結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

21 / 123
21話 妖狐の解呪

―――米スケート連盟表敬当日、マネージャールーム

 

 バンッ!

 

「ライリー先生。いかがなされました?」

 胡荒アシスタントコーチはマネージャールームで起こった大きな音に驚き、部屋に飛び込んできた。

 見ると、スマホが壊れて床に転がっている。

 

「失礼。少々激昂して、物にあたってしまいました。

 本日来られる来客の知りたくない情報を見てしまったので」

 胡荒コーチはライリーの様子に驚いた。物腰は落ち着いてはいるが、怒りを堪えているのがありありと感じられる。恋バナ聞かされた時と違い、本気で怒っているのを本気でなんとか自制している。

 

 怒りのオーラに怯える胡荒コーチに、ライリーは吶吶と指示した。

「スマートフォンは隣のモールで処分と代替機の購入をお願いします。あと、今日の表敬訪問ですが、少々特殊な準備を必要とします。明浦路コーチを呼んでください」

 

 床に転がるスマホのひび割れた液晶画面に映っていたのは、米国フィギュアスケートコーチのリチャード・ミラーについての検索結果の英語記事で、家庭内トラブル等で近年離婚、現在独身である事が表示されていた。

 

 

―――多目的室

 

「机はこれでよし。私の席はドアを背にしたその位置

 向かいに2名分の折りたたみ椅子でお願いします」

 感情を抑えた声で指示するライリーに、司が疑問を口にする。

「あの、机大きすぎでは? 会議ならともかく、これでは机越しの握手もやりにくい。来客を折りたたみ椅子に座らせて、自分はジャージ姿で普通の椅子というのも失礼にあたるかと思います」

 

 ライリーは答えた。

「近寄らせたくも、歓迎の意を表したくもないのです。

 私が普通の椅子に座るのは、折りたたみ椅子だと軽すぎて相手に投げつけることが出来てしまうからです」

 驚く胡荒コーチと司に、ライリーは続けた。

「説明します。今日の来客は……米スケート連盟の国際企画のアマンダ女史はいいのですが、元コーチのリチャード・ミラーは私が絶対会いたくない大嫌いな人物で……」

「なぜ、そんなに嫌いな人物なのに、表敬お断りにならなかったのですか?」

 司の疑問にライリーは答える。

「日本側の連盟の国際企画担当の山崎さんに言われて断り切れなかったのです」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 嘘だった。ライリーから「会いたい」と答えてしまったから来るのだ。

 

 ライリーは説明した。

「私はとにかく、あの元コーチが大嫌いで、それでアメリカの連盟との接触も避けていたのですが、それを口にできるわけもなく、向こうもそれを知らず、今回の表敬に連れて来るのです」

「それは……災難ですね」

 司も胡荒コーチも、気の毒そうに相槌を打つことしかできなかった。

「もし、私がゴキブリを飲んだら表敬受けしなくていいことになるなら、ゴキブリでもなんでも飲むのですが……」

 それを聞いたら国際企画も表敬取りやめにするだろうと司は思った。

 

 ここまではかろうじて平静を保っていたライリーだったが、とうとう耐えられなくなったのか、椅子に座って顔を暗く伏せながら消え入りそうな声で信じられないような指示を続けた。

「最初に謝っておきます。すいません。実際にリチャードが来たら、自分を抑えられない可能性が高いです。

 投げつけられそうなものや尖ったものは持たないようにしておくので、2人もお願いします。お茶もなしです。

 2人は机の両サイドで、私や客が机を回り込むのを止めるとともに、私が机をひっくり返そうとしたら、押さえて止めてください。

 司先生には一番重要な役をお願いします。

 私は今日腰を痛めて座っているということにしますが、もし立ち上がってしまったら、それは激昂等してしまった証という事で、有無を言わさず私を奥の部屋に引きずり出してください」

 ライリーが一番恐れたのは自分からリチャードに駆け寄ってしまうことだ。そんなことしてしまったら、自分は後で死にたくなるに違いない。

 

「わかりました……そうします」

 司はそう答えつつ「金メダルまで取ったのに、教え子とコーチってここまでこじれる事あるんだ……俺、いのりさんにこんなふうに嫌われたら耐えられない……」と、ひとり戦慄していた。

 

――――

 

「来ましたね」

 座ったままブルブルと震えるライリーに司は言った。

 ドアの向こうで足音がした。ヘッドコーチは腰を痛めて座ったままだから、そのまま席についてくれ等、胡荒コーチが簡単な英語で説明している。

 

 まもなくドアが開けられ、2人が入って来た。

「初めまして。アメリカスケート連盟のアマンダです」

「リチャードです。ライリー。久しぶりだね」

 

 机に視線を落としたまま、リチャードを見るまいとしていたライリーだったが、リチャードの懐かしい声を聞いただけで爆弾を投下されたように感情が爆発し、身体が意に反して動いてリチャードの方を見てしまった。

 

「……!?」

 ライリーは言葉を失った。

 

 リチャードはハゲていた。

 

 ただ、それを見ただけなのに、ライリーの心の中を暴れ回っていた感情の嵐は、水に落ちた閃光花火のように萎んで消えてしまった。

 

 えっと、私、なにしてたんだっけ?

 あまりにも急な感情の消沈に、しばらくフリーズしていたライリーだったが、やがて脳が再起動すると、いつもの軽妙な女狐ライリーに戻っていた。

 

「あら、リチャード。しばらく見ないうちに、経歴も見た目も輝かしくなって。

 ああ、アマンダさんごめんなさいね。こんな格好で。一人でお越しいただけてたなら、お茶もお出しできたのですが……」

 ライリーが普段どおりに戻り、落ち着いた様子で話しだしたのを見て、司と胡荒コーチはホッと胸をなで下ろした。

 

 

―――スターフォックススタジオの外の路上

 

 表敬が終わったアマンダは満足気だった。

「ミッションコンプリート。ライリーは全く難物ではなかった。リチャードが嫌われていることはよくわかったけど、それさえ気をつければ問題なし、ね」

 

「俺、やっぱり嫌われていたのか。あの4Fの件かな?」

 うなだれるリチャードにアマンダは相槌を打った。

「そうね。最後の見送りまで座ったままだったのはそれを暗に示してるんじゃない? 昨日は普通にレッスンしてたらしいから、実際はそこまで痛めてはないんだろうけど。

 何にせよ、こちらの遠征時のサポートや、選手団の表敬受けはもちろん、機会見ての母国訪問の約束まで取り付けたんだから、オッケーオッケー! 最後の私との握手はやりにくかったけど、機嫌がいいのも確認できた。……まあ、あなただけは今後顔出し禁止ってことで」

「今までの頑なな様子は何だったんだ……?」

「さあ? あなたに会ってイヤミ一つ言って溜飲下がったとか? もしそうなら、あなた連れてきて正解だったのかもね」

 納得いかないリチャードを、アマンダはホクホク顔で慰めた。

 

 

―――スターフォックス、リンクサイド

 

 ライリーは1人、自分の感情を再確認していた。

 

「うん。あんなやつ。もう好きでも嫌いでもない。なんかどうでもいいやつ……うん。反応なし」

「……」

 

 自分を長年縛っていた感情が突如なくなってしまった事に、ライリーは空虚なまでの馬鹿馬鹿しさしか感じられなかった。自分はハゲが嫌いな外見至上主義者だったのか? というのもよくわからない。昨日までの自分が、夜のトイレを怖がる子供のような滑稽な存在にしか感じられない。

 何にせよ、心は晴々しくなっていい事だ。

 

 ライリーが機嫌よく歩いていると、生徒が胡荒コーチと恋バナしているのが見えた。

「だから、やっぱりあの2人は……」

「バカ! ライリー先生いますよ!」

 

「あ、ごめんなさい! ライリー先生!」

 身体をこわばらせていつものブチギレに備える生徒に、ライリーはいつもと違うのほほんとした声で応える。

「やっほー。陸上の彼氏とラストまで完走しちゃった莉子ちゃん。調子どう?」

「!?」

 

 赤面して膝をつく生徒と呆気に取られる胡荒コーチを残して、ライリーは鼻歌を歌いつついのりたちの指導に戻る。

 

 この日を境に「ライリー先生の前で恋バナ禁止」の掟は、少し別の理由を持つようになった。

 




なんか、一気に書き上がってしまった。
金メダリストがスマホ破壊するのはメダリスト世界の様式美という事で。
当初のラストはいのりや光をからかう予定でしたが、面白く仕上がらなかったので、モブ少女に犠牲になってもらいました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。