結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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50話 今年の課題ジャンプ 後編

 狼嵜光は学校をサボって、スターフォックスリンクまで来ていた。

 リンクでは、司が胡荒コーチや美穂とルッツのフォーム確認をしていた。側にはライリーも居る。司は手を止め、光の方へ向かう。

「やあ! 光さん。今日は何? もし、練習に必要な事があれば付き合うよ」

 

 光は少し、申し訳なさそうに言った。

「いえ、その。先日は差し出がましい事を言ってすいませんでした。いのりちゃんのルッツについて。

 今も、ルッツのフォーム確認って、いのりちゃんのフォーム改善のためですよね? なんだか、大変な事になってるみたいで」

 

 司は少し考えて、ライリーや美穂の方を伺ってから返事をする。

「いやいや! 別に光さんのせいじゃないから。

 選手同士でいろいろ話すのも大事なコミュニケーションだし、俺だっていのりさんが4Lz跳びたいなんて話、あんなきっかけでも無ければわからなかった事だから、むしろ、感謝したいくらいだよ」

 

 光は、やはり申し訳無さそうに続けた。

「あの、私、いのりちゃんにルッツの見直し薦めた理由、本当に自分勝手な理由で……」

「自分勝手?」

 司が問い返す。

 

「ほら、ルッツって、本当に奥深いジャンプじゃないですか。私、ルッツ大好きなんです。

 でも、『難しい』『跳びにくい』はては『テクニック自慢の為だけにある』なんて、嫌われる事も多いジャンプで……

 いのりちゃんにもルッツを好きになって欲しくて、司先生ならいのりちゃんにルッツの奥深さを教えてくれるかなって思って、ついつい見直した方がいいなんて……」

 

 司は笑い出した。

「はははっ。まあ、実際ルッツは奥深い魅力あるジャンプだし、光さんに言われたことでいのりさんもルッツに目を向けるきっかけになったかもね。

 俺も、いのりちゃんにルッツが嫌われないようにしっかり仕上げたルッツを伝授しないとだな」

 

 そこで胡荒コーチがツッコミを入れた。

「だからって凝りすぎですよ。フォーム改造点まとめるために、ヘッドコーチの許可まで出てるとはいえ、私ばかりか美蜂さんまで駆り出して」

 

 司コーチは少し自信なさげに答えた。

「いや、いのりさんは特に成長の問題抱えてるから、身体に影響あるような見落としが怖くて……下手なジャンプを伝授していのりさんに恨まれでもしたら……」

 

 ライリーは呆れ顔だった。

「選手に恨まれるようなジャンプって、よっぽどの事がない限りないですよ。司先生はもっと自信持たないと。

 まあ、こうやってジャンプのフォーム研究をするのはみんなの良い勉強なんで、一緒にやるのはいいんですけどね。司先生ほど跳び分けて実演研究できるコーチなんてそうそういませんから」

 

 そこまで言って、ライリーは光に向き直った。

「と、いうわけで。ぴかるんも『迷惑かけちゃたかな?」なんて心配して、学校サボってまで確認してこなくていいからね」

 

 光は慌てて否定した。

「べ、別にそんな事で学校サボった訳じゃないですよ!」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

「まあ、他の選手のジャンプ、ましてやルッツジャンプは人それぞれすぎて、下手なコーチとかだと相談とかしにくいジャンプだよね。

『他人のルッツを笑うな。Non ridere dei Lutz e del sesso degli altri.』なんてイタリアの選手の格言まであるくらいだからね」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 胡荒コーチが感心した顔になった。

「ライリー先生博識ですね……。私、そんな格言知りませんでした。司先生はご存知で?」

 司は何故か顔を少し赤らめた。

「お、俺もそんな妄言は知らないですね。あったとしても、選手目線の話で、コーチにとってのものじゃないでしょうし」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

 ライリーは光に向き直った。何故か少し笑いを堪えたような顔だ。

「まあルッツジャンプに限らず、専属コーチでもなければ選手のジャンプに口出ししにくいし、ルッツジャンプならなおさら。でも、ぴかるんは司コーチいくらでもこき使ってジャンプの相談していいんだからね! 何せ、ハーネスや高いシューズまで支給して、他クラブの選手も吊らせたりしてお金かけて鍛えてるんだから、得意のスケーティングだけでなく、ジャンプも見てくれないとね」

 

 光はそれを聞いて少し笑いつつ、質問した。

「ふふふ……、ではジャンプもプロフェッショナルな司先生に質問です。今やってるいのりちゃん用のジャンプ、私に教えてるジャンプとまた少し違うようですが、どういう仕組みですか?」

 

 司は少し苦虫を噛み潰したように答える。

「これね……。ちょっと光さんのジャンプと別の方向で難しいんだけど、トゥを進行方向逆に力加えて突くようにして、助走の足と前後逆の力を加えて、錐のように身体を回転させる跳び方なんだ」

 

 そう言うと、司は2Lzで見本を見せた。

 

 ……シュタッ

 

「どこかで見たようなルッツなんですが、思い出せません」

 首を傾げる光に司は答える。

「国内だと鴗鳥慎一郎先生だね」

 

 光は驚いて口に手をあてる。

「え? あれ? このジャンプ足長くないと無理……いのりちゃんこれで跳べるんですか?」

 

 司は少し渋い顔だ。

「女子は骨盤が大きいし、いのりさんは最近も足伸びてるから少しはこのジャンプ跳びやすい、と思う。とは言え、ギリギリかな……」

 

 胡荒コーチが補足する。

「やってみないとわからないと思いますよ。将来的にはいのりちゃんもっと背が伸びるみたいなんでいいとは思いますが」

「いのりちゃんそんなに背が伸びそうなんですか? 私も抜かされましたが……」

 光が心配そうに尋ねる。身長が伸びすぎてジャンプが跳べなくなる女子は多い。

 

 美蜂がため息とともに答える。

「何とも言えません。成長痛は流石にそろそろ終わると思います。終わらないと別の病気疑わなければなりませんから。でも、成長痛が終わっても背の伸び方が急に止まることもないと思われます。骨格的には……まあ、キノさんほどはいかないにしても、いずれ170cmは超えてしまうんじゃないかと」

 

 その横で、おそらくこの話を何度も聞かされたであろう司が魂が抜けそうな顔で呟く。

「せめて、このジャンプくらいは、『背が伸びてかえって跳びやすくなった』と言ってもらえたら……」

 

 そんな司を胡荒コーチが地獄に突き落とす。

「だとしても凝りすぎですね。パワーもスピードもテクニックもフィジカルも全て高度に必要。いのりちゃんに教えたら『こんな難しいジャンプ、跳べる訳ない』と拒否られる可能性、九分九厘かと」

 

 司ががっくりと膝をつく。光が慌てて駆け寄り、むくれ顔で司を弁護する。

「胡荒コーチ! いのりちゃんがせっかく司先生の考えてくれたフォーム修正にそんなこと言うはずないじゃないですか」

 

 胡荒コーチが不思議そうな顔をして答えた。

「ええ。私も確率的にはそう思いますよ」

「?」

 

―――

 

 翌日、トレーニングルームでの入念なフォーム確認を終えたいのりがいよいよ氷上で、新しいフォームでのルッツに挑戦した。

 まずは、ハーネス付きの2Lzからだ。

 

 ……シュタッ

 

 降りた瞬間、いのりは大絶賛だった。

「すごい! このジャンプ面白いです! コマというか、両手でこする竹とんぼみたい! 難しいけど面白いです!」

 

 司もホッとした表情だ。

「よかった……トゥの方は大丈夫?」

「はい、ちゃんと突けてる感覚あります! もう、今日はハーネス外して、残り全部このジャンプにしちゃっていいですか?」

「いいよ! わからないところややりにくいところあったらすぐ言ってね」

「はい!」

 

 それを眺める胡荒コーチにライリーが話しかける。

「胡荒コーチの予想どおりでしたね」

 

 それに対して、胡荒コーチが意外そうに答えた。

「いえ、予想外でした。

 難しいと言われつつ受け入れられる可能性が九割、拒否される可能性が九分九厘、9.9%としても、あんなふうに大絶賛されるなんて可能性は一厘、0.1%しかないと思ってましたから」

 

―――

 

 それを見ていた光も満足そうだった。

「うんうん。いのりちゃんもルッツの魅力に気づいてくれたか♪」

 そして、自分もルッツを跳ぼうとした。

 

 ……シタッ、ドテっ

 

 パンクした上に転倒した。

 

「あれ?」

 光は何故転倒したわからず、オロオロと今のジャンプが録画されてないかリンクサイドに向かった。

 そこに、後ろから平新谷萌栄が声をかけてきた。

「光ちゃん、転倒なんて珍しいなぁ? さっき、トゥの突き方変やったよ?」

 

「トゥの突き方?」

「そうそう。タブレットで……あった! ほら、トゥ突く瞬間の氷の飛び方いつもと違うよ。……もしかして、いのりちゃんの今やってるジャンプ真似した?」

「……真似するつもりはなかったんだけど」

 無意識に真似ていた?

 

 ……シュタッ

 

 気をつけて跳び直したら問題なく跳べた。

 危ない危ない。萌栄ちゃんいなければ気づかないとこだった。

 ルッツの奥深さと危うさに改めて気付かされた光だった。

 

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