結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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4話 小さな結束の旅立ち

―――JGPグランプリファイナル帰国後

 

 空港からの帰路、いのりと司は駅で別れ、いのりはタクシーで帰宅した。

 結束家では手巻き寿司の準備をして、いのりの凱旋を家族の皆で心待ちにしていた。

 久々の家族団欒を楽しみ、食後のケーキと紅茶が配られたところで、父、博信が口を開いた。

「ええっと、そろそろ大事な話をしようかな。いのり、母さんから聞いたけど、移籍をしたいんだってね?」

 いのりは少しビクッとしたが、決意の目をして答えた。

「……はい」

 そこへ、実叶が口を挟む。

「父さん。もういいじゃない。先にケーキにしよ」

「ははは。先に話を済ませておいてからのほうがいいよ。

 いのり。偉いぞ。よく考えた。

 瞳先生にも聞いたけど、きっといのりの為になる。スターフォックスでも頑張れ」

「……父さん。ありがとう」

 いのりが涙を流し始めた。

「ほら! だから先に食べようって言ったじゃん……いのり、みんな反対するわけないから、安心して」

「……ぐすっ。良かった……」

「取り敢えず、まずはケーキをいただくかな。話の続きはその後かな。いのり、食べて」

「ありがとう。おとうさん」

 

 ケーキが終わると、父が話の続きを始めた。

「さてと、じゃあ話の続きをするかな。

 いのりの話を聞いて、父さんも母さんも驚いた。

 というのも実は父さんに東京の大学で講義しないかって話があってね。父さん、また単身赴任か……なんて思ってたんだけどね。心配させるといけないから、JGPグランプリの後に話しようと思ってた」

「えっ!?」

「そうしたら、いのりが東京に行きたいって言うじゃないか。もちろん、いのりが『そうしたい、一人で寮にはいっても頑張る』っていう気持ちは立派だし、いずれいのりも一人立ちしなければならないとは思うけど、まだ中学生だし、大変だと思う」

 そこに実叶が口を挟む。

「学校サボって練習して、司先生に怒られたしね」

「こら! 実叶!」

「……ごめんなさい……」

「いいのよ、いのり。いのりも他の中学生の子たちよりもずっと大変な時期だったんだから」

 

 いのりがしゅんとしょげ返ってしまったので、父がなだめる。

「まあ、そういうわけで、みんなまだ、いのりのことが心配なんだ。だから、家族みんなで引っ越すことにした」

「え!?」

 いのりが目を丸める。

 そこへ、実叶が補足する。

「私も、就職活動を東京の方でやっててもう決まりそうだし、大学も単位揃えてるからあまり行かなくていいしね。東京の方が行く事多いし、住んだ方が都合がいいくらい」

「と、いうわけで。みんな一緒だよ。いのり」

 それを聞き終わると、いのりは父の胸に顔を埋めた。

 

―――

 

 引っ越しまでの間は、いのりも結構大変だった。

 スターフォックスへの移籍の方は二つ返事でOKだったが、転校や移籍の手続きで東京に行かなければならない事もあったし、部屋の片付けもしなければならなかった。

 

「おとうさーん。ストーブはどうするのー?」

 階下からの母や実叶の声に、天井裏から父の声が答える。

「新しい家は床暖房で、ストーブ禁止だってー。ストーブは全部処分だからー」

 家族も皆、片付けに追われている。

 

 新しい家は賃貸マンションで、スターフォックスのリンクにもすごく近いが、部屋は少し小さくなる。

「……ぬいぐるみも少し捨てなきゃなぁ。あとは……」

 壁に並んだ賞状やメダル。こうやって見ると結構ある。

 ミケちゃんと会った名港杯、絵馬ちゃんと戦った西日本大会、夕凪ちゃんを破った中部ブロック大会、光ちゃんと初めて戦った全日本ノービス……

「……全部片付けよう」

 そのかわり、これからもメダルを取っていくんだ。

 滅多に開けない埃っぽい天井裏に、アルバムとかが入った箱があったはず。

 

 いのりがメダルなどを天井裏にしまおうと廊下に出ると、ちょうど、父が天井裏から古びた木の箱を持って降りてくるところだった。

「おや? いのり、天井裏はもう荷物入れちゃダメだぞ」

「? お父さん。その箱は?」

 博信はにこりと笑った。

「面白いぞ」

 

 箱の中には、古い写真や記念品らしきものが詰まっていた。中でも目を引いたのは袋に入ったサーベルだった。ゲームの中でしか見たことがない武器にいのりは目をキラキラさせて興奮する。

「すごい! 剣だ! おじいちゃん、武士だったの?」

「ええと。確か……『第3師団歩兵34連隊第1大隊第3中隊長』……軍人さんだね。ひいひい……ひいひい爺ちゃんかな?」

 博信が指折り世代を数えると、いのりの目が丸くなった。

「すごい……これは家宝? 高いの?」

 なんでも鑑定団とかに出したら高そうな気がする。

「ははは。10万円くらいだったかな? ……っと、あった。登録証だ。これ、警察で手続きしないと」

「……じゅうまんえん……」

 いのりのお年玉ではとても買えない。

「これは売らないよ。安心して。それより、こっちも面白いよ。ほら」

「バッジと、写真?」

 すごく古い白黒写真には、自転車を持った日本人と外国人が数人、日本の旗とお寺のマークの旗をそれぞれ広げていた。

「この端の人がひいひい爺ちゃんなんだけど、この写真、何かわかるかな?」

「……? あ! オリンピックのマークがあった!」

「そう! ベルリンオリンピック! 実は、結束家はオリンピアンの家系だったんだ! いのりにも実はオリンピアンの血が流れてるんだよ!」

「すごい! メダルとか取ったの!?」

「この話はここまでにしよう」

 

 いのりは何だか誇らしい気分になっていたが、ふと、おかしな事に気づいて、胸がざわついた。

 あれ?……

 

『……ストーブは全部処分だからー』

『……天井裏はもう荷物入れちゃダメだぞ』

 

 なんで、ストーブは全部捨てちゃうの?

 なんで、天井裏に、荷物入れちゃいけないの?

 なんで、お父さんはこんなに古い箱を天井裏から出して来たの?

 

 わかってしまった。

 この家は売りに出されるんだ。

 

 スケートやってますって、クラス同じの子に言ったら『お金持ちだね』って言われた。

 スケートはすごくお金がかかるって。

 海外とか、すごくお金かかるって。

 スケートシューズは何十万円もするって。

 衣装はお母さんの手作りだけど買ったらすごく高くて。

 そんな話、スケート友達からも今までいくつも聞いたことあったけど。

 そのお金がどこから出てるって、考えたことなかった。

 

 いのりの勘は正しかった。

 大学講師の月給程度でトップスケーターが養えるわけはない。結束家の貯金は底をついていた。

 しかし、名古屋市中心部大須スケートリンクから歩いて15分のこの家は、交通の便も超良好で売ればひと財産になる。

 

 いのりは気づいて涙を落とし始めた。

「……お父さん。ごめん、……」

「いのり。いのりが泣いちゃいけないよ」

 父は優しく諭した。

「最後に、家の前で写真を撮りたいから、ジャパンジャージ、着てくれるかな。笑顔で撮ろうね」

 

 写真が撮られると、父は表札を剥がし、プリントアウトした写真と共に箱の中に入れた。

「お父さん。これも……」

 そこに、JGPファイナルのメダルも加わることとなり、新しい小さな結束家は東京への旅路についた。

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