早朝練習後、いのりと実叶、萌栄とその母の織子はイタリアンチェーン店でランチをしていた。
いのりと萌栄は悩んでいた。
「萌栄ちゃん。文化祭何するか考えた?」
「考えてなーい」
「でも、再来週からテスト前週間だから、来週には学級会で決めないと」
立川市立西第三中学校2年2組、萌栄といのりの迷コンビ、人呼んで「8回転コンビ」はクラスの文化祭委員だ。
体育系の生徒が集められている2組は2年の夏忙しい者が多く、「冬季スポーツなら夏は余裕あるでしょ」とばかりに、フィギュアスケートの2人に文化祭委員が回ってきたためだ。
他の競技と比較しても、夏場特に忙しくないわけではないのだが、普段から忙しい彼女らにできそうな係が他になかったとも言える。文化祭委員なら6月中に何するか決めて、9月の文化祭さえ乗り切れば、他にする事はない。
何をするかの決定権も実質委員にあるので、楽しようと思えば楽できる。
楽でかつ皆が納得する出し物を思いつければ、だが。
「お化け屋敷とかは?」
「そんなん、準備も当日のダンドリも一番めんどいよ」
織子の提案を萌栄が却下する。今回、二人が重視しているのは、楽で準備のいらない、スケート練習に影響しないものだ。
夏合宿だってあるし、可能なら夏休みに1日も準備時間を使いたくない。と言って、つまらないものなら皆の納得も得られないだろう。
言い換えれば「頭使って、皆が納得して自分も楽できそうな出し物提案できれば、一番楽な委員」なのだが……
悩んでいるいのりたちに、実叶が助け船を出した。
「私の高校1年の時にやった出し物でいいのがあるけど、やってみる?」
「え? どんなの?」
「まず、試しにここでひとつやってみる?」
「え? そんな急に準備なしでできるの?」
不思議がる萌栄といのりに実叶はスマホを取り出した。
「簡単なのならここでも、すぐね」
―――立川市立西第三中学校
学級会で萌栄は切り出した。
「はーい。みんなー。お待ちかねのアレ決めるよー」
いのりが補足する。
「えーと。文化祭の出し物決めたいと思います」
萌栄の言葉足らずをいのりが説明するのが「8回転コンビ」の常だった。
いのりは印刷してきたプリントを皆に配った。中身は実叶のくれたデータの丸パクリだが、名古屋の高校の文化祭での出し物が立川の中学校でバレるわけもない。
「私たちが提案するのは『ボードゲームカフェ』です。
世の中にはいろいろなボードゲームがあり、小さな子供から大人まで楽しめるものがあります。言葉遊びやお絵描き、推理やクイズを組み合わせたようなのもあります。買わなくても、手作りできるものやトランプでできるものもたくさんあります。
そう言ったものを遊べるスペースを出し物にしたいと提案します」
プリントには、お絵描き伝言ゲーム「テレストレーション」や、スマホだけでできる仲間はずれ探しトークゲーム「ワードウルフ」といった、これも丸パクリのゲーム紹介が書いてある。どれも単純なルールのゲームばかりであり、100均グッズでも作れるものばかり。
『これなら準備すごく少なくて、出し物としての体裁を保てる!』
いのりは丸パクリの手抜きなのに、内心ドヤっていた。
しかし、その驕りは次の瞬間に打ち砕かれた。
「意見あるひとー」
萌栄が言った途端、手がすぐ挙がった。
「それって、立川駅前の『ジェイルハウスカフェ』みたいなやつ?」
いのりも萌栄もボードゲームカフェの実店舗なんて知らなかった。
「……えっと、そのお店知りません」
「えーっ。みんなで偵察しとこうよー。敵情視察じゃん。学割あるし」
質問した生徒はさっそく皆を煽り、焚きつけはじめる。
他の子も思い思いにアイデアを付け加え始めた。
「基本はそれでいいけど、衣装とか面白いお店にしたいと思いまーす。部活の子はユニホームで来るとか」
「あ、萌栄ちゃんといのりちゃんって、フィギュアの衣装とか着てきたら映えそう!」
「え? 衣装!? あわわ……」
慌てるいのりに対して、萌栄はゲラゲラ笑ってまとめにかかる。
「はーい。いのりちゃーん。みんなの意見、黒板に書いてー」
「あ、はい。わたた……」
いのりはわかってなかった。皆、文化祭で楽がしたいわけでなかった。
それなりに映えて、皆を巻き込めるのが第一で、楽で準備も少なめがいいとかは第二の条件だった。
「はーい。俺、自分の持ってるゲーム持ってきたいです」
「謎解きゲームコーナーとかありですか?」
「脱出ゲームコーナーも作りたいです!」
―――
帰り道、元気なく帰るいのりの横で、萌栄は上機嫌だった。
「よかったなー。いのりちゃんのアイデアのおかげや!」
「……でも、私の持ってきたアイデアなんて『ボードゲームカフェやる』ってとこだけで、それもお姉ちゃんの丸パクリだったのに。
なんかみんな盛り上がって大変なコトになりそう……」
萌栄は目をパチクリさせた。
「え? それでいいんちゃう?
みんな協力してくれて。やりたいことやって。一緒に盛り上がってくれるからええよね。
うちらはどしーっと構えて好きにやらせとったらええよ。あとは衣装も大会に用意できとるの着るだけやし。
ゲームとかわからない子も看板とか作ってくれるみたいやし。
あとは、登校日にちょっと様子見して、できてへん子おったら誰かに手伝ってもらおか。あと、買い物まとめよろ」
いのりも気づいた。
自分で考えたアイデアがそのまま使われるのがいいのではなく、みんなが考えたアイデアでわいわいやる方がみんな楽しいに決まってる。
とりあえずはいいスタートがきれたみたいだから、あとはみんなに任せよう。
自分が楽したいだけの文化祭委員はいつしか、みんなになんでも任せる、わりと良い文化祭委員になっていた。
―――日乃出大学附属桜佳中学校
「光ちゃーん。逃さないよー!」
放課後、自主練に向かおうとした光は獅子堂星羅に捕まった。
桜佳中の迷コンビ、狼嵜光とスピードスケートの獅子堂星羅もいのりたちと同じような理由で文化祭委員だった。彼女らのクラスの方がよりアスリートの塊なので、より彼女らの仕事は重い。
「うう……ごめん、星羅ちゃん」
委員の仕事はおろか、授業までサボりまくり、来週からのテストのノートの一部まで星羅に頼らざるを得ない光。
消灯前共用場所清掃当番、浴場清掃当番等、星羅に何回も代わってもらったままの寮の当番も多い。
もはや、星羅が「3回回ってワンと言え」と迫れば断れないレベルにツケが溜まってる。もちろん、光が世界戦を控えた選手だから周りもサポートしてくれているのはあるが、限度というものがある。
「あのね。私文化祭の前の週で大会……」
「知ってるよ。JGP第3戦フランスでしょ。胡荒ちゃんに聞いてるよ。帰ってきてすぐにできるよう、夏休み中に早めに準備整えないとだな。
夏休みも最後の方にはJGP第1戦オーストラリアあるもんな」
「……」
情報漏洩甚だしい。外堀はおろか内堀も埋まってる。
諦めて大人しくなった光に、星羅はプリントを渡した。
「ま、学級会欠席したんやから、こっちで決めさせてもらったから。うちらのクラスの出し物はコレな」
「占いの館?」
「そう。特競部の先輩の申し送りの資料や衣装やテント等資材あるし、占いさえできれば楽だって!
なあに。光ちゃんが衣装着てもっともらしいこと言えば客来るって。一年に1日くらいクラスのために働いても損しないって」
特別競技部。要するに単独で部の人数集まらないスポーツの部で、フィギュアやスピードスケートもここになる。部の活動実態はなく、個々の生徒は校外で練習しているが、専用の倉庫兼部室があり、色々なスポーツの備品が置いてある。
その中によくわからないテントや衣装があると思ったら、卒業した先輩の置き土産の一つだったらしい。
「占いグッズもあるよ。なんか、このオラクルカードとかいうのがラクらしいで」
星羅の勧めるカードは、タロットカードっぽい美麗な天使のイラストが描かれたカードだった。
「説明書きがある……『インスピレーションで1枚引いて、インスピレーションで考えて読む』……コレって占いなの?」
「さあ? 文化祭だし、なんか文化っぼいし、いいんじゃない? ともかく、文化祭までにそれっぽくなるよう占いの練習しといてや」
「……」
しかし、考えてみれば非常にタイパの良い出し物だ。劇や舞台のように準備時間取られることがなく、テントや衣装や占い道具があれば作るものもない。
当日にやや拘束される事と、占いのやり方を覚えなければならないのが難だが、それも楽で映える占いグッズが申し送られている。
先輩の知恵と置き土産に感謝である。
とりあえず、光はそのカードで文化祭がうまくいくか占なってみることにした。
『過去の関係』のカードだった。
「うーん、と。先輩のおかげで文化祭うまくいくってコトかな?」
「お、なんかそれっぽく占い師できてるやん。そんな感じで頼むわ」
次は今年のフィギュア大会について占おう。
「……」
ちゃんとシャッフルしたのに、また、『過去の関係』のカードが出た。
……夜鷹さんや、名港ウィンドの皆に会えるとかだろうか? もし、そうだとしたら楽しみだ。
夜鷹さんには昨年の全ジュニ以来会えてないし、連絡もつかない。でも、試合は近くで見ているはずだ。
光はカードを手に静かに闘志が燃え上がるのを感じた。
星羅はそんな光を見て満足気だった。
「お、なんか雰囲気でとるね。その感じで当日も頼むよ。……それはそうとして、来週のテスト大丈夫? またノート貸そうか?」
「あはは……」
ついでに、期末テストもオラクルカードで占ってみた。
「……また?」
念入りにシャッフルしたのに、また、『過去の関係』のカードが出た。
サボってきた今までの過去のツケがでてくるってコト?
光は一気にへこんだ。