結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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43話 五里霧中の晴れる日

 司がJGPの選考会場を出ると、愛西ライドの五里コーチがいた。

「誠二先生! お久しぶりです」

「おう。司先生。元気そうだね。東京でも元気でやってる?」

 

 五里コーチもにこやかに笑って返す。が、その瞳の奥に疲れの色が隠れていたのを司は見逃さなかった。

「こちらはいい事尽くめなのですが……

 あの、岡崎選手の回復は順調ですか?」

 

 恐る恐る聞く司に五里は快笑とともに答える。

「スケートの方は順調順調。まあ、まだ8割といったところだが、グランプリシリーズはジュニアと違って選考会なくてランキングポイントとかで決まるから助かったわ」

「そうですか、良かった」

 そしてホッとする司だったが、胸の奥に違和感が引っ掛かる。

 

『それじゃあダメだよ先生! もっと頑張って嘘つけるようにならないと!』

 昨年いただいたアドバイスが頭の中で響く。

 五里先生の疲れよう……本当に大丈夫なのか?

 

 司は意を決して言った。

「あの、俺、何か手伝える事あったら手伝いますよ。

 そうだ。スターフォックスで俺、他クラブからのハーネス練習受けつけてるんです。

 もし、お困りのジャンプとかあればどうぞ……」

 

「あっはっは。商売上手だねぇ。

 桃芽や愛花連れて東京旅行行く機会でもあれば利用してみるかな」

 五里は冗談めかして言う。そして、その後で、ふと真顔に戻った。

 

「まあ、じきに耳に入ることだから話しとくけど、こないだ少しいるかの家族とトラブル、まぁ、警察沙汰あってな……それでちょっと疲れてるだけだ」

「それは……」

 

 

―――スターフォックス、スタッフルーム

 

 司は東京に戻ってから、胡荒コーチに聞いた。

「あの。愛西ライドの五里誠二先生と岡崎選手のご家族とのトラブルって、何か知ってます?」

 胡荒コーチは神妙な顔でこくりとうなづいた。

 その場にいたライリーも胡荒コーチの話に耳を傾けた。

「いるか選手もスケートの方は順調に回復していますが、失声症がたまに出るようになってたみたいで、今回の件でひどくなってしまったと……」

 

 岡崎いるかの母親は虚言癖等々問題多い人物として知られており、また、去年のいるかの怪我をきっかけに責任のなすり合いから父親との離婚調停も始まったらしい。

 五里はかねてよりいるかと両親が適切な距離と環境を保てるよう尽力していたのだが、母親が調停を自分に有利にしようと、いるかに無理な接触を図り、止めた五里に暴行を加えようとしたらしい。

 

「暴行未遂の内容はわかってませんが、目撃されたパトカーの様子からおそらく車によるものかと……五里先生は何と?」

「全くケガはなかったとしか。ただ『俺のようにはなるな』とだけ」

 

 それを聞いて胡荒コーチは推測した。

「それはおそらく、スポンサーに降りられたんでしょうね。警察まで出てますし。

 おそらく、『俺のようになるな』とは、岡崎選手の活動継続の為に私財を使うことになることを言っているのでしょう」

 

 司は青くなった。

 シニアのトップ選手は海外での試合が増え、活動費はジュニアのそれからさらに倍近く跳ね上がる。親族からの援助も望めず、スポンサーがつかない状況は痛いなんてものではない。

 やっと全日本出場ができた程度の自分ですら、資金難で選手継続を断念せざるを得なかった。五里やいるかの事を考えるだけで胸がぎりぎりと痛む。

 

 ライリーは浮かぬ顔をした。

「うわ。もったいない……でも、親とのトラブルやスポンサーの問題は、明日は我が身と思った方がいいですね。

 身銭を切ることも経営者として、社会人としては本来やるべきではない判断ですから」

 

 ライリーの言葉は冷酷だったが、司も胡荒コーチもできることはなく、黙ってうつむくしかなかった。

「ただのクラブのオーナーやフィギュアのコーチにできることはありませんからね。他所の子のことを気にして、自分の子たちの事がおろそかにならないようにして下さいね」

 

 

―――マネージャールーム

 

「『ただのクラブのオーナー』ならね」

 誰もいないマネージャールームでライリーはそう呟きつつ、電話をかけた。

「もしもし、ライリーと申しますが、伊賀さんいます?

 ……はい。お久しぶりです。今日はちょっと耳寄りな後援先の話です。

 ……はい。はい、そういう事です。

 元JGP女王の岡崎いるか選手はご存知ですか?

 ……はい。はい、その事件についてはおっしゃる通りで。

 大丈夫ですよ。スケートの方の回復は順調そのものですし、何かあった際は私も手を貸しますから。

 ……はい。もちろんマカオの貸しはそれでチャラですよ。あとは、私のことは伏せておいていただければ。

 まぁ、そちらが出てくれれば後追い他社さんも出ると思いますから。

 ……いえいえ。もちろんそうです。

 それではそういうことでよろしくお願いします」

 

 

―――後日、間京大学アイスリンク

 

 五里がいつものように明るい表情でリンクにやって来て、いつものようにオヤジギャグを飛ばした。

「おう。いるかはいるか?」

 いるかはリンクサイドによってくる。

「(かひゅっ……)ぃ?」

 

「おう。今日は声が出ない日か。まあ、いいさ。

 いいニュースだ。スポンサーしてくれる奇特な企業があったぞ」

「!?……(こひゅっ……)ぃ?」

 

 五里はそう言うと、ボックスティッシュを差し出した。

「ほれ」

「?」

 

 不思議そうな顔をするいるかに、五里は種明かしをする。

「公子製紙って会社だ。知ってるか? こういうティッシュとかを作ってる会社だ。

 勝手に決めて悪いな。これからはティッシュはこれ使ってくれ」

「!!(ごほっ……)……ぁぃ!」

 

 ボックスティッシュはさっそく、涙を拭くのに使われた。

 




いるかちゃん、人気投票1位おめでとう!!
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