―――マネージャールーム
レオニードは少し怒気を孕んだ声でライリーを問い詰めた。
「おい、ライリー。話が違うじゃないか。俺は結束いのりか狼嵜光なら良いと言ったはずだぞ」
「あら? 『愛を感じるステップの子』の方は、亜子ちゃんかと思ってましたわ」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
白々しく返すライリーにレオニードは頭を掻きつつ答えた。
「全くこの女狐め……この仕事蹴ってもいいか?」
「レオニード。私の顔を潰す気?」
ライリーが凄みを利かせた笑みで返すと、レオニードは諦めたように言った。
「まあ、話くらいは聞くさ」
レオニードは乗り気のしない様子だった。
―――
レオニードがライリーと共に部屋から出ると、ちょうど司といのりがいた。
「おお。ツカサ・アケウラジ。久しぶりだね。イノリ・ユイツカも……少し話せるかい?」
「構いませんよ。いのりさんは……」
「私も構いません」
レオニードは2人の確認を取ると、ライリーに言った。
「話すくらいはいいよな? ライリー?」
「ええ。かまわないわ。私も立ち合うけど。
ああ、司先生。振付師のジュナさんの方は順調?」
「ええ。そちらは問題ありません」
話に入る前に「ジュナは外させないわよ!」と釘をさしておくライリーだった。
―――多目的室
レオニードは司たちに切り出した。
「話というのはだね、去年の全日本ジュニア。ショートの敗因は何だと思っている?」
「……わかりません」
直前のいるかの負傷に起因するメンタル的問題だと思われるが、それを口にして選手の問題にするわけにはいかない。
レオニードは続けた。
「僕の見るにね、あれは観客の手拍子が主因だよ」
<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>
「そうですか?」
訝しげに司が問い返す。ライリーはレオニードの嘘を黙認した。
「ああ、少し調子がズレていた。そこで進行方向が見えない難しい入りで跳ぼうとすると……」
「……あの結果につながった、という推測ですか」
「そのとおり。もっとも、最初のジャンプ前に手拍子が始まるまで盛り上げられるなんて、イノリが優秀過ぎるのさ」
得意げに語るレオニードに対し、司もいのりも少し疑わしげだった。
ライリーはそんな2人の様子を見て、話を切り上げさせた。
「レオニードさん。もうよろしいですか? そろそろ亜子ちゃん来ますから。
じゃ、司先生、いのりん。亜子ちゃん呼んで来て」
「ふん。まあいいか。イノリ・ユイツカ。機会があればまた」
「はい、機会がありましたら」
部屋から2人が出ていくと、ライリーはレオニードに言った。
「あなただって、あれが主因とは思ってないんでしょ?」
見抜かれたレオニードはアゴを掻きつつ答えた。
「あんな不幸な失敗で立ち止まらせたらいけないと思うじゃないか」
「心配御無用ですよ。レオニード」
ライリーは、胸を張った。
「あれを『不幸な失敗』で片付けるような子ならここには来てませんから」
―――
司たちが部屋を出ると、ちょうど亜子と胡荒コーチが向こうに見えた。
「亜子ちゃーん。胡荒コーチー。レオニードさん来てますよー。もう、入っていいってー」
呼ばれた亜子たちが来て、いのりに聞く。
「ねえ。レオニードさんと話してたの?」
「ちょっとだけ」
亜子はいのりに警告した。
「レオニードさん、取っちゃダメだからね! ぷんぷん」
「取らないよー。あはは」
いのりは笑い飛ばす。
亜子たちが部屋に入ると、いのりは司に言った。
「レオニードさんいい人ですね」
「そうだね」
司がそう答えると、いのりは呟くように口にした。
「でも、いい事を言う人だけを信じてばかりじゃいけない。そのために私、今回のテーマ選びましたから」
司はいのりの言葉を「ぼろぼろに失敗しても最後まで努力した亜昼選手を見習おうとしている」と解釈した。
実叶のことは知らなかった。
―――
胡荒亜子の振付の交渉は難航していた。
「……悪いけど、気乗りしないね」
レオニードはあからさまに消極的な様子だった。
この小娘が「展覧会の絵」を題材に自分を選んだ理由はよくわかる。この小娘はベースラインの高い器用なスケーターだが、パフォーマンス力はそれ程高いわけではない。悪く言えば器用貧乏。しかし、自分ならその器用さを芸術性に昇華させられると目論んでのことだろう。題材「展覧会の絵」はそんな彼女にピッタリだ。自分のような天才がその気になれば、の話だが。
胡荒亜子は優秀なスケーターではあるが、あいにく、レオニードの眼鏡には叶わなかった。夜鷹純の弟子で驚愕の才能を持つ狼嵜光、愛を感じるまでのスケーティングを見せる結束いのりに比べればどうしても見劣りする。
題材が「展覧会の絵」でなくても断っただろう。
「私、大変なんですよ。同世代、天才ばかりで」
亜子がそうこぼすのも実にもっともなことだろう。ジャンプもスケーティングも高レベルで器用にこなす失敗の少ない安定した選手、というのが亜子に対する一般的な評価だ。実のところ、3Aを含み高いレベルでそれをこなすジュニア選手となると、本来10年に1人出れば良いレベルだろう。
同世代の他の選手が化け物過ぎるのだ。
4Lzを跳んだ天才ジャンパーに、ステップシークエンスLv4を「安定して」取る事ができ、4Sを連続ジャンプで跳ぶ彗星スケーター。「〇〇年に1人」で表現するなら100年では足りないかもしれない。それが2人。野球で言えば大谷翔平が同世代に2人いるようなものだ。
他にもジャンプもスケーティングもパフォーマンスも高レベルな鹿本すず。3Lz+3Loを安定して飛べるようになった八木夕凪。と、怪物級がゴロゴロいる。亜子が器用貧乏という表現になってしまう日本のジュニア女子のレベルの方がおかしい。
亜子はレオニードに質問した。
「先生はどうなんですかね? 手垢の付いた題材はまっぴら? 過去の天才と張り合う必要はないと? 『展覧会の絵』だと……ちょっと古いペアの方ですが、イワン、タチアナのペアとかですかね」
それは俺の振付だよ! と、レオニードは思ったが口には出さなかった。あのクソ男に昔振付してやった事など、思い出すだけで腹が立つ。
「えっと。イワンさん、今はR国のお偉いさんでしたっけ?」
「!?」
この小娘、わかってて俺を煽っているのか?
R国のU国侵攻
ある冬季オリンピック閉幕直後に勃発。今もなお停戦に至ってないこの戦争により、R国は数シーズンにわたり国際大会からの除外を受けている。
侵攻当初に国外から猛烈な批判を受けたR国は、国内のパーソナリティに侵攻の支持を示させるキャンペーンを打った。フィギュア界でこのキャンペーンを主導したのが、元選手でR国スポーツ省広報幹部であるイワン・マティシンだ。
多くのメダリストの他、レオニードのようなパーソナリティが対談での誘導や発言の切り取り等を通して軍事侵攻への支持を表明「させられた」。U国出身のR国人であったレオニードの支持表明は効果も高く、何度もテレビ等で繰り返し流されてしまっている。
あの男のせいで、例え戦争が終わっても俺は故郷のU国に帰れそうもない。はらわたが煮え繰り返る。
「まあ、レオニードさんでしたら、『キーウの大門』なんて、もうまっぴらかも……」
「!!」
それを聞くなりレオニードは亜子の胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと亜子ちゃん!!」
「レ、レオニードさん!? あわわ……」
この手遅れの状態になって、ようやくライリーは先ほどからレオニードを煽りまくっている事に感づいた。
胡荒コーチは訳もわからずオロオロするばかりである。
『キーウの大門』
「展覧会の絵」のフィナーレであり、U国の首都にある世界遺産
レオニードがもう、生きて見ることは叶わないかもしれない故郷の風景だ。
つまり、亜子はこう言ってるのだ。
『故郷を奪ったあの男に復讐したいなら、過去の作品を超える振付を私に与えろ』と。
「……『キーウの大門』見てやるさ」
「いつですか?」
たじろぐことなく問い返す亜子から手を離すと、レオニードはジャケットを引っ掴み、足早に去りつつ吼えた。
「すぐに、だ! お前に銀盤の上の『キーウの大門』を見せてやる! 踊り損なったら許さんからな! この小娘め!」
乱暴にドアを閉めるレオニードからは、創作意欲と怒りが煮えたぎっているのが後姿からもありありと感じられた。
尻もちのまま小さくVサインをする亜子と、青ざめたままのライリーと胡荒コーチが部屋に残された。
「作戦成功。ぶい」
「亜子ちゃん……次からはやめてね……」
「それは保証できません」
悪びれもしない亜子を見てライリーは思った。
この子は天才や怪物を倒すために生まれてきた勇者だと。
「これ、原作でも将来やるんじゃない?」的なネタが、今までちょくちょくありましたので、独自展開で二次書く者としての気概を新たにするべく、絶対原作でできないような危うい国際関係ネタを入れてみました。
国際大会でR国不在の原作メダリスト世界ですが、実際のところどうなんでしょうね? 国内の選手の描かれ方の濃密さに比べて、ここまで外国の選手がタイのプロイ選手くらいしか描かれてませんし。
次章始まる前に、原作で外国のライバルやR国の事情出てきませんかね? 外国のライバルでオリキャラなんて作りたくないのと、後から「R国復帰しました」とかで強キャラばんばん出てきても萎える、などと勝手に考えてます。
次章ではJGP等書くにあたり外国人ライバルも書きたい…