結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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68話 ジュニア合宿 その3

「いや、鵯選手お見事でしたね」

 連盟のインストラクターはライリーに賞賛の声を贈るが、司は渋い顔だ。

 朱蒴が4S習得成功、理凰の3A不調については原因も掴めずという事で明暗別れる結果になった。

 

 ライリーは司を宥める。

「理凰君へのアフターケアについては、引き続き明日以降しっかりお願いしますね。あと……」

 ライリーは司のほっぺたを思い切りつねった。

「いててて! 何を?」

 ライリーは痛がる司に説教した。

「そのしかめ面は減点です。笑って、理凰君を送り出してください」

 

 司は一瞬しまったという顔になると笑顔を作り直し、慎一郎の指導を受けている理凰に向き直った。

「理凰君、明日はきっと跳ばせるから! よろしく!」

 

 理凰は小さく拳を挙げて応えてくれた。

 

―――

 

 理凰と朱蒴がトレーニングルームに向かうと、連盟のインストラクターが理凰について所見を述べた。

「んー。理凰君の不調は、僕の予想ではいわゆる『靴の中の小石』かな? 元々は3〜5割は跳べてたのが急にゼロになって飛べなくなったわけだし」

 

 『靴の中の小石』はよくコーチや選手の間で語られる逸話で、ある選手が急に調子を落としたきっかけが靴の中に本人も気づかないほど小さな小石が入っていたからだという話だ。転じて、些細な環境や道具、コンディションの理由で予想外の不調に陥ることがあることを言う。

 別にフィギュアの話ではなく、野球や陸上競技等でも似たような都市伝説があり、環境や用具の確認、ルーティーンの大切さを説く際によく使われる。

 

「急に色々変えたり固めたりも良くないし。合宿中は様子見で、月またいでも続くようなら少しずつ固めて直らないか確認、くらいでしょう。

 オリンピック直前とかでは無いですし、焦るのが一番良くない。明日以降もできればサブリンクを押さえておきますので、高難度ジャンプ指導の継続お願いします」

 

 オリンピック直前ではないと言われてもなあ……

 司は心の中では納得いってなかった。

 理凰はJGP2戦派遣選手で3戦目と5戦目、9月から試合がある。3Aがあるとないと、成功率がどれほどかで戦略は大きく変わる。

 

 慎一郎は司の肩に手を置いて言った。

「司先生。ジャンプは水物、というのもあります。今日の結果を憂う事なく、また明日理凰をお願いします。それと……

 夕凪くんは私がここまで指導進めてますが、お気づきの点あればよろしくご指導、お手伝いお願いします」

 

 八木選手の3Aまで力になれなかったら恥ずかしいな……司は気合いを入れ直した。

 

―――

 

 八木夕凪と三家田涼佳はそれぞれ各コーチやインストラクターを交えてのフォームの研究調整、確認を終え、いよいよ各々のコーチによるハーネスを用いてのジャンプ練習から始めることになった。

 

 鞠緒も連盟からハーネスを借用して指導するようだ。

 確かに吊りあげるだけなら力は必要なく女性でもできる。しかし、吊り上げポイントを見極めるには男性の高い身長が有利、ジャンプの高さが足りなかったり危険な転倒を防ぎたかったりで無理矢理持ち上げたい場合には力が必要だ。付け加えるならペアやアイスダンスなど並走経験もあるのが望ましい。

 

 ハーネス指導法動画をネットで公開しておいて何だが、4回転ともなると簡単なものでも安全なものでもないので、自分がハーネスを使おうかと司は持ちかけたのだが、鞠緒は固辞した。

 

 合宿の場だし、司と元同リンクで指導した仲だし、何よりライリーがタダで良いとも言ったのだが、辞退する理由を聞けば納得だった。

「私、一人クラブで、ミケのこと何でも見なければいけませんから。急にミケのジャンプが調子悪くなっても自分で対処するしかありません。お気持ちありがたく思いますが、お頼りするわけにはいきません」

 

 ヘルメットに肘膝当て、ベストを着け、借り物のハーネスを手に鞠緒はリンクに向かう。

 慎一郎も膝当てのみ着けてリンクに向かう。

 血気盛んなミケに対し、夕凪は静かに闘志を燃やす。

 

「さあ行くよ、太郎。目指すは世界だ。いのりんなんて追い抜いてやれ」

「3回転+2回転はミケの方が先だったずら。『追い抜き返してやる』ら」

 

「3Aは多くのトップ選手が苦しむジャンプです。

 しかし、夕凪くん。君ならできると信じています」

「慎一郎先生が最高の先生だという事、証明して見せます。名港ウィンドの名にかけて」

 

 そんな中、ライリーはこっそりと司に聞く。何やら心配そうだ。

「その、夕凪ちゃんは5、6割でいけそうとは思ってるんですが、ミケちゃんはどうですか? 那智コーチ元気なさそうだったんで、励ますために4S挑戦誘ったんですけど、結構厳しい挑戦だったかもと……」

 

 司は頭を掻きつつ答える。

「夕凪さんはここまでの積み上げが感じられますが、ミケちゃんは……

 自分が吊ったなら合宿中で1〜2割程度かなと。いくら身体が軽いとは言え、いのりさんにや朱蒴君に比べてスピードが厳しい。

 でも、挑戦は悪くないと思います。今シーズンは無理としても、これがスケーティングを磨くキッカケになればと思います」

 

 ライリーは苦笑いだ。

「まあ、そんなに上手くいきませんよね」

 

 そこに異を唱えたのは横で聞いていた連盟のインストラクターだった。

「おや? 全国でのハーネス指導の流行のきっかけになった司先生とは思えない発言ですなあ」

 

 司は恥ずかしそうに返した。

「いや、そんな大したものじゃないですよ。魚淵先生のモノマネから始めたものですから」

 

 そんな司の謙遜に、協会のインストラクターの男性は眼鏡を直しながら意外そうな声をあげた。

「おやおや? ……まあ、司先生は特別器用そうですからな。器用すぎてわからないのかも知れませんねぇ」

 

 そのまま彼は続けた。

「まあ、私もハーネス指導かじったことはありますが、ありゃ大変ですよ。

 選手なんてジャンプに夢中だから、ハーネス吊ってる指導者との交錯になんて気を使ってくれませんし、僕みたいな並走経験ない指導者は選手のエッジ使いから重心遷移からもう、見逃さないよう助走から心臓バクバクでした」

 

 そうして、八木夕凪のジャンプを指して言う。

「まして、ジャンプを吊る段に至っては跳び出しから軸作り、着地まで一瞬たりとも気を抜けません。転倒した選手に突っ込んだら大惨事ですしね」

 

 ……シュタッ、ドタっ

 言ってる側から夕凪が転倒した。

 

 ザザザッ

 慎一郎は素早く膝を着き、膝ブレーキをかけつつ避けて夕凪との接触を回避する。

 

「夕凪くん。今のは身体を締める時に前のめりになっていた。もう一度」

「はい!」

 

 こともなげに指導を続ける二人を見てインストラクターは楽しげに語る。

「いや、今のいいですねえ。転倒すると見るや、万一にも接触やハーネスで怪我することないよう、膝でブレーキしてコントロールしましたね。あと、跳び出し時点で失敗ジャンプと判断し、無理に吊ろうともしなかった」

 

「!? ははは……自分のような未熟なコーチでは鴗鳥先生のような真似はなかなか……」

 そんな事を言う司にインストラクターは鼻白んだような表情で冷水を浴びせる。

「それ、あなたの担当選手の前でも言えます?」

「……」

 

 連盟のインストラクターはなおも悦に入って続ける。

「選手のどんな細かい動きをも見逃すまいと真剣なコーチ。こんな存在を近くで感じながら行う練習って選手にとってもなかなかないもので、良いプレッシャーですよね。助走から跳び出し、締めに軸取り、着地まで自分のジャンプのすべてをハーネスで繋がった至近距離で曝け出される。

 あの、指導者に全幅の信頼置いている2人見て下さいよ。いいですよね。コーチのために絶対跳んでやるって、気迫に満ちてますよね。コレは100%イケますよ」

「いや、さすがにそれで跳べるとは……」

 楽観的すぎるインストラクターの発言に司は疑問を呈する。

 

「まあ、これほど有意義な練習、セッティングできただけで僕は満足、おまけに既に鵯選手一名習得報告できて万々歳ですので、司先生も気楽に指導してあげて下さい。なんと、まだ合宿初日らしいので」

 最後におどけてみせるインストラクターに司も苦笑いだ。要するに彼は司をリラックスさせたかったようだ。

 確かにまだ合宿初日。司は力を抜いて夕凪とミケの練習に目を向け直した。

 

―――

 

 トレーニングルームでは鵯朱蒴の4S着氷成功を男子選手皆で祝っていた。

「すっざっく! すっざっく!」

「スザク・ザ・クアドラプルジャンパーっ!」

 あまりに騒がしいので、隣のトレーニングルームから女子達が聞きつけ、移動時間に様子見に来る。

 

「朱蒴センパイ、4S跳べちゃったんですか?」

「そう! いのりちゃんがいつもお手本見せてくれてるおかげだよ!」

 いのりの元に駆け寄る朱蒴

 

 いのりはニンマリと笑うと、朱蒴の体をがっしりと抱え込む。

「わわっ!?」

 そのまま、朱蒴の身体は宙に持ち上げられた。

 

「ハッピーリフトいきまーす♪」

「わわわっ!」

 小柄な朱蒴の身体が宙に舞う。その様子を皆がゲラゲラ笑って見守る。

「逆、逆! 逆リフト!」

「朱蒴、軽すぎ! 軽い男!」

 

 そんないのりのリフトをペア経験のある男子選手が指導する。

「結束君結束君、肩に持ち上げる時はこう」

「わたたっ!?」

「ちなみにツイストリフトは……」

「もうやめてーっ!」

 朱蒴の悲鳴がトレーニングルームに響き渡った。

 

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