結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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39話 オーガストライク

 次は鬼寅カンナの4T指導となる。

 

 それに合わせて、救護室の方から初老の男性、興梠メディカルトレーナーが大きなクーラーボックスを抱えて出てきた。

「すまんな兎太、美蜂。手伝ってくれ」

 そう言うと、美蜂と共に氷上作業靴に履き替える。

 

 布袋野コーチもスケート靴に履き替えると、小さなバケツとアイロンのような鉄板をいくつかバッグから取り出し、クーラーボックスの中の氷片をバケツに詰め出した。

 

 何が起こるのか不思議がるライリーといのり達。

 司が不安そうに布袋野コーチに問いかける。

「カンナさん。アレから良くなりました?」

 顔を背ける布袋野。さらに不安な顔になる司。

 

 そんな微妙な空気の中、魚淵がアップの終わったカンナに切り出す。

「得意ジャンプは3Tなんだね? じゃあ、3回くらい跳んでみてもらえるかな?」

 コクリとうなづくカンナ。

 

 興味と不安の視線が入り混じる中、カンナが3Tを跳んだ。

 

 げしぃっ!………シュタッ

 

 聞いたことのないような音と共に、トゥを突いた跡には大穴が開いていた。

 

「!?」

 光は驚きのあまり固まった。

「!!……あははは。コレはヤバい!」

「!!……くくく、萌栄ちゃん。わ、笑っちゃダメ……くくく」

 萌栄は笑い出し、亜子は笑いをこらえるのに必死だった。

「? なんで笑うの? すごいでしょ?」

 いのりは何がおかしいのか理解できなかった。

 

「……」

 自慢のリンクに大穴を開けられて放心状態のライリーはやっとのことで抗議じみた声をあげる。

「あの。福岡パークFSCではコレはありなんですか」

 

「えらいすみません! えらいすみません!」

 布袋野はライリーから逃げるようにリンクに向かうと、バケツの氷片で穴を埋め出した。

 このためにサブリンクをわざわざ料金払って貸切にしたのか……ライリーは理解したが、後の祭りだった。

 

「布袋野先生! 僕が見てあげた時よりヒドくなってるじゃないですか!」

 司が抗議すると、布袋野は宙に視線を彷徨わせつつ弱々しく抗弁した。

「いや、突き方は少しずつ改善できてるんやが、パワーの成長速度がそれ上回ってて……」

 

 そんな中、冷静に魚淵は分析する。

「このジャンプの高さからすれば、あとはハーネスで軸取りさえできるようになれば、すぐ『4回転は』できそうですね……ちょっと失礼」

 魚淵はカンナの近くでしゃがむと、カンナの足首を見た。

「この足首の太さはすごい、シニア男子でもなかなかない太さですね。これがあの力任せジャンプができてしまう原因ですか。訓練で身につけられるものではない、生まれ持った素質ですね」

 

 男子選手で力任せの「汚い」4Tを跳ぶ選手はたまにいるが、ここまで力任せな選手は女子ではいないし、身体が小さい女子ノービスだからこそできる、いわゆる「小鬼」ジャンプでもある。

 しかるに、カンナのジャンプは「『小』の取れた『小鬼』ジャンプ」とでも評すべきものだろう。

 

「先生。なんとかならないでしょうか?」

 布袋野が末期癌患者の家族のような聞き方をすると、魚淵は真面目な顔でふざけた返しをしてきた。

「ふむ。コレはステージⅣですね。一度4回転を跳ばさないと直らないでしょう」

 

 そのまま、司に向き直って詰める。

「そりゃ、4T跳べそうだと『わかってしまった』ら、小学生の子なんて絶対跳びたくてたまらないですよね。脚の突き方の改善なんて身が入らないでしょう」

 司は魚淵の視線を受け、白状する。

「はい……3T指導の時に、4T用の腕の使い方もやらせてみた事、あったので。ついでに、『この子なら4Tもすぐですよ』って言っちゃいました」

 

 カンナは相変わらずウズウズとして呟いている。

「キノちゃん跳べた……わたしも跳びたい」

 

 魚淵はしょうがないといった顔をした。

「まあ、脚の突き方の改善は跳べてからにしましょう。では、司先生、責任とってハーネス指導お願いします」

 

 そして、司によるハーネス指導が始まった。

 

 フィギュアスケートのジャンプ練習とは思えない凄惨なものだった。

 

 どけしぃ!……シュタッ

 どげしぃ!……シュタッ

 

 カンナのジャンプの度に、リンクに大穴が開く。

 それを布袋野コーチ、興梠、美蜂メディカルトレーナーが必死に埋めて回る。

 さながら、賽の河原で石を積まされる亡児のようである。

 いくら埋めても、カンナが鬼のように新たな穴を開けて周るのだ。

 

 見かねた光が慌ててシューズを履いて駆け寄る。

「布袋野先生。他所から来たコーチにそこまでしていただくわけにはいきません。手伝いますから、指導に戻られてください」

「え、あ、いや、それは、ウチの選手なので……」

 しどろもどろに拒む布袋野。リンクサイドのライリーが怖いので、リンクに逃げているだけである。

 

 美蜂も「あんなの足痛める……ちゃんと指導しないから……ぶつぶつ」と、文句たらたらに穴埋めを続ける。

 

 一方、カンナはひと通りリンクへのクラスター爆撃を終了し、軸取りができるようになったのでハーネスが外された。

 

 その頃にはキノも運動後ストレッチを終え、トレーニングルームから戻ってきた。

「美蜂さん。美蜂さんはもうスターフォックスのスタッフですし、穴埋め代わります」

 光と違い、誰が代わるべきかではなく、誰が代わったほうが精神的被害を極限できるかを心得ていた。

 

 コーチばかりか大先輩選手まで尻拭いに加わるこの惨状でも、得意気に「もうすぐ4T。わくわく」と言わんばかりのカンナ。メンタルも鬼である。

 ライリーはもう見ていられなくなり、マネージャールームに引っ込んだ。

 

 どけしぃ!……シュタッ

 どげしぃ!……シュタッ

 

 アイスリンクがおかわりのクラスター爆撃を受け、ようやくカンナの4T習得が達成された。

 

 魚淵が祝福する。いや、魚淵しか祝福しなかった。

「カンナちゃん。『司先生による』4T習得おめでとう。時間余ってるから、キノさんみたいにもう少しキレイに高く跳べるようにしようか」

「キノちゃんみたいに跳べる?」

 カンナが目を輝かせる。

 

 魚淵の殺し文句が入る。

「そう、キノさんみたいに高く跳べるし、キノさんみたいに『大きくなっても』跳べるように、今のうちにフォーム改善しておこうか」

 

 司は感心した。

 なるほど。コレは上手い言い方。一度跳ばせて習得してからじゃないと使えないが。足が痛くない子に「足痛めるよ」や、まだ跳べない子に「跳ばせないよ」は効きにくいが、跳べる子に「跳べなくなるよ」は確実に効く。

 

「どう改善しましょう? 先程のキノさんの脚の突き方は、脚がまだ長くないカンナさんには使えないと思いますが」

 司の問いに魚淵はカンナをリンクサイドまで連れて行きつつ答える。

「まあ、そうなんですが、要は意識改善です。

 さて、カンナちゃん。高く跳ぶための大事なポイントを教えるね。コレはどんなトゥジャンプにも共通だからね」

 そして、カンナの開けた穴を指して諭す。

「まず、カンナちゃんがジャンプした時にできちゃうこの大穴。コレって、大事なジャンプのエネルギーが氷を壊すのに使われて無駄になっちゃってるんだね。

 ちょっと止まったまま、トゥを突いた態勢までとってくれる?」

 

 カンナが言われたとおりの姿勢をとる。

「さて、カンナちゃん。君はこれから成長して体も重くなるよね。ちょっと上から押すよ」

 ぐぐぐっと、魚淵はカンナの肩に体重をかける。

「さて、じゃあ、この体重を押し返して」

 カンナはぐぐっと両脚を踏ん張り、伸び上がって押し返す。

 

「そうそう。今みたいにトゥつく方の脚の力も使って押し返さないとダメ、でも、足をがしがし氷に打ち付けても、氷に穴開くだけで、押し返せないでしょ?」

 げしぃ、げしぃ

「ホントだ……」

 カンナが目を見開く。

 

「ポイントは、フルパワーで足を氷に打ちつけるんじゃなくて、足がついてすぐのタイミングにフルパワー出すんだ。まずは3Tとかでやってごらん」

「やってみる!」

 カンナが憑かれたかのようにリンクに飛び出す。

 

 みしぃっ……シュタッ

 

 だいぶ穴が小さくなった。

「はい、大丈夫そうだね。慣れてきたら4Tもやってみていいよ」

「はい!」

 

 しばらく練習を重ねるカンナとの距離が離れたタイミングで、司が魚淵の近くに寄り、耳打ちする。

「半分くらい嘘入ってますよね?」

 静止状態から伸び上がる力の出し方がジャンプ力の出し方と同じわけがない。

 魚淵は顔の向きも表情も変えずに答える。

「そうですよ。

 司先生もできるようにならないとダメですよ」

 表情に嘘のつけない司は、自分の未熟を痛感した。

 

 魚淵はそのままひとりごとのように言った。

「僕は今年の目標、12人の選手に4回転跳ばせてみせることなんですよ。今日1人成功しましたから、あと11人ですね」

 カンナは司が跳ばせた方にカウントらしい。

「司先生と勝負、というわけではないですが、お互い頑張りましょう。封印しているらしい光選手の4回転も、そのうち引き出させてみせますからね」

 4回転を跳ぶ選手が増えれば、狼嵜光も4回転を跳ばざるを得なくなる。

「望む、ところです」

 司は不安を押し潰して答えた。

 司はその前に狼嵜光に、夜鷹式ではない、狼嵜光の身体でも負担なくできる4回転ジャンプの指導術を確立しなければならない。

「司先生、ライリー先生を信用してるからできるんですよ。よろしくお願いします」

 もし、狼嵜光が無理に夜鷹式の4Lzを跳んで故障するようなことがあれば、日本のフィギュアのジャンプ技術への熱も萎みかねない。それは魚淵も避けたいのだ。

「ありがとうございます。魚淵先生。俺はコーチとして、あなたの期待に応えたいと思います」

 司は決意を新たにした。

 

 そろそろ時間というところで、製氷車がリンクサイドに入ってきた。ライリーが乗っている

「そろそろお時間です。氷の穴、埋めていってくださいね」

 言葉は丁寧だが、目が怖い。埋め損ねあったら轢き殺すと言わんばかりだ。

 

 布袋野は慌てて返事をする。

「ほら! もうカンナも上がれ!

 ライリーさん。本日はどうもありがとうございました」

「いいえ。次からは全日本とかでお会いしましょうね」

 言外に「お前ら、ウチのリンク出禁な」との意味がこもっていた。

 

「あの。最後の時間でシンクロ4T動画とか撮っちゃダメですか?」

 そんなキノの呑気な質問にライリーは無言で製氷車のエンジンを空吹かしして答えた。

 

 帰ってから撮れ!

 




13巻出ましたね。
ライリー先生24か国語喋るとか、すご。
あと、人生の目標とか怖いこと書かれてました。
今からでも面白く整合したいと思います。
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