―――スタッフルーム
司はプリントアウトされた給与明細を手に、ライリーにおそるおそる聞いた。
「あの、総額がおかしい気がするんですけど。手当ての額も」
「あらそう? まあ、説明するわね」
ライリーは逐一説明する。
「まず、手当ての額から。長距離異動、転居、住居手当。これらは移籍に伴うものですね」
「転居手当と住居手当両方もらえる意味がわからないんですが。第一、住む所もスタッフ用の安くて立派な賃貸、斡旋していただいてます」
「まあ、説明しますね。転居手当は引っ越しに掛かる費用、住居手当はこちらの規定する範囲内等の条件を満たす住居への転居を条件に、家賃の2カ月分相当額の支給です」
「住居の斡旋まで頂いたのに……すいません」
かしこまる司に構わずライリーは続ける。
「特殊技能手当、危険手当。これらはハーネス使用者に付与するもので今回あなた向けに新設定されたものです」
「危険手当というのは?」
「あら? ハーネス使用で骨折された事あったんでは? それだけの危険なものと認識してます」
「……なるほど。って、これ、毎月出るんですか?」
「もちろん、予備のハーネスも調達したことですし、毎月使ってもらいますから。魚淵さん1か月間呼ぶより全然安いですし」
「……」
改めて金額に目を丸くする司。
「担当手当はいのりさん1名の担当コーチとしての活動を行っていただくためのものです」
「? いのりさんはそのまま自分が担当するという条件で移籍させていただいたのでは?」
「その担当としての活動に対して給料を払うのはこちらの側なので。来月以降、狼嵜光等の担当コーチもお願いする事になるかもしれません。その場合、手当も上がります」
まだここから上がるのかと、司の手が震え始めた。
「まだ出張はなかったので、出張手当はなし。通勤手当は、司先生は自転車通勤なので、車両扱い。2kmの最低額ですね。全部合ってますよ。
聞かれる前に言っておきますが、基本給はALの8、メダリストクラスのコーチの8年目相当で設定させていただきました」
「高すぎです! 俺はまだ3年目で……」
さすがに設定が高すぎると言い出す司を制して、ライリーはたしなめるように言う。
「あのですね。『特殊な能力』は言うまでもなく、あなたにはいのりさんをあそこまで育てあげた実績があります。
5歳から1人の子を育てて、いのりさんと同レベルまで育てたコーチがいたら、少なくともあなたと同じくらいの基本給を払う必要があるでしょう。あなたの給料が安いと他の人が困ります」
「他の人……?」
ピンと来ない様子の司に、ライリーは持論を展開する。
「今はおらずとも、将来来る人の為に給料の基準をしっかりしておく必要ありますよね。
長期的な話をすれば、今、あなたが指導している生徒も、将来引退後コーチとなる可能性のある子たちです。間違っても『コーチは給料が低い仕事』なんて思われたら、スケート界全体の損失ですよ」
「なるほど。わかりました」
司は経営者としての広い視野を持ったライリーに改めて尊敬の念を抱いた。
「また、合宿の時期には出張手当結構貯まりますし、シーズンが始まると担当生徒の成績に応じた褒賞金もありますよ」
「もしかして、狼嵜さんの担当になったら……」
「はい。狼嵜さんの成績、楽しみですね」
あの子、一位以外の成績取った事ないのでは?
ここまでの急激な増収に、司は何だか申し訳ない気分になってきた。
「なんだか急に収入が増えてしまいました。ライリー先生も経営大変でしょう」
それに対し、ライリーは司を鼓舞しようとする。
「気にせず、じゃんじゃん稼いでじゃんじゃん使って経済とスケート界を回してくださいね。
胡荒コーチのように自分の子供を選手にすることが、私達はコーチの給料だけでもできるくらいになっていかないと、スケート界も先細りしかねませんよね?」
自分の子供を選手に、か。
司がまず想起したのは鴗鳥家だった。鴗鳥慎一郎は選手時代に同じく選手であったエイヴァさんと結婚し、一男一女をもうけた。2人とも立派な選手である。
「そうですね。若いうちから子供を2人も選手として育てるのはなかなか難しそうですが、それぐらいでないと次の世代が半減しちゃいますよね」
「……?」
ライリーは何だか司がおかしな計算をしているので、ツッコミを入れた。
「あの、おかしな計算になってません? なんだか、コーチ同士が結婚する前提の計算になっているような」
司はこのツッコミを、やや時間差をおいて盛大に勘違いし、真っ赤に赤面すると慌てまくって弁解した。
「しまった!! すいませんすいません! 何だか上司であるライリーさんに大変失礼なことに聞こえかねない事を言ってしまいました! いえ、そんな事を言うつもりはまるで無くて。とんだ無神経な発言を……」
もちろん、ライリーも『コーチ同士の結婚前提って、世界狭すぎでしょ』くらいのツッコミを入れたつもりだったので、司のこの想定外の反応に驚き、同じく赤面した。
「いや、そういったツッコミではなかったんですが……」
ライリーは司の勘違いが面白過ぎて、腹がよじれてしまいそれ以上口にできなかった。
ダメだ。この男面白すぎる。
最近、いい事ばかり続いているのに、
この男が来てから、さらに色々楽しすぎる。
真っ赤に赤面して恐縮する司
真っ赤に赤面して笑いをこらえるライリー
傍目にも「お似合いの2人」と言われるような光景が、この日以降も積み重なっていった。