結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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44話 運否天賦 前編

「ねえねえ。司先生。ちょっと来週の週末とか、夜、練習後空いてらっしゃる?」

 ライリーから聞かれた司は即答した。

「はい。もちろんです」

 

 ライリーは聞き直した。

「その……翌日の休みに予定入ってたりはしてません?」

「はい。大丈夫ですよ? 何か?」

 司の回答にライリーはイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「ちょっと面白い企画を考えました。司先生だけが苦労する企画なんですが」

 司は苦笑した。

「何でもおっしゃって下さい」

 

―――

 

 ライリーから渡された資料は、蓮華茶FSCの選手からのハーネス練習依頼だった。

「こちら、蛇崩先生からの依頼なんですが、タイでもご縁のあった方ですし、司先生の研修も兼ねてお友達価格でお受けしておこうかと。両クラブの互助契約の一環として」

「そうですか。蓮華茶FSCは専用リンクもある他、施設も充実してますしね。互助契約はこちらにも利が大きい」

「お寺に宿泊してから練習とか絶対ウケますから。司先生のハーネス練習で恩を売っておけば、私が代わりに視察と称して京都旅行楽しめますね」

 

 ライリーの冗談に司は快笑する。

「ははは。ライリー先生は俺より若いのに、経営者として立派にお仕事されてますから。むしろもっと役得を貪っていただきたい。禅体験でも精進料理でも思い切り楽しんでいただけるよう、俺が頑張りますよ」

「はははっ。良い部下ですね。では、動画リンクの方もメール送りました」

 

 司は資料と動画を見る。

 次第に目を細め、過去資料等漁り出した。

 そして、蛇崩とテレビ会議をした。

「蛇崩先生。あの、この上桐選手の事ですが……」

 

 上桐天音16歳。種智院高校2年。ジュニアラストイヤーだが、本人は引退を希望している。今年から受験に専念したいとの事

 クラブは慰留策として、本人が東京に行く機会を捉え、司のハーネス練習を受けさせる事で慰留させたい、との事であるが……

 

 その経歴はなかなかのものである。

 ノービスA時代に推薦出場の全日本ジュニアで12位、ジュニア初年度は全日本ジュニア14位、JGP1戦派遣のクロアチア戦で9位。ジュニア2年目は近畿ブロック大会で練習中に他の選手と接触して手を捻挫し、休養。ジュニア3年目の昨年は17位と振るわないが……

 

「ひょっとしてこの子、運悪いだけの子じゃないですか?」

『そうやで』

 ジュニア初年度の全ジュニはフリーで高井原麒乃と同じグループで、5分間練習でキノの大きさに萎縮してしまい、うまく練習できてなかったらしい。JGPでは一番滑走。ジュニア2年目の接触はほぼ相手選手の不注意で……

 

「去年はショートの岡崎選手負傷時に近くにいたんですか?」

『運が悪いにも念が入っとるやろ……実は、選考会も絵馬より目があると思っとったねん』

 近畿ブロックも西日本大会も、子出藤環や大和絵馬を上回っていた。

 

「初年度とか、ダウングレードにはなってますがブロック大会で3A跳んでて、絶対に辞めさせたらダメな子じゃないですか?」

『そうや……』

「両親やクラブ生との関係は?」

『両親は本人の意思次第と言ってくれてる。

 クラブにはいてくれんと困る。……天音が辞めるなら自分も辞めようと言うやつ片手の指じゃ足りんて。こないだのJGP選考会の会場だけでも2人辞める言い出しよったんやで!』

 

 司はかなり厳しい顔になった。

「選考会で? ということは全日本ジュニアは出れそうな選手が、ですか?」

『せや! そいつらは何とかペア転向とかちらつかせて慰留の方向に持っていったが、肝心の天音本人の意思が固い』

 

「突然、辞めると言い出したわけですか?」

『いや、去年の全日本ジュニア直後に言い出してたけど、あんなことあったし、直後はショックなだけと思ってたし、何より、本人がその後、真面目に練習して新ジャンプも仕込んでたから、使う前にまた辞める言い出すなんて、思わんかった……』

 

 司は恐る恐る聞く。

「一応、ジャンプの得手不得手は把握しておきたいのですが、新ジャンプとは何かも聞かせて頂いてよろしいですか」

『もちろんや……3Lz+3Loのコンビネーションや』

「!!」

 

 狼嵜光を天才少女と言わしめた「女王のジャンプ」

 国内では狼嵜光と八木夕凪くらいしか飛べないはず。

 狼嵜光がフォーム修正中なので、実質現在夕凪1人である。

 

『跳ばずに辞めさせていいジャンプじゃないやろ? 俺も陸トレ手伝ったし。

 こいつはジャンプ力こそ平凡やが、低いジャンプの中にもうまく回転詰めんだジャンプを仕込むの得意やねん。だから、大抵のジャンプの後の連続ジャンプに3回転仕込める。あまり意味ないが、3回転3連続もできるで』

「……まあ、ジャンプについては詳しく見せていただきます」

 

「スケーティングもいいですね。でも、1番の特長はスピン力ですか?」

『せや。あと、コツコツと積み重ねるタイプで体力がある。後半ジャンプ作戦も……やらせたらできたやろな。でも、ジュニアから成功体験ないから去年は3Aも後半ジャンプもない堅実策をとってたんやが』

「怪我した直後のシーズンに目の前でケガされたら調子崩すでしょう。その流れをフリーでも切れなかったのもわかります……いのりさんもショート落ちでしたから」

 

 ここで、司は方針確認をした。

「目的はジャンプ指導というより慰留、ですね」

『そうや、クラブ関係者やない司先生の方が話せることあるかもしれへん。こんなこと頼んでホンマ悪いけど、頼むわ』

「……わかりました。では、スケート以外にも詳しい彼女の情報をください」

 

 司は根掘り葉掘り、上桐天音の情報を聞いた。

 他の子の面倒もよく見る優等生タイプ。学業成績もすこぶる良く、両親と同じく医者の道を志望。ただ、既に2人の兄が医大生ということもあり、両親は本人の意思を尊重したいとのこと。

 

 本人は両親への負担が少ない、家から通える国公立医大への進学を希望し、そのため学業に専念したいというのが退会の一番の動機だと言っている。シーズンがモロ被りのフィギュアスケートは受験と相性があまりにもよろしくない。

「第一志望、皇都大学医学部って日本で2番目くらいに難しいんじゃないですか?」

『そやねん。でも、そこ狙えるくらい頭いいねん』

「こんな偉い子慰留していいんですか?」

『怒るで』

「すいません。続けてください」

 

 今回、東京に来るのは第三志望の帝都科学大学医学部の説明会への参加のため。

 西国分寺の伯母宅に前日泊する予定だったところを説得して、慰留のためのスターフォックスでのレッスンを入れさせたとのこと。レッスンが深夜になるのはこのためだ。

「西国分寺だとウチから近いですね。移籍を薦めてもいいですか?」

『しばくど』

「すいません。続けてください」

 

 本人は退会を申し出た後はクラブには来ていない。しかし、年間パスで休日にリンクに来ては自主練しているし、両親によると陸トレもかなりやっているという。蓮華茶では仕方なく休会扱いにしているとのことだ。

『元々、リンクでの練習より陸トレの方念入りにする奴やねん。レッスンまでに練度落ちてる心配はないはずや』

「陸トレ重視はウチの方針と似てますね。しかし、スケート自体を嫌いになったわけでなく、趣味として続けたいという意思なら、高難度ジャンプに挑戦させて慰留しようとしても無駄なのでは?」

『泣くぞ』

「すいません。続けてください」

 

 あとは性格的なところ。潔癖症で、男性コーチに拒否感を示すまでではないが、指導でも身体に触れるのは極力避けてあげたいとのことだ。一人で練習するのが好きらしい。

「そういう子なら、ペアやアイスダンスは嫌がるでしょうね」

『そやな。元々、一人で黙々と積み上げる奴やねん。と言っても指導は受け入れる素直な子で、一つ教えたら自分で道筋決めて10まで歩み進められる子や』

「そう言う子は大丈夫と思って放置してたら、自分の退き際まで道筋決められちゃってたという理解でいいですか?」

『そのとおりや!』

「……いえ。わかりました」

 

 経済的な理由が主な理由だった自分とは状況はまるで違うのだが、自分が引退を申し出た時の匠先生の気持ちはこんな気持ちだったのだろうか?

 司はやりきれない思いでテレビ会議を終えた。

 

「浮かない顔ね。どうしたの?」

 ライリーの問いかけに、司は事情を話す。

「……とまあ、こんな子なので、慰留するこちらのほうが自分勝手なのかとも思ってしまう次第です。指導者側のエゴではないかと」

「どこまでが大人のエゴで、どこまでが子供のためか線引きは難しいところはありますよね。

 でも、少なくともリンクにはくる子で、今回も髪引っ張って連れて来る訳じゃないからいいんじゃないですか?

 次の日の学校説明会にさえ、ちゃんと連れていければ」

 

 それを聞いて、司はライリーに向き直る。

「え? それでいいんですか?」

「ええ、私は細かいところはお任せしますから。好き勝手やっていただいて、どうぞ」

 ライリーはとぼけるようなそぶりをしながら答えた。

 

 司は恐る恐る言った。

「わかりました、すいません。そういうことでしたら、もう一つ、お願いしたい事があります」

 

 こうして、上桐天音のレッスンの準備は整っていった。




というわけで名前だけモブ子の上桐天音の再生計画です。
今回は半分だけ。
ライリー先生も子供の頃苦労したわけで親側のエゴには敏感なのでしょうが、ライリーのはおそらく髪引っ張られて連れて行かれるレベルだったんでしょうね。
ちなみに24カ国語話すと話題のギフテッドなライリー先生ですが、子供にマルチリンガル教育行う団体は各国に多々ありますが、セミリンガル化や失語症を招くリスクを明示している団体は少なく、対応言語数が多いほどたいていヤバい団体です(苦笑)
最近のマンガだと「ありす宇宙までも」が、セミリンガルに詳しいかな?
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