結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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45話 運否天賦 中編

 金曜の夜レッスンの時間に上桐天音を連れたライトバンが着いた。

 後部座席には天音の他に、家守コーチ、天音の母が、運転席には蛇崩コーチ、助手席には亀金谷ヘッドコーチが乗っていた。

 一行が中に入るとライリーが迎える。

「あらすいません。亀金谷先生。ちょうど今曲かけ始まりますので、手が離せなくて。リンクサイドでお待ちいただけますか?」

「いえ。夜分遅くにすいません。この度は……」

「いえいえ。交流の一環としてよろしくお願いします」

 

 ひととおり挨拶がすむと、天音が待ちきれないように切り出した。

「あの? 結束選手や狼嵜選手、胡荒選手はいます? 会えますか?」

「みんないるよー。あなたの事はちょっとだけ話してるし、会ってきていいよ」

「はいっ! ありがとうございます!」

 天音はペコリと頭を下げると、土産袋を持って駆け出して行った。

 

―――

 

 天音はすぐスターフォックスの選手たちと打ち解け、いのりたちとお土産の八つ橋を食べつつ雑談に興じていた。

「いのりちゃんのコーチってすごいよね。ノービスBの子に4T跳ばせるの成功したって?」

「ふふふ。司先生は世界一のコーチです!」

「アイスダンスの選手だったって聞いてるけど、ジャンプ指導もすごいんだね。ボクもレッスン楽しみだな」

 

 そこで、天音は3Aに話を持っていった。

「ボクは今日、3A教えてもらえる予定なんだけど、いのりちゃんもノービスの時にチャレンジしてたんだよね?」

「えっと、それは……」

 いのりが言い淀むのを見て、亜子は助け船を出す。

「この子、トップしか狙ってなくて、3Lzの転倒の挽回に練習も全くしてない3Aにチャレンジしたの」

「うわぁ、すごいけどもったいない……よりによって、その年ってノービス3人しか全ジュニ推薦なかった年よね。

 それから、チャレンジしてないの?」

「うん……ちょっとコレだから」

 いのりは膝のサポーターを指して言った。

 

「わ、痛々しい。ボクもノービスの時ひどかったな。でもわりとすぐ終わって、その分、背はこのとおり」

「私のは本当に長いです……もう2年近い。でも、その分成長できるってガマンです」

 そう言って、いのりは低脂肪乳で溶いたプロテインを飲んだ。

「わ、前向き。ボクは豆乳でそれやるよ」

「豆乳も良いって聞いてるけど、なんかイソフラボンが女性ホルモンだから、胸が大きくなっちゃうって聞いて」

 いのりがそう言って手に胸を当てると、天音も自分の胸に手を当てて言った。

「大丈夫だよ。ボクもこのとおりだから」

 どっと皆から笑いが溢れる。

 

 そこで、家守コーチが呼びに来た。

「天音さん。そろそろ準備運動で。こっちのトレーニングルームです」

「はーい。それじゃあ、みんなまたね」

 

 トレーニングルームに向かう途中、天音は家守にこぼした。

「あー。失敗したなぁ」

「何をですか?」

 問い返す家守に天音は返した。

「いのりちゃん、思ってたのとちょっと違うタイプだったからさ。何か『今はガマンの時期、天命を待つ』って感じでコツコツやって子だったね」

「似てるタイプっすね」

 そう言う家守に天音ははにかみながら答えた。

「そうだったのかもね」

 もっと貪欲な子かと思ってた。そんな子だったら今日のレッスンに向かう気合いも入ったのに。

 

―――

 

「蓮華茶FSCから来ました種智院高校2年の上桐天音です。よろしくお願いします」

 貸切のサブリンクにて、天音は司に自己紹介する。司も胡荒コーチや美蜂と共に自己紹介した。聞いてはいたが、優等生らしく礼儀正しい子だ。

 

「緊張してる?」

 緊張を和らげようと話かける司に、上桐は申し訳なさそうに答える。

「ちょっと、こんなにコーチの人に囲まれて指導受けるのは初めてですから。でも……こんなに沢山の人に協力してもらって申し訳ないないんですが。

 聞いているかもしれませんが、ボク、来年から受験で」

 

 それを司は遮った。

「今日明日はクラブの交流の一環だから気にしないで。俺はその件については中立。俺も有能な選手でハーネス練習したいから、蓮華茶に協力してもらっている。そういうコトで」

「わかりました。改めてよろしくお願いします」

 どうやら、天音の引退の意は固そうだと見とった司は、ゆっくりと緊張を解きつつ話を進めるようにした。

 

「じゃ、私は帰るから後はお願いね。明日の朝、良い知らせが聞けるコトを期待しているわ」

 この時点でライリーは帰り、スターフォックス側は司、美穂、胡荒コーチの3人、蓮華茶のコーチは亀金谷、蛇崩、家守の3人になった。あと、天音の母が付き添いで残ってた。

 

 とりあえず、司はハーネスなしで上桐と並走して並走感覚を掴む。懸念していた男性恐怖症とやらのそぶりは感じられない。

「得意ジャンプは?」

「エッジジャンプ全般が得意ですが、一番好きなのはループです」

「じゃとりあえず、ループからひととおり跳んでもらえるかな。あそこにカメラあるから、助走はこの方向から、ジャンプはこの位置で」

「わかりました」

 

 まずは単独ジャンプ、そして、連続ジャンプをいくつか跳んでもらう。大きく加点がつくほどではないが、堅実で安定したジャンプだった。

 3Lz+3Loも手堅く跳んでみせた。

 

「驚いた……八木選手並みに跳べるんじゃないか?」

「いえいえ。プログラムの中に入れるにはもう少しかなってところです。

 ボク、技をプログラムに組むのが苦手で……まあ、もうプログラム滑ることはないかもしれませんが」

 ちょっと後向きな発言が出た天音だったが、司は構わず次を促す。

「そう言えば3回転3連続跳べると聞いたけど、本当?」

「跳べますよ。プログラムに絶対入れられない一発芸ですけど、見ます?」

「見たい見たい」

 司がワクワクした目になると、天音はその一発芸ジャンプを跳んだ。

 

……シュタッ、シュタッ、シュタッ

 最後の着氷はギリギリだったが、立派な3Lo+3Lo+3Loだった。

 

 司は驚愕し、次に大激賞した。

「ははははっ! コレはすごい! どんな右脚してるの!? 100億点! もう、狼嵜光も夜鷹純も絶対君には勝てない! コレは参った! すごい才能!」

 天音はやや引いた。

「いや、そんなにウケたの司先生くらいですよ。100億点って何ですか……」

 ちなみに3回転の同ジャンプを一つのプログラム内で跳ぶと3回目は0点である。一つの連続ジャンプでももちろんである。

 

 司はインカムで胡荒コーチを呼んた。

「胡荒コーチ。今のと、これまでのデータ取れました? じゃ、次はハーネス練習に移りますので、ハーネス持ってきてもらえます?」

 

 胡荒コーチがハーネス取り付けのために出てくると、天音は言った。

「あの、多分ボクが触られるの苦手って聞いてるから女性コーチ手伝ってくれてるんだと思いますけど、ちゃんと触る前に言ってくれたら大丈夫ですよ?」

「そうなの?」

 聞き返す司に、天音はちょっとむくれて言い返す。

「ええ、いきなり触られたら怒ることありますけど。

 医者になったら患者の血液やら吐瀉物触らなくちゃいけないことあるのに、嫌とか言ってられないですよね?

 言われてから触られたり、自分から触る分には全然平気です」

 

 司は苦笑しながら答えた。

「上桐選手は立派だなあ。でも、胡荒コーチに手伝ってもらうのは、胡荒コーチにハーネス指導等もひととおり覚えてもらうためでもあるから、今日はこの要領で」

「わかりました」

 

「取り付けました」

 胡荒コーチが取り付け完了を告げると、司は確認する。

「了解。ちょっと上桐選手。触って確認するよ……よし、取り付け問題なし。じゃ、またさっきのような順番で跳んで。自分が持っていく空中の位置を覚える要領で」

 胡荒コーチによるハーネス取り付けが完了すると、いよいよハーネス指導が始まった。インカムでリンクサイドの胡荒コーチに何か確認取ながら天音にも指導し、進める。

 

 ジャンプの合間に司は天音と雑談をしてリラックスさせる。

「いのりさんとお話ししてたみたいだけど、楽しかった?」

「ええ、とってもいい子で、こういう子のところに運が回ってくるんだなって思いました。もし、イヤな子だったら負けたくないって気持ちになったかもしれませんね」

 

 司はあえてそれには答えず、ジャンプを挟んで別の質問をする。

「受験勉強とフィギュアの両立は大変?」

「いえ。身体を動かした方が頭も回るし、もうずっと習慣なので苦にはあまり感じませんね。

 でも、大会とかはシーズンがかぶるので、そこは大変ですね。受験させる気ないでしょって思います」

 

 あと、家族のことや、関係、過ごし方など聞きつつ、ハーネスでも各ジャンプを跳ばせる。

 

 ひととおりハーネス指導が終わると、ハーネスを外して、またひととおりジャンプを跳ばせる。

「さっき連れていった空中の位置に跳ぶ感じで」

「わかりました」

 

……シュタッ

 

 何種かハーネスなしで跳んだ後、天音は聞いた。

「何か、ジャンプ力上がってるような錯覚あるんですが?」

「やっぱりそう? まあ、詳しくは休憩時に確認しようか」

「はいっ!」

 自らの成長に高揚しつつある天音がいた。

 

 連続ジャンプまで跳ばせた後にリンクサイドで一度休憩に入る。そこで、胡荒コーチから衝撃の発表があった。

「天音さん。全体的にジャンプ力上がりましたね。一番伸びの高いサルコウで、ハーネス指導前から+4cmありました。」

 

 驚く蓮華茶の面々。蛇崩がモニターにかじりついたまま尋ねる。

「ハーネスってこんなにミラクルな道具なんですか?」

 司は手を振って否定する。

「いえ、元々彼女はコレくらい跳べる子だったんですよ。

 固めてたから気づかなかっただけで。

 動画等見て話聞いた段階で、コレはもしかするとと思ってました」

 

 亀金谷ヘッドコーチが帽子を取って頭を下げる。

「これは脱帽です。もしよろしければ自分たちの気づけなかった点、ご教授願えますか?」

 

 亀金谷のハゲ頭に司のドヤ顔が映っていた。




種智院高校の元ネタ高校はアノ高校です。
平新谷「なあ、種智院高校って、仏教ソング歌わされるんやろ?」
上桐「歌えるよ。♪ぶっだーん、さらなーん、がちゃーみー♪」
平新谷「あははは。変な歌!」
上桐「……」
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