結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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37話 魚淵のレッスン

 ライリーが建物入り口まで出向いて来客を迎える。

「魚淵先生。お久しぶりです」

「どうも、お久しぶりです。ライリーさん。

 その後の亜子ちゃんも調子いいようですね」

「そうなんです。もう、魚淵先生にご指導頂いた3A、今では連続ジャンプにできるようになりまして」

「いや、いいですね。釣ってあげた甲斐があるというものです」

 

 魚淵翔

 クラブに所属せず各地のリンクに出向いてジャンプ指導をするという異色のコーチ。人呼んで「さすらいのハーネス師」「異世界転生導師」

 

 ハーネスを利用した効率良いジャンプ指導で、高額なコーチ料にもかかわらず、全国のクラブから指導の申し込みが絶えない。

 2シーズン前には胡荒亜子に3Aを、結束いのりに4Sを伝授した。将来語り継がれるであろう過去イチのニュースとなった全日本ノービスの裏の立役者は彼である。

 

 その全日本ノービス直後にカナダの研修センターに行ってしまい、しばらく日本に姿を見せなかった彼だが、この度帰国して真っ先にスターフォックスに出張に来てくれた。ライリーも建物の外まで出迎えてくれるわけである。

 

「日本には先週から?」

「そうです。カナダでの研修が終わって、先週は久しぶりに日本でのオフを楽しみました」

「そうですか。どちらかで釣りをされてたのですか?」

「東京湾です。深海釣りで、エドアブラザメやヨロイザメにミツクリザメ。あと、ラブカとかいうのが釣れましたね」

「あれ、まさかニュースになっていたのって……」

「それよりは今日の獲物に興味があります。結構な珍種のようで」

 おどけて言う魚渕に、ライリーはニヤリと笑って答える。

「ええ。うっかりすると食べられちゃうくらい」

 

 リンクでは今日の獲物が待ち構えていた。

「魚淵先生! 今日はよろしくお願いします!」

 明浦路司29歳

 魚淵も色々な選手にハーネス指導し、それを見たコーチの中には陸トレでのフォーム確認にハーネスを取り入れたコーチもいたが、リンクでのハーネス指導までマネできたのは彼一人である。

 

「司先生もお噂は聞いています。結構釣ったみたいですね。こちらも商売敵ができて励みになります」

「いえいえ。魚淵さんには到底……」

 謙遜する司に魚淵は苦笑する。

「いやいや。3Aや4Sを習得させる事に成功していると聞きます。しかも、他のクラブからの練習も受け入れていると。

 自分も日本全体のレベルの底上げ目指しているんで、正直ありがたい。しかも、自らシングルのシューズを履き、ジャンプ習得されるとは、いいチャレンジですね」

 

 司は恥ずかしそうに目を泳がす。

「いや、全く恥ずかしい限りで、全く選手のように跳べず、見かねたヘッドコーチに魚淵さんまでつけてもらってお願いすることに」

 ライリーがリンク外から手をひらひらさせる。

「コーチ料高かったんだから、頑張ってね」

 

 魚淵はシューズを履くと、リンクに上がった。

「ちょっとアップしながら話しましょうか。今日はまず3Lzで、フォームの改善中心にとのことですが。

 動画では改善したい点、わかりにくかったのですが、脚の抜き方ですか?」

 司の方も並走しながら答える。

「ええ。大体跳べるようにはなってきているんですが、ちょっと理想の形と違いまして」

「ちょっとここで跳んでみてもらえます?」

「はい」

 

 司がそのまま3Lzを跳ぶ。

 手本のような3Lzだった。

「……どこか改善点だと? 脚の抜き方も悪く無いようですが」

「いえ、これだと力任せで脚を抜いているところが大きく、女子選手だと回転パワーが若干落ちてしまいます」

 魚淵は少し考えた。

「なるほど。問題はこうです」

 

 魚淵はリンクサイドに向かい、司に説明する。

「男子選手の多くはLzの脚を抜く時、やや曲線的に抜きます。スケートのエッジは直線なので、抜く時の抵抗はわずかに大きくなりますが、男子選手なら抵抗を力で潰して問題なく回転パワーを稼げる。

 一方、女子選手が同じ脚の抜き方をすると、エッジにかかる負荷で若干回転パワーが落ちるケースもありますね」

 

 司は答える。

「その通りです。実は直線的な脚の抜き方も試したのですが、そうすると今度は抜き終わりの脚が遠心力にとられて回転軸がブレてしまって……」

「やってみて下さい」

「はい」

 

 ……シュタッ、ドテン!

「いたた、、、」

 司がやってみると、回転軸が取れず転倒してしまう。

 魚淵は即答した。

「はいわかりました」

「「はや!」」

 司も、横で聞いていたライリーも驚いた。

 

「直線的な脚の抜き方に変えた時につくトゥの位置が、やや曲線的な抜き方で跳ぶ時と同じままです。

 よくLzのトゥをつく時に『自分の考えるより身体の近くで』なんて言いますよね? あれはエッジエラーにならないように素早く脚を抜く為というより、抜いた後の脚を素早く回転軸の近くに戻す為のものです。

 身体が大きい選手の直線抜きの場合の脚の抜き終わり位置はやや身体から遠くなりがちなので、あらかじめトゥのつく位置を抜き終わりの脚の位置を逆算して許容範囲に寄せておくんです」

 

 魚淵の説明を聞いた司は、しばらくポカーンとした顔だったが、やがて我に返って試しに跳んでみた。

 

 ……シュタッ

 

 跳べてしまった。司の理想とした3Lzがあっさりと。

 

 司はその場にうずくまると、さめざめと泣き出してしまった。

「ど、どうされました?」

 心配そうに駆け寄る魚淵に司は喚いた。

「お、俺はルッツのトゥのつき方一つ、満足に理由も考えず、選手の指導をしていた……いのりさんに『もう少し身体の近くでトゥついてみようか』なんて、フィーリングで指導していた。恥ずかしい……消えたい……」

 

 ライリーが慌てて駆け寄る。

「司先生! 司先生は立派な先生ですって! 大丈夫! いのりんあんなに立派な選手に育ってるじゃないですか!」

 司を揺さぶって正気を取り戻そうとする。

 

 魚淵は少し真面目な顔をして話をする。

「司先生。自分、以前に『一人のコーチがジャンプもスケーティングも全部指導するのは負担大きい』なんて話しましたよね。

 選手は自分のジャンプが跳べればそれでいいです。しかし、専門のコーチなら選手一人一人に合ったジャンプの指導ができなければいけないと思います。

 ルッツジャンプ一つ取っても、男女別どころではありません。エッジコントロールの怪しい選手、理想の高い選手、脚の抜き方、パワー、スピード、回転速度、回転軸取りの巧さ、跳ぶ、降りるタイミング取り、正解は選手により違いますし、2Lzとかだと半分以上のポイント怪しくてもフィジカルだけで跳んでる子とか多いんですよね。

 ……そして、自分の選手時代の跳べた経験だけで指導しているコーチも。

 僕はこれだけで食っていくんで、全パターン、全ポイント見極めて指導できるくらい目指して、インプットも欠かさないよう研修も受けてるんです」

 

 それに対して司は立ち上がると魚淵に最敬礼をして喚いた。

「魚淵先生! 俺は今からでも研鑽重ねます! 引き続き指導お願いします!」

 魚淵は怪しい笑顔で答えた。実験台を見るマッドサイエンティストの目だった。

「では、他のジャンプも跳びながらいきますか……2Aからいきましょう。アクセルジャンプは面白い特徴あるジャンプですしね。

 おっと、次に指導する為のトゥループの為の準備も忘れちゃだめですね」

 

 この後、司は実際に女性選手2名に対して、魚淵とともに4Tの指導にあたる事になっている。今回の魚淵のレッスンは、その為の指導法の伝授も兼ねているのだ。

 

 コレは濃いレッスンになりそうだ。高い金払った甲斐がある。

 ライリーはそう思った。

 

 コレは濃いレッスンになりそうだ。高い金払って研修してきた甲斐がある。

 魚淵はそう思った。

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