結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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49話 今年の課題ジャンプ 前編

 スターフォックスリンクでは、いのりのジャンプ練習が行われていた。

 いのりはジャンプの本数を厳しく制限しているので、ジャンプしては動画確認、ジャンプしては動画確認して司と相談して、というように、非常に一本一本のジャンプに時間をかけてやっている。

 

 特にいのりを悩ませているのは、ショートプログラムのジャンプの構成だ。ショートプログラムでの必須ジャンプは2Aと今年の課題ジャンプ――今年はフリップ――になる。すると、コンビネーションジャンプは3Lz+3Tが第一選択となる。

 

 しかし、いのりはこれらのジャンプが得意というわけではない。昨年は課題ジャンプがルッツだったので、コンビネーションは3F+3Tで済んだが、今年はトップの皆は3Lzからのコンビネーションを跳ぶ事になる。

 

 アクセルを除いて最難ジャンプであるルッツからのコンビネーションはなかなか厳しい挑戦だ。しかし、ここで足踏みしてはいられない。八木夕凪や上桐天音は3Lz+3Loを跳んでくるかもしれないし、胡荒亜子は3A+3Tを跳んでくるだろう。Lzのフォーム修正が間に合わないかもしれない狼嵜光は、3A+3Loをショートから跳んでくるかもしれない。

 

 昨年ショート落ちしているいのりにとっては、ショートの3Lz+3Tは絶対に落とせないジャンプであり、コレオシーケンスに並ぶ今年の課題でもある。

 

「……フリップからのコンビネーションに比べ、数倍難しい気がしますね」

 珍しくいのりから愚痴がこぼれた。司はこれを機に、ルッツについてジャンプの特性の認識の共有を図る。

「そうだね。ルッツは6種類のジャンプの中で最も助走の線運動量を活かしにくいジャンプだ。『全く助走の生きないジャンプ』という人も少なくない」

 

 いのりは首を傾げる。

「……? でも、ルッツの助走は長いですよね?」

 

 司は首を振る。

「あれは長い助走が必要なのではなく、助走間にジャンプに必要な態勢を整理するためなんだ。ルッツの助走の際アウトエッジから描かれる軌跡の回る方向と、ジャンプの回転の方向は逆だって話は何回もしたよね? エッジコントロールで回転の勢いをつけようとしても、いざ跳ぶ時にはその勢いと逆方向の回転の勢いを出さなければならない」

 

 司は氷上で実演しながら、回転の方向について説明した。

「と、まあ、こんなところがルッツの難しさなんだが、この難点を解決する手法も多種多様だ。

 いのりさんのように、助走の勢いを強めにして回転方向の歪みを殺す方法もあるし、脚の抜き終わりに傾きやや浅めに捻りながら抜いて擦り合わせる方法……ただし、これはエッジエラーに注意だな。他に、脚を抜く時の力や脚の突き方で擦り合わせて歪みを抑える方法に、、、まあ、色々考え出すとキリがないし、かえって跳べなくなるコトもあるから、跳べた方法で跳ぶ方がいいかな」

 

 と、そこへ目下ルッツのフォーム修正中の光がやってきた。

「いや、やっぱり細かい見直しをして頂いた方がいいと思います」

「光ちゃん?」

 突然の闖入者にいのりも目を丸くする。

 

「光ちゃん。どうしたの?」

 司が聞くと、光は少し申し訳なさそうにしながら説明しだした。

「これは、私が色々な先生に教えてもらったのと、あと、司先生がすごく器用で有能な先生だから言える事ですが、ルッツジャンプの跳び方って、『よくわからないけど最初できた跳び方のまま、何となく跳んでいる』場合がほとんどだと思うんですよ。

 そうすると、『自分に合ってない跳び方で跳んでいるのに気づかない』事もあると思うんです。まあ、去年の私の事なんですけどね」

 

「……4Lzまで跳んだのに?」

 いのりが不思議そうに聞くと、光はぽつぽつと語り出した

「そう、腰に良くない跳び方で覚えて、いるかちゃんには腰のサポーター渡されるくらい心配かけて、腰痛めて休養しなくちゃいけなくなって、跳び方隠してた鴗鳥コーチにも倒れるくらい心労かけて、自分は4回転全種封印までしなくちゃいけなくなって、本当に大変な目に合って……」

 

 ここで、光の表情が少し暗くなった。腰の事が無ければ、または夜鷹から学んだ4Lzを名港で隠さず慎一郎にも見せていれば、鴗鳥家を離れる事も無かったのかもしれない。

 そんな光の表情に、いのりが心配そうな目になる。

 

 光は慌てて取り繕った。

「いや、4Lz跳んで後悔してるわけじゃないよ。ただ、『他の跳びかたや選択肢がある』とか『自分がどういうルッツを跳んでいるのか』ってことすら気付いていなかった自分が腹立たしくて……

 もちろん、コーチによってはそんな教え分けできない場合もあると思うよ。

 でもせっかく、司先生という、ルッツの跳び分けまでできる、日本でも1、2番目くらいにすごいコーチがいるんだから、少しでも疑問やつまづきがあったら見直ししてもらっても良いと思う」

 『日本で1番』と言い切らない理由は光にとっては夜鷹がまだ1番のコーチだからだ。

 

「……むふぅー♪」

 司をベタぼめされて、いのりの頬が緩む。司は少し照れつつも、困った顔だ。しかし、そろそろ夏を迎えるこの時期、方針ははっきりとさせる必要がある。

「いのりさん。これは選択の話になる。

 今のジャンプが最適か、もっといいジャンプがあるかは、わからない。もちろん、身長の伸びが急な今、全く見直さなくていいわけはないけど、幸い、今の跳び方はエッジコントロールとスピードに長けたいのりさんに合ってて、身長の伸びの影響を受けにくい跳び方だ。助走の勢いも殺し切らないから、連続ジャンプにも向いている。

 対して、ジャンプの見直しをしようとすると、もうそろそろ始めないとまずい。秋は大会もあるしね。

 ジャンプの見直しに必要な目的があるかが、まず大事なところだな。

 いのりさんは何か見なおす理由や目的がある? 例えば、もっと連続ジャンプが跳びやすい跳び方がないかとか、GOE稼ぐ跳び方とか?」

 司は軽い気持ちで聞いた。

 

「4回転ルッツ」

「!?」「!?」

 いのりの身も蓋もない即答に司も光も目を丸くした。

 しかし、いのりはハッキリと口にした。

「私が跳びたいルッツは4回転ルッツです」

 

 言葉を失ったままの司にいのりは続ける。

「もちろん、今シーズン来シーズンに跳びたいというわけじゃないですけど、5年10年先に4Lzに繋がるような跳び方がしたいと思うんです。

 新ジャンプができるような成長状況じゃないことはわかってますから、せめて既習得ジャンプは将来に、4回転に繋がるように見直ししていきたいんです」

 

 司はそれを聞いても、まだ少し考えたままだった。

「……」

「……」

 いのりも光も心配そうに見守る。

 

 司は「大きなフォーム改造になるから、来年以降にしない?」と言いかけていた。改造のリスクと長期的成長の視点がかみ合ってないのではないか、と。

 いのりの真剣な視線と、心配そうな光の表情が口から出かけていた言葉を飲み込ませた。

 司は自省した。

『5年、10年ということは、オリンピックを考えての事だ。その覚悟を持って希望を伝えてきたいのりさんに対して、自分はリスクも既存の問題も伝えきれていない』

 

「わかった。じゃあ、4Lzを目指したフォーム改善を考え、その場合どういう事が起きるか考えるとしよう。

 本当は少しずつ変えるところだけれども、いのりさんの場合はそういかない事情がある。

 というのも……少し2Lzで跳ぶよ」

 

 司は少し高めのLzと幅があるLz、両方を跳ぶ。

「今の回転の仕方の違い、わかるよね?」

 いのりは少し考え込むのに対し、光は直感的に即答する。

「どちらも綺麗なジャンプで、ルッツはルッツなんですが、助走をあまり殺さず幅を稼いだジャンプと助走を殺して跳び上がったジャンプ、の違いですか?」

 

 いのりは分析した結果を答えた。

「違うっていうか、全然違うジャンプですね。

 幅ジャンプの方は自分のジャンプに似てますが、まるで助走の勢いで空中を転がっていくような回り方で、対して、高さのあるジャンプは弾かれて回り、跳びあがるような跳び方ですね」

 

 いのりの解釈に満足のいった司は、本題を切り出す。

「そうだね。今の見本は少し違いを誇張してはいるけど。

 さて、問題だけど、それぞれのジャンプを改善していくと、4Lzになると思う?」

 

 いのりは少し考え、青ざめた。

「幅ジャンプの方は空中を転がるように、回転数がそのままジャンプ幅だから……2倍の幅跳ばないと4Lzにならない!? 絶対に無理。

 ……まさか、私の今の跳び方だと、4Lzは絶対無理なんじや!?」

 

 司はうなづいた。

「うん。その通り。もちろん、今の跳び方は大分違いを誇張してはいるんだけど、回転数をこれ以上稼ぐのは厳しい跳び方だね。

 もっとも、3回転まででは問題ないし、助走の勢いを殺しきれてない分、連続ジャンプはやりやすいし、GOEも稼ぎやすい方とは思うんだけど」

 

 いのりは納得したようだった。

「えーと。司先生が少し難しい顔になったのもわかります。今シーズンまでに連続ジャンプまで間に合うかわからない大改造になるでしょうし、4Lzなんて今ではまだ将来の夢のような話かもしれないですしね。

 でも、私はオリンピックには……最初の20歳のオリンピックには間に合わないかもしれなくても、4Lzを目指して準備したいと思います。今年じゃなくて来年からとか言い出したら、来年もループが課題ジャンプで今年と同じような事になるでしょうから」

 

 司はいのりの覚悟に納得がいったようだった。

「いのりさんはリスクを見極めた上で、フォーム改造に取り組むんだね。でも、一つだけ訂正させて」

「何ですか?」

 キョトンとして聞き返すいのりに、司は精一杯の笑顔をつくって答えた。

「いのりさんがどんな選択をしようと、勝利に導くのがコーチとしての俺の役割だからね。今シーズンにだって3Lzからの連続ジャンプまで間に合わせてみせるさ!」

 

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