結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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52話 司の選手復帰の危機?

―――神宮スケートリンク

 

 司は胡荒コーチの案内で都心にある神宮スケートリンクにやって来た。

「胡荒コーチ、案内までしていただいてすいません」

「いいんですよ。ここ、私の古巣ですから。

 あ、あちらに見えるのが、鯨臥(いさふし)ヘッドコーチです。こんにちはー。胡荒です。お久しぶりです」

 

 鯨臥ヘッドコーチ、75才。神宮FSCのヘッドコーチであり、振付師、解説者と多くの肩書きを持つ日本フィギュアスケート界の重鎮の一人である。

 全日本3連覇、オリンピック2回出場と選手時代の経歴もさることながら、指導者としての実績も素晴らしく、留学経験を活かし、JOC強化委員として海外のコーチや振付師を日本に招くにあたって尽力した功績が大きい。長野以降の日本選手の表現力が豊かになったのは彼のおかげとする評もある。

 

 そして、今回司たちが訪れたのは彼の指導するチームとその指導法を研修するためだ。

 リンクに並んでいるのは16人の少女。

 音楽に合わせてスケーティングの隊列が美しい軌跡を描き、組み替わり、ジャンプやスピンなどのシングルの技、ペアのデススパイラルなどの技、4人1組のグループリフトなどの技を次々と見せる。

 

「美しいですね。流石は日本一のシンクロナイズドスケーティングチームです」

 司が感嘆の声を挙げる。

 彼女らが神宮FSCの誇るシンクロナイズドスケーティングチーム「クリスタル・メッセンジャー」のジュニアチームだった。

 

 鯨臥は司を見ると75才とは思えないエネルギッシュな笑顔を見せた。

「君があの結束いのりを教えたコーチかね? ようこそ。神宮FSCへ。

 今終わるのがジュニア、小中学の子で、この後がジュベナイル、子供クラスね。

 その後で、大人の2軍チームの練習あるけど、司先生よければ混ざってもらおうかな」

 

 これには司はもとより、胡荒コーチも驚いた。

「え!? いいんですか?」

「あの、鯨臥先生。そこまでして頂かなくても……」

 かしこまる2人に鯨臥は目を選手たちに戻したまま、手をひらひらさせて答える。

「いいのいいの。やってみるのが早いでしょ。

 ちょっと練習終わるまで待っててね。お話ししようか」

 

―――

 

 ジュニアの練習が終わって、鯨臥はリンクサイドのベンチで司たちと談笑した。

「いや、胡荒くんとこの亜子ちゃん。すごく上手くなったね。やっぱり勢いのあるとこ行くと違うね」

「いえいえ。先生から教えていただいた基礎あっての事です。鯨臥先生にはスターフォックス立ち上げに当たって何から何までお世話になって、トップ選手の移籍まで……」

 ぺこぺこと頭を下げる胡荒コーチを鯨臥は笑って止める。

「よしなさい。そんなに頭下げるこたないよ。近い選手が移っただけじゃないか。ライリー先生の人徳さ。若い指導者には頑張ってもらわないとね。胡荒くんもライリー先生のところで働けて良かったじゃないか」

 

 ここで、鯨臥は胡荒コーチの昔話を始めた。

「司くん、知ってる?

 この子、うちのアシスタントコーチ時代にテレビでライリー選手が日本でクラブを立ち上げるって話聞いてね。『なんとしてもライリー先生のクラブ立ち上げに関わるんだ』って息巻いて情報集め出してね。

 ライリー先生。オリンピックの後に日本に来てたんだけど、スケート協会には顔出さず、東京観光楽しんでてね。

 『ライリー選手は明日高尾山登った後、ラーメン三郎に行くらしい』って情報掴んで、ラーメンマニアに声かけまくって、めじろ台店? だったかな? ライリー先生いるって情報掴んでね……」

 

 胡荒コーチは顔を赤らめている。彼女にとって恥ずかしい話なのだろうが、これほどの重鎮の話を止めるのも憚られると、司は先を促す。

「それで、どうなったんですか?」

「そこがだよ。胡荒くんはライリー先生見るなり『あなたのクラブ立ち上げを手伝わせて下さい!』って土下座してね。倍は歳の離れた16、7の子にね。

 で、ラーメン食べ終わるまで店外で膝ついて待ってたのでライリー先生も根負けして彼女を立ち上げスタッフに選んだということさ」

 

 鯨臥が話し終わるのを待って、司は胡荒コーチを擁護するため自身のエピソードを持ち出した。

「自分もいのりさんのために福岡パークFSCのメディカルトレーナーに5日程毎日土下座に来て共同トレーナーになってもらったことあります。やはり、選手の為と思うとそれぐらいやっちゃいますよね」

 

 鯨臥は一瞬目を丸くして、次に大爆笑した。

「あははは! やっぱりライリー先生のところに集まる子は違うなあ。何か持ってるなあ。結束選手の移籍も君が選んだのかな?」

 

 これに司は頭を掻きつつ答えた。

「いえ。いのりさんが自分で決めました。コレオシーケンス等をもっと上手になれる環境が欲しいと。まだ中学生なのに自分で覚悟を決められる立派な選手です」

 

 鯨臥は一瞬意外そうな顔をすると、すぐに和やかな顔になった。

「そっかあ、そういう子なのか。

 あ、そろそろ研修の話に戻るかな。まあ、今回の話は胡荒くんやライリー先生から聞いてはいるけど、君からも聞いておきたくてね。

 司くん。スターフォックスでも幼児向け体験コースでシンクロナイズドスケーティングをやってみたいという事だけど、どうしてかな?」

 

 司はこれにも恥ずかしそうに答えた。

「それも俺の発案ではなく、今度バイトで来る子の発案なんです。

 スターフォックスはまだ男子選手が少な過ぎて男子選手が来ない悪循環の状態です。そこで、将来選手になるような男子生徒の勧誘に力を入れたいのですが、これまで見落としている視点がありました」

 

「ふむ。どんな視点だね?」

 鯨臥は微笑したまま司に先を促す。

「はい。それは『幼い子供にスポーツをやらせようとする親は、スポーツに何を求めているのか?』という視点です。フィギュアが幼いうちから早く始めた方がいいなんてのは指導者側の勝手な願望です。

 そもそも、親は何で習い事をさせるか。ここに、フィギュアの男女比にも関係する大きな違いが、男子と女子との間にありました。

 それは、『女子の習い事は、主に子供の才能の開花を期待する母親が選ぶ』のに対して『男子の習い事は、主に子供の協調性の涵養を求める父親が選ぶ』ということです」

 

「ふむ。面白い事を言うもんだね。確かに当たっている気がするね。で、協調性を求める男親のニーズに答える為、シンクロナイズドスケーティングというわけか」

 鯨臥が感心したように言い、司が続ける。

「そうです。カップルとの呼吸まで止まりのペアやアイスダンスに比べても、協調性に対する訴求力が段違いです。

 もっとも、シングル選手だと協調性が養われないなんてことはないとは思いますし、親に対するアピール度の差に過ぎないとも思いますが」

 

 鯨臥は続けて聞いた。

「そこまでがバイトの子の言い出した事なんだね。

 で、君がわざわざこの神宮まで来てくれたのはなぜかな? 近いから? 子供に対する指導法も見ておきたかったから?」

 

 少しおどける鯨臥に対して、司は少し真剣な顔で答えた。

「多人数に指導している様子を見ておきたかったのはありますが、やはり体験コースとは言え人に教える以上、実際の演技を見て感じておきたいと思いましたね。

 この素晴らしいチームを見て感じられるフィギュアスケートの奥深さや多人数のシンクロの生み出す新たな芸術的魅力についても、これから新たにフィギュアに触れる人に伝えていけたらなと思います」

 

 司のそんな賛辞に対して、鯨臥は試すような事を言った。

「そこまで言うなら、スターフォックスでもチーム作ってみたらどうだい? 胡荒くんというクリスタル・メッセンジャー立ち上げの時にいた選手もいる事だしね」

「おや? 胡荒コーチ、クリスタル・メッセンジャーに所属していた事あったんですか?」

 司もこれは初耳だった。

 

 胡荒コーチは眼を少し伏せて困った顔で言った。

「私がシングルのコーチ兼でクリスタル・メッセンジャーにいたのは、チーム立ち上げ時、亜子が生まれる前のほんの1、2年ですよ。

 私は亜子の指導で手一杯ですよ。司先生もライリー先生に色々やらされて手一杯じゃないですか?」

 

 これには司も苦笑いだ。

「ええ。狼嵜光の担当に、シングルのシューズ支給されての実演指導、他クラブからのハーネス指導の受け入れ、体験コースに、バイトの教育と……

 いや、ここでシンクロチームの立ち上げとか言い出したら、いのりさん怒っちゃいますよ。私のこと忘れてないかってね」

 

 鯨臥も苦笑いを返す。

「それは大変だ。じゃ、転向したりでシンクロやりたい子がいたらウチに回してよね。

 ただ、司先生にもシンクロ体験してもらうけど、司先生がシンクロやりたさに選手復帰とかしたくならない様に魅力抑え目で体験してもらうね。こんないいコーチ引き抜いたら、ライリー先生に恨まれちゃう」

 司と胡荒コーチもこれには苦笑した。

「ええ。ほどほどでよろしくお願いします」

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