結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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31話 最初に火に焚べられし者

―――マネージャールーム

 

 慎一郎はライリーから渡された資料に目を通す。

『B(男性)がA(女性)の父親である確率、0.04パーセント』

「光は純君の子ではないという事ですね?」

「問題は次のページです」

 慎一郎がページをめくる。

『A(女性)の母親が、B(男性)と共通の両親を持つ可能性、99.2パーセント』

「!!」

 慎一郎の手が震える。

 

 ライリーが古い雑誌を手にして言った。

「あの、昔の名港杯の夜鷹純さんが初級で優勝した試合で、一級女子の優勝者に『夜鷹澄』っているんですけど、この方、やはり純のお姉さん?」

「……はい」

「澄さんについて、詳しい話教えていただけますか?

 私は夜鷹純から直接、光ちゃんを預かっている以上、彼女の母親代わりと思っています。だからこそ、本当の母親の事はきちんと知っておきたい」

 

 慎一郎は重い口を開いて語り出した。

「澄さんと純君は仲の良い姉弟でした。澄さんはまだ一級ながら当時の名港ウィンドでも目立っていた選手で、僕も憧れていた選手の一人でした。よく純くんを連れてきていて、リンクのそばで雪玉を投げあったりして遊んでいたものでした」

「純さんはまだ生徒ではなかったんですね?」

「ええ。でも、純君はお姉さんを見て、スケートがやりたいとリンクに来てました」

「クラブには入れてもらえなかったので?」

「ええ、最初は勝手に来てリンクの側で眺めていただけでしたが、その後でちょっと問題になりまして……」

「問題とは?」

「周りの大人に『フィギュアを教えて』とせがみ、手紙を書いたりするようになりました。見かねた高峰匠先生――当時は選手を辞められたばかりでまだコーチではありませんでしたが――が『アイスダンスなら教えてあげる』と、自費でリンクに入れてフィギュアを教えていたんです。

 初めは、澄さんもカップル相手をしてくれたりして楽しくやっていたんですが」

「それは、問題になりそうですね」

「ええ。当然すぐ両親の知るところとなり、辞めさせられそうになりました。どうしても言うことを聞かない純に両親は『再来月の名港杯でお姉さんより良い点数だったらスケートをさせてあげるが、負けたら諦める』という条件を呑ませました。」

 

 ライリーは少し考えて問い返した。

「それって端的に言うと、騙してやめさせようとしてたって事ですよね?」

「そうです。名港杯に出るのに初級が必要。そもそもクラブに入ってないと初級しか取れません。お姉さんは一級の大会に出ますから、エレメンツ数から違います。純君はアイスダンスとシングルの違いも知らず、頑張れば勝てるかもと思っていたので、僕から名港杯の事を聞いた時、愕然としてました。

 さらに、匠先生が自費でリンクに入れるのも良くないという事で止められ、純君はリンク練習も出来なくなりました。バッジテスト代と大会参加費は出してもらえましたが……」

「一応聞いておいていいですか? ご両親が夜鷹純にそこまでしてフィギュアをやらせたくなかった理由は?」

「経済的理由だと思います。お父さんは当時、バブル崩壊の影響を強く受けたようでした。月謝の支払いが滞る事があったり、澄さんから月謝が少しでも安いアイスダンスに転向できないかという相談があったくらいで……。匠先生もそれを知ってたので『両親にやらせて欲しいと言いなさい』とはとても言えませんでした。澄さんがフィギュアを始めたことも、お母さんはお父さんに相談なかったようでしたし、お父さんはドラゴンズファンで、お金があれば純君には野球をやらせたかったとかで、よく夫婦げんかしてたと聞きます」

「それで、夜鷹純は諦めなかったのですか?」

「はい。匠先生も、当時の名港のヘッドコーチとの約束でリンク代こそ出しませんでしたが、諦めない純君に付き合って陸トレから指導しました。

 純君は何としてもリンクに入ろうと自販機の下の小銭拾いを始めて、よく他の子にいじめられていました。自分は親にジュースが飲みたいと言ったりしてもらった小銭をこっそり純君に渡したりしてましたが……大会前にリンク練習できたのは2、3日だけだったようです。一度だけリンク練習を見ましたが、朝から晩まで、匠先生も付き合って猛練習していました」

「まさか……。それで勝ってしまったんですか? この雑誌の記録、誤植かと思いました」

「はい。最初のシングルアクセルだけは転倒したものの、ダブルサルコウのコンビネーションを決めた時は自分もびっくりしました」

「待ってください。30年近く前ですよね?」

「ええ、今でこそ初級でダブルサルコウ跳ぶ選手もたまにいますが……しかも、純君が履いていたのは匠先生のお下がりの、サイズが合ってるかも怪しいアイスダンスの靴でしたし」

 ライリーは信じられない顔をしながら、雑誌を何度も見返した。

「お姉さんも手加減してた訳ではないようですね。優勝してますし」

「はい。実は澄さんはズルをしないよう『本当に純に負けたら、スケートはやめさせる』と言われていました。匠先生は知ってましたが、純君には伝えてませんでした。

 最初の転倒の時は声援を送っていた澄さんも、段々と表情が険しくなっていき、最後のフライングシットスピンがブロークンレッグに変化した時には泣き出してしまいました」

「リンク練習が2、3日しかできなかったのに、フライングシットスピンにブロークンレッグ!? それを教える時間があったのですか?」

「匠先生も『教えていない、一度しか』と言ってました」

「すごい才能だったんですね……でも……」

 ライリーはいたたまれなさのあまり、声も出なかった。

 

「はい。純君がスケートを始めさせてもらった代わりに澄さんは辞めさせられました。それ以来、澄さんをスケートリンクで見かける事は一度もありませんでした。姉弟の仲は最悪だったと聞きます。

 彼女が夜鷹純の最初の犠牲になった者でした」

 慎一郎も悲痛な表情で語った。

 

「あの、もう一つ。匠先生の頬の傷、コーチになる前の生徒さんとのトラブルと仄聞しますが、もしかして……」

 ライリーの問いに慎一郎は沈んだ表情のまま答える。

「私は直接見てませんが、澄さんが辞める日にスケート靴を投げつけたと聞きます」

「自分の靴で?」

「いえ。純君の靴を取り上げて投げつけたようです。匠先生が必死になって澄さんを庇ったので大事にはなりませんでしたが」

 

 ライリーは少し泣きそうな顔で最後の質問をした。

「その後、澄さんは……」

「わかりません。純君がジュニアに上がるころには両親は離婚してましたし、母方についていったとしか……」

 

 ライリーは涙を拭きつつ、窓の方に向かった。

「話しにくいことも教えていただき、ありがとうございます。

 知ったからといって、何ができるかまではわかりませんが……光ちゃんの母親代わりとして、今からでもできる事を考えます」

 そう言って、ライリーは座ったままうつむく慎一郎に深々と頭を下げた。

 私に何ができるだろう?

 下げられたままのライリーの顔から涙が流れ落ちた。

 

 マネージャールームから見える窓の下のメインリンクには、一般営業が始まった中でまた姉弟のようにアイスダンスを楽しむ光と理凰の姿があった。




あくまでへっぽこ2次創作の独自展開です。
夜鷹が犠牲にこだわる訳として、やはり最初の犠牲は親友や兄弟姉妹だよなと思ったので(邪悪)
司やいのりと似たシチュエーションで微妙に救われない過去がないと、匠の様子や夜鷹の性格にも説得力ないなと思いましたので、軽く寄せました。
次話で匠先生との答え合わせ入れたいと思います。
(13巻発売後追記)
夜鷹と血縁ないとか書かれてますが、狼嵜家の嘘ということにします。狼嵜家、誰もリンクに来ないんですよね。行動が謎すぎなんですよね。
田舎の名家なのに、5歳の女の子では近くで学べないフィギュア選ぶ、預ける先はコーチ適正が本来ゼロの社会不適合者のスケート赤ちゃん。と、いうことで、この設定で突っ走ります。
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