結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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29話 夜明けの狼

―――鎌倉。作家、明浦路肇のアパート

 

 鎌倉のはずれにある小さなアパートの一室が肇の家だった。玄関先で、丸眼鏡で固太りの男性が迎える。

「やあ、司。久しぶり。立派になったね」

「久しぶり、肇兄さん。こちら、お話してたライリーさん」

「ライリー・フォックスです。初めまして」

 

 玄関先には子供用の自転車やおもちゃが転がって雑然としていた。

「散らかっていて悪いな。女房も働きに出ててね」

「いえいえ。お邪魔してしまいすいません。

 肇さんの『夜明けの喇叭』読ませていただきました。

 とっても面白いです。まだ、4巻までしか読めてませんが」

 肇の丸眼鏡の向こうの眼がほころぶ。

「いや、こちらも読んで頂きありがとう。しかし、本当に日本語がお達者で」

「ええ。日本大好きですから」

「ははは。しかも、邦画のこと調べるためにこんな作家の所にまで来るとは勉強熱心なお方だ。

 司。悪いが、先に書斎に案内してやってくれ。

 お茶を用意する」

 

―――肇の書斎

 

 肇の書斎はいかにも作家の書斎らしく、資料が足の踏み場が無いほど雑然と積まれていた。大きな文机の上もPCモニタや資料で埋まっており、革張りの背もたれ椅子の他に、2人のためにスツールが2脚、カフェテーブルが一つ置かれていた。

 カフェテーブルの上には「群狼」や「夜明けの喇叭」の他に、数冊の資料が積まれていた。

 

 司達がスツールに座って待つと、肇がお茶のマグカップを持ってやって来た。

「すまんね。揃いの食器もなくて」

 マグカップは柄が別々で、肇のものに至っては明らかに子供用だった。

 

 肇は背もたれ椅子に腰掛けると、話を始めた。

「今日聴きたい話は、『群狼』の初版本にだけある部分だったね?」

「はい。昔、兄さんに見せてもらった初版本に、原住民の人身売買が政府公認だったように聞こえるセリフがあるんです。兄さんなら詳しく知ってるということで」

 司がそう言うと、肇はやや熱を持って語り出した。

「ふふふ。じゃあ、その件について僕の仮説、『原住民の秘密ビジネス』と『特殊な才能の子』について話そうじゃないか」

 

「『原住民の秘密ビジネス』? と、『特殊な才能の子』ですか?」

 ライリーが聞くと、肇は資料を開きつつ説明した。

「そう、まず『原住民の秘密ビジネス』の方だが、端的に言うと『原住民は本州人からも広く里子を集めて、里親ビジネス、人身売買をしていて、しかも、昭和初期までは政府も黙認してた』」

「そんなことあるんですか?」

 司の問いに、肇は「群狼」初版本を開く。

「原住民の首長が差し出した少年について『彫りが浅く、眉の薄い少女のような顔立ち』とあるよね。明らかに彼は本州人の子として書かれている。元々、北海道の原住民は『首長は平民を人身売買して良い』という文化を持っていたが、その『平民』には本州人の子も含まれていた」

 

「……何だか信じられない話ですね」

 司が呆気に取られたように口にすると、肇は今度は分厚い本を取り出してきた。

「そこら辺の話はこの『北海道における原住民と同化』って学術書にあるよ。少なくとも江戸時代末期には、彼らは相当数の松前藩内の孤児を集めていた」

 

 衝撃的な話に、ライリーが疑問を投げかける。

「なんで、そんな非人道的なビジネスが、明治ばかりか昭和初期まで政府に黙認されていたんですか?」

 

 肇はそれにニヤリと笑みを浮かべた。

「そこからは僕の取材で得た『特殊な才能の子』の話になるんだが、その前にこの原住民の宗教観について説明しよう」

 そう言うと、肇はノートに図を書きだした。

「原住民は、クマやキツネ、オオカミや鷹などいくつかの野生動物に神が宿ると考えていた。この神は、神の世界では人の姿をして、環境維持などの仕事をしているが、時々、現世の野生動物に宿り、原住民に狩られ肉や毛皮を与えてまた神の世界に帰ると信じられている」

「ふんふん。オオカミも……」

 ライリーがうなづくと、肇も得意気に続ける。

「本州人が、北海道にどんどん入植してきて、野生動物が減ると、原住民は困った。野生動物に宿るはずの神の魂は、野生動物が減ると、間違って原住民や入植者などの人間の子に宿ってしまう、と考えたからだ」

 司は聞いた。

「そうなると、どうなるんですか?」

「神の魂が人間に宿っても、記憶のない普通の子供として生まれて来て、普通に寿命で死んで神の国に帰る。ただし、その子が神としての力を自覚しないまま死んでしまうと、神の国に帰った時に無駄足踏まされたと怒ってしまい、環境維持などの仕事をサボると思われた。

 原住民の子なら、原住民の生活の中で『神の子』は神としての自覚を得られるが、本州人の子はそういかない場合がある、と考えた原住民は本州人の孤児などを集め、少しでも埋もれた『神の子』がいないか探した。『神の子』がいれば力を自覚してもらった上で生まれた地で人としての人生を全うすべく本州に返し、『神の子』でなければそのまま人身売買していたようだな」

 

 ライリーは呆れたように言いつつ、スマホを操作した。

「なんで、そんなデタラメな風習が政府黙認で?」

 肇がぐふふと笑った。

「それが、僕の調べたところだと結構いたようなんだよ。本州に返された子の中に『特殊な才能の子』が。

 異常な言語能力で数ヶ国語を瞬く間に覚えた通訳や、他人の能力を最大限に引き出す部隊指揮官、天啓を受けたかのような発想を持つ技術者に、忍者のような身体能力を備えた工作員の才能を持った子等がね。

 彼等が本当に『神の子』なのかはさておき、政府もそんな才能の泉を手放すことができなかったから黙認していた、というのが僕の仮説さ。

 実は僕の著作『夜明けの喇叭』主人公の大隈三吾も、実在の『特殊な才能の子』と思われる人物がモデルなんだ。

 ちなみに大隈三吾は『熊の神』の魂を持った人物という裏設定で作っているのさ」

 

 ここでライリーは初めて驚いたような顔をした。

「ファンタスティック! 『熊の神』の子だから、大隈三吾は決して群れず孤独を好み、一度手にかけた仕事には異常なまでに執着し、傷ついた時ほど狂ったように戦うのですね!」

「その通り! よく気付いてくれました!」

 肇が満面の笑みと共に、自説にノッてくれたライリーを賞賛する。

 

 司が「役に立つかわからないが、面白い話が聞けて、ライリー先生も満足してくれそうだ」と、ホッとしていると、スマホに着信があった。

 胡荒コーチからだった。

「ちょっとすいません。はい、もしもし……あの、ちょっと兄さん、席外しますからライリー先生よろしくお願いします」

 司はいそいそと部屋を出ていった。

 

 ライリーはそれに構わないフリをしつつ、肇と話を続ける。

「肇さんの取材能力に裏打ちされた設定の細やかさには恐れいります。やっぱり、実在の人物をいろいろ調べたりしたんですね?」

 肇もおだてられ、ぺらぺら喋りまくる。

「実はそうです。まあ、名前などちょっと変えてはいますが、他にも実は実在の人物をモデルにしている登場人物いたりしますよ」

「やっぱり、『特殊な能力の子』は、本州に戻される際に宿った神にちなんだ名字与えられたりしたんでしょうか? 『熊』だったら『大隈』とか」

「……まあ、そのものズバリじゃないですけどね」

 答えるまでにやや間があったが、ライリーは畳み掛ける。

「『オオカミ』だったら、『カミサキ』とか?」

 

 肇は、やや真顔に戻って言った。

「ははは。そんな名字はさすがに心当たりないですね」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 ライリーはややつまらなそうな顔を作った。

「そうですか。ちなみに、そんな原住民の人身売買組織、今も残ってると思います?」

 肇は即答した。

「まさか!? 令和の今も残っているとは到底思えません」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 肇はひきつった笑みを浮かべながら語った。

「まあ、そんな犯罪組織が残ってたら、お近づきにはなりたくありませんね。一作家なんて消されてしまいかねない。ははは」

 ライリーはつられて腹を抱え笑ったフリをする。

「ははは! 冗談ですよね?」

「冗談です」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 肇の目は笑っていなかった。

 

 ライリーはもう十分かと笑うのをやめた。

「はあ。すいません。つい面白くて」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「まあ、私もそんな犯罪組織にはこれ以上突っ込みたくないですね。私も消されたら困りますから。ふふふ」

 ライリーがそう言ったのを機に、肇は他の話に話題をもっていこうと後ろの棚から写真を取り出した。

「実在の人物をモデルとしたキャラクターの話なら、こちらのお坊さんも面白いですよ。実はこの方、僕や司の大伯父にあたる方なんですが、所謂特攻崩れで……」

 

 

―――鎌倉からの帰路の車内

 

 司が戻る時にはライリーと肇の話はあらかた終わっており、ライリーと司は帰路についた。

 

「あー。有意義なお話だった。原住民の宗教観の説と絡めた仮説とかも本当に面白かった! これなら『群狼』の分析もバッチリ! 本当に肇さん博識で助かったわ」

 満足げなライリーの様子に司も笑みがこぼれる。

 

「途中でかかってきた電話、何だったの?」

 助手席のライリーが尋ねると、司は答えた。

「何でも、俺のPCを抜き打ちチェックしたら、怪しいファイルがあったとか……まあ、破損ファイルを勘違いしただけみたいでした」

「そうなの? まあ、生徒の個人情報や写真とかは最近うるさいからね。定期的に抜き打ちチェックはかけてるからね」

「はは。心配なさらずとも、不正なんてしませんよ」

 ライリーはそこで、思い出したように言った。

「あ、そうだ。来週土曜日にハーネス講習で名港ウィンドFSCから鴗鳥理凰選手来るから。明日電話で事前打ち合わせよろしくね」

 懐かしい名前に司が思い出話を始める

「そうですか。理凰君かぁ。懐かしいな……」

 

 

―――翌日、スタッフルーム

 

 胡荒コーチは出勤してきたライリーに問いかけた。

「昨日のメールの『30分くらい司先生を席外させてちょうだい』って何だったんです? 先週やってた抜き打ち検査をもう一回やった事にしましたが、あんなもんで良かったですか?」

「ええ。バッチリだったわよ。サンキュー」

 胡荒コーチは釈然としない顔で続けた。

「あと、『ジーン・トーキー研究所』というところから書類届いてますけど、コレ何ですか?」

 




長くなっちゃった。

某、どこかの金の神的な漫画で話題の北海道の某原住民ですが、また何とかの語り手的(星睨み的?)な設定とくっつけました。メダリスト世界には動物の名前の子ばかりなので混ぜるな危険なのですが。
大隈三吾もどこかのヨハンセンさんのドーベルマンから引っ張ってきてます。

---予約投稿ミスって、明日投稿分、アップしちゃった、、、、
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