結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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3話 湖上の祈り

「こっ! これだと、演技するから広いスペース空けてって聞こえちゃうよね!? でこぼこもあって危険だからだめだよね!?」

「(ぐるぐる)で、でも、もうあんなにたくさんのひとがてつだってくれてるし、すこしだけすべってあげたほうが……」

 目をぐるぐるさせて困惑状態のいのりに追い討ちがかかる。

 何人もの人がいのりのそばに来ると、一人の偉そうな人がいのりにスマホを向けた。

『私は大会関係者です。幸運にも、大会と同じ音源を持っていました。あなたに大変感謝します。頑張ってください』

 

 いのりは、もうなんて答えたらいいか解らず、ほとんど条件反射的にスマホで答えた。

『感謝您的支持(応援ありがとうございます)』

「いのりさーん!」

 司は頭を抱えた。

 

「(ぐるぐる)あの、せんせい。わたし、もう、ちょっとだけすべります。ちょっとだけにしますから」

 完全困惑状態のいのりを前に、司は少しでも事態を好転させようとする。

「そうだ! ジャンプはダメ! ジャンプは危険! 元々ここのリンクはジャンプ禁止! えーと、なんてみんなに伝えれば……えーと。みなさーん。ジャンプ、イズ、ブロヒビッテド、インディススケートリンク! ソー、ノージャンプ! オーケー?」

 もちろん、事態好転とはならなかった。

『私はここの管理者です。特別にジャンプを許可します。熱烈にあなたを応援します』

『感謝您的支持(応援ありがとうございます)』

「いのりさーん!?」

 いのりの条件反射で全て無に還った。

 

 やがて整氷が終わると、「大会関係者」の人が『準備ができました』と知らせてきた。仕方なく二人はリンクに向かう。いのりの目はまだちょっとぐるぐるしていた。

「えっと、ほんとにすこしだけすべります。いっかいてんだけ、とぶ、いっかいてんあくせるもなし、ふらいんぐしっとすぴんもなしで、れいばっくすぴんもなしで、もほーくとすりーたーんと、、、」

「スピードもださないでね! 安全第一でね!」

 こんな時も司のパーカーの紐を握るのを忘れないいのり。

 

 やがてリンクに音楽がかかる。司が舌打ちする。よりによって長いフリーのバージョンの曲だ。

 いのりがフラフラとリンク中央に向かう。カンフーナルキッソスの抱拳礼ポーズは忘れない。スピードは落として基本のステップ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……よし、いいぞ、落ち着いている」

 司はそう胸を撫で下ろしたが、実のところいのりは適当に身体が動くに任せているだけだった。

 そして、JGPグランプリファイナルのためにこれ以上なく仕上げてきた彼女の身体にとって、ジャンプの部分はもう跳ばずにはいられないようになっていた。

 

 さいしょのじゃんぶはむずかしいのからとぼう

 ……シュタッ

 1Lz、着氷

 1回転ながら余裕ある美しいジャンプに歓声が上がる。

 

「おいおい……。フリーの構成と同じ本数とぶ気なのか?」

 司は震えたが、もう止めることはできなかった。

 

 もういいや。はやくおわりたい。

 いのりの頭はカラッポの状態だったが、彼女の身体は理想高いバレエの姿勢を保ち、正確さと美しさを求めて動く。

 1F、1Lo+1T、1T+1T

 回転数が減った分、余裕と美しさを持った、アイスダンスのようなジャンプだった。

 観客が固唾を飲み、司は頭を抱える。

 

 こんびねーしょんはにかいとんだからもういいや

 これおはてきとーにぽーずをきめよう

 えいやあ

 カンフーポーズはかえって観客にウケた

 

 はやくすませて、はやくおわろう

 そんな、はやる心はいつしか最悪の形でエッジ操作に現れた。

「おいおい! 段々速くなってるって! やめてー!!」

 司の声ももう届かない。

 

 まだとんでないじゃんぷは……あ、あくせるはとばなきゃ……しんぐるあくせるはだめなんだっけ……あくせるをとぶときはまっすぐまえへ……

 

 ……シュタッ

「哇! 寛度較大(うわっ! 幅えぐっ!)」

「我覚得有很多輪換?(回転数多くね?)」

「いのりさーん! それダブルアクセルだから! ダブルとかトリプルとか跳ばないでー!!!」

 司は声の限り絶叫した。

 

 いのりは混乱した。

 え、だぶるととりぷるはだめ?

 (ぐるぐる)えーと、あと、とんでないじゃんぷは……

 もほーくー、からのー

 

 明らかに速い速度。遠心力の乗ったモホーク

「おいおいまさか!」

 高く上がるようにひねる腕の構え

「やめてーー!!!!」

 

 4回転サルコウと司の絶叫が北京の夜空に舞い上がった

 

 ……シュタッ

 奇跡的に着氷成功

 

「!!!!!」

 観客の大歓声と司の声にならない絶叫、着地の衝撃がようやくいのりの知能を復活させた。

『あ、危なかった……司先生に怒られる……』

 いのりはニッコリと笑顔を作ると、奥義「湖鏡掌」のポーズで締めて誤魔化した。

 

 止まない拍手の中、戻るいのりを観客が迎える。

「えーと、ガンシエニンダジィチィ?(応援ありがとうございます)」

 なぜか、いのりは一つ、中国語を覚えてしまった。

 

「いのりさーん!」

 観客を掻き分け、やっといのりにたどり着く司。

「ハァハァ……大丈夫? 怪我してないよね!?」

「だ、大丈夫! 氷は柔らかかったし、合計では回転数そんなに跳んでないし……」

 無理矢理誤魔化そうとしたいのりは、これまで見たことの無いような冷たい視線でにらみ返す司を見た。

 

―――

 

 ホテルへ向かうタクシーを待つベンチで凍った湖を眺めつつ、いのりは司と他愛ない会話をした。

「はあ。疲れちゃった。なんだか『カンフーナルキッソス』大人気でしたね。私も、もう一回DVD見よっと」

「あはは。いのりさんもすっかり『カンフーナルキッソス』気に入ったね」

「はい! 司先生はどのシーンが好きですか?」

「えーと、まず……」

 ……

「いのりさん?」

 いのりは話が終わらないうちに寝てしまった。

 

 

 司は、いのりを抱えてタクシーに向いつつ、最後に少しだけ湖を見て、「カンフーナルキッソス」のストーリーを振り返った。

 

「カンフーナルキッソス」は、強くなりたいと願う気弱な少年が、湖で自分そっくりな姿の幽霊と出会い、カンフーを学ぶ物語だ。

 実は幽霊は、悪の武侠の罠に掛かり志半ばにして倒れた武人の亡霊で、湖面に映った少年の姿に取り憑き、先祖代々伝わる奥義が断絶することが無いよう少年に伝えようとしたのだ。

 少年は特訓の末、奥義「湖鏡掌」を習得し、師匠の仇を討つ。

 ラストシーンで奥義の伝授を確認した師匠の幽霊は成仏し、少年は「次の世代に伝える為、技を磨き続ける」という約束を果たす為に湖を離れる。

 

「……さしずめ、俺は志半ばにして倒れ、氷にしがみつく亡霊か」

 司は、武人の亡霊と自分を重ね合わせた。

 自分には、やらなければならないことがある。

 自分の持つ「鷹の目」を何とかして、いのりに伝えなければならない。

 それが成功すれば、いのりは自分の手から離れて金メダルに向い飛躍できるだろう。

 

 司は祈った。湖には神などおらず、冷たい氷しかないことを知りながら、氷に祈った。

「その日までは……いのりさんの側に、居させてください」




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