説明を待つ蓮華茶の面々に、司は解説をはじめる。
「いや、どんなジャンプにも3回転つけられるって、羨ましい、もとい、すごいなって。平凡なジャンパーは2回目以降のジャンプは低くなるんだから、ホイホイ3回転入れられませんよ」
司はカメラを指して説明を続ける。
「で、計測してみたら、コンビネーションジャンプの高さは、平均的な選手のコンビネーションジャンプの高さではなく、割と跳べる選手の高さでした。
もちろん3Lo3連続が跳べるだけのコンビネーションの上手さ、器用さはあるのですが、その上手さ、器用さだけでなく、ジャンプ力も実は人並み以上にあったということです」
「つまり、どういう事ですか?」
蛇崩が首を傾げる。
「つまり、『コンビネーションジャンプが異常にうまい』というより、『最初のジャンプが狙いすぎ』になってはないかと。ジャンプを割といろいろ固めて跳ぶタイプのようですし。
いや、コレ、こないだ2回目のジャンプの方が高い変態ジャンパーを指導してたから気づけたことなんですが。
で、ハーネスで高さ目標修正して跳ばせたら、予想以上に伸びましたね」
そう、司が締めくくると、亀金谷は立ち上がって拍手を送った。
「さすがは結束選手をあそこまで育てた名コーチですな。
非常に勉強になります。引き続きご指導お願いします。」
「では、いよいよ3Aのほうから入りましょうか」
司はニコニコ顔でリンクに戻る。
天音も張り切った顔だ。
「で、本当はどれくらい効果があったんですか?」
2人がリンクに戻ってから亀金谷が聞くと、胡荒コーチはこともなげに答えた。
「やっぱりヘッドコーチは気付いてましたか。
コンビネーションジャンプの高さは実際にわりと高いですが、ジャンプの伸びは、本当はサルコウだけ+3.5cm。他のジャンプの伸びは誤差程度ですね」
蛇崩と家守は目を丸くする。
「……嘘やったんすか? いや、サルコウだけでもそれだけ伸びたのはすごいと思いますけど」
声を震わせる蛇崩に亀金谷は呆れたように言う。
「ちゃんと観察しとけと言うたやろ? 自分とこの選手のジャンプの高さくらいわかるようになっとけ」
胡荒コーチが申し訳なさそうに言う。
「すいませんね。実は、今回の指導にあたって司先生、ライリー先生から『何か一つ、生徒に嘘をつきなさい』って課題、与えられてまして。それで、こんな仕込みしてました。ご協力ありがとうございました。」
呆ける蛇崩と家守をよそに、亀金谷は微笑しながら機材について聞いた。
「それはそうと、そのカメラは便利ですね。ジャンプの高さもすぐ、正確に測れるようで」
胡荒コーチが解説する。
「LiDARっていう、赤外線スキャナー付きのカメラで、かつハイスピードカメラなんで、すごく細かいズレもわかりますね。もっとも、目で見えるものしかわからないので過信は禁物ですが。
ジャンプの高さや幅、滞空時間なんかもわかります」
「さすが、東京ブロックの雄、スターフォックスですね。最新技術の取り入れに余念がない」
亀金谷がほめると、胡荒コーチは補足を入れた
「いや、実は先日設置したばかりなんですよ、ハーネス師の魚淵さんから聞いて。
バンクーバーのトレーニングセンターのと同じやつなんですが、日本製なんですって。
私、司先生のような眼はありませんから、こういったツールを使いこなすスキルも磨かないと、娘の指導も追っつかないので」
「メインリンクのカメラはまた別で、それぞれ使い勝手はいいんですけどね。こういう細かい動画を解析しながらとなると、赤外線付きが一番向いてますね。
……っとすいません」
胡荒コーチはカメラで気づいた異常を司にインカムで知らせる。
「司先生。ハーネスの紐の端、解けてるところありますので直しますね」
『了解。こちらは跳ぶ前の手順確認させてる最中なので、直しに来てください』
「了解です」
リンク上の天音は集中し、3Aを跳ぶにあたってのコツのパズルを脳内で一つ一つ組み合わせていた。
「……左手の位置、角度、ぶつぶつ……」
そんな中、胡荒コーチがハーネスの紐を直そうとした時だった。
「!!ftgyふじk……あ、びっくりしました。ごめんなさい」
奇声をあげてその場でたたらを踏み振り返る天音に、胡荒コーチも驚いた。
「あああ……ハーネスの紐が出てたんです。驚かせちゃいましたね」
司は苦笑した。
「結構集中してたね。やっぱり緊張してる?」
「いえ、久々に跳ぶジャンプなので、手順のおさらいに時間がかかって……」
「いいよ。自分のタイミングで始めて」
「はい」
司はインカムで胡荒コーチに指示等を送った。
―――
そして、司の3A指導が始まった。
指導の間に、胡荒コーチや美蜂が天音の母に話を聞いている。
その間、亀金谷が蛇崩と、司の指導を逐一観察している。
「遊。あのハーネス指導、マネできるか?」
蛇崩は首を振る。
「並走、正しい位置への誘導、ジャンプの見極めと吊り上げ。どれかだけだったらできると思いますが、全部を不安定な氷上で瞬時にやってみせる司先生のマネは困難です」
それに家守も補足する。
「ついでに、筋力も要りますよね。持ち上げるだけなら筋力いらないとか言ってましたが、転倒や不測事態対処のためには男の筋力がないと」
亀金谷は構わずに言った。
「生徒に難しい技教えるのに、自分たちは新しいスキル覚えないのはあかんやろ。遊、覚えろや。
家守は吊られる方の練習に付き合え。あと、LiDARとやらも導入して、伊文里に覚えさせる。あいつこういうの得意やからな」
蛇崩と家守がげっそりとした顔をした。
と、そこで美蜂が口を挟んできた。
「あの、司先生からインカムで確認があったのでちょっと聞き取りしてるんですが、家守先生いいですか?」
3A指導の方に見入っていた亀金谷が聞き返す。
「家守が何か?」
美蜂が聞いてきたのは天音の事だった。
「いえ、上桐選手、過去、練習中に男子生徒や男性コーチに触れられた際に怒ったり泣いたりして、潔癖症とか男性恐怖症とかクラブ内で言われているようですが、実は違うのではないかと」
「と、言いますと?」
蛇崩も気になって聞いてくる。
美蜂は続ける。
「いえ、上桐選手がこちらにくる前から、『男兄弟ばかりなのに男性恐怖症?』と、司先生も不思議がってまして、実際に、前もって断ってから触る分には嫌悪感を示すわけでもなく、違うのではないかと」
「違うと言いますと?」
蛇崩の聞き返しに、今度は胡荒コーチが答える。
「さっき私が触れた際、すごくびっくりして、一瞬怖い顔で睨まれたんですよね。司先生も並走していて、『天音さんは集中すると視野が狭い』と感じているようで」
「つまりは? どう言う見立てですか?」
家守が聞くと、美蜂が仮説をまとめた。
「つまりは、男性恐怖症や潔癖症ではなく、『集中すると視野狭窄に陥り、その状況の時に身体に触れられると驚いて怒る』けれど、『相手が女性だと怒るのを我慢している』だけではないかと。身体が大きい男性の方が驚くとかで」
驚く蓮華茶の面々のなか、家守が心当たりを述べた。
「あー。心当たりあるっすね。集中して周り見えてなさそうな時にはまず声掛けをしますが、近くにいて肩触ったときにやたらびっくりされたコトありました。
伊文里センパイが泣かせちゃった時も集中してた時だったかもと思います」
胡荒コーチがインカムで今の会話を司に伝えた。
「司先生、当たりでした。はい、家守コーチも心当たりあるようで……はい。はい、わかりました」
司からの注意が返ってきた。
「司先生から『大会のグループ練習の時とかは特に気をつけてあげてください』と」
蛇崩たち、蓮華茶の面々は驚き、気付いてあげられなかった事を悔やんだ。司は、天音の真の問題に勘づいていたのだ。
大会の滑走直前のグループ練習では、他の選手も自分の練習に神経が集中する。が、他に危ない子がいても、気をつけていればまず事故は避けられる。それができていなかったから一昨年の事故も起きたのではないか?
シングルだと競技中も、練習中も――蓮華茶のようにリンクを広く使える環境なら尚更――視野狭窄という問題があってもなかなかに気づきにくいものだが、
「並走やらせるとおかしいとわかる、か……環境を変えた練習はやはり重要だな」
亀金谷が悔恨の呟きを漏らす。
「ハーネス外れるようですね。もう、外すのは司先生にお願いしましょう。そろそろ3Aいけそうですね」
胡荒コーチの呼びかけに、皆リンクに再注目した。
―――
……シュタッ
「3A再習得ですね。おめでとう」
司の3A指導は終了した。
「……ありがとうございます」
習得に成功した天音の表情はしかし、沈んでいた。