結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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第ニ章 氷焔の獣たち
25話 私のプログラム


―――多目的室

 

 スターフォックスはこの日、来たるシーズンのための重要事項を決める会議が開かれていた。

 集まられたのはコーチ3人、選手3人。それぞれ、ヘッドコーチのライリー、アシスタントコーチの司と胡荒コーチ。選手は狼嵜光、結束いのり、胡荒亜子だった。

「では、今年のプログラムを決める会議を始めます。よろしくー」

「「よろしくお願いします」」

 ライリーの軽いあいさつに、みな神妙な顔で顔を合わせる。

 

 同じクラブのジュニア女子でプログラムの傾向等あまりかぶるわけにはいかないから、クラブ内で相談というのはよくある話だ。が、この3人にはそれだけではない今回特別な事情があった。

「なんと、去年、一昨年とぴかるんの振り付けご指導頂いた天才振付師レオニード・ソロキン氏が、この3人のうち誰か一人であれば、今回振り付け指導いただけるとのことです! わー! すごーい!」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 ライリーの嘘看破能力は自分の嘘にも引っ掛かるので、早速ライリーの脳内には嘘アラートが響くが、他の者に聞かれるわけではないので、ライリーは構わず続ける。

「振り付け代もクラブの規定額以上はクラブ持ち!

 さあ、このウェーヴ、乗るっきゃない! 先着1名! 誰?」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「先着1名!? あの、うちの亜子……」

 胡荒コーチが早速引っ掛かるが、ライリーの性格がわかっている他の皆は揃って難しい顔をする。要するに、ライリーは「この3人で恨みっこなしになるように決めて」と言っているのだ。

 胡荒コーチも少し考えれば分かったのだろうが……胡荒コーチはポリポリと首筋を掻いて誤魔化した。

 

「……あの。私、去年のことでレオニードさん怒らせてると思うんですけど。本当に、仕事請けてもらえるんですか?」

 光がおずおずと切り出すと、ライリーは答える。

「きっと2人で謝れば許してくれるよ」

「……」

 

 動作再現力の高い光は、一度振り付け指導を見せられればそれを繋げて一晩で振り付けを完成させられる。それを利用して、昨年の全日本ジュニアでレオニードに無断で振り付けを大幅に変更してフリーの演技をしたという前科がある。

 その際の共犯者がライリーだ。

 

 光は少し考えて言った。

「いえ、私、他に演りたいテーマがあるので」

「何?」

「邦画『群狼』です。難解な邦画ですので、レオニード先生にお願いするわけには……」

 

 その邦画の名前を聞いた司は驚く。

「え? 『群狼』? あの鬱映画……」

「あら、司先生は知ってるの?」

「ええ。原作も読みましたから」

 

 邦画「群狼」は「二百三高地」「八甲田山」に並ぶ、「戦前軍もの3大鬱邦画」に数えられることもあるが、他の二つに比べてあまり有名ではない。

 題材は「屯田兵の討伐隊によるエゾオオカミの絶滅」

 討伐隊長はエゾオオカミ駆除が野生種保存上将来諸外国の非難を受ける事必至で、生態系にも悪影響な事を承知で政府の命令に諾々と従い、後世に悪名を残す。

 人格を与えられ描かれるエゾオオカミたちは弱い開拓民の家畜を狙って襲う卑劣な害獣として絶滅

 原住民にも開拓民にも同情できる人物や救われる人物が一人もいない、みんな揃ってわかりきった絶望に向かう徹底的な「鬱映画」である。去年の「箱庭のバレエ」も大概鬱だが、まだ同情可能な主人公達なだけ100倍マシだ。

 大御所フォークシンガーが人と金を注ぎ込んだ音楽だけは逸品だが……

 

「あら? 司先生。よくご存知なのでしたら、編曲や振り付け、担当なされたらいかがですか?」

「……いや、どうですかね」

 胡荒コーチの勧めに、司は困った顔をしてライリーを見る。

 

「自分からそれをやりたい、と」

 ライリーは少し考え、結論を出した。

「わかりました。私と司先生で当初、振り付けの基本まで作りましょう。振り付けの概成をもって、ぴかるんの担当を司先生に引き継ぎます。それでよろしいですね?」

「はい。ライリー先生、司先生。よろしくお願いします」

 狼嵜光の今年のテーマ曲と担当が決まった。

 

 それが終わると、次にいのりが口を開いた。

「あの、私も、やってみたい題材ありまして」

「何なの?」

「古典です。『白鳥の湖』」

 ライリーの問いにいのりは静かに答えた。

 

『白鳥の湖』

 チャイコフスキーのバレエ音楽で、『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』と共に3大バレエ音楽と呼ばれる。

 悪魔の呪いで白鳥に姿を変えられた王女オデットと、王子ジークフリートとの悲恋を描いた物語であり、世界中で様々なバージョンが作成され、上演されている。フィギュアスケートの題材としても親しまれ、まさにトップレベル選手から1級に上がったばかりの初心者まで、の定番曲である。

 

「あー。超定番だよね。あれ? なんか最近も全日本で誰かやってたような」

 思い出そうとするライリーに司が教える。

「全日本だと、一昨年の全日本ノービスの亜昼美玖さんですね。新潟の十南町レイクFSC、今はありませんが」

「あー。あの子、急成長のダークホースって期待されてたのにねぇ」

 光の直後の演技だったため、ボロボロに呑まれて実力を出せず、悔しい結果となっていたのをライリーも思い出した。

 

「それで、司先生にお願いなんですけど」

 いのりが切り出してきた。

「何?」

「振付師の方、亜昼美玖さんと同じ、白鳥ジュナさんにお願い出来ますか? 司先生お知り合いでしたよね」

 

「えと、ジュナ君ね。頼んだらなんとか……」

 司の言葉を遮ってライリーが吼える。

「司先生! いのりんのために白鳥ジュナをなんとしても引っ張って来なさい! クラブで全経費出します。ヘッドコーチ命令です!」

 ろくな事に使われたためしがない久々の「ヘッドコーチ命令」により、いのりのテーマも決定した。

 

 胡荒コーチが、おずおずと尋ねた。

「あの、すると、うちの亜子がレオニード氏の振付をいただけるという事でよろしいので?」

 光といのりはうなずく。

 

 レオニード氏は競技のルールの中で最大の芸術性を引き出す天才だ。しかし、滅多にフィギュア選手の振り付けをしない。夜鷹以来眠っていたその天才を再び表舞台に引き出したのが狼嵜光だ。しかし、狼嵜光が辞退、結束いのりも別の振付師に依頼するという。

 胡荒亜子は、この僥倖にしばし目を閉じて黙考していたが、やがてゆっくり目を開けると言った。

「いいの? 光ちゃん。いのりちゃん。

 私、勝ちにいくよ」

 

 光といのりはこくりとうなづく。光に至っては、口の端に薄笑いすら浮かべていた。

 私をひとりにしないでくれるんだ。うれしい。

 

「ふふふ。じゃあ、レオニード氏の振付は亜子ちゃんがげとー、です。題材はレオニード氏にお任せでいい?」

 

 亜子は答えた。

「先ほどまで、特に題材を考えてはいませんでしたが、レオニード氏の振付がいただけるというなら話は別です」

「おお! 亜子ちゃんもやりたい題材あるんだ! 何?」

 興味津々で聞くライリーに、亜子は意を決して言った。

 

「私も古典です。『展覧会の絵』」

「て、、展覧会の絵。それは、すごく古典で古典。……レオニード氏やってくれるかな……」

 ライリーも少し凍りつき、目が泳ぐ。

 

『展覧会の絵』

 ロシア作曲家ムソルグスキーによるピアノ組曲

 彼が、画家の友人の遺作展で見た10枚の絵を題材に曲に仕立てたもので、重苦しい曲からコミカルな曲まで、様々な曲が短い間奏曲でつながる形となっている。

 これをフィギュアスケートの題材にして、様々な表現を踊り分けよう、というのは実は誰もが思いつくもので、探せば何年かに一回誰かどこかでやっている、まさに「手垢のつきまくったアイデア」である。

 実際にコレをフィギュアスケートの短い時間の中でやろうとすると曲の要素が多すぎる。全ての要素を入れると、大抵の場合、とっ散らかった変調がやたら悪目立ちしたものとなり、良くて器用貧乏、悪くて猿芝居自慢のようなチグハグなものになる。かと言って、要素を削るなら「展覧会の絵」の原作の傑作たる所以の部分が崩され、物足りない。

 これをレオニード氏にやらせるというのは、「大御所の歌手に、80年代人気ソングから無作為、ジャンル・男女関係なしに選んだ10曲をメドレーで歌ってもらう」くらい失礼にあたりかねないものである。

 

「あー。予想外。どうするかなぁ……」

 3者3様の我が道を行く選手達に、ライリーは頭を悩ませるのだった。

 

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