ライリーは、司の目が覚悟に彩られているのを見て、「鷹の目」の話を始めた。
「まず、司先生は『鷹の目』を、『自身の肉体及び修練のステップの状況を俯瞰してみる事ができ、それにより飛躍的な上達速度を持つ』という特殊能力、と考えてるようですが、ここから直したいと思います。
端的に言って、捉え方がざっくりしすぎです。そもそも、夜鷹純と狼嵜光と明浦路司で持っている特殊能力が全然違う」
ここでライリーは相違点の確認から入った。
「まず、特徴的なのは夜鷹純です。彼の特殊能力の一番の特徴は、コーチを必要としない事です。同じ事があなたや狼嵜光にできますか?」
「……できません。絶対に」
司は憎々しげとまで言えるほど声を苦しく歪め答える。
「そうですね。次に、自分の技をどうやるか他人に言葉で説明する事は、コーチにとって大変重要な能力ですが、夜鷹純や狼嵜光があなたのようにできると思いますか?」
「夜鷹純はできません。あの人、自分の技を見せてから『やって』としか言いませんよ。狼嵜光はわかりません」
「まぁ、そうですね。最後に、あなたは2Lzを『夜鷹式』『結束式』『胡荒式』で、手本を見もせずに跳び分けてみせていましたね。同じ事が狼嵜光にできましたか?」
「……できたら彼女も苦労しませんね」
「そうです。この3人の能力は似てるように見えて、全く違う能力です」
ライリーの話は佳境に入ってきた。
「まず夜鷹純の能力は、最初から完成形と、そこに至る道筋を得られる、言わば『天啓』のような能力です。一番非科学的な能力ではありますが、例えば数学界における天才ラマヌジャンのように、過去に例が無かった訳ではありません」
「『天啓』……なるほど、いい言い方ですね」
「そうですね。天啓で与えられているので、他人に理由ややり方を説明できない。しかし、本人は完成形に対し必要なパーツを得るための最短経路を知っている。一見遠回りに見える鍛練も、実は誰も知らなかったゴールへの隠し通路だったりするのです」
「4Sの入り方などですね。彼がタノジャンプの4Sという完成形を披露するまで、皆『なぜ、あんな不利な入り方でサルコウを跳ぶのか』としか思わなかった」
「そうです」
ライリーは続ける。
「次に、狼嵜光です。彼女の能力は言わば『写し身』。見た技をそのまま再現できる肉体制御能力です。もちろん、フィジカルやテクニックが足りない技は出来ませんが、一度再現した技を繰り返す事で、見本がなくても技に習熟できるようになりますし、高度な技に習熟していく事で、フィジカルやテクニックも自然と発達します。
反面、感覚が肉体制御に直結しているので、言葉による指導で修正を入れる事が困難。言うなら、分かっていても見ないとできない。そこがポイントです」
「自分で悪いクセと気付くだけの地頭があっても、無意識で身体を動かしているので修正できないという事ですね」
「そのとおり。また、言わば『他人の技を盗む』ことについて、彼女も仕方ないとはわかっていながら、特に選手を対象とする事には道義的に抵抗を感じているようです。この点も次からケアしてあげて下さい」
「……わかりました」
「そしていよいよ……」
ライリーは待ち切れない様子の司に対して、平静を装いながら語った。
「司先生。あなたの特殊能力です。
私の見る限り、あなたの肉体制御能力はとび抜けていますが、それはあなたの特殊能力の本質ではない。あなたの特殊能力は、肉体制御の要となる部分、どう身体を動かすのかを決めるための部分にあります。
あなたは、目で見たり、聞いたりした動きを観察して、平新谷萌栄のような直感ではなく、筋道を立てて分析する能力に長けている。この部分の精度が尋常でなく、特殊能力だと言えるでしょう。
分析した結果から身体を動かしているので、取捨選択や応用、使い分けも効く。自分の動きも『見える』ではなく『わかる』です。これがあなたの特殊能力と考えます」
司が自分の手を見つつ、興奮が湧き上がってくるのを抑えられなかった。
ライリーも熱をもって解説する。
「精密かつ応用の効く模倣を可能とする恐るべき分析力……名付けて!」
司も息を飲む。
「名付けて『写輪眼』です!」
ライリーのネーミングセンスに、司は一気に冷めた。
「はあ、『写輪眼』ですか……」
浮かぬ表情で答える司に、ライリーは一人で舞い上がって続けた。
「いや、コレ、カッコ良くないですか? 生徒を導く若い指導者が『写輪眼』持ちなんて……あれ? なんか先生、元気ないですね? 目を隠さないと消耗したり、大切な人を皆殺されてしまったりしてませんよね?」
「……ナルトから離れてください」
「ナルトじゃなくてカカシですー」
ノって来ない司に、ライリーは不満げに口を尖らせた。
ライリーは気を取り直して話を戻した。
「さて、それを踏まえた上で、今後のいのりさんの指導方針ですが……そのままでよろしいんじゃないでしょうか?」
「そのままとは?」
「今までどおり、あなたの的確な指導でいのりさんを指導していけばよろしいのでは? 既に指導開始して3年目とは思えない爆速で成長したばかりではなく、自分でどのように努力をしていけばいいか、移籍の決断も自分から切り出せるほど自分の考えを持てる子に育っている。結果もしっかり出している。これ以上を望むなんて欲張りですよ」
「そうですか……」
「いのりさんは特殊能力なんてなくても立派な選手です。あなたの能力は、伝授せずとも立派にコーチとして役立っています。そこに、不足しているものなどありません」
司は我に返った。確かに、ライリーの言うとおりだ。
「逆になんで、そんな特殊な能力を指導で伝授できるなんて思われたのか、不思議です。もしかして、能力発現の際に精神に変調をきたしたり、一族で能力を奪いあったりしてませんよね?」
「……ナルトから離れて下さい」
「ナルトじゃなくてうちはですよ? コレが本当の内輪もめ。なんちゃって」
司は、冗談で自分を和ませようとするライリーの配慮に苦笑した。
司の表情が和らいだのを見て、ライリーは最後に一つ、注意を入れることにした。
「ちょっと特殊能力から離れますが、司先生にもう一つ気をつけていただきたい事があります。それはジャンプの話です」
「ジャンプの話ですか?」
「はい。例えば狼嵜光の4Lzや私の4F、これらは身体への負担が大きいジャンプです。通常なら手を出す事も難しい高難度ジャンプですが、あなたなら分析して、選手に再現させる事ができるかもしれない。しかし、それは例え男子選手にであってもやめて欲しいのです」
「……わかります。それがあなたが引退した理由ですね」
「その通りです。しかし、高難度ジャンプの魅力はフィギュアスケート選手にとって抗い難いものですし、事実、私もあの4Fが悪いとわかりつつも、メダルの為に手を出してしまいました。
自分がそれで金メダルを取っておいてズルい話と思われるかもしれませんが、私は負担の大きい高難度ジャンプにより苦しむ選手を私で最後にしたい」
ここで、ライリーは司に念押ししようと、つい言ってしまった。
「あなただって、いのりちゃんがあなたの指導したジャンプで再起不能になる姿なんて想像もしたくないでしょう?」
これはまずかった。司の精神はそれを聞くや否や、変調をきたしてダークサイドに囚われてしまった。
「俺の指導で、いのりさんが再起不能……
あんな偉い子をそんな目に遭わせてしまったら俺、生きていけない。
ライリー先生。そうなったら俺、万華鏡写輪眼を発現してしまうと思いますので、それをいのりさんに移植していただけますか?
俺にできる償いなんて、それぐらい……」
ライリーは慌てて司の精神を現実に引き戻そうとしたが、司は既に一時的狂気に陥ってしまっていた。
「司先生! 例え話ですから! ナルトから離れて下さい!」
「ナルトじゃなくてオビトです」
「!? 司先生もナルト熟読してらっしゃるんじゃないですか! ……ではなくて、落ち着いて下さい! ジャンプの話に戻りましょう!」
「……? ジャンプの話をしていますよ。アフタヌーンでなく」
「……」
司の精神は、美蜂の看護もあって午後には回復した。