結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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67話 ジュニア合宿 その2

 ジュニア合宿では、光といのりは今年もグループが分かれた。

 

 女子グループAは光、すず、蘭、絃、カンナ、あともう一人、ノービスAからの推薦で、蓮華茶所属の真砂みさ。

 

 女子グループBはいのり、亜子、白花、夕凪、ミケ、こちらも、ノービスAの子がもう一人、スターフォックス所属の後輩、潤羽凛がいる。

 

 グループBでもいのりは強火の闘志を燃やしてジュニアの旗手として光に追いつくべく、座学でも気を抜くことなく打ち込んでいる。

 一方でミケはおとなしく、やはりホールでの件もあり少し元気がないようだ。

 

 そして、陸トレ中の休憩時だった。

 連盟のコーチがミケと夕凪を呼びに来た。

「三家田選手、八木選手。予定を変更してこれからリンクに入ってもらえますか?」

「ん? なんら?」

「はい、何ですか? リンクはいま男子の時間では?」

 

 連盟のコーチがニヤリと笑って理由を伝えた。

「今、男子の高難度ジャンプ指導をしていたコーチ達が、女子の高難度ジャンプ研究も並行して進めようとなりまして。

 夕凪さんは3Aのジャンプ練習をすでに進められておられるとのことで……」

 

 ここで、連盟のコーチはミケと他の選手の反応を見つつ、興奮を抑えながら告げた。

「三家田選手。那智コーチからの伝言です。

『4Sに挑戦するから来い』と」

 

 4S?

 少女たちが一斉にざわめく。

 4回転の登竜門である高難度ジャンプをノービスの選手が? それができた選手となると、光といのり、カンナ、その前はもう男子になるが夜鷹純まで遡らなければならない。ノービスA一年目での4Sとなると日本初だろう。無謀とは言わないが、非常に困難な挑戦だ。

 

 それに、さらりと流されたが夕凪の3Aだっておいそれと聞き流せるジャンプではない。そもそもそれぐらいの高難度ジャンプとなると練習や習得を隠そうとするクラブも多く、多くのクラブからの選手が集まる合宿でジャンプ研究となるとジュニアではなかなか聞いたことがない。

 

 リンクで何かが起きていると皆悟ったが、反応はさまざまだった。

 驚き嫉妬する者

 ライバルや追い上げる後輩の圧に背筋を冷やす者

 冷静に見守る者

 

 そんな中、いのりは笑顔で激励の声をかけた。

「ミケちゃん。夕凪ちゃん。ファイト!」

 

 ミケは一瞬怒りに駆られたが、鞠緒の言葉を思い出し、不敵な笑みをつくって返した。

「イノリに勝てるくらい頑張るら」

 

 夕凪も気合いを入れ直して返事をした。

「私も光ちゃんに勝てるくらい、頑張ってくるよ」

 

―――少し時間を遡り、NTCスタッフルーム

 

 司と鴗鳥慎一郎、ライリーは、連盟のインストラクターと調整を進めていた。

 男子のジャンプ練習時間に、ハーネスを用いたジャンプ練習をする為の調整だ。

 

 目的は鴗鳥理凰の3Aジャンプ練習。

 司の指導で3Aを習得した理凰だが、なかなか成功率が上がらず、伸び悩んでいると事前に聞いていた。

 慎一郎のハーネス指導でもなかなか改善しないため、司が協力することになっていた。

 

 並走をする為にスペースも余分にいるので、空いているサブリンクを使おうかという話になったが、サブリンク使うなら使うで一人の為に使うのはもったいないし、合宿の場で一人の選手を優遇するかたちになるのもいただけない、もう少し他の選手を巻き込むかたちにできないかというのが連盟のインストラクターからの打診だった。

 

 そこでライリーは鵯朱蒴もサブリンクで4S練習をするよう調整をかけた。既にハーネスありでの4S着氷には成功しているが、ハーネスなしでは未着氷であるため、状況次第でハーネスを再使用するという名目だ。

 

 慎一郎は、次にリンクに入る女子グループの八木夕凪にも前倒しで入ってもらい、ジャンプ研究させてもらえないかという提案をかけた。

 

「んー。女子グループBから八木選手だけ陸トレから抜いてきますか。どうしようかなぁ……」

 まだサブリンク使用に踏ん切りがつかないインストラクターに、ライリーはいったん中座すると、鞠緒を連れて来た。

「那智コーチもジャンプ研究でミケちゃん入れたいということです。4Sに挑戦するんですって。

 うちの朱蒴くんの4Sからでいいなら、一緒に研究しましょう」

「よろしくお願いします!」

 鞠緒も頭を下げる。

 

 インストラクターはこれでニッコリとして手を打った。

「いいですね。これなら上にも各クラブ協力のいい企画として持っていけます。すぐ、女子担当とも調整しますのでお待ち下さい」

 

―――サブリンク

 

「くそぉっ!」

 高難度ジャンプ練習の為に開けられたサブリンクでは、鴗鳥理凰が悲憤の声を上げていた。

 

 理凰は3Aが跳べなくなっていた。

 高さは十ニ分にあるのに回転軸が酷くずれてパンクしてしまい、1回転になってしまう。

 ずれ方が酷く回転初速が得られていない為、司がハーネスで吊っても3回転まで持っていけない。

 

 聞けば、元々伸び悩んではいたが、合宿一週間前に前触れもなく急に全く跳べなくなったらしい。痛みや不調はなく2Aは普通に跳べるから、どこかで力が入りすぎていると思われるがフォーム等の崩れはなく、原因の特定ができない。

 

 リンクサイドの慎一郎が沈痛な表情で言う。

「私にもジュニアの時、ある日突然サルコウが跳べなくなったことがありました。苦しみましたが、3日後何の問題もなく跳べるようになっていて、何が悪かったのかもわからずじまいでした」

 

「成長等に伴う? 微妙なバランスの崩れ等としか推測できませんね。何が考えられるかなぁ……」

 司も頭を捻るが、本人も慎一郎もわからないものが司にわかるわけもない。司の眼も、目に見えないところまで瞬時には解析できるわけではないのだ。

 

 隣では朱蒴が転倒を繰り返しているが、こちらは表情にも余裕があり、失敗を楽しんでいるところがある。

「オーケー。軸取りはパーフェクト。もう少し」

「はい!」

 リンクサイドのライリーも喜々として鼓舞し、朱蒴も気炎をあげる。

 

 そこへ、夕凪とミケが連盟のインストラクターに連れられてやって来た。

 ライリーの後ろで腕を組んでいた鞠緒が立ち上がる。

「来たか! ミケ。

 このお兄さん、すごく回転軸取り上手いからアップしながら見て盗め。

 もうすぐ、このお兄さん跳べるようになるぞ」

 

 ミケは言われたとおり朱蒴に目を向ける。

「知ってるら。いのりちゃんと同じスターフォックスの鵯朱蒴君ら。去年JGPファイナルまで出てて、こないだから3A跳んでるすごい男子選手ら」

 

 ミケの褒め言葉に朱蒴が息を整えつつ、頭を掻く。

「いや、照れるな。……いのりちゃんと同じグループだよね」

「そうら。4S跳ぶいのりちゃん。

 ミケも跳んで、いのりちゃんに追いつきたいら」

 

 いのりのことを思い出し、朱蒴の手に再び力がこもる。

「ははは。『コケてばっかりだった』なんていのりちゃんに言われたら恥ずかしいな。ミケちゃんにも追い抜かれないようにしないとね。

 まあ、僕の4Sでよければ参考にしてよ」

 

 朱蒴はそう言いつつ、いのりの4Sを跳ぶ姿に思いを馳せた。力強く、野生的だが、跳ぶ瞬間は弓が射られるような精緻さが感じられる。あの瞬間を感じたい。いのりちゃんと共有したい……

 

 そんなキモい妄想を浮かべつつ、朱蒴は再び4Sに挑んだ。フォームは全く違うから、跳ぶ前に少しだけいのりの4Sをイメージする。

「……握る指の力チェック……」

 

 ……シュタッ

 4S補助なし初着氷だった。

 

「すうくん! すばらしい!」

 ライリーはリンクサイドから飛び出して朱蒴に抱きつく。

 鞠緒もミケも度肝を抜かれた。

「本当に跳んじゃった……」

「すごいら……」

 

「やったよ、いのりちゃん……」

 朱蒴は自分の達成というよりいのりに一歩近づけたことの方に感動を覚え、いのりの名を口にし喜びをグッと噛み締める。そして、宣言した。

「掴めました! 残り時間で習得まで持っていきます」

 

 司や慎一郎、夕凪らもその成功を拍手で祝う中、理凰だけはそれを祝うことができなかった。

「くそっ……」

 ただ、自分の無力を嘆き、毒を吐いた。

 

 司は追い詰められた様子の理凰の緊張を少しでも和らげようとした。どの歯車が狂ってるか分からないが、気負いすぎなところは悪影響と思える。

「理凰君、リラックス。ゆっくり直していこう。

 鴗鳥先生。録画確認の方はどうです?」 

「原因は……掴めません」

 連盟のインストラクターも首をふる。

「これは分からないですねえ。動画は後で他の方にも見てもらいますが、答えは同じでしょう」

 

「手、脚の振り、助走速度……」

 司と慎一郎は跳べていた時の動画から差異を見逃すまいと食い入るように見つめるが、何も得られなかった。

 

「鴗鳥先生……」

「ええ、そうですね」

 司は慎一郎に確認を取った後、理凰に告げた。

「ごめん。今日はここまでにしよう」

 

 ハーネスを外される理凰が抗弁する。

「そんな! まだ、俺。できます!」

 司が理凰をなだめる。

「『今日は』やめておこう。原因に何もアタリつけられてないと、続けても悪い跳び方に固定されちゃうだけの恐れあるから。切り替えて明日跳ぼう」

 

 理凰は歯噛みしつつ、それを受け入れるしかなかった。

「はい……」

 

 ……シュタッ

「おおっ!」

 沈む理凰の隣でさらに歓声が上がった。

 朱蒴が3連続着氷に成功したのだ。

 

「習得ね! おめでとう!」

 喜びに小躍りするライリーに、朱蒴は照れつつ言った。

「いや、まだプログラムに入れられるまでがジャンプですから。まずは、今日はいい感覚で切ります」

 

 そう言って、リンクサイドのミケに近づき、拳を突き出す。

『次はキミだね』

 メッセージを受け取ったミケは朱蒴に拳を合わせた。

 

 程なく、ハーネスを持った鞠緒がリンクに入る。

 朱蒴はやり遂げた男の顔でリンクを降りた。

 いのりのことを思いながら。

 

 夕凪は立ち尽くす理凰の肩を叩いた。

「理凰君」

「わかってる」

 

 理凰は隠れるようにそっとリンクを降りた。

 この姿を光には見られたくないと思いながら。

 

 

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