―――スターフォックス。スタッフルーム
明らかに反応の悪かった自己紹介を引きずって曇った表情の司をライリーが励ます。
「司先生。騒がしい子供たちばかりでごめんなさいね。みんな、『あの』いのりちゃんが来るってはしゃいじゃってて。こんなすごい先生が来てくれたのに。失礼しました」
司は浮かない表情だった。ここの生徒はルクスとは違い、トップ選手を目指す子ばかり。そして、その子たちから絶対の信頼を集めるヘッドコーチは眩いオリンピック金メダリスト。
比べてしまえば、自分はいのりさんの付属品に見えて仕方がないのかもしれない。
ライリー先生も、タイでの時は「褒め言葉が独特で素晴らしい」なんて言ってたけど、引き抜きたかったのはいのりさんの方だったんだろうな。
司にそんなことを思わせてしまうほど、スターフォックスの生徒たちは粒揃いで、そのヘッドコーチの存在は絶対的存在に見えた。
「すごいのはいのりさんで、俺じゃないので……」
「……アハハっ」
「?」
急に笑い出すライリーに戸惑う司
ライリーは面白そうに司の顔を覗き込み、言った。
「ふふっ。瞳先生から聞いていたとおりですね。ちょっと先生、自信なさすぎです」
そのまま、教師が諭すように続ける。
「客観的に判断して下さい。競技歴3年で強化選手に選ばれるだけでも、前人未踏の快挙です。まして、JGPファイナリストなんて。まして……」
それは自分の力ではないとばかりに煙たげに目を逸らそうとする司に、ライリーはさらに距離を詰めた。
「……なんて、そんな奇跡のような業績がなくても、鴗鳥さんの息子さんをスランプから救うことができたんでしょう? 男子ノービス全日本金メダリストの」
司は驚いてライリーを見返す。
「!? なぜ理凰君の事を?」
「夜鷹さんとの『契約』の件で、鴗鳥さんとはよくお話してますから。このことを聞いて、ますます先生の事が気に入りましたわ」
「でも、理凰君はホンの少しお預かりしただけで。彼の金メダルも全て彼の力です。俺は少しのきっかけになれたかもしれませんが……」
「何言ってるんですか。選手なんて、迷路の中を全速力で走っているようなものですから。迷える選手に抜け出すきっかけを与えられたら、もうコーチとして百点ですよ。ライリー先生金メダルあげちゃいます」
ライリーはおどけてそう言って、メダルを授与するように司の首にスタッフ身分証を掛けた。司は苦笑いする。
『いのりさんに『司メダル』をあげてたことを瞳先生から聞いたんだな』
ここでライリーは、そのまま司の両頬に手を当てて、司が目を逸らせないようにした。
「あの? ライリー先生?」
若い女性にいきなりゼロ距離に詰められて戸惑う司に、ライリーは静かに、しかし、語気を強めてゆっくり言った。
「そして、あなたは、その気になりさえすれば、もっと多くの選手を救う事ができる。
怪我やスランプで伸び悩む子、他の選手との実力差に立ちすくむ子、運の悪さに見舞われ続けている子……そんな子にとって、いのりちゃんの姿は救いであり、あなたは実績ある頼もしいコーチとなりうるでしょう。でも……」
ここで、司の両頬に当てられた両手に痛いほどの力が込められた。
「そんな子たちが、自信の欠けたままの貴方を見て『いのりちゃんはコーチの力ではなく、天賦の才能だけで成り上がった』なんてバカな勘違いをしてしまったら、どれだけ残酷なことか、想像できますか?」
「……!」
司がハッとした表情になるのを見て、ライリーは手を放すと、傍にある姿見を司に向けながら言った。
「さあ! 悩み、迷う選手の前に映る貴方の姿は頼もしい導き手ですか? それとも、立ち止まっていた天才とバッタリ出会っただけのラッキーマンですか?」
司は姿見に映る自分の姿を見た。
自分がまだ若く悩める選手だった頃に、頼もしい指導者がいたら……
いや、違う!
いのりさんのために、若い選手達の為に、自分がそんな指導者であらねばならないんだ!
金メダリストの夜鷹純がなんだ! 彼にコーチとして勝たないと、いのりさんを狼嵜光に勝たせられる訳がない!
司の表情に力が溢れ出したのを見て、ライリーは満足げに言った。
「どうですか? 貴方を見込んだこの金メダリストの目は確かでしたか?」
「ええ。ありがとうございます。おかげさまで目が覚めました。金メダリストにも負けないコーチを目指します!」
「ふふ。その意気ですよ」
意気揚々とリンクに向かう司を見て、ライリーは満足気だった。
「コーチング大成功っと。瞳先生には悪いけど、やっぱり先入観って大人でもあるから、言う人が違うだけで伝わるってあるよねー」
なお、司の初日は先述のとおり、まず新コーチである事を知ってもらうだけで精一杯だった。