―――スターフォックス、リンクサイド
中国深圳で開催されていた新設会場のテストの為の国際大会に出ていて不在していた鵯朱蒴がスターフォックスに帰ってきた。
『いのりちゃん来てる。
やったー! これからはいるかちゃんに邪魔される事なく話しかけられるぞ』
喜び、話かける機会を伺っていた朱蒴だったが、意外なことにいのりの方から話しかけてきた。
「あ、あの。朱蒴くん……いえ朱蒴センパイって呼んだ方がいいですよね?」
『センパイ』……
朱蒴はその呼ばれ方に不覚にもキュンとしてしまった。
学年は確かに一つ上だが、去年のJGPタイ戦の時はクラブが違ったので「朱蒴くん」呼びだった。
クラブか学校が同じで、同じ中学生だが学年が上という好条件が揃わないと、この称号はゲットできない。
ついでに、立場上も上位でないといけない。胡荒亜子は絶対朱蒴をセンパイなんて呼んでくれない。いのりが転入で来てくれたこの幸運を朱蒴は神に感謝した。
いのりは朱蒴を熱い眼で見ながら語る。
「私、大会サイトでセンパイ見ました。あの、キスクラでジャパンジャージじゃないジャージでしたよね? それも見ました。あの、すごくカッコ良かったです……」
「はは。照れるな……」
赤くなる朱蒴に、いのりは切実な表情で誘いの言葉を口にした。
「それで、ちょっとお話ししたくて……帰りにお時間いただけますか?」
ざわっ
リンクサイドが少しざわついた。朱蒴はかなり動揺しながら答える。
「も、もちろんだよ。あ、ちょうどクーポンあるからご飯奢るよ」
「ありがとうございます! センパイ、ごちそうになります!」
朱蒴の家庭はお金持ちだと皆知ってるので、いのりも遠慮しない。
そこに狼嵜光が気になって割り込んできた。
「何の話? 私も聞きたいなぁ?」
朱蒴にオーラで威圧をかけつつ近づいた光であったが、いのりは取り付くしまもない絶対零度の態度でシャットアウトした。
「光ちゃんは絶対関係ないから来ないで」
えっ……冷たい……
あまりにそっけない態度でカウンターをくらった光はオーラごと凍りついた。
『ジャパンジャージじゃないキスクラのジャージ姿……なぜ、キスクラで。なぜ、ジャージ姿に……ああ、こないだ私も聞かれたアレね。光ちゃんは全く関係ないとか言っちゃう訳だ』
話を聞いて状況を理解した亜子が、横から口出しして更に光を困惑させた。
「確かに、光ちゃんは関係ないよね。まあ、私とかは全く関係ない訳や可能性ない訳じゃないけど。
じゃ、いのりちゃん。行ってらっしゃい。頑張ってね」
「ありがとう。亜子ちゃん。またねー。
じゃ。センパイ。行きましょ」
「ははは。じゃあ、光ちゃん、亜子ちゃん。またね」
朱蒴は明らかに舞い上がった様子で、いのりに連れられ去っていった。
「え? え?」
後に残されて訳も分からず戸惑う光だった。
亜子は光がどういう勘違いをしかけているかまでわかっていたので、むしろその勘違いする様子を楽しんでいた。
「あーあ。2人で食事かあ。どんな話をするんだろうね? 私はいのりちゃんになら譲っていい話で、光ちゃんには関係ない話とは思うけど」
涼しげな表情と共に思わせぶりなことを口にする亜子を、光は半泣きになりながら問い詰める。
「!? あ、亜子ちゃんは朱蒴君のこと可能性あるとかさっき言ってなかった? 2人で行かせていいの? あの! 私はいのりちゃんが大丈夫かすごく気になるんだけど!?」
「ストップ。声が少し大きいよ。ライリー先生も近くにいる」
「……あわわ」
ライリー先生が恋バナを耳にすると理不尽にブチギレするのはスターフォックスの皆の周知のところだったので、光は慌てて口を閉じる。
その動揺する様子を亜子は心の中でゲラゲラ笑っていた。
―――間京大学アイスリンク
骨折から回復してリハビリ中の岡崎いるかは悪寒に襲われた。
「何だか……早く復帰していのりのところに行かないといけない気がする」
いるかは復帰に向けて気合いを入れ直した。
―――スターフォックスの隣のモール内。卵料理レストラン
レストランの奥の個室で、いのりは朱蒴に話を切り出した。話し方に熱がこもっている。
「センパイのキスクラの時のジャージ姿見て、すごくいいなって思ったんです。ジャパンジャージもいいけれど……。センパイのすごいところ、全然見えていなかったな、見過ごしてたな、って思ったんです。
私に足りないもの、何かなって。スケートは一番大事だけど、ちゃんと自分たちの幸せも保って続けていくにはそれだけじゃ足りないものがあるってわかったんです」
何だか可憐にはにかみながらも、懸命に言葉を紡ぐいのりを見て、朱蒴の胸が期待に高まる。
『何? この流れ? 僕にもついにモテ期到来!? そんな幸運あり?』
「あの、あの、センパイ……」
いのりは恥ずかしさをこらえて、なんとか思いのたけを口にした。
「あの、ジャージに、TJIってロゴ入ってましたよね?
調べたらTJIって、ドローンとかたくさん作っているすごい大企業じゃないですか!
どうやったら、あんな世界的大企業のスポンサー契約取れるんですか?」
「デスヨネー」
こんな事だろうと思わなくもなかった。
軽いショックで失望の色をあらわにしてしまった朱蒴であったが、いのりが小動物の眼でこちらを見てるのを見て気を取り直した。
うん。なんか、『エサはどこなの? おしえて』って、ねだられてるみたいで、これはこれでかわいい。沁みる。
「まあ、教えるけど。
そもそも、ジュニアの頃からスポンサーつけられる子って、まず100%親のコネなんだよね。
僕もそう。僕の父さん、グローバルドローン社ってドローン空撮とかの会社の役員で社長とも友達なんだ。それでスポンサーにもなってくれた上、ドローンメーカーであるTJI社にも機会捉えてスポンサー契約を取ってくれたわけ」
「……」
いのりはショックを受け、狂犬の眼になりブツブツと呟き出した。
「……社長。役員。強い者だけで回っていく社会。富の独占。邪悪な資本家。世界には闘争と革命が必要……」
闇堕ちしかけたいのりに朱蒴は慌ててフォローに入る。
「グローバルドローン社はそんなに大きくないからダメだけど、TJI社はまだ可能性あるから! ほら、僕と男子シングル、女子シングルでかぶらないし。
日本の代理店の広報のリンさんに聞いてみるよ。いのりちゃんのスポンサーにもなってみませんかって。ライリー先生にも間に入ってもらって」
「ありがとうございます! センパイ!」
明るさを取り戻したいのりに、朱蒴は一応ことわりを入れた。
「ただ……もし、上手くいっても十中八九『シニアから』って返事が来ると思う。僕の時は、父さんの会社が既にスポンサーについてた実績もあって、すんなり決まったみたいだけど。
ほら、特にジュニアまでの女子は成長期で辞めちゃう子とかのリスク高いから。JGP元王者の岡崎いるか選手だってシニアからだって話だよ」
「……実績。すでにスポンサーのいる子のところにスポンサーが集まる訳ですね」
「そう。他の会社が出資してるなら、選手辞めたりするリスクも低いからね。ジュニアでスポンサー取れてる女子って、スターフォックスでは亜子ちゃんくらいだね。森久乳業はお母さんの胡荒コーチの選手時代のスポンサーだったし、スターフォックスリンクのスポンサーでもあるからね。
ジュニアではスポンサーではなく、親戚とかからの出資で足りない活動資金賄っている人がほとんどだよ」
「……光ちゃんとかは、企業側からスポンサーの話が来たけど断っちゃったみたいですね。……ブルジョワめ」
朱蒴は、いのりの最後の呟きは聞かなかったことにして答えた。
「光ちゃんくらいすごいネームバリューあると、ジュニア女子でも企業側からのオファーあるんだろうね。
でも、スポンサーがいる事は良い事ばかりとは限らないからね。僕が深圳に行かされたみたいに活動に影響することもあるから」
「……私の名古屋の生まれた家。すごく前のご先祖様が建てた家だったんだけど、もし、私に去年からスポンサーがついていたら売られなかったかもしれない」
「……」
ちょっと重くなってしまった空気を戻そうと、朱蒴はいのりを励まして話を締めくくった。
「いのりちゃんは十分偉いと思うよ。
家族のことやお金のこと、自分でしっかり考えて、自分でも色々しようとして。
僕も協力するし、ライリー先生もきっと手伝ってくれるよ」
―――後日。スターフォックスリンク、マネージャールーム
いのりは両親とマネージャールームに呼ばれた。ライリー先生から良い話があるという事だ。
「ばんぱかぱーん! 良いニュースです。
いのりさんのスポンサーが決まりました! しかも2社! しかもしかも、2社とも今期からの契約です!」
「やったー!」
「でかした! いのり!」
「ライリー先生、ありがとうございます!」
結束家が喜び抱擁し合う中、ライリーは続けた。
「一社目は、ホビーからミリタリーまでドローンの世界シェア約8割のドローン界の絶対王者、TJI社です。うちの鵯君にも出資いただいてますね。
二社目は、『住宅は無量空処』戸建日本一の五条工務店です。入居していらっしゃる賃貸もここの施工ですね。
どちらも契約内容、後で詳しく説明しますが、破格とも言って良いほど好条件です」
「いのりの為にありがとうございます」
立ち上がって頭を下げようとする父博信をライリーが制した。
「おやめください。いのりさんのおかげですよ」
「私のおかげ?」
「いのりさんが、鵯君通じてコンタクトするように言ってくれたでしょう。そうしたら、TJI社がほぼ二つ返事だったので、五条工務店も後追いですぐスポンサーに入ってくれたんです」
「そうなの? でも……」
「なぜ、TJI社からは最初にそんな、二つ返事頂けたのですか?」
父博信の疑問にライリーはスマホを向けて答えた。
「それもいのりさんの行いのおかげですよ。TJI代表のウォン氏よりメッセージを預かってます」
スマホには、北京の什刹海スケートリンクで並んでポーズを取る青年といのりの写真にメッセージが添えられていた。
「あなたを永遠に応援するという約束を守ります。―――ウォン」
あまりに胡乱なコトを口走るいのりに、朱蒴が「それじゃあいのりちゃんじゃなくてみのりちゃんだよ!」とツッコむネタも考えてはいたのですが、、朱蒴くんソシャゲやりそうになかったのでボツにしました。