいありそうだよね」

 そう、最後にいのりが感想を言った時、亜子の顔がにわかに曇った。

「あ……ちょっと待ってみんな」

「どうしたの? 亜子ちゃん? 『Barbie girl』どこかまずかった?」

「いや、『Barbie girl』はいいんだけど……」

 亜子はしばらく考えてから言った。

「……私の『DEJA VU』ダメかもしんない」

 

「どうして?」

 皆に聞かれて亜子は答えた。

「私の選んだ『DEJA VU』、曲の中にずっと疾走感溢れているんだけど、これ、プログラムにしたら……」

 皆も曲をプログラムに落とそうと考え、そして数秒後に気づいた。

「……あ、ああっ! わかった! これじゃプログラムにならない! ずっと走りっぱなしだ!」

「そうなの、曲の中ずっと疾走感続いてて、動きを落とすための部分がないのよね。ずっと前へ前へと押し出す勢いが続いてて、緩急つけられなくて」

「ああ……途中で『タメて、加速する』ところがないと『スピード』のテーマも表現しにくくなるのかぁ……」

「そうだよね。見せ場で加速しても、最初と同じスピード感に見られちゃうかも」

 

 蕨は感心した。

『よく自分たちで気づいたな。そのとおり。この曲は曲に乗って速く滑るだけではスピードを見せるプログラムにならない。演技側で緩急を作る工夫が必要になる。

 まあ、このくらいはジュナさんなら調整できるだろうけど、その問題に気付けるなんて、やはりこの子達はセンスに溢れている』

 

 美玖は気を取り直して『スピード』のテーマ曲の再考に取り掛かった。

「じゃあ、『スピード』の曲はもう一度考え直す?」

「でも、他の候補曲も同じように『走りっぱなし』の曲だったかも」

 

 そこで、光が手を挙げた。

「既に1曲採用してもらったトコで悪いけど、実は使えそうな曲があります」

「へえ、なんて曲?」

 光は得意気に言った。

「イー・ロティックって人の『Turn me on』です」

 

 蕨は心の中で叫んだ

『アホかー! e-roticは〝イー・ロティック〟じゃなくて〝エロティック〟じゃ! 〝Turn me on〟って〝私を性的に興奮させて〟って意味のスラングで、この歌はド直球のエロソングじゃい!』

 どこに出しても恥ずかしい変態ソングの大御所e-roticの代表作の一つ『Turn me on』は、男女のベッドの上での刺激的なやりとりが題材の、コンプライアンス的にもアグレッシブな曲だ。

 邦題は「いかせてターン・ミー・オン」で、2000年代のゲームセンターのダンスゲームでは人気曲だった。

 

『まったく光ちゃんは……英語聴き取れないだけならともかく、最後までちゃんと聴いてこいよ! もう、僕知らない。席外しとこ』

 蕨は「ちょっとごめん、お手洗い行ってくる。話進めておいて」と言って席を立った。

 蕨は『光はこの曲を最後まで聴かずに提案してきた』と誤解していた。何故なら、この曲を含むe-roticの曲のほとんどには間奏などに特徴的な『喘ぎ声』が入る。

 コンプライアンスおおらかな昔のゲーセンではダンスゲームコーナーにソノ声が流れているという、今では信じられないような光景があったらしい。

 蕨は『光ちゃんみんなの前で恥かいて泣いちゃうかもな……ごめん』と、思ったが、止めたり口出しする事を許されていない男の自分が立ち合っていても被害拡大にしかならないと考えた。

 知らんぷりしかできない自分を責めつつ部屋を出る蕨の背後で『Turn me on』が流れ始めた。

 

———

 

『そろそろいいか。場も収まった頃だろう』

 蕨は十分に時間を置いてから多目的室に戻った。

 すると、多目的室には美玖しか残っていなかった。

「あれ? みんなは?」

 

『ひょっとして、ショックを受けた光ちゃんが飛び出していってしまって、みんながそれを追いかけに行ってるとか……』

 そんな想像に怯える蕨に、美玖はキョトンとした顔で答えた。

「もう、みんな帰っちゃいましたよ。はい、これ」

「? ……!?」

 

 美玖が渡してきた曲リストには、「e-rotic『Turn me on(Heavenly Mix)』」がきれいな字でしっかりと書かれていた。

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