獅子堂星羅は光と返ってきたテストを見比べていた。
「光ちゃん。ウチと同じくらいやな」
「うん。力抜き過ぎたね」
テスト前にも特に勉強時間を取らず、放課後の練習等も続けていた光のテストは割とボロボロだった。1年の時は地頭の良さで何とかなっていたが、そろそろヤバくなってきた。
ただ、辛うじて赤点――30点未満か平均点の半分未満――は回避している。
そもそも学校成績はアスリートに不要、と光は考えている。夜鷹純も高校中退であり、学業はスケートのためにいずれ犠牲にしなければならないとも思っている。
「とりあえずテスト全教科帰ってきたら、スターフォックス行くからよろしくね、星羅ちゃん」
そう言う光に星羅は渋い笑いを返した。
「また? まあ、世界戦も控えてるわけだし、しょうがないか。ははは」
そんな光の予定は、1教科目の英語の時間に打ち砕かれた。
クラス担任でもある中年の男教師がテスト片手に告げた。
「えー。今日はみんなに教育実習生の先生を紹介する。では、結束先生どうぞ」
『結束先生』?
驚く光の視線の先、入って来たのはスーツ姿の実叶だった。
「初めまして、結束実叶です。愛知智徳大学の4年生です。担当科目は英語で、このクラスのアシスタントも兼ねます。夏休みまでの3週間と短い期間ですが、よろしくお願いします」
「!!……」
固まったままの光をよそに、クラス中から質問などが来る。
「はーい。なぜ、愛知の大学なのにここで教育実習なんですか?」
実叶がチラッと光を見て答える。
「はい。妹がフィギュアスケートの選手で、この4月、競技のために家が立川に引っ越しちゃったんです。大学の単位は取ってあるんですが、まだちょっと通わなきゃならない日もあるので遠距離通学大変ですね」
星羅は気づいた。
「あれ? フィギュアの結束選手って、結束いのり選手? 光ちゃんと同じスターフォックスじゃない?」
実叶は光の方を向きつつ答えた。
「ええ、実は狼嵜光ちゃんとも知り合いですね。よろしくね、光ちゃん」
光は固まった表情で手を振りかえした。
―――
「どうしてここの卒業生でもないのに、教育実習生に来たんですか?」
昼休み、光は実叶に聞いてきた。
「うーんと。ちょっと難しい話なんだけど、ここの卒業生で、競技引退後体育教師になれるよう、大学生のうちに教員免許取りたがる人が多いのはわかる?」
「わかります」
「そういう卒業生がみんなここや日出大学系列校の教育実習に来たら、どう? 受け入れできそう?」
「……無理そうですね。体育の先生ばかり教育実習に来ることになっちゃいそうです」
「そうね。しかも、そんな教育実習生は『実習間にアーチェリー部の部活指導補佐も体験したいです』とか希望する。
だから、日出大系列校は他の大学と提携して、『うちの体育の教育実習生受け入れてください。代わりにそちらの系列校の体育以外の教育実習生受け入れます』ってやってるの。
私の場合、愛知の大学で出身中学も愛知なのに東京の立川近くでどこか中学ないかと希望したら、この受け入れにあてはまったのね」
「そうなんですか」
実叶は少し困り顔で光に聞いた。
「知ってる人が先生ってイヤだった?」
「ううん。逆に嬉しいです……でも、学校サボってたの見られた後だったからちょっと……」
「ふふ? 気にしてないよ」
しかし、光の方はちょっとどころでなく気になっていた。テスト前にサボって追い返されたのまで目撃されているのもあるが、アシスタントとして終礼の時にはクラスに来るので、サボりはバレてしまう。
ただの先生ならサボった事がバレても気にならなかったが、知ってる人、まして、ライバルのいのりの姉となるとなんだか後ろめたさが勝ってしまう。
期末テスト後、夏休みまでの期間なんてサボりまくるつもりだったのに。
かと言って、イヤかと言うとそうでもなかった。親近感を持てる人物が学校にいると、なんだか学校にいてもいいような居心地の良さを感じる。
―――
桜佳中では実叶はそれなりに人気の教育実習生となった。美人だし、喋り方が堂々としてわかりやすい。留学経験やモデル活動などの話もいちいち面白い。そして何より、スポーツ全般に造形が深い。フィギュアスケートの話も、光より気兼ねなく、かつ、アスリートの生徒向けに一捻り利いた話をしてくれる。
実のところは、アナウンサーの採用試験を突破できるよう学んだ技能や仕入れた知識、仕込んでおいていたネタを有効活用しているだけなのだが、中学生の生徒たちにはこの上なく効いた。
中でも実叶の鉄板ネタの、『全然自由じゃないステップシーケンス――ステップ名全部解説するとこうなる』はお経のように技名を連呼する滑稽さと見事な早口、英語版もやってみせる多芸さから、『実叶先生のモノマネ』として挑戦するものが後を絶たない。
とばっちりを受けたのは光だった。隣の子からこんなふうに聞かれた。
「ねえねえ。光ちゃんはあの実叶先生のモノマネできる?」
「!? ムリムリ! 技名はわかっても、1つのステップは1秒もないから、舌噛んじゃうよ!」
「そうよね……あれを早口解説しながら『いい表情ですね』とか挟んでくるの凄いよね。
私、去年の光ちゃんの滑走見たけど『ステップシーケンスって自由に踊れてていいな』とか思ってた。
フィギュアって奥深いね。改めて光ちゃんの凄さがわかったよ」
「……ありがと」
とばっちりばかりではなく、周りからの理解も少し深まった。
―――
スターフォックスでも、『実叶先生』の話題で光といのりは会話が弾む事が増えた。
「実叶先生って来年からアナウンサーになるんだよね。
なんだか残念だなあ。うちの学校の先生になってくれたら、英語の授業も楽しいのに」
「あはは。光ちゃん。お姉ちゃんの授業、練習より楽しいんだ」
「そうねー。実叶先生がずっと担当だったら、英語が一番好きな科目だったかも。
いのりちゃんはやっぱり、あんなお姉ちゃんいるから英語得意なの?」
「あはは……。……国語の次に好きな科目、かな。国語と英語だけはなんとか平均点超えられるから!」
成績の話になってきたので、光は話題変換を図った。
「実叶先生がアナウンサーになったら、やっぱりフィギュアの実況とかするのかな? 私やいのりちゃんの実況とかする事あるかな?」
「うわ。お姉ちゃんに実況されると思うと緊張する……」
「あはは。私もなんだか緊張しそう!
実叶先生のステップシーケンスのステップ名早口実況芸すごいよね。実際の大会でも生実況でできるのかな?」
「え? そんなのやってもらった事ない。どんなの?」
「あはは。お家でやってもらったらいいじゃん」
そんな話をしていると、休憩時間はすぐ終わってしまう。
光は物足りなかった。
クラブが一緒になっても、これまではなかなか打ち解けておしゃべりする事まではできてなかった。しかし、実叶が教育実習に来てくれた事で共通の話題ができて、それを糸口にいのりとすごくたくさんおしゃべりできる。
光は意を決していのりに聞いてみた。
「いのりちゃん」
「何?」
「夏休みに入ったら、ジュニア合宿前とか、お家に遊びに行っていい?」