結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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26話 いのりのプログラム

―――多目的室

 司に連れて来られた白鳥ジュナとの初顔合わせが始まった。

「どうも! 白鳥ジュナです! ライリーさん、いのりさん、よろしくお願いします。あっ、司も、ついでにヨロ」

「ええ! ジュナさんよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

「おう。よろしく」

 

 ライリーは生の近距離で見るジュナに大興奮していた。

 いや、芸能人オーラすご。いいわー、浄化されるわ

「ジュナさん。今回は結束いのりの振付指導を引き受けて頂き、ありがとうございました。今後も当クラブの選手への振付指導、ご検討いただければ幸いです」

 ウキウキで喋るライリーに比して、ジュナの声はやや翳っていた。

「はは。司くんが声を掛けてくれたからね」

 暗に、「今回だけ」の意が言葉にこもっていた。

 

 ジュナは「チームあひる」以来、フィギュアの振付を一つもやっていなかった。それだけ、あの日の美玖の敗残はジュナの心に影を落としていた。

 あの日の記憶を振り切るように芸能活動の仕事に打ち込んだ。皮肉にもそれがジュナの芸能人としての評価を上げることになった。

「『馳走になります』に出てたジュナ」「ダンス番組『ドンターク』のジュナ」「『SWiSY』の振付のジュナ」により「『チームあひる』のジュナ」を塗り潰すように。

 

「いのりちゃんは、どうして僕の振付を希望したの?」

 ジュナの問いに、いのりは用意していたかのようにスラスラと答えた。

「はい! 私、ここに移籍してリンク独占して使える時間が増えたことで、もっと表現を伸ばせる、って思ったんです。

 それで、同年代の子たちで、リンクが使えることで急成長した子と言えば、美玖ちゃんじゃないですか。それで、一度古典に立ち返って自分を鍛え直したいなって思って、美玖ちゃんにあの振付を考えたジュナさんにお願いしたいなって思ったんです」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 ライリーはいのりが嘘をついていることには気付いたが、特に問題ないと考え聞き流す。

 

 ジュナは照れたフリをして返す。

「ははは。照れるな」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 こちらも嘘。ライリーの好む美しい社交辞令だ。

 

 ジュナは話していて、ふと気づき、言った。

「いのりちゃん。前会った時より結構背が伸びたね」

「はい。『成長』してますから」

「……」

 

 ジュナはいのりが「成長」の一言に込めた憎々しい怨念を感じずにはいられなかった。

 女子スケート選手にとっては、成長は半ば呪いだ。

 手が伸び、足が伸び、背が伸び

 身体つきは丸みを帯び、体重が増え

 ジャンプが跳べなくなる

 

「今は、1日にどれくらい練習してるかな?」

「平日は学校から帰ってから、食事挟んで9時半までですね。休日は週一ですけど、朝6時から一般開放の10時まで、その後は日によりますが、だいたい昼まではいますね」

 トップ選手としては多くはない。

「うち、リンク練習は?」

「平日は95分です。休日は同じ時間+一般開放の中で滑りますね」

「……」

 専用リンクを持つクラブなので、もっと多いと思っていたが……。

「個人曲かけやジャンプの時間を」

「個人曲かけ計10分、ジャンプ20分です」

 ジャンプ20分? 短い……

 ジュナは「20分」を口にする時、いのりの表情が僅かに歪むのを見逃さなかった。

「それも、本数は抑え目で……。あ、でも、骨伝導イヤホンで自分の曲かけての各個練習は結構出来ますし、そもそも一度にリンク入る人数少ないから、リンクで振付練習する時間も余裕も十分ありますよ」

 ここでライリーが補足した。

「あと、大会前の最終調整とかで必要な時はいくらでもリンク空けられるからね。うちの強みです」

「そうかぁ。……いのりちゃんはココに移籍して来て何が1番良かった?」

「光ちゃんの練習が見られること! あ、他の子もすごい! あと、曲かけでリンク独占。あと、バレエも、、って1番は何かでしたね」

「ははは。色々いいこといっぱいなんだね」

「はい!」

 いい笑顔だ。

 

「休養日は?」

「平日に1日、土日に1日、週2日は完全休養日です」

 その後に、いのりは吐き出すように弱々しく言った。

「……もっと練習したい……」

 

 ああ、わかってしまった。

 この子はスケートを通じて吐き出したいんだ。

 

 成長痛の痛み

 練習を制限しないといけない苦しみ

 ライバルに追いつけない悔しさ

 

 そして、それを突き破るような

 

 広々としたリンクで滑れる楽しさ

 新しい仲間やコーチに囲まれ、良い環境で自分を高めていける嬉しさ

 大好きなスケートで勝ち負けができる喜び

 

 呪いをかけられ、喋る事叶わぬ一匹の鳥に堕とされたオデッサ姫は何を考えただろうか?

 今までの人間としての生活から転落する喪失

 声を上げられぬ絶望

 身を包む悪魔の呪いへの恐怖

 

 ああ、しかしこれで、この翼で、

 見る事が叶わなかった、会う事がかなわなかった

 王子に会いにいける

 

 苦しみの中、一筋の希望を懸命に求める

 『希求』

 この子は無意識に「白鳥の湖」にこのテーマを見出したんだ。

 ジュナはそう解釈した。

 

「今回の仕事、張り切ってやらせてもらうよ。ライリーさんも、司君もよろしく」

 

―――

 

 数日後、いのりの今年のテーマ曲の決定を保護者LINEで知った実叶は少し驚いた。

「『白鳥の湖』……私の最後の曲……」

 実叶が引退のきっかけとなった骨折に遭った時の曲だった。

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