結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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58話 いのりの成長

―――スターフォックス救護室

 

「おめでとうございます。いのりさん。よく頑張りましたね」

 美蜂の言葉にいのりはピースサインで応えた。

 

 いのりの喜びようには訳がある。女子の身長の伸びは初潮前がピークで、初潮を迎えるとじきに収まる。したがって、成長痛もまもなく治まると思われる。

 いのりが今まで味わってきた長い苦しみの最後の一里塚が見えた。これで喜ばないはずはない。

 

「身長の伸びはすぐに収まる訳ではありませんし、体重増加も始まると思われます。成長痛が治ってきても、油断して練習量を急に増やすことはせず、司先生とも相談の上、調整進めて下さい。

 それと、今後は大会等、生理の影響を回避するための取り組みが不可欠です。生理周期をできるだけ把握するよう私も協力しますし、状況に応じてピルやIUSの使用も選択肢になります。

 これらは体質等把握しながら進めることになります」

 

「つらいでー。たいへんやでー。ひひひ。大人の世界にようこそ、やー」

 脅すような事を言う萌栄を、亜子が咎める。

「ちょっと、萌栄ちゃん。脅さない。まあ、萌栄ちゃんはすごく重いからね。私はそんなに重くないけど。

 人それぞれだから。長い付き合いになるよ」

 

 いのりは張り切った声をあげた。

「はいっ! 体調管理アプリの使い方もバッチリです!

 それでは、トレーニングに戻り……」

 張り切って練習に戻ろうとするいのりを亜子と美蜂が止める。

「戻らない。今日は休みにしなさい」

「お家の方には連絡させていただきました。体調の詳細を把握する為にもまずは安静をお願いします」

 

「へへ。はーい」

 いのりはウィンクして従った。

 

 

―――マネージャールーム

 

 ライリーは美蜂の報告に満足だった。

「やっと来ましたか。とりあえず体型も体質も正常範囲に収まりそうでホッとしました」

「15歳までにないと異常として対処も必要でしたしね」

 

「あとは、萌栄ちゃんのように重くなければ、ですか。

 萌栄ちゃんの方はどうなってます?」

 話が萌栄の方に移ると、美蜂の表情はやや険しくなった。

「思わしくありませんね。ピルの効果が今ひとつで副作用も強く出てしまっているというところで、IUSの相談をしているところです」

 

「施術かあ……ほんと、こういう機微なところ相談請けもってくれるから、美蜂さん助かるわ。

 前任の興梠さんも素晴らしいメディカルトレーナーでしたが、男性でしたからね」

 以前は女子特有の問題については胡荒コーチやライリー自らあたってはいたのだが、やはり女性メディカルトレーナーがいると、生徒に与えられる安心感も段違いだった。比較的若いトレーナーであることも、生徒からの信頼感、親近感を得るのに役立っていた。

 

「興梠先生もご家族のいらっしゃる福岡に戻られて、元気にやっていらっしゃるようで、いいトレードでしたね」

 胡荒コーチが興梠トレーナーの近況について触れると、ライリーは念の為美蜂に確認した。

「美蜂先生はこちらに移られてもう2ヶ月半になりますが、生活面で困っているところや、福岡に気がかり残しているような事、ありませんか?」

 

 美蜂は少し考えて答えた。

「困っていることはないですが、やはり、福岡の生徒の事は気になりますね。

 キノさんやカンナさんは4T習得されて、足の負担も増す事になりますから。

 もっとも、興梠先生は私より経験豊富で、按摩マッサージ指圧師も取ってまして現場での実践力は私より上ですので、興梠先生の方が安心という面もありますが」

 

 ライリーは少し微妙な顔をした。

「そうでしたよね……朱蒴君や亜子ちゃんはたまにマッサージしてもらってましたが、やはり男のトレーナーに触られるの嫌がる子も多く、私の腰ばかりやってもらってましたね」

「私のところにはちょっとしたコリや攣る感覚だけで来るのでありがたいです。身体に触れるだけでなく話して顔色も見られると、選手の状態の把握に大変役立ちますから」

 

 美蜂の言葉にライリーは微笑んだ。

「私、幸運ですね。興梠さんでも十分素晴らしいトレーナーだったのに、美蜂さんに来てもらえて。一緒に世界に向かう事のできるトレーナーとして、本当に心強い」

「ありがとうございます。今年は世界遠征、多くなりそうですね」

 

 美蜂の言葉にライリーは指折り数え出した。

「ええ。JGPだけでも4人。世界ジュニアも射程範囲ですね。サンタクロース杯に1人。そして……」

 美蜂は珍しく熱を押し殺せない声で口にした。

「冬季ユースオリンピック、ですね」

 

 

―――間京大学附属高校学生寮

 

 いるかは、寮の自室でLINEを眺めて上機嫌だった。

 先日の4T。直接動画を送ったのは狼嵜光だけだが、合同練習会の場だったので勝手に撮って拡散した者も多く、たちまちのうちに知れ渡った。

 

 さっそくキノや寧々子、ダリアからLINEが来ている。

『おかえり、いるか。そして、4回転の世界にようこそ』

『調子いいとは聞いてたけど、4Tとは驚き! 完全復活だね』

『いるかさん。絶好調ですね。私も負けないように精進します』

 

 そんなLINEをみながら、ふと、いるかはいのりのことが気になった。

 魚淵の言う事はよくわからなかったが、要するに小難しいフォーム変更挑戦して苦労しているようだ。

 心配する事はないだろうが、一応梅雨見舞い送ってきた可愛い後輩である。近況聞いてやるくらいはしよう。

『こないだ送ってきたの2Lz動画だったけど、3Lz跳べんの? てか、身長デカくなり過ぎじゃね?』

 

『ルッツは今フォーム修正中なので、まだ3Lz跳べてませんが、ひとつ大人になりましたし、全日本ジュニアまでには3Lz戻します! 全日本でお会いしましょう!』

 返ってきた元気なメッセージに添えられていたのは結束家一同で手巻き寿司で食事をしている写真だった。実叶もいる。

「? ……!」

 いるかは一つ、普通と違っているところに気づいた。

 

 シャリが赤酢を使った赤シャリだった。

 

 「ひとつ大人になった」の意味がわかった。

 コイツは心配要らないな。

 

 いるかは「公子製紙の商品をお勧めさせて下さい」と丁寧な返事を返した。

 

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