結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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64話 結束家訪問 後編

 実叶はライリーから頼まれた『光ちゃんに効きそうな諫言』を口にした。

 

「光ちゃんってさ、やっぱり夜鷹純を目指してるの?」

 

 え?

 光は凍りついた。

 

 実叶は光が何だかひどくショックを受けた様子なのを感じとり、慌ててフォローした。

「あ、いや。最近の子って、特に中部の子とかすごく優等生でしっかり者の勉強もできる子が多いから。いのりみたいにスケート特化だとよく『夜鷹純みたい』って言われる事あって。

 でも、光ちゃんの方がずっと似てるなって思うのよね。特にジャンプとかすごく似てるし、今話してた冬休みの宿題の事とか、学業とスケートとの比重の取り方も似てるなと思って。

 あと、ストイックなところとか、金メダル取り続ける事へのこだわりとかも似てるし」

 

「……」

 いのりと夜鷹純が似てるなんて思ってしまった事は自分にもあったし、ジャンプや練習スタイル、学業への姿勢で言えば自分の方が似ていると感じるのは当然の話で、別に実叶さんは変な事を言っているわけではない。

 変な事を言っている訳ではないが……

「別に夜鷹さんを目指しているわけでは……」

 光はそう言いかけて黙ってしまった。

 

 中学から自分くらい学業を避けるスタイルがトップ選手でも珍しいものであることは理解している。競技専念すると言っても高校は卒業するのが普通で、むしろ、メダリストに限って言えば高校中退の選手なんて夜鷹純くらいしか例を挙げることができない。

 

 学校の先生から「引退後の生活云々の為に学業云々」と小言を言われても気にならなかったが、「夜鷹純を目指してるの?」と言われると、正直へこむ。あのレベルの社会不適合者にはなりたくない。

 

 実叶さんは知らないだろうが、あの人は引退後の氷の上以外の人生に馴染めなかった人だ。尊敬する人ではあるが、そんなところまでは見習いたくない。

 

 光の黙りこくった様子に、いのりはたまらず話題を逸らしにかかった。

「よ、夜鷹純さんは今何をしてるんだろうね?」

 実叶も光の様子がおかしいと感じ、話題を変えるべくいのりに続いた。

「さあ? 海外でコーチしてるんじゃないかって噂だけど。あの人選手時代から親元離れて自分ひとりで国内外のクラブを渡り歩いてたから。

 光ちゃんみたく若いころから寮生活とかすごいしっかり者だよね」

 

 しっかり者?

 夜鷹純や自分の何をどう見てそう言っているのか。

 自分なんて世界戦控えている事を盾に周りに迷惑かけまくってて、全然しっかり者ではない。

 光は勝手な事を言ういのりや実叶に怒りすら覚えた。

 

 しかし、それは自分にとっても強烈なカウンターである事にすぐ気がついた。近くにいた自分でも夜鷹純の事なんて何を考えているのか全然わからないし、勝手に憧れて、犠牲にこだわる意味知りたいとか考えてた。いのりちゃんにももっと何もかも犠牲にして自分について来て欲しいと凄く勝手な事を思ってる。

 

 言ってしまえば、夜鷹純にすごく幻想を持ってるし、他人にまでその幻想を押し付けようとしている。

 夜鷹純の影から抜け出せてないのは私の方だ……

 

 のぞみがそこに皿を持って割って入った。

「はい、これ、ソースね。こっちがヨーグルト、こっちがケチャップのソースで、これは唐辛子のピクルス刻みね。

 これで出すもの揃ったかな。

 さあ、お待たせ。召し上がれ」

「わ、辛そう。……光ちゃん。食べよ?」

 

 いのりの言葉に光は我にかえり、笑顔をつくり直して言った。

「あはは。私、夜鷹純さんとは全然似てませんよ。ストイックになんかやってませんから。

 だからこのおいしそうなクレープも、高カロリーなチーズ全種乗っけで頂いちゃいます。

 あ、その唐辛子のピクルス。マラゲッタ。慎一郎先生のところでエイヴァさんがよく出してくれました。懐かしいなぁ。ありがとうございます。

 最初はやっぱり目玉焼きから巻こうかな。

 いただきます」

 

 実叶もいのりも光が元気を取り戻した事にほっと胸を撫で下ろした。

「私もいただきまーす」

「はい。クレープはすぐ焼きあがるから、おかわりもどうぞ」

 

―――

 

 楽しい食事だった。

 特に光は同じクラブの子と食事をする事もほとんどなく、家に遊びに行く事はいのりが初めてだった。鴗鳥家では理凰と一緒だったという事もあるが。

「んー。美味しすぎて食べすぎちゃう。デザートもあるんだよね……いのりちゃんは休養日は運動どれくらいに抑えてるの?」

「朝晩にストレッチ、軽めの体幹トレとバレエ、あと上半身メニュー何かだけど、今日はたくさん食べちゃうから、晩はバトルロープでタバタしてカロリー消費かな?」

「私もストレッチ、体幹、バレエまでは同じだけど、バイク漕ぐか筋トレチューブが多いかな。バトルロープやった事ないし、一緒にやってみていい?」

「いいよ! ちょうどロープ買い替えて前のロープあるし、一緒にやろう!」

 

―――

 

 バトルロープ

 固定した太いロープの端を持ち、波打つように振り続けるトレーニングで、効率の良さから各種スポーツで取り入れられる事が多い。上半身重視のトレーニングなのでフィギュアでやる者はそう多くないが。

 

 食後トレーニングウェアに着替えてストレッチ、体幹、バレエ等した後で外に出ると、敷地内の空き地の柵に自転車チューブでロープを固定し、いのりは太めの、光は細目のロープをそれぞれ手に取った。

 

 いのりはロープの振り方や姿勢を説明した。

「じゃ、20秒やって10秒休みで1セットね。私は10セットやるけど、光ちゃんは初めてだし、6セットくらいがオススメかな」

「うん! わかった」

 

 タイマーが鳴り、トレーニングスタートしてすぐ光は感じた。

 

 重い

 

 慣れてないとは言え、全力で10秒も振れない。

 しかし、いのりは隣でより太いロープを力強く振っている。

 それを見て光も負けじと気合を入れ直した。

 

 いのりは割と上半身の力と持続力重視なのでこのトレーニングは合ってるのだろうが、光にはキツかった。

 6セット後、光はヘロヘロだった。短時間なのに効果が高く、何より下半身への負担がないのがいい。

「はぁはぁ……いや、これいいトレーニングね。いのりちゃんにもピッタリね」

「はぁ、はぁ……うん。ロープがミミズみたいで私、このトレーニングハマってるんだ」

「……」

 それは要らない情報だった。

 

―――

 

 部屋に戻って着替えると、光の帰る時間になった。

 光は結束家の見送る中、帰路に着いた。

 

「お邪魔しました。またね、いのりちゃん」

「また明日の朝練でね。光ちゃん」

「私もバイトで入るからまたね」

「これからもいのりをよろしくね。光ちゃん」

 

 帰る途中で、光はいのりのトレーニングについて考えていた。

 いのりは成長痛で練習量も絞っているが、先ほどのバトルロープのような効率良く下半身に負担をかけない自宅トレーニングを取り入れる等、リンクの外でも工夫して練習している。

 

 対して、自分は学校を休んでまでリンク練習しているが、そもそものきっかけは夜鷹純から「曲かけ練習で転倒したら契約解除」という恐ろしく厳しい条件を課せられたからだった。

 それから夜鷹が去ってからも曲かけで転倒しない事、練習時間の長さを確保する事に拘っているのは……心の奥底では、夜鷹の教えを守る事で夜鷹がいつか帰ってくると考えていたのかもしれないし、夜鷹のようになりたいと思っていたのかもしれない。

 夜鷹から離れようとしていたつもりなのに。

 

 光は独り言を言った。

「コーチが聞いたら『君はなんで僕が何もかもを禁じていると思い込んでるの?』って呆れられちゃうかもなぁ……」

 

 今日、実叶から「夜鷹純を目指してるの?」なんて言われてしまった事は本当に響いた。実叶やいのりが夜鷹純を勘違いしている以上に、自分は夜鷹コーチの虚像に囚われている事に気付いた。

 

「ちょっと、練習メニューも考え直そう……」

 夜鷹の曲かけもなく、4回転も封印している現状、シーズンオフに学校を休む必要まではなかったのでは?

 何となく学校休んで、何となく練習していなかったか?

 何となく司のジャンプや滑走を見に行ってなかったか?

 思い当たる節が多い。

 

 と、ここで光はある可能性に気付いた。まさか、あの男……

 

―――翌日、スターフォックス

 

 光は朝練後、練習メニューの相談と言ってスタッフブースに司を連れ込んだ。

「司先生と相談したいのは練習メニューの見直しですが……」

 

 光はここで、気になっていた事を司に詰問した。

「ちょっと聞きたいのですが。

 司先生は以前、私が学校休んでても練習量を守っていると言ってましたが、あれは、私が漫然と練習しているという意味ですか?」

 

 司は少し困った顔をして、言葉を選びながら答えた。

「君が練習量を守れると判断している1番の要因は、4回転をちゃんと封印している所だね。4回転が跳べる選手がそれを封印するって、すごくガマンが必要な事だから。

 君が学校を休んだ日の自主練習では、持久力を高めるための低負荷長時間の練習メニューをこなしていたと認識しているよ。もし、夏休みで時間がありJGPも近いといっても、平日の練習の負荷を上げたいということなら美蜂さんと練習量の相談をしないとね」

 

 光は怒りに震えた。

 4回転の封印の話を先に出されたが、要は、自分が負荷の小さい練習をしているから練習量は安心と見なされていたのだ。

 4回転がないので曲かけ時の転倒の危険がさほどあるわけでなく、第一、転倒しても夜鷹のような契約もないのでそれほど根を詰めていたわけではない。つまり、知らず知らず密度の薄い練習をしていた。

 それが悪い練習だとまでは言わないが「学校休んでまでやる事?」と聞いてくれてもよかったと思う……

 

 光は怒りを堪えて言った。

「ジュニアからは試合も増えますし、リンク上の時間を効率的に使えるように練習メニューを見直します。付き合って下さい」

 

―――マネージャールーム

 

 司からスタッフブースでのやり取りを確認したライリーは気の毒そうにため息をついて言った。

「わざわざ嫌われ者演じなくても『自主練時の練習の質については自分で気付くまで言わないようにライリー先生から口止めされていた』ってバラしていいって言ってたじゃないですか」

 

「いえ。担当になった時点で看過し続けるのは自分の判断であったと認識してますし、他の選手が学校を休むのを真似するようなら口出ししようとは思ってましたから」

 司の答えにライリーは仕方ないといった顔をした。

「まあ、結果としてリンク外のトレーニング重視のクラブの練習スタイルに寄ってくれてよかったです。

 何より、自分で気づいてくれた事が一番ですね。自分で自分の才能に向き合っていく事が今、彼女に必要な事ですから」

 

 司も胸を撫で下ろした。

「まあ、夜鷹さんがいなくなって初めての夏休みを迎えた事が練習スタイルを見直すキッカケになったんでしょうね」

 ライリーが笑顔をつくって相槌を打った。

「そうですね。そう思います」

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