結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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56話 だから私はスケートをやめた 後編

 実叶は光に、自分がスケートをやめた理由を包み隠さず話すことにした。家族にも伝えていない自分の正直な気持ちだが、光のようなトップ選手の悩みを解きほぐす助けになればと思ったからだ。

 

「あの頃ね、いのりは幼稚園で全然集団生活に馴染めず、お母さん大変だったの。そんな時に私が怪我したものだから……」

「それは……」

 光は、先程から実叶が念押ししてきた理由を悟った。

 姉がフィギュアスケートを辞める理由の一因が自分にあると知ったら、いのりちゃんはどれほど傷つくだろう? 絶対に秘密だ。

 

「自分がスケートをやめれば、お母さんの負担も軽くなるし、お母さんを我慢させてまでスケートを続けたくはなかったの。それが私がスケートをやめた理由」

「……いのりちゃんや家族にはなんて言ってるんですか?」

「『怪我で嫌になった』ってことにしてるよ。怪我した分を取り戻すのは確かに大変だっただろうけど、怪我はあくまでキッカケだったかな」

 

 ここまで聞いて、光は少し視線を外して謝った。

「ごめんなさい。辛い事を聞いてしまって……お姉さんはいのりちゃんのために自分のスケートを犠牲にしたんですね」

「? いや、そりゃ大好きなスケートやめて少し悲しかったけど、他にやりたい事もたくさんあったからね。

 ほら、私ったら好きな事ばかりして、親に海外留学までさせてもらってて、全然自分のこと犠牲にしたみたいには思ってないから。

 選手にはなれなかったけど、フィギュアスケートはすごくいい経験になったし、N*Kのアナウンサーの内定取れたのもフィギュアの実況できるところ大きかったみたいだし。

 あと、『結束いのりの姉』ってところ買ってもらえたかもなんて社員さんにも言われたし、私もいのりに助けられてるところあるから」

 

 実叶は顔を曇らせたままの光に楽観的な意見を続ける。

「骨を折っても靭帯を切っても銀メダル取った鴗鳥慎一郎先生の教え子にこんな事言うのは何だけど、メダル目指すようなトップ選手は全治3カ月の骨折じゃまず挫けないよ。

 怪我に対する対策やリハビリ技術、知識も10年前からさらに進歩してるからね。3Dプリントで作られるカスタムプレートにAIを使ったリハビリ支援、幹細胞治療や再手術不要の生体吸収素材だって最新のものってすごく進化してるしね」

「そうなんですか」

 

 少し、安心したような光の顔を実叶はよく観察した。

 岡崎いるかのことが心配ならいくつか教えておかなければいけないことがある。

「……光ちゃん。いるかちゃんの近況どれだけ知ってる?」

「? いえ。順調にリハビリ中としか」

「いるかちゃんの失声症については?」

「! ……いえ。初めて聞きました」

 

 

 驚く光に、実叶は続ける。

「いるかちゃんの両親、特に母親が困った人でね。五里ヘッドコーチが間に立って距離置くようにしてたらしいんだけど、先々月、4月末かな?、なんか母親が警察も出てくるような暴力沙汰起こしちゃったらしいの。

 いるかちゃん、リハビリ順調だったのに、そのショックで失声症がたまに出るようになっちゃって。今も声が全然出ない日があるとか」

「……メンタルの方、大丈夫なんでしょうか?」

 光が心配そうな表情で聞いてくる。

 

 ここで実叶がフォローを入れる。

「失声症はまだたまにあるみたい。でも、いい情報もある。いるかちゃん、今季からスポンサーがついたの。

 母親の事件で決まりそうだったスポンサーが逃げたらしいんだけど、別に公子製紙って会社が名乗りあげたの。

 企業ってイメージ大事だから、いるかちゃんがやめたり、今シーズン大きく成績落としたりすることはないって判断されたんだと思う。それも、家族トラブルのマイナスイメージを払拭できるくらいには」

 

「少なくとも傍目には大丈夫そうということですか……失声症を除いて」

 まだ心配そうな光に実叶は提案をした。

「そんなに心配なら連絡してみたら? 声出ないかもしれないから電話はダメだろうけど、LINEしてみたら?

 私もやめる時、一番後ろ髪引かれたのはやっぱり一緒に頑張ってきた仲間のメッセージだから。励ましのメッセージは力になるよ。

 いのりならいるかちゃんのLINE知ってるよ」

 

 光は少し困った顔をした。

「いえ……。実はスマホは持たされているのですが、LINE使ってなくて。寮やクラブの子にもLINEは始めた方がいいって言われてるんですが」

「それは始めた方がいいよ」

 実叶はそこで、少し声を落として言った。

「今日も授業サボってきてるんでしょ? 私も経験あるけど……何かあった時の口裏合わせとかでLINE仲間をクラスメイトに作ってた方がいいよ」

 

 これには光も苦笑した。

「悪いお姉さんですね。でも、確かに分かります。

 私もちょくちょく『今日はサボるんじゃなかった』とか『なんでそんな行事情報教えてくれないの!?』とか思うことあって……」

「うんうん。サボりは基本良くないけど、やる時は上手くやらないとね」

 実叶と光が共犯者の笑いを浮かべる。

 

―――

 

 実叶のしばしのレクチャーの後、光のLINE登録は完了した。

「これって、最初は何送ればいいんでしょうか?」

「思いつかなかったら、適当なスタンプ送ればいいと思うよ。『よろしく』とか『教えて』スタンプ送れば、大抵誰か何か返してくれるものだから。

 相手の近況知りたければ、自分の近況送って返事促すのがいいかもね」

「分かりました。やってみます。今日は本当にありがとうございました」

 光のお辞儀に、実叶はホッとした笑みをうかべた。

 

―――

 

「いのりちゃん。ちょっといい?」

 その日の夕方、陸トレ後の休憩中に光はいのりに話しかけた。

「あの……いるかちゃんのLINE教えてくれる?」

「! 光ちゃんLINE始めたの!? いいよ!」

 

 そんないのりの大声に反応した者がいた。

「ちょっと光ちゃん」

「なあに? 亜子ちゃん」

「クラブのLINEにも入っておいて。あと、桜佳中の特競部LINEの招待とクラスLINEの招待、獅子堂ちゃんすぐ送るって」

「あわわ、待って……」

 光がLINE使ってない事に困ってた者は結構いた。

 

―――

 

「ライリー先生、お願いがあるんですけど」

 リンク練習中、光はライリーにスマホでジャンプの撮影をお願いした。

「いいよ。何で?」

「岡崎いるか選手宛てに梅雨見舞いにLINEで送ろうと思うんです」

「ふふふ、それはきっと喜ぶよ」

 

 ニコニコして、渡されたスマホを構えるライリーの前で、光は気合いの入った3Lzを跳んだ。

 ライリーの感嘆の声が上がる。

「おー。何か、ここ最近で1番の3Lzだったね。

 司先生の見本よりずっとスッキリ、キレ味鋭く跳べてるね」

「……私、モノマネだけの選手じゃないので」

 

 光は撮れた動画を確認して、メッセージを添えて送信しようとした。

 が、少し思いとどまった。いきなり自分の動画を単独で送るよりは……

 光はいのりを巻き込む事にした

「ね、いのりちゃん」

「何?」

「いるかちゃんに梅雨見舞いLINE送りたいんだけど、いのりちゃんの新ルッツの動画も送っていい?」

「いいよ!」

 

 

―――いるかのLINE

 

< かみさきひかる

 

 いるかさん

 梅雨見舞い申し上げます

 以前、いるかさんに注意していただいたルッツのフォーム修正、やっと3Lzまでできました。

 いのりちゃんも、まだ2Lzですが新しいフォームのルッツを跳んでます。

 全日本でいるかさんと勝負出来る日を2人とも心待ちにしています。

 再生>0.07

 再生>0.09

 

 

―――ゆいつかブログ

 

実叶 20xx/6/15 19:20

「私もシューズ買いました」

 私もいのりちゃんと同じシューズ買いました!

 さすが最上級モデル。高かったです。

 ついつい衝動買いっぽく買ってしまい、履きこなせるかブランクが心配でしたが、今日、司先生の補助ありでは3Tまで跳べました! ブランクって結構すぐ取り戻せるものですね。

 だけど、補助なしではまだまだなので、引き続き精進します!

 写真は熱成形調整後のシューズです。

――

///まいんこぷたー 20xx/6/15 21:32

 実叶さんすごい! 3T動画ありませんか?

///実叶 20xx/6/15 22:11

 ないんですよ。レッスン以外では録画してないとのことで。

///まいんこぷたー 20xx/6/15 23:56

 実叶さんの滑りやジャンプ見たいです。また撮ってアップお願いします!

 

―――翌日、スターフォックス、リンクサイド

 

 実叶はベンチでブログを確認しつつため息を吐いた。

「まいんこぷたーさんか……。どうしよう」

 

 いのりといるかは友達という事で、「ひょっとしたら、『ゆいつかブログ』も見られてるかも」と思い、ついつい

「補助あり3Tまで跳べた。ブランクは取り戻せる」と盛ってしまった。現役時も3T跳べなかったのに……

 

 そこに、司がやってきた。

「あ、いたいた。実叶さん。ライリー先生からコレ支給です」

 司が渡してきたのはスターフォックスの従業員用年間パスだった。

 

「年パス!? いいんですか? 短期コースの生徒でも3ケ月パスでしょ? 私、夏休みだけのド短期バイトですよ?」

 驚く実叶に司は笑顔で答える。

「いいのいいの。幼児体験コースとかアイデア出してくれたからね。そんないい靴まで買ってやる気満々な子だから、ライリー先生もいくらでも練習してくれって。

 ところで、さっきスマホ見てため息吐いてどうしたの?」

 

 実叶は少し照れながら答えた。

「昨日の3Tのこと、『補助ありで3T跳べました』って、ブログに盛っちゃって。私のファンの子が『動画あげて』って言ってきて……」

 

 司はそれを聞いてウキウキ顔になった。

「そういうことなら、実は今、スターフォックスのWebページに上げてるハーネス動画、追加中なんでご協力願えませんか?

 手足の動きもわかりやすい成人モデルで撮りたいんで、胡荒コーチとかにお願いしてたんですが、『跳べないジャンプを跳べるようになるまでの過程やハーネス外す見極めの参考になる動画が見たい』とか、無茶なリクエスト多くて困ってたんですよ。

 撮影協力までとなると部外選手やコーチにも頼みづらくて。簡単なジャンプでいいんで、お願いできますか?」

 

「え、ええ……こちらこそお願いします」

 司の押しの強さに、うっかり承諾してしまった実叶はこの後大変な事になった。

 

―――

 

 後日、スターフォックスのWebページを見た蛇崩は呆れ顔になった。

「このハーネスレッスン動画、1Sから1Aまで撮影日同じやが、まさか、1日で5種もジャンプ再習得させたんか!?

 ……アイツやったらやりかねんな」

 

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