魚淵のレッスンを終えた司は、緊張感のみなぎる顔で今日4T指導する選手たちを待っていた。
すぐ横に控える魚淵が司に話しかける。
「今日来る選手さんには、司先生は何度か指導したことがおありだと伺ってますが」
「はい。今はこちらのメディカルトレーナーをされている美蜂さんという方は、以前福岡パークFSC所属だったのですが、ルクスにお手伝い頂いてたことがありまして。その代わりに俺が福岡パークの生徒を見てあげた事がありました」
「そうですか。それは楽しみですね」
にこやかに言う魚淵に対して、司は微妙な顔をした。
「楽しみな反面、怖くもありますね」
―――
「魚淵先生、司先生。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「布袋野先生。ご無沙汰しております。本日はよろしくお願いします」
件の選手2人が福岡パークFSC布袋野兎太コーチに連れられてやって来た。
「 「よろしくお願いしまーす」 」
高井原麒乃
高校3年生、17歳。シニア1年目。
身長183cmという長身ながら、ノービス時代からのトッププレイヤーで、急激な身長増加でもジャンプ感覚を失う事なく維持している、稀有な才能の持ち主である。
鬼寅カンナ
小学5年生、10歳。ノービスB。
身長は142cmで、キノとの差は41cmにもなる。
体格に似合わぬ怪力による異常なジャンプ力の持ち主で、トゥジャンプを得意とする。
年齢も体格も大違いのこの2選手が今回挑戦するのは4回転トゥループ。4回転サルコウと並ぶ4回転ジャンプの登竜門だ。
ライリーもそこに挨拶にやって来る。
「布袋野先生、キノさん、カンナさん。本日はようこそお越し下さいました。メディカルトレーナーの興梠さんは今、救護室の方で美蜂さんと話していまして、先に始めていて欲しいとのことです」
布袋野もそれに従う。
「ありがとうございます、ライリーさん。それでは先に高井原選手の方からお願いします。おい、カンナ。お前も見とけよ」
カンナがキノを声援とともに送り出す。
「キノちゃん、がんば」
「ありがとう、カンナ。じゃ、行って来るね」
魚淵は緊張する司に話しかける。
「さて、司先生。キノさんの4T成功のカギとなる要素は何だと思いますか?」
「はいっ。安定した回転力の導出、だと思います。
もとよりキノ選手は回転軸を取るのが上手い。それがキノ選手が成長でもジャンプを失わない一つの特長と考えます。
一方、パンクこそ少ないものの、回転不足となることが多い。また、荒っぽさといいますか、3Tではジャンプ軌道等の細部が一様ではなく跳ぶ度に微妙に違う部分があるのをパワーでカバーしているところがあります。
4回転では、パワーでカバーしきれないと思います。しっかり回転力をあげられるような細部の道筋を確立させたいと思います」
これはほぼ正しい答えだったようで、魚淵も満足気に微笑む。
「ふむ。両手の振りで回転力を増す要領は司先生が教えたので?」
キノは得意気に答える。
「そうですよ。おかげで3Tもすごく楽になりました。
4Tもいけそうなんですが……」
司も続く。
「はい。いのりさんに教えていただいた4Sの要領等を参考にしたもので、先に研修時にお話ししました通りでキノさんにも指導しています」
魚淵がハーネスを取り出した。
「では、ここからは共同作業といきますか。
僕はハーネスで回転軸の精度をもう少しだけ高めてあげられるかと思います。
僕もやりながら観察しますが、司先生も回転速度のブレの原因を探してみてあげて下さい」
―――
キノのハーネス練習が進むが、4T達成のカギとなる回転速度のブレの主因はわからない。
司もライリーとハイスピードカメラ映像も併用して観察しているが、頭をひねるばかりである。
「助走スピードには毎回微妙に差異がありますし、これが影響しているとか?」
「うーん。俺もそこはわかってるんですが、コレ、滑ってる選手がわかるような差じゃないですし、ジャンプの成否との関連性もありません。トゥジャンプにこの微妙な差が影響するとも……」
魚淵もいったん手を止めて方針合わせをする。
「ハーネスはここで外しますが、もう少し原因追究続けましょう。
助走からブレる要素全部固めていく方法もありますが、それだと今できている部分にまで影響してしまう恐れがあります」
一般滑走の時間も始まり、メインリンクの方には一般客も入り出した。
と、そこへ騒ぎながらキノ達が練習しているサブリンク入ってくる子たちがいた。
いのり、光、亜子、萌栄の4人組だった。
光がリンクサイドのカンナを見つけて驚く。
「わわわっ。この子、鬼寅カンナちゃん? じゃ、いのりちゃんが当たり?」
「そうだよ。光ちゃん、萌栄ちゃん残念だね」
どうやら、答えを知ってる亜子以外の3人で、「4T跳びに来たの誰か?」を当てようとしていたらしい。高井原麒乃は皆わかったらしいが……
「カンナちゃんまだノービスBの子でしょ? 大穴すぎるよー。大蜘蛛蘭さんかと思った……」
天を仰ぐ光を萌栄が慰める。
「あはは。まさか一昨年の光ちゃんより幼い4T挑戦者現れるとは思わないよねー」
「小さいうちから跳ぶのが良くないとは言わないけど、チャレンジャーすぎるよー」
ライリーがそんな4人を注意しようとする。
「4人とも今日休養日でしょ? よその練習の邪魔に……」
そう言ってライリーが4人を追い出そうとする前に、亜子がキノに呼びかけた。
「キノさん! 4T挑戦、応援させていただいていいですか?」
「いいよー。応援よろしく」
キノは快諾する。
一方でいのりと光はカンナの懐柔を図っている。
「カンナちゃん覚えてる? 3年前の西日本小中学生大会で一緒だったよね」
「カンナちゃん、初めまして。狼嵜光です。私のこと知ってるよね?」
カンナは尊敬の眼差しで返答する。
「いのりちゃん。ワタシのこと覚えてるの? うれしい。
……光ちゃん、知ってる。本物。すごく綺麗」
「ありがとう。今日は2人を応援に来たんだ。よろしくね」
「……」
ライリーは悟った。コイツら、仕組んでやがったな。
おそらく4人とも4T指導が見たくて来たに違いないが、「応援しに来た」と言って先に選手の了解まで取ってしまえば、私や向こうのコーチも追い出しづらい。
まあ、仕方ないか。
「布袋野先生。すいません。うちの子が来ちゃったみたいで」
布袋野も仕方ないかと了承した。
「キノ先輩がんばー」
「ありがとー」
声援を受けて気合いを入れ直すキノだが、いまいち成功率は上がらない。
そんな中、ライリーのタブレットを後ろから覗き込みつつキノを観察していた萌栄が声をあげる。
「あ、わかった! ここがダメなんちゃう?」
「え? なんかわかったの?」
ライリーが声をあげる。
萌栄が珍しく流暢に解説する。
「ほら、今のとか氷の散る方向でわかりやすかったけど、トゥ突いて、力の入ってる方向が下じゃなくてちょっと前寄りになっている時あって、その時は失敗してる」
萌栄の指摘に、魚淵や司も集まって来る。
「ふむ。キノさん。トゥの突き方の意識は?」
魚淵の問いにキノはしどろもどろで答える。
「え、えっと……真下に突いて真上に飛び上がる意識はできてた、と、思うん、ですけど……」
やや自信なさげな口調で返ってきた。
魚淵は解決策を提示した。
「それだったら、いっそこうしましょう。ちょうど固められるかと思っていたところだったんです。
トゥの突き方の意識ですが、真下や前寄り方向ではなく、やや後ろ寄り方向に力を入れる。脚を棒高跳びの棒のように使う意識で突いてみて下さい。トゥ突く位置や軌道は変えないで」
司が補足する。
「助走の勢いを敢えて一部殺すんですね。なら、助走の勢いも速め固定にさせますか。遅い速いの差が出てましたが、速め固定の方が固めやすい」
魚淵がキノに確認する。
「そうですね。キノさん。その要領でいきましょう。
まずは静止で姿勢取って下さい。
……そうです。棒高跳びの棒の先はみぞおちくらいにあるイメージで。
……そうです。
キノさん、脚の長さありますし、使う筋肉も脚の後側の太い筋肉使えますから、上手くハマればジャンプの高さも上がりますよ」
「やってみます!」
そして、10数分後。
……シュタッ
「うわ、キレイ、よね」
「キノさん、すごい。ぱちぱち」
「長い手足の活かし方がいい……」
「キノ……よくやった……」
「着氷まで安定しましたね。習得です。おめでとうございます」
魚淵の認定と共に、国内最長身の4回転ジャンパーが誕生した。
もう一人、大蜘蛛蘭選手入れるか迷ったんですが、鬼寅カンナの方がキノと対象的で面白いのと、大蜘蛛蘭選手は4Sをねっとり跳びそうなイメージですので