結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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32話 燃え残った者

―――名古屋市内、レストランの個室

 

 ライリーは高峰匠と話をしていた。

「どうも、お呼び出しして、すいませんね。高峰先生」

「……構わねえよ」

 

 ライリーはいきなり直球を切り出す。

「DNA検査したら、夜鷹澄さんが狼嵜光の実の母親のようでして。高峰先生は澄さんの消息とかご存知ではないかと」

 それを聞いて匠は頭を抱える。

「まさか澄さんが……。夜鷹は知ってるのか?」

「知らないんですよ。血縁関係かって聞いたら『違う』って言ってましたから。狼嵜の家は純さんには教えてないようですね」

「そうか……お前は嘘を見抜けるんだったな。残念ながら、高校卒業まで母親と北海道にいたが、その後の足取りはわからない。母親も亡くなっている」

「そうですか……」

 

 ライリーはもう一つ確認した。

「高峰先生の顔のキズ。澄さんがやった事になってますが、本当は純さんがやったんじゃないですか?」

「……なぜそう思った?」

「普通の子は負けたからって、相手の先生にあたったりしませんよ。純さんの方に怒ったとしたら、家で怒らずスケート場で怒りだしたのはおかしい。凶器のスケート靴もスケート始められた純さんが大事に手元に持ってたであろう純さんの靴ですし。

 匠先生が『澄姉さんは負けたらスケートを辞めさせられる』コト隠してたなら、澄さんがスケート場に辞める挨拶来るまで、純さんは『澄姉さんと2人でスケートできる』って思ってたでしょう。

 自分が勝てば澄さんが辞めさせられる事を匠先生が隠してた事、純さんは許せなかったんじゃないですか?

 匠先生がケガをしたのを見た澄さんはとっさに自分がやった事にしたんでしょう? でないと、純さんもスケート辞めさせられるでしょうから。両親も経済的に苦しかったようですし」

 

 匠は重いため息と共に悔恨の声をこぼした。

「……そうだよ。俺は自分の生徒可愛さにあんな小さな女の子に罪を押し付けた最低の男だよ。選手を辞めようかどうしようか迷っていた俺の背を押してくれた純の才能を捨てることはできなかった」

「……はあ。でも、澄さんのことも心配はしていたんでしょう?」

「俺には何もしてあげられなかった。澄さんも純も俺を恨んでると思う」

「……そうでしょうか?」

「俺は泣く純に『リンクの上には色々な犠牲がないと立てない』と問いた。一番大事だった姉を犠牲にしてしまったと悟った純はそこからおかしくなってしまったのかもしれない……いや、俺の力がそうさせてしまったのだろう。俺は純を指導している時から、純の心に触れているような、能力の感触を感じ始めていたんだ」

 

 ライリーは目を細めつつ、問い詰めた。

「あなたは自分自身の力はそこまで詳しく解析できないようですが……どんな感じなのですか?」

 

 匠は自分の手をまじまじと見つめて言った。

「指導しているうちに、相手の心に冷たく脆いところがあるような感じがするんだ。俺はそれを触れて温めて溶かし、直してやるように接するんだが、冷たすぎると俺自身が取り込まれてしまう、飲み込まれる感じがする。それでも指導をやめずのめり込むと、相手の心の冷たい部分はひび割れ光る裂け目となり、何らかの特殊な能力に目覚めたのがわかる。というような感触だな」

 

 ライリーは匠の能力を推測する。

「……普段は相手を安らげる程度のコミュニケーション系能力だけど、精神的コンディションが悪い相手に執拗に使おうとすると、相手に精神の変調を代償に特殊な能力を覚醒させてしまう、程度の能力ですかね?」

「……付け加えるなら、俺もわずかに精神の変調を感じずにはいられない」

 やはりか。ライリーは思った。

 匠の家族への執着は異常なところがあり、妻や子供に長時間会えないと、本当に狂ったように苦しみだす。大の大人にはあり得ないようなところがあるが、夜鷹純を覚醒させた時に起きた変調なのだろう。夜鷹純から夜鷹澄を奪ってしまった自責も相まって、自分の家族を失う事への恐怖を強く感じてしまうような変調を起こしてしまったのかもしれない。

 

 ライリーにはもう一つ確認した。

「生徒に特殊な能力を覚醒させてしまったと感じたのは、夜鷹純と明浦路司の2人だけですか?」

「そうだ。明浦路司の時は夜鷹ほど明瞭な冷たさを感じなかったが、このまま指導を続けたらおかしな事になるという自覚はあった。しかし、指導を始めた時には思いもしなかったが、司が、当時カップル相手がおらず苦しんでいた瞳に相応しい選手になるまでに到達しそうだったんだ」

 匠は自分の顔を覆った。

「俺は自分の為に、あいつがおかしくなってしまう危険を無視して、そのまま力を使ってしまった……」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 ライリーはため息をついた。どうして日本人はよくこう、自分自身を責める為の嘘をつくのだろう。哀れだ、しかし、美しい。沁みる。

 どう言ってあげようか……

 

「……高峰匠先生は慈悲深い方だと思います。夜鷹純を見捨てられなかったように、明浦路司を見捨てる事もできなかったでしょう。自分の精神の変調というリスクがあったのに」

「いや。俺は情けない事に、司が全日本の失敗で挫けて引退を選んだ際に『ああ、よかった。これでこいつの指導をやめられる』と思ってしまい、奴を引き留めなかった……」

「それでよかったのでは? それで、彼もあなたもそれ以上の精神の変調を受けずに済んだ」

「いや、俺は……」

 

 なおも自責に囚われている匠の言葉をライリーは遮った。

「まさか『瞳は引退するから明浦路司なんてもうどうでもいいと思った』なんて嘘つくつもりじゃないでしょうね? 私は嘘がわかるんですよ? そんな嘘はもうお腹一杯です」

「……」

 

 匠は黙ってしまった。

 

 これで、すこしは彼も楽になったか? ライリーは締めにかかった。

「明浦路司の精神の変調も強い自責の方向に働いていたのではないかと思います。それが彼を引退に追い込んだ。フィギュア界にとっては喪失だったと思います。

 しかし、コーチは親ではありません。そこに一線の線引きは必要だと思います。

 明浦路司が現役続行する為には活動資金も必要だったでしょう? 瞳さんも引退したのにあなたが出し続けてたとしたら、コーチとしていかがなものかなとは思います。

 悲しいかな明浦路司は資金がなく、現役続行できなかった。そういう線引きをすべきとは、先先代か先先先代の名港ウィンドのヘッドコーチにも言われていたんでしょ? 『そういうのやめなさいよ!』って」

「……そうだったな」

 

 経済的にフィギュアができない子まで逐一救おうとすれば、コーチはたちまち干上がってスケート界全体が保たない。一時はよくても、次に選手が引退してコーチになる頃にコーチにお金が入らなくなる。

 

「明浦路司は今や十分変調の影響から回復し、コーチとしての道を歩んでいます。あなたもヘッドコーチは瞳さんに譲ったとしても、まだまだやれるのではないですか? うちに来ません? 今、選手たちの間でもアイスダンス、流行ってるんですよ。司先生や、夜鷹純の愛弟子の狼嵜光の姿も見られますよ」

 

 ライリーの言葉に匠の表情がやや和らいだ。

「ははは。ライリー先生は本当に引き抜きがお上手だ。2人の姿が見たいところもある。ただ、俺は……」

 匠は再び表情を曇らせると、俯き震えだした。

 

 ライリーは注意深く匠の様子を見守る。

 やはりまだ司の能力覚醒時の精神の変調の影響が大きいのか?

 

 匠は歳に似つかわしくない辿々しい声を震わせた。

「東京は勘弁してくれ。瞳はまず東京に来てくれないし、女房も毎回はついてきてくれないんだ。

 娘か女房が何百キロも離れたところにいると考えるだけで苦しいんだ。夜鷹に頼まれた時も、本当に我慢して日帰りしてたんだ。

 あの、もう帰っていいか?」

 

 ライリーはずっこけた。

 そうだ、コイツこういうヤツだったわ。夜鷹の時の精神の変調はもうどうしようもないわ。

 

「あの、もういいです。光ちゃんも夜鷹姉弟のコトも、私、光ちゃんの保護者としてちゃんとやるんで、帰ってください」

 いそいそと帰路に着く匠を、ライリーはため息と共に見送った。

 




おまけ

ノービス時代
「夜鷹君、君はどうして匠先生の元から移籍を?」
「だって、遠征や合宿の時、奥さんに会いたい赤ちゃんに会いたいって泣き出してウザいから」
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